大好きなお姉様の護衛騎士になります……え!?お姉様が悪役令嬢!?
こんにちは、私はナターリア・アーファバラン、11歳です。私は今、大好きなお姉様の髪を櫛でといています。
「今日もお姉様の髪は美しいですね。朝日でひときわ輝いて見えます」
「ありがとう。いつも手入れをしてくれるナターリアのおかげだわ」
お姉様は鏡越しに私を見ると、目を細めてほほえみました。
お姉様の名前はアメリア・アーファバラン、16歳です。ノイヴァック王国の公爵家長女で、この世界で最も美しい髪の持ち主です。腰までまっすぐストレートでさらに柔らかくもある髪は光り輝く白に近い金髪で、さらさらとしつつもコシがあってなめらかで、最高級のシルクに余裕で勝ります。触れていると幸せに似た何かがあふれてきそうな気がします!
「もう、おしまいよ」
髪をとき終わっても髪に触れ続けていると、お姉様は困ったように笑って鏡台から立ち上がました。そして右手を上げて軽く振ると、金色の美しい光が現れてお姉様の髪を包み、あっという間に複雑な形に結い上げました。光り輝くお姉様の美しい髪が金色の美しい光をまとう、うっとりとする光景です。
髪色の明るさは魔力の多さです。
白に近い金髪のお姉様は王国で一番の魔力量があります。しかしながらそれにおごらず、性格は優しく控えめながらも強い芯があり、さらに優れた知力と美貌を兼ね備えています。そんなお姉様を王室が放っておくはずがなく、お姉様は6歳でこの国のエリオル王太子と婚約しました。
エリオル王太子はお姉様と同い年だそうです。私は公爵家からほとんど出たことがないので見たこともないですが、知性的で視野が広い素敵な殿方なのだとお姉様は言っていました。
将来王妃になることが確定しているお姉様の光り輝く髪とは反対に、私の髪は暗い色をしています。背中の半ばで切り揃えられている私の髪は、お姉様と同じようにまっすぐですが黒く、光が当たればほんのり紺色になる程度です。
髪色が黒、つまり私には魔力が全くありません。私はこの髪を気に入っていますが、一目で魔力無しと分かる見た目のため、公爵家の外では公爵家令嬢として扱われることはありません。高位の貴族には魔力が必要なのです。
私はお姉様が大好きですが、それと同じくらい私自身も大好きです。公爵家令嬢として扱われなくても関係ありません。それに私が公爵家にいられるのはお姉様のおかげなのです。本来なら幼いうちに良くて下位貴族へ養子、悪ければ下町に捨てられるはずでした。ですが当時まだ6歳だったお姉様が両親を説得してくれて、私は公爵家に残ることができたのです。
「お姉様、いってらっしゃいませ」
「ナターリアも。鍛錬頑張ってね」
お姉様が王立学園へ向かうのを見送った後は鍛錬の時間です。今日は剣の先生と一緒に王都近くの森へ行って魔物を倒す予定なのです。
本当はずっとお側に居たいのですけど。
12歳になって学園に入学するまでは我慢です。
あと1年の辛抱。
自室で動きやすい格好に着替えると、外へと向かう前にロング・ギャラリーに寄ります。ロング・ギャラリーは広い廊下で、左右の壁には美術品が飾られています。
私はその中のひとつ、『奇跡の水晶』と呼ばれる石の前に立ちました。
『奇跡の水晶』は大人なら両手で覆ってしまえるくらいの大きさの、無色透明の丸い石です。たくさんの装飾がある台座の上、弾力のあるクッションに置かれています。願い事を叶えてくれるという言い伝えがあり、公爵家は代々この石を大切にしてきました。
私は今日もひんやりと冷たい石に両手をあて、願います。
――お姉様の護衛騎士になれますように!
私は物心ついたときから騎士になるべく努力をしてきました。魔力の無い公爵家次女にできることは多くありません。社交界にも出れず、職にもつけず、公爵家のお荷物になること間違いなしです。
けれど騎士になら魔力が無くてもなれます。そして騎士としての資格と実力があれば、将来王妃になるお姉様の護衛騎士になれます。職につけて、しかも王家に嫁いだお姉様のお側に居ることもできるのです! 一石二鳥!
先生と馬車に乗って森へと向かいます。移動の間は武器の確認をしたり、防具を身に付けたり、先生と今日の鍛錬の流れや注意事項を共有したりします。
防具や武器は高品質な物が揃えられています。先生も40歳くらいの元王立騎士団の女性騎士で、実力があり教えるのもうまいです。公爵家当主であるお父様は、私が騎士になるために必要な金銭を惜しむことなく使ってくれているのです。
「先生、もし魔物が森の奥に逃げたらどうしたらいいですか? そのまま追いかけていいのでしょうか?」
今日の森での鍛錬で気になっていた点を先生に尋ねます。馬車の揺れが大きくなって、王都の外に出たのだと分かったからです。森に着く前に確認しておいたほうがいいでしょう。
先生は左足にすね当てをつけようとしていた手を止め、私の方を向きました。
「私が止めるまでは追いかけて構いません。でないと魔物は倒せませんからね。ですが森には危険が多くあります。私が声をかけたら必ず止まってくださいね。慎重にいきましょう」
この『慎重にいきましょう』は先生の口癖です。公爵家の敷地内で鍛錬するときにも頻繁に言います。素振り練習で言われた時にはどうやったら慎重に素振りができるのか分からなくて困りました。
そんな不思議なところもある先生は、下位の貴族らしい深緑色の髪をしています。魔力はほとんど無いそうですが、ふんわりとした雰囲気からは想像できない、鋭い剣筋を繰り出します。
森の側で馬車から降りました。ここに来るのは5度目です。側の森は王都の近くなだけあって、強い魔物は現れません。今までは先生と一緒に森周辺の道に出てくるような小さくて弱い魔物だけを倒してきました。一番多いのはトードです。トードは背中にトゲが生えたカエルで、子供の頭くらいの大きさで攻撃らしい攻撃はしてきませんが、とにかくすばしっこいのです。
「今日もトードが多いでしょうね。ですが開けた道の上と木々に囲まれた森ではトードの動きも、私達の動きも変わってきます。慣れた相手だからと油断せず、慎重にいきましょう」
初めての森の中は、想像していたよりも木や草が生い茂っています。剣の振り方を気を付けなければいけません。落ち葉が積み重なって地面が柔らかいことにも気付きます。踏ん張ったときに滑ってしまいそうです。
先生の指示された場所で、じっと息を殺して魔物が現れるのを待ちます。
じれったいです。お姉様の護衛騎士になるには王立学園の騎士コースで優秀な成績を収めなければいけません。王立学園は貴族籍があれば希望するだけで入学することができますが、平民は魔力か学力か武力のどれかが突出して秀でている必要があります。魔力を持たない私は、同じように魔力を持たず武力だけで入学してきた平民より優秀でなければいけないのです。もっと、もっと鍛錬を積まなければ――
その時、左の茂みからホーンラビットが飛び出してきました。
心ここにあらずだった私は、驚いて思わず剣を振り下ろしました。雑に下された剣をホーンラビットはいとも簡単に避け、森の奥へと逃げていきます。
ホーンラビットはひたいに角が生えた黒いウサギです。実際に目にするのは初めてです。というよりこんなに大きい生き物は馬以外では初めてです。耳や角は私の股下に届くぐらいの大きさでした。私は追いかけようとしましたが、木や茂みに阻まれてすぐに見失ってしまいました。
どうするべきですか、と後ろにいる先生の方を振り向こうとしたら、その先生が右の茂みから出てきました。左手でホーンラビットの角を掴んで持ち上げています。ホーンラビットはじたばたと動いてはいますがあまり元気がありません。よく見ると、両足から血が流れています。
どさり、と私の前に置かれたホーンラビットは怪我で動けないのか逃げません。
「とどめを」
とどめを刺すように先生に言われました。追いかけることもままならない今の私ではいつまでたっても倒せないと先生は判断したのでしょう。これほどに大きい生き物は倒したことがありません。きっと一撃では倒せません。これも必要な鍛錬です。剣を振り上げると、ホーンラビットと目が合ってしまいました。怯えているのが表情から伝わります。心臓がドクンと大きく脈打ちました。
「相手は魔物です。ためらってはいけませんよ」
「わかりました」
剣を振り上げてから下ろすまでが遅かったためでしょう。先生には私がホーンラビットを倒すのをためらったように見えたようです。
本当はためらってなどいません。弁解するつもりもありませんが。まだ速く強く鼓動する胸に手を当てて、先ほどのホーンラビットの表情を思い返してから、深呼吸して気持ちを切り替えます。さっきは気が散っていました。これからは鍛錬に集中したいと思います。
それから1年、ホーンラビットは追いかけながらでも難なく倒せるようになり、さらに大きいワイルドボアにも挑戦できるようになった頃。
12歳になった私は王立学園の騎士コースに入学しました。
お姉様との学園生活に胸躍らせていた私の耳に飛び込んで来たのは、お姉様が婚約破棄されそうになっているという噂でした。
婚約者の王太子と最近仲の良い女子生徒に嫌がらせを繰り返し、王太子に愛想をつかれたそうです。
皆さん、なにやってるんですか!?
どうやら学園中がこの噂で持ち切りのようです。入学して一日目だというのに私の耳にも入ってきました。こそこそと聞こえるように私の周囲で噂話をするのです。私が噂の人物の妹だと分かっているのでしょうか。分かっているのでしょうね。公爵家の生まれなのに黒髪で魔力が無い奴だと侮られているのです。
でも気にしません。私は私が大好きなのです。魔力が無いだとか、公爵家令嬢として扱われていないだとか、関係ないのです。こういうのを自尊心と言うのでしょうか。私は私が私である限り、私を大切な存在だと思っています。
騎士コースでは入学してすぐに、魔力量別で班分けがされました。私の班は私と下位貴族が4人、平民が1人の構成です。私はほんのり紺色ですが、他の5人は真っ黒な髪色をしています。基本的にはこの班で対人演習などを行うそうです。
班分けが終わると早速屋外の演習場で演習が始まりました。と言っても初日だからか体力づくりのような内容です。物心ついた時から鍛錬を続けている私には少し物足りません。
休憩時間になっても、みんな自然と班ごとにまとまったままです。他の班では緑髪の生徒がそよ風を生み出し周囲の人を涼ませたり、青髪の生徒が手に貯めた水で汗を流しています。
誰も魔力を持っていない私達の班はただ座って休んでいます。
せっかくなので班の人にお姉様の噂について聞いてみましょう。今まで公爵家とその使用人、あとは先生としか交流がなかったので、この噂は完全に寝耳に水だったのです。
皆さん、最初こそ言いづらそうにしていましたが、食い下がってしつこく聞いてみると少しずつ教えてもらえました。
「えっと……噂を耳にしただけですが」
「二ヵ月か前、編入してきたどこかの男爵家の令嬢がものすごい早さで周囲と仲良くなっていったそうです」
「今ではその……王太子殿下ともお近づきになっているとか」
「それで、アーファバラン公爵令嬢が……ええと、怒って」
「その男爵令嬢のノートを捨てたり制服を汚したりしたらしくて」
「あ、私の姉が、そのことで王太子殿下がアーファバラン公爵令嬢に怒鳴っ……注意しているのを見たそうです。王太子殿下は男爵令嬢を肩に抱いていたとも言っていました」
「アーファバラン公爵令嬢の良くない噂も流れています」
「……婚約破棄になるのでは、という話をしている人もいます」
なるほど、まったく信じられませんね。『周囲と仲良くなっていった』というのは取り巻きを作ったということでしょう。何か強力なコネでもあったのでしょうか。それでも男爵家令嬢が王太子とたった二ヵ月で親しくなるとは考えられません。それにお姉様と王太子の行動もおかしいです。
高位の貴族は交流を持つ相手を見極められるように教育を受けています。それに、貴族の婚約や結婚の重大さを理解しています。たった数ヵ月で特定の人に入れ込み、ましてや婚約関係を悪化させるようなことをする人達ではないのです。……お姉様から聞いた限りでは。
私はずっとお姉様のお側に居たいのです。そのためなら私には向いていない護衛騎士にだってなります。でもお姉様が婚約破棄されるなら、私は護衛騎士を目指す必要が無くなります。王族以外の護衛は騎士でなくても良いのです。騎士コースを卒業する必要もありません。
お姉様の将来は私の将来でもあります。噂が本当かどうか、しっかりと確認しておかなくてはいけません。
初日の演習や座学が終わると、私は真っ直ぐ公爵家に帰りました。いつものように玄関でお姉様の帰りを待つことにします。
しばらくすると、お姉様が侍女と護衛を連れて帰ってきました。夕日に照らされた3人の中で、お姉様の髪だけがちょっと直視ができないほどきらめいています。
お姉様を観察してみますが、普段と変わらず優雅にほほえんでいます。ただ、後ろの護衛の男が一瞬、お姉様を蔑むような顔をしました。いつものようにお姉様の髪ばかり見ていたら気付かなかったでしょう。
「お帰りなさいませ、お姉様」
「ただいま、ナターリア。学園は楽しかった?」
「はい。いろんなお話を耳にすることができました」
「……そう。夕食まで時間があるわ。良かったら私の部屋でお話を聞かせてくれないかしら?」
「よろこんで!」
お姉様の部屋のティーテーブルはかわいらしいデザインで、あまり大きくありません。手を伸ばせば、斜め前に座るお姉様の美しい髪に触れそうです。触りたいですね。触っちゃいましょう……いやダメです。今からお姉様に私のお願いを聞き入れてもらわなければいけません。触りたいですけど! ここは我慢です!
飛び出そうとする右手を左手でグッと握りしめていると、視線を感じました。悶々としているところをお姉様に見られていたようです。ですが将来王妃になる予定のお姉様は、これくらいでは感情をあらわにしません。今もほほえみを浮かべています。本題に入ってしまいましょう。
「お姉様、私を護衛につかせてください」
「あら……」
お姉様は浮かべていたほほえみを少しだけ崩し、何かを推し量るようにこちらをじっと見つめてきました。
男爵令嬢に嫌がらせしたんですか、とか、王太子殿下に婚約破棄されそうなんですか、とかをお姉様に尋ねたところで意味がありません。はぐらかされて終わりです。もしはぐらかされずに応えが返ってきたとしても、それが本当なのか今の私には判断できません。私の今後を考えるなら、姉様を取り巻く環境を正しく知る必要があります。
お姉様や王太子達が使う教室は、騎士コースが使う教室と離れています。演習場はもっと離れています。噂になっている人物達に関わることがないので、今のままでは噂が本当かどうか確かめることができないのです。
「てっきり、学園で噂になっている件について聞かれるのかと思ったのだけれど……」
「お姉様が嫌がらせなんてすると思っていません。私はお姉様をお守りしたいのです。迷惑だとは思いますが、どうかお側に居させてください」
少しだけ嘘をつきました。
白に近い金髪の公爵家令嬢の側に黒髪の妹がいたら、好奇の目にさらされてしまうでしょう。お姉様もそれは分かっているはずです。ただでさえ悪い噂が立っているというのに、さらに悪目立ちするのは避けたいと思います。なのでお姉様を説得するために、姉を守りたくて必死な妹を演じます。情に訴えかけるのです。
「お姉様をお守りするためにずっと鍛錬を続けてきました。今お姉様を護衛しなくていつするのでしょう」
「そうね……」
お姉様は目を伏せてお茶をひと口、コクリと飲みました。あと一押しな気がします。
「それに……今の護衛は、信用できるのですか?」
「……」
お姉様はカップをソーサーに置くと、ふぅ、と小さく一息吐いて、私を見ました。
「ありがとう、ナターリア。でも入学2日目から授業を休むことになるけれど、あなたはそれでいいのかしら」
「いいのです。演習はまだ本格的になっていないですし、座学は……いざとなったらお姉様、教えてください」
「うふふ、わかったわ。明日からよろしくね」
次の日、朝から最初の授業までずっとお姉様と一緒にいることができました! 今日もお姉様の髪は美しいです!
高位の貴族は学園に護衛や侍女を連れていくことが許可されています。ただし授業中の教室には入ることができません。教室近くに待機用の部屋が用意されています。
待機部屋の中では護衛や侍女達が思い思いに時間を潰しています。私もやることがないので素振りをしています。しばらくするとお姉様の噂が耳に入ってきました。素振りを続けながら声がした方をさりげなく見ると、何人かの男達が楽しげに話をしていました。
「今朝もわがまま放題で参ったよ。ちょっと気に食わないことがあるとすぐに怒鳴るんだぜ。しかも馬車の中では靴を脱いでやがる。足がむくんで入らねぇんだろうな、ははっ」
この声は知っています。改めて男達のほうを見てみると、先ほどまで一緒にお姉様の護衛をしていた男がいました。お姉様の前ではキリッとした態度でしたが、今は下卑た顔で下品な言葉を発しています。
それにしても、この男が話すお姉様は随分とわがままではしたないですね。朝から授業開始までお姉様は彼が言ったようことはひとつもしていません。それは一緒にいた私が良く知っています。
しかもこの男は、昨日お姉様に蔑むような視線を送っていた護衛とは別の男です。お姉様の護衛は公爵家が雇っていて、たしか6人くらいいました。まさか皆、陰ではお姉様を蔑んでいるのでしょうか? 雇われとは言え、主人ですよ?
男達の会話の話題が例の男爵令嬢に移りました。この女についてはほとんど知らないので助かりますね。どうやら髪色はピンクのようです。
ピンク?……珍しいですね。
さらに耳を傾けようとした時、授業の終わりを告げる鐘が鳴りました。
私は足早に教室に入り、お姉様の斜め後ろに付きます。お姉様の後ろ髪のすぐ近くです! 今日のお姉様の髪は上の方だけ複雑に結われていて、下の方は流したままです。腰までのびた明るい色の髪がお姉様の動きに合わせてしなやかに揺れています。なんという美しさでしょう! 護衛を申し出て良かった!
少し遅れて、さっきとは別人のようなキリっとした表情の護衛の男が私の横に、侍女が私達の後ろに並びました。次の授業は別の教室なのでそのまま移動します。
お姉様に近づく人はいません。教室や廊下の生徒達はこそこそ話しながらニヤニヤと見つめてくるか、遠巻きに冷ややかな目で見てきます。公爵令嬢に向けていい視線じゃないでしょう、それは。
階段に差し掛かりました。お姉様が一段降りるたびに私の目の前でお姉様の髪がふわりと揺れ、小さな窓から差し込む淡い光でもキラキラと輝いています。ずっと見ていたいほど美しい光景です。
お姉様の髪に見とれていると、まだ階段の真ん中あたりだというのに突然お姉様が立ち止まりました。どうやら階段を上ってくる女子生徒を見ているようです。もしかして例の男爵令嬢でしょうか。髪色がビビッドなピンク色です。顔はかわいらしいほうだと思います。ただお姉様を見ながら意地の悪そうな笑みを浮かべているので台無しです。
階段周辺は妙な空気になっています。お姉様は固まっていますし、周囲の生徒もこそこそ話をやめて立ち止まりこちらを見つめています。階段を上ってくる男爵令嬢以外、時間が止まってしまったようです。
そんな中、あと数段のところまで上ってきた男爵令嬢にお姉様が声をかけました。
「ロウェル男爵令嬢、ごきげんよう」
「きゃあああああああっ!!」
その途端、男爵令嬢が叫びながら階段から飛び降りました。
突然のことで何が起きたか分かりません。
大きな音を立てながら男爵令嬢が階段の一番下まで転がり落ちていきました。何人かの女子生徒が叫び声を上げ、あたりは一瞬にして騒然となりました。
「何の騒ぎだ!? ……ユーリィ!!」
騒ぎを聞きつけたのか、男子生徒が数人駆けつけて来ました。その内のひとり、明るいベージュの髪色の男子生徒が、いまだ起き上がれずにいる男爵令嬢のもとに駆け寄りました。
「ユーリィ! 大丈夫か!? 何があった!?」
どうやら男爵令嬢はユーリィという名前のようです。男爵令嬢は目を開けると、駆け寄ってきた男子生徒にしがみつきました。
「うぅ……いたいよぉ……公爵令嬢に突き落とされたの……」
弱々しく見せつつも状況を的確に説明しましたね。もちろんお姉様は突き落としてなどいませんが。男爵令嬢が勝手に飛び降りたのです。
もしかして、駆け寄ってきたベージュ髪の男子生徒は王太子なのではないでしょうか。男爵令嬢と抱き合っている姿は『二人が良い仲になっている』という噂通りです。
「おのれ! アメリア! 許さんぞ!!」
「そんな、エリオル殿下……! 私は突き落としてなどしていません」
あ、本当に王太子だったようです。ですが階段の真ん中あたりにいるお姉様を見上げ、顔を歪めて大声をあげている姿には品位のかけらもありません。そしてこの状況、非常にまずい気がします。
「黙れ! もう限界だ! 婚約は破棄する!!」
展開が! 早すぎます!
馬車の中は静寂に包まれています。
あの後、王太子は男爵令嬢を抱きかかえて医務室へと去っていきました。婚約破棄となれば授業どころではありません。お姉様も公爵家に帰ることにしました。
さて、お姉様が婚約破棄されてしまいました。まだ王太子が宣言しただけですが、あの様子では本当に破棄されるかもしれません。その時、公爵家当主であるお父様はお姉様をどうするでしょうか。次期当主はすでに成人済みの兄がいます。それに学園では悪役に仕立て上げられていました。他家に嫁がせるのは難しそうです。
社交界でお姉様の悪評が広まり非難が集中すれば、公爵家と言えどもお姉様を擁護し続けるのは難しいかもしれません。そうなったら王都から出して、公爵家領で領地経営などをさせるでしょうか。王妃になるための教育を受けていたお姉様ならできそうです。もしくは一時的に修道院に入れて騒ぎが収まるのを待つかもしれません。
どの場合でも私はお姉様に付いて行くつもりですが……修道院では今のような豊かな暮らしはできないでしょうね。聞いた話によると、お風呂も毎日は入れないそうです。あれちょっと待ってください、そうなるとお姉様の髪のケアはどうなるのでしょうか。あの美しいお姉様の髪が傷んでしまうのではないですか? いえ、そもそも修道女は髪を完全に隠すと聞いたことがあります。あの光り輝く髪を見ることができない? ありえません、耐えられません、想像しただけで辛いです。
お姉様が修道院に入れられる事態はなんとしても避けなければいけません。可能性は潰しておかなければ。今からでもできることを考えましょう。
男爵令嬢の目的が分かれば打てる手があるかもしれません。王太子と仲良くなり婚約者を退けたのですから、結婚したいのでしょうか。でも男爵令嬢の身分ではさすがに厳しいと思います。身分差を覆すようななにか秘策でもあれば別ですが。
そもそも男爵令嬢のピンク髪は一体どの神様に愛されているのでしょう。
髪色の明るさに魔力量が表れるように、髪色そのものには愛されている神様が表れています。
例えば髪が茶色の人は土の神様に、緑色の人は風の神様に、青色の人は水の神様に、橙色の人は火の神様に愛されているとされています。そして魔力を持つ王国民のほとんどがこの4色のどれかです。
つまり、お姉様の金色や男爵令嬢のピンク色はとても珍しいのです。でもそれだけです。多くの人は髪色の明るさは気にしますが髪色そのものは重視しません。なぜなら大した力がないからです。
土の神様に愛されていれば、手から土を生み出すことができます。でも一度に片手に収まる量しか生み出せません。風の神様ならごく弱い風を、水の神様なら片手に収まる量の水を、火の神様なら手の爪と同じくらいの大きさの火が生み出せますが、貴族の普段の生活には何の役にも立たないのです。光の神様に愛されるお姉様は手元が明るくなる程度の光を生み出せますが、使える場面は夜中に目が覚めて侍女を呼ぶベルを鳴らしたい時くらいでしょう。
ちなみにどの神様に愛されるかは遺伝性です。お父様はお姉様ほどではないものの明るい金髪ですし、私がほんのり紺色なのもお母様の水色の髪が遺伝したからだと思います。
そしてこんな大した使い道のない『光の神様に愛される』ことを、つまり金髪であることを、公爵家はとても重要視しています。不思議ですね?
いえ、今はピンク髪についてです。もしすると男爵令嬢はとんでもない神様に愛されているのかもしれません。でも考えたって仕方ないですね、知らないものは知らないのです。鍛錬を優先し勉学をおろそかにしてきたので、自力で調べる方法すら思いつきません。
公爵家に着いたので馬車から降ります。お姉様は顔面蒼白ながらもなんとか背筋を伸ばし、玄関へと歩いています。お姉様ならあのピンク髪について何か知っていそうです。王妃になるために様々な教育を受けていましたし、何より学園で濡れ衣を着せて来る相手のことを何も調べていないとは思えません。屋敷内に入ったタイミングでお姉様に尋ねます。
「……ピンクというより、赤色ね。あの娘は愛の神様に愛されているのよ」
愛の神様?
思わず立ち止まってしまいました。お姉様も歩みを止めて私を待ってくれます。
愛の神様なんて初めて耳にしますが、その力は想像できます。愛を生む、つまり愛されることができるのではないでしょうか。
お姉様が男爵令嬢に太刀打ちできなかった理由がわかりました。植え付けられた愛を打ち消す方法が分からなかったのですね。王太子や他の生徒に愛の神様について説明しても、愛する男爵令嬢の言葉のほうを鵜呑みにされてしまったのでしょう。ご自分の護衛さえも男爵令嬢の味方になってしまって、八方ふさがりだったのですね。
そして今、私も同じです。男爵令嬢が生み出した愛を消す方法なんて分かりません。愛というよりもはや洗脳ですね。
「洗脳を解く魔法などはないのですか」
「……効かなかったわ」
すでに試した後でした。どうしたらいいのでしょう。お姉様はどうなるのでしょう。
「これからどうなるとお考えですか」
「おそらく政治の中枢まで被害が及ぶわ。そうなったら国が滅ぶでしょうね」
国が滅ぶ。すなわち、今のような生活ができなくなる。お姉様の髪の一大事です。お側に居続けられるかも分かりません。やはり何とかしなければ。でもどうやって。
「打てる手は全て打ったわ。でももう……奇跡でも起きない限り、無理よ」
……奇跡。
なんだ、まだ手はあるじゃないですか。
私はお姉様の手首を掴み、ある場所へ駆け出しました。引っ張られているお姉様も足をもつれさせながら付いてきます。
「ナターリア!? 痛いわ! どうしたの!? ……あっ」
私がどこに向かっているのか気付いたようです。
そう、ロング・ギャラリーに置いてある、願いを叶えてくれるという伝説を持つ『奇跡の水晶』の前です。
水晶に手を触れると、いつも通りひんやりとしていました。
私は掴んでいたお姉様の手首を引っ張り、無理やり水晶に触れさせます。するとみるみるうちに水晶が温かくなりました。これならいけそうですね。
「これはっ……! 駄目よ……!」
ひどく狼狽えているお姉様を見つめます。いつもの悠然とした態度とは大違いです。それほどまでにこの水晶を使うことに忌避感があるのでしょう。
「お姉様なら、この水晶で奇跡を起こせるでしょう?」
「……え?」
お姉様は驚いてこちらを振り向きました。真意を探るように私を見つめてきます。なぜ私が水晶の使い方を知っているのか疑問に思っているのでしょう。もしくは不安に。
「今は国を救うことだけを考えましょう、お姉様」
それっぽいことを言ってみます。お姉様は一度ぎゅっと目をつぶると、水晶に向き合いました。
無色透明だった水晶が金色に光り輝き始めます。
これでもう大丈夫でしょう。
私の一番古い記憶。
まだはいはいすらできない赤ん坊だったころ。
お母様に抱きかかえられて、お姉様の部屋へと連れて行かれました。
ベッドには苦しそうに息をする幼いお姉様。
髪色は今ほど明るくありませんでした。
ベッド横のお父様の手には丸くて大きな石。
お母様が私の手をその石に押し当てました。
お父様もお姉様の手を取り石に触れさせました。
お姉様は意識が無いのかされるがまま。
ずり落ちそうなお姉様の手の上にお父様の手が重なりました。
途端に石が温かくなり、金色に光り出し――――
次の日もお姉様と一緒に学園へと向かいます。
いろいろありましたが、お姉様の髪は変わらず美しいです。
学園はすごい騒ぎになっていました。
お姉様を見るや否や走ってきて掴みかかる勢いで謝罪してくる者。謝罪ではなく言い訳を重ねる者。お姉様の視界に入らないよう逃げる者。廊下の端でうずくまっている者。
錯乱した人達からお姉様を護衛しながら前へ進みます。するとベージュ髪の男子生徒が正面から走ってきました。エリオル王太子です。
「アメリア!」
「……エリオル殿下」
王太子はお姉様に近づくと、頭を深々と下げました。
「アメリア、本当に申し訳ない。僕は君に酷いことを沢山してしまった」
王太子は周囲の視線も気にせず真摯な態度で謝罪しました。昨日とは別人のようです。お姉様はそんな王太子をじっと見つめた後、ふんわりと微笑みました。
「エリオル殿下が元に戻ってくれたのなら、それでいいのです」
「アメリア……ありがとう、本当に申し訳ない」
「いいえ。ただ、何があったのかは教えてくださいませ」
「ああ。……こちらへ」
王太子に付いて行くと、どこかの教室に通されました。出入り口には騎士が立っており、厳重に守られています。
教室に入ると誰かの大声が聞こえてきました。
「だから私は何も知らないって!! 何もやってないって言ってるじゃない!!」
教室の中心で、男爵令嬢が椅子に縛りつけられたまま大声を出しています。ただしピンク色だった髪は黒に変化していました。光が当たっている部分だけが錆びた鉄のように赤黒く見えます。私は同じように光が当たれば紺色になる自分の髪に目を向けました。『奇跡の水晶』に願うとやっぱりこうなるんですね。
「髪色が違うが、彼女はユーリィ……ユーリィ・ロウェル男爵令嬢だ。僕や他の生徒を洗脳した疑いで捕らえられている」
王太子の説明によると、男爵令嬢がこの教室に入って来て王太子に挨拶をした途端、髪がドロドロと黒くなったそうです。あまりにも奇妙な光景だったため教室内の皆が硬直していると、急に洗脳が解け、学園中がパニックになったとのことでした。
「僕はさっきまで確かに、彼女のことを愛おしく思っていたんだ……だから髪の色が変わって洗脳が解けた時はかなり混乱したよ。なぜ彼女の話を鵜呑みにしたのか、なぜ肩に手を回したのか……洗脳されていたのだと気づいて、騎士達に捕縛を命じることだけはなんとかできたけれど。そんな時に君が、アメリアが学園に到着したのがなぜか分かって、すぐに謝らなくてはと走り出したんだ。その後のことはもう、アメリアも知っているね」
お姉様の到着を王太子に知らせたのも『奇跡の水晶』のしわざでしょうか。洗脳が解けたのがついさっきというのも気になります。願ったのは昨日です。願ってすぐではなく、私達が到着するタイミングだったのはなぜなのでしょう。もしかしてお姉様は洗脳を解く以外のことも願ったのではないのでしょうか。
「なによ。洗脳、洗脳って……私はそんなことしていないわ。ただ皆に愛されただけじゃない。」
椅子に縛られたままの男爵令嬢が、王太子をにらみながら言い放ちました。
この人、悪気とか無かったのでしょうか。こちらはお前のせいでお姉様の美しい髪の側にいられなくなるかもしれないところだったのに。
「無理やり愛を植え付けて意のままに操るのを洗脳と言わずになんと言うんですか」
……気が付いたら口から言葉が飛び出していました。まずいです。私は護衛です。私語は厳禁です。ましてや男爵令嬢の発言は王太子に向けられたものだったというのに。護衛としても貴族としてもまずいことをしてしまいました。周囲の視線が痛いです。
するとお姉様がスッと一歩前に出ました。周りの人の視線はお姉様に集まります。……もしかして、助けてくれたのでしょうか。
「あなたに愛の神様の力はもうないのよ。見なさい」
お姉様は侍女から手鏡を受け取り、男爵令嬢に向けました。
「なっ……! なによこれ……! 私の髪!! 私の髪がぁっ!!」
教室に男爵令嬢の叫び声が響きます。自分の髪に異変があったことに、今の今まで気づいていなかったのですね。
その後、駆けつけた増援の騎士達によって男爵令嬢はどこかに連れて行かれました。
――2年後。
今日はお姉様とエリオル王太子の結婚式です。
私はまだ学園を卒業していないので、これからしばらくはお姉様と離れ離れです。どうしましょう。耐えられない気がします。ですが今は妹として式前のお姉様の控室にいることができます。妹で本当に良かったです。
今日のお姉様の髪はいつも以上に美しいです! 王室付きのメイドの手によって細やかな飾りとともに華やかにまとめ上げられています。ここ数週間丁寧に手入れされていたのもあって、眩しいほどの輝きを放っています。
「ナターリア、少しいいかしら」
ウェディングドレス姿のお姉様が鏡台から立ち上がりました。何かを決意したような真剣なまなざしで私を見ています。ふと周りを見ると、誰もいません。いつのまにか部屋には私とお姉様だけになっていました。お姉様の美しい髪に見とれていたので気付きませんでしたね。
「ねぇ、ナターリア。私ね、5歳の時に謎の病で死にかけたことがあるの。ナターリアはまだ赤ちゃんだったから覚えていないと思っていたのだけれど……もしかして、あの時のこと、覚えているの?」
お姉様が言う『あの時』とは、お父様が水晶の力を使った時のことでしょう。きっとお姉様は、水晶の力を使って男爵令嬢の洗脳を解こうとした私を見て、『あの時』のことを覚えているのではないかと思ったのでしょうね。
ええ、覚えています。でも誰にもこの話をしたことはありません。話したところで、もうどうしようもないからです。お姉様は『あの時』の話を蒸し返して、何がしたいのでしょう? 返答を間違えると距離を置かれてしまいそうで何も言えません。
何も言わない私を見て、お姉様は私が『あの時』のことを覚えていると確信したようです。
「そう……覚えているのね。私があなたの魔力を奪った時のことを……」
私はそれなりの魔力を持っていました。ですが『あの時』、水晶の力によって、全てお姉様に移し替えられたのです。そして私は黒髪になり、反対にお姉様の髪は白に近いほど明るい金髪となりました。
生まれつき魔力が無い人の髪は真っ黒です。ただ、私や王太子達を洗脳して処刑された男爵令嬢のように、水晶の力で後天的に魔力が無くなった人は元の色がほんの少し残るようです。
「私もぼんやりと覚えているの。ベッドでひどい熱に浮かされていたら、お父様が『奇跡の水晶』を持って来たのを……そこから先は記憶にないけれど」
お姉様はぎゅっと目を閉じて話し続けます。
「熱が下がって目が覚めた時、私とナターリアの髪色が変わっているのに気づいて……すぐにあの水晶のせいだって分かったわ。とんでもないことをしてしまったと思って、すぐに『ナターリアに魔力を返してください』って、もう一度水晶に手を当ててお願いしようとしたら……お父様とお母様に止められて。返さなくていい、って。どうしようって思っているうちにエリオル殿下との婚約の話が出て……」
当時まだ5、6歳だったお姉様がお父様達に歯向かうなんてできなくて当然です。婚約の話が出て王族が関わってくればなおさら難しかったでしょう。お姉様が私に魔力を戻していたら、婚約が破棄されて公爵家は莫大な違約金を払わなければならなかったはずです。貴族社会での公爵家の立場も揺らいでいたかもしれません。
「あなたが家から追い出されるのを止めることしかできなかった……今更だけど、ごめんなさい……」
お姉様はうつむいて、肩を震わせながら声を絞り出しています。もしかするとお姉様はずっと私に負い目を感じていたのかもしれません。私は気にしていません、と言おうとしたら、先にお姉様が口を開きました。
「ナターリア、私はあなたの魔力を奪った張本人だというのに、どうして私の側に居ようとするの……?」
私がお姉様のお側に居たいのは、私は私のことが大好きだからです。私の魔力が宿るお姉様も私の一部だと思っています。なので、私の魔力が宿るお姉様のお側に居たいのです。私の魔力が宿るお姉様と離れるなんて考えるだけで辛いのです。そして私の魔力が宿るお姉様が魔法を扱うお姿や、私の魔力が宿っていることを表す光り輝く髪を見ることが何よりの幸福なのです。
でもこれをお姉様にそのまま伝えるのは恥ずかしいです。それに、お姉様が訊いているのはそういうことではないようです。なぜならお姉様は今、まるで私に怯えているかのように震えています。どうして。
魔力を奪われた私が魔力を奪ったお姉様のお側に居ようとすることは、お姉様にとって怖いこと……?
……あれ。もしかして側で復讐する機会をうかがっていると思われてます? ち、違います、お姉様。私はお姉様もお父様もお母様も恨んでなどいません。確かに魔力を奪われたことで公爵家の令嬢としては生きられなくなりました。ですが充分な衣食住が保証された生活を送らせてもらっています。
「お姉様、私は復讐など考えていません」
理由もつけて説明すると、お姉様は少しだけ安心した顔をしました。ですがまだ震えています。鏡台の端を強く握り、私に怯えて警戒しています。『なぜ側に居ようとするのか』に対して答えていないからでしょうか。
信頼できない人を護衛に選ぶ人はいません。このままでは私はお姉様の護衛騎士になれず、お姉様の側に居続けられなくなってしまいます。なんとしてもここで信頼を勝ち取らなくてはいけません。
ですが『私は私のことが大好きだから』とは恥ずかしくて説明できません。恥ずかしすぎて挙動不審になり余計に警戒させてしまう気がします。『お姉様が好きだから』と言うほうがよほど恥ずかしくありません。ただ私を警戒しているお姉様を信じさせるほど上手に説明できる気がしません。
どうしましょう。どうしたらお姉様は私を信頼してくれるのでしょう。私はお姉様を見つめます。普段は次期王妃として常に気丈で感情を揺るがせないお姉様。震えるほど感情をあらわにしている姿は初めて見ます。それほどまでに私に怯えて……。
心臓がドクンと大きく脈打ちました。
この感覚は、初めてホーンラビットを倒した時と同じです。
そう、これは、庇護欲。
私に怯える瞳に、とてつもなく庇護欲が掻き立てられます。ああ、そんなに怯えないで。震えないで。大丈夫だから。守ってあげるから。安心できるまで抱きしめてあげるから。
ホーンラビットを守ってあげることはできませんでしたが、お姉様をお守りすることはできます。次期王妃にこんな感情を抱くのは失礼でしょうか? いいえ、守りたいと思っているのです。護衛騎士にぴったりな感情でしょう。
この感情の昂りをお姉様にぶつけましょう。守りたいというこの強い想いを吐露するのです。お姉様の怯える顔や態度に庇護欲を掻き立てられたと言うわけにはいきませんが。
公爵家から追い出されそうだった所を救ってくれたこと。公爵家で立場の無い私を気遣ってくれたこと。男爵令嬢と王太子の会話に割り込んだ時、助けてくれたこと。充分な理由になります。
「私はお姉様に守ってもらってばかりでした。今度は私がお姉様を守りたいと思っているのです」
湧き上がる熱意をお姉様にぶつけると、お姉様の顔がくしゃりと歪みました。
「よかった……」
お姉様の表情が、怯えから安堵へと変わっていきます。……お姉様はこんな顔をしていたでしょうか。そういえばお姉様の顔をちゃんと見たのは初めてな気がします。私はお姉様の髪ばかり見ていたことに気付きました。
お姉様が背筋を伸ばして前に数歩進み、私の前までやってきました。両手で私の右手を包みこみます。
「これからもよろしくね、私の騎士」
「……はいっ!」
男爵令嬢の事件から2年もの間、お姉様はずっと私に対して疑問と恐怖を抱いていたはずですが、それを表に出すことはありませんでした。感情をあらわにしないようにする王妃教育の賜物です。国のトップになるお姉様はこれからもきっと、表に出せない恐怖を感じることがあるでしょう。
だからでしょうか。お姉様が次期王妃らしい表情や態度になっても、私の庇護欲は変わらないようです。
私は私の魔力が宿るお姉様の側で、恐怖を感じても表に出せないお姉様を守ります。
窓から差し込む日の光がお姉様の髪も、顔も、全身も美しく輝かせていました。
初めて小説を書きました。難しい……!でも楽しかったです。
反応や評価をいただけると嬉しいです。
最後まで読んでくださりありがとうございました!




