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成果物4-4.文字化けッ!! わたしの書いた文字がことごとくお化けになってしまうのだけれど!?

(AIが書いた文章を添削して、多少綺麗にして載せています。前後関係がおかしいところもありますが、そこは今後に期待ということで)


## 第1話:チョコアイスの悲劇


 人生の終わりというのは、案外あっけないものだ。

 特に、私のように「お化け」に好かれすぎた人生を送っていると、死へのハードルが低くなっているのかもしれない。


 私の名前は幸河盛子こうかわ もりこ。二十八歳の独身OLだ。

 生まれつきの強烈な霊媒体質のせいで、私の周りには常に誰かしら「足のない方々」がうろついている。おかげで運勢は常にどん底。宝くじは当たらないし、楽しみにしていた限定品は私の目の前で売り切れる。


 そんな私の、唯一にして最大の救い。

 それが、仕事帰りのコンビニで買う、一個百六十円の「濃厚ビターチョコ・アイスバー」だった。


「ふふ、今日も一日頑張ったわ。私」


 街灯がまばらな夜道。

 私は、自分にまとわりつく数体の浮遊霊(おじいさんと、なぜか落ち武者)を適当にあしらいながら、大切に抱えたレジ袋からアイスを取り出した。

 カカオ七十パーセントの芳醇な香り。これさえあれば、明日も理不尽な上司の小言に耐えられる。


 ぺりり、と包装紙を剥がそうとした、その時だった。


「……あ」


 手が滑った。

 運勢どん底の私の指先が、あろうことか、まだ一口も食べていないアイスを放流してしまったのだ。


 アイスは重力に従い、アスファルトの上へと落下していく。

 ダメ。それだけはダメ。私の今日を支える唯一の結晶なのよ。


「待って、私のチョコ……!」


 私は反射的に膝をつき、地面へと手を伸ばした。

 背後から、ブレーキを焼く激しい音が響く。

 眩いヘッドライトの光が、深夜の道路を白一色に染め上げた。


 チョコアイスに気を取られて、トラックが爆走して歩道を乗り上げ襲い掛かってきていることに気が付かなかったのだ。


(あ、これ……避けられないやつだわ)


 振り返った時、すべてが手遅れだったことを悟った。

 ドゴォォォン!! という衝撃と共に、私の意識は暗転した。


---


 次に目を覚ました時、そこは真っ白な空間だった。

 雲のようなフワフワした床の上に、私はぽつんと座っていた。


「……死んだわね、これ」


 手元を見る。あのアイスはない。

 代わりに、半透明になった自分の体がある。

 幽霊は見慣れているけれど、まさか自分が幽霊になる日がこんなに早く来るとは思わなかった。


「おやおや、随分と落ち着いているね」


 頭上から、穏やかだが威厳のある声が降ってきた。

 見上げると、そこには長い髭を蓄えた、いかにも「神様」といった風貌の老人が浮かんでいた。


「神様……ですか?」

「いかにも。幸河盛子よ。お主のこれまでの人生、実に見事なまでの不幸っぷりであった」

「わかっていただけますか。毎日毎日、落ち武者に背後霊になられる苦労を」

「うむ。お主の徳は、不運によって十分に積まれている。そこで提案なのだが、異世界で第二の人生を歩んでみる気はないかね?」


 異世界。

 最近流行りのアレだろうか。


「……そこに、チョコアイスはありますか?」

「お、お主の努力次第ではないかな?」

「そうですか。まあ、このまま消えてなくなるよりはマシかもしれませんね。お化けに囲まれない人生なら、どこだって天国です」


 神様は満足そうに頷くと、人差し指をこちらに向けた。


「よろしい。お主に、その霊媒体質を逆手に取った特別なスキルを授けよう。名は【文字化け】。文字に霊的な命を宿す力だ」

「文字化け……?」

「異世界での活躍を期待しておるぞ」


 神様の姿が遠ざかっていく。

 私の体は、温かな光に包み込まれ、再び意識が溶けていった。


◇ ◇ ◇ ◇


## 第2話:異世界転移


 目が覚めると、私は石造りの厳かな聖堂の真ん中に立っていた。

 ステンドグラスから差し込む光が美しい。


「……え、ここが?」


 自分の姿を確認する。

 二十八歳のくたびれたスーツ姿ではなく、少し若返ったような、清潔感のある白いワンピースを着た少女になっていた。

 髪は少し短くなり、以前よりもさらさらとしている。


「おい、ボーッとするな。スキル鑑定を始めるぞ」


 目の前に立っていたのは、立派な法衣を纏った一人の男。

 少し突き出たお腹と、傲慢そうな眼差し。

 彼こそが、この国の神官ガラムだった。


「はい、すみません」

「ふん。この鑑定水晶に手を触れろ」


 言われるがまま、私は台座に乗った水晶に触れる。

 ピカッと文字が浮かび上がった。


「なになに……固有スキル【文字化け】。……文字化け?」


 ガラムは、浮き出た文字を二度見し、三度見した。

 そして、盛大に鼻で笑った。


「はっ! なんだそれは。書いた文字が化けるだけか? 読み書きの邪魔にしかならんではないか。期待して損をした。おい、さっさとこの女を追い出せ! こんなゴミスキル持ち、教会に置いておく価値もないわ!」


 神官の罵声が響く中、私は教会の外へと放り出された。

 重厚な扉がガランと閉まる。


 見知らぬ街。

 中世ヨーロッパのような風景だが、どこか薄暗い。

 そして何より――。


「……あら、ここもお化けが多いわね」


 街の角に佇む半透明の影たちを見つめ、私は深いため息をついた。

 どうやら異世界に来ても、私の「体質」は変わっていないようだった。


◇ ◇ ◇ ◇


## 第3話:冒険者ギルドへ


 教会の冷たい石畳に放り出された私は、とりあえずスカートについた埃をパンパンと払った。

「……まあ、追い出されただけマシね。前の世界じゃ、霊媒体質ってだけで変人扱いだったし」


 神官ガラムの「ゴミスキル」という言葉も、今の私には心地よいBGM程度だ。それよりも深刻な問題がある。異世界に来てからというもの、お腹が空いて仕方がなかった。


 私は、活気あふれる街の通りへと歩き出した。

 道行く人々は革の鎧を着ていたり、ローブを纏っていたりする。どうやらここは、ファンタジーの王道を行く世界のようだ。


「言葉……通じるわね」

 看板の文字に目を向ける。見慣れない記号の羅列のはずだが、なぜかスラスラと意味が頭に入ってくる。

『冒険者ギルド・アイアンゲート支部』。

 神様が翻訳機能をサービスしてくれたらしい。これなら仕事を探すのは簡単だ。


 私は、ひときわ大きな石造りの建物――冒険者ギルドの門をくぐった。

 中は喧騒に包まれていた。酒を飲む荒くれ者、依頼書を睨む魔術師。受付には、いかにも仕事が出来そうな眼鏡の女性が座っている。


「……すみません、登録をお願いしたいんですけど」

「はい、新規登録ですね。こちらの用紙に名前と年齢、所持スキルを記入してください」


 差し出されたのは、羊皮紙と一本の羽ペン。

 私は羽ペンを握りしめた。この世界の文字は理解できる。なら、書けるはずだ。

 羊皮紙の名前欄に、私は丁寧に自分の名前を書き込んだ。


『幸河 盛子』


 ――その瞬間。

 書いた文字が、ドロリと黒い霧のように溶け出した。


「えっ……?」

 受付の女性が驚愕に目を見開く。

 霧は羊皮紙から立ち上がり、私の目の前で急速に形を成していく。

 現れたのは、一人の女性の霊。

 

 膝下まで伸びた黒髪。

 どこか眠たげで、でも肝の座った瞳。

 ……それは、紛れもなく「前の世界の私」の姿だった。


 【文字化け】――。書いた文字がお化けになるスキル。

 まさか、自分の名前を書いて「自分のお化け」が出てくるとは。


「あ、あの……今、何か黒いものが……?」

 受付の女性が周囲を見回す。だが、彼女の視線は私の目の前に浮かぶ「私」を通り過ぎているようだった。

「……見えてないの?」

 試しに、周囲の冒険者たちを見る。誰もこちらを気にしていない。


 どうやら、私のスキルで生み出した霊は、今のところ私にしか見えないらしい。

 目の前の「私」……いや、『そっくりさん』は、表情一つ変えずに私を見つめている。足はもちろんない。ゆらゆらと揺れながら、彼女はスーッと私の足元へ移動した。


 そして、私の影に溶け込むようにして消えていった。


「影に入った……? まあ、場所を取らないだけマシね」

 私は、何食わぬ顔でペンを置いた。

 受付の女性は、真っ白になった(文字が消えた)名前欄を見て、顔を引きつらせている。


「あ、あの……お名前が消えてしまったのですが……」


受付の女性が、困惑した表情で真っ白な羊皮紙を見つめている。

 先ほど私が書いた『幸河 盛子』の文字は、すべて黒い霧となって私の影へと消えてしまった。

 自分の名前を書いて「自分のお化け」が出るなんて、このスキル、想像以上に厄介だわ。


「……すみません。私、実は強力な『書字制限の呪い』にかかっていて、自分で自分の名前を書くと消えてしまうんです」


私は、さも悲劇のヒロインを装って、うっすらと目を伏せた。

 本当は「書いた文字がお化けになる」なんて説明しても、あの傲慢な神官と同じようにゴミスキル扱いされるのがオチだ。それならいっそ、不可抗力な呪いのせいにするのが一番角が立たない。


「ま、まあ! そんな酷い呪いに……。大変な試練を背負っていらっしゃるのですね……」


受付の女性は、私の若返った(ように見える)姿を見て、同情の眼差しを向けた。ちょろい、もとい、なんて優しい人だろう。


「もしよろしければ、私が代筆いたしましょうか?」

「助かります。お願いします」


彼女は慣れた手つきで、予備の羊皮紙にさらさらと私の名前を書き込んでいく。

 他人が書いた文字は、霧になることもなければ、お化けになることもない。至極まっとうな「インクの跡」として羊皮紙に定着した。


(やっぱり、私自身が書かないと発動しないのね。……まあ、そっちの方が管理しやすくていいわ)


影の中に潜んだ『そっくりさん』の気配を感じながら、私は受理されたギルドカードを受け取った。

 カードには、私の名前と――最底辺を示す『Fランク』の文字が刻まれている。


「ありがとうございます。これで今日から、私も冒険者ね」


空腹で鳴りそうな腹筋に力を込め、私はギルドの掲示板へと向かった。

 とりあえず、チョコを買う……のは無理でも、まずはパンとスープにありつけるだけの依頼を見つけなければならない。

◇ ◇ ◇ ◇


第4話:空腹と習字と人探し


ギルドを出た私の胃袋は、限界を迎えようとしていた。

 今の私に必要なのは、甘いチョコ……は高望みだとしても、せめて温かいスープと柔らかいパン、そして雨風を凌げるベッド。

 さらに言えば、この【文字化け】スキルを安全に試すための「紙」と「ペン」だ。地面に指で書くのも限界がある。


「まずは、手っ取り早く稼げる依頼を……」


私は掲示板に群がる冒険者たちの隙間から、一枚の依頼書を剥ぎ取った。


『【人探し】行方不明になった商人見習いの少年を探してほしい。目撃情報求む』


報酬は銀貨五枚。新米が受けるには破格だが、誰も手をつけていない。どうやら、手掛かりが一切なくて放置されている案件らしい。


「まあ、足がない人に聞くのが一番早いわね」


私はギルドの裏路地へ回り込み、そこらに浮いている「薄ぼんやりした方々」に目を向けた。

 前の世界にいた頃からそうだが、お化けというものは暇を持て余している。街の隅々まで見ている彼らは、生きている人間よりもよっぽど情報通なのだ。


私は一人の、頭が少し欠けた兵士風の幽霊に近づいた。


「ねえ、ちょっといいかしら」

「……あ? 俺が見えるのか、娘」

「ええ、くっきりと。折り入って相談なんだけど、この似顔絵の男の子、どこかで見なかった?」


幽霊は面倒そうに鼻を鳴らした。

「教えてもいいが……俺たち幽霊は常に飢えてるんだ。何か『活力』をよこせ。じゃなきゃ話さん」


ふふ、やっぱり。異世界のお化けも交渉のルールは同じらしい。

 私は自分の指先に意識を集中した。前世からの特技だが、自分の生命力……いわゆる「活力」を少しだけ指先に集め、彼らに分け与えることができる。これをやると幽霊は一時的に実体に近い力を得て、満足するのだ。


私は指先を幽霊の肩にチョンと触れさせた。

「はい、どうぞ」

「おお……おおお! これは、なんという芳醇な生気……! 力がみなぎるぞ!」


兵士の霊は、まるで栄養ドリンクを十本一気飲みしたかのような勢いでシャキッとした。


「あのガキなら、西の貯水庫の影で寝てたぜ。足を滑らせて気絶してるみたいだが、生きてる。案内してやろうか?」

「助かるわ。お願いね」


案内された場所へ向かうと、確かに依頼書の少年が倒れていた。

 私は彼を背負い(そっくりさんが影から少し支えてくれた気がする)、何食わぬ顔でギルドへ連れ帰った。


「ええっ!? もう見つけたんですか!? 衛兵が半日探しても見つからなかったのに!」

 受付の女性が、目を丸くして銀貨を差し出す。


「運が良かっただけですよ。……あ、あと、これで紙とペンを売ってもらえますか? 一番安いやつでいいので」


私は手に入れたばかりの銀貨の一部を使い、束になった粗末な羊皮紙と、安物の筆記用具を手に入れた。

 これでようやく、私の「実験」が始められる。


まずは宿を確保し、一人きりになれる部屋へ。

 私は机の上に紙を広げ、ペンを握った。


「さて……何から化けさせようかしら」


お化けは扱い慣れている。だが、自分で「作る」となれば話は別だ。

 私は少し考えた後、一文字、紙に書き込んだ。


『灯』


パシッ、と火花が散るような音がして、紙から青白い提灯のような霊が浮かび上がった。

 それは部屋を優しく照らし、私の周りをふわふわと漂い始める。


「いいわね。……これなら、夜道でチョコを探すのにも困らなさそう」


影から『そっくりさん』が顔を出し、その灯霊を不思議そうに眺めていた。


◇ ◇ ◇ ◇


第5話:影の中の満員電車


宿屋の一室。安っぽいランプの火が揺れる中、私は手に入れたばかりの羊皮紙を眺めていた。

 だが、落ち着いて実験を始める前に、部屋の温度が急激に下がったのを感じた。


「……あら、またお出ましね」


壁をすり抜けて現れたのは、昼間に活力を分けた、あの頭の欠けた兵士の霊だ。しかも一人ではない。彼の後ろには、見るからに「濃い」オーラを放つ三体の霊が連なっていた。


「よお、嬢ちゃん! あまりに絶品な活力だったからよ、仲間に自慢したら『俺たちも』って聞かなくてな!」


兵士の霊が、景気よく笑う。……いや、自慢しなくていいのよ、そういうのは。

 私は、新しく来た三体の霊を品定めするように眺めた。


「で? 昼間のあなたは? 兵士にしては随分と軽いけれど」

「俺か? ギャハハ! 生前は酒を愛するただの男だ!」

「飲んだくれかい!」


思わずツッコミを入れてしまった。だが、彼が連れてきた面々は、どうやらただの飲んだくれではなさそうだ。


一人は、ボロボロのローブを纏いながらも、知的な眼光を鋭く光らせる老人。

「私は魔力操作を極めた者。お主の放つ活力量……実に興味深い」


もう一人は、野獣の皮を被り、全身に生傷が絶えない大男。

「……俺は魔獣の専門家だ。あの世でも、凶暴な魔獣の霊を黙らせるのに飽きていたところでな」


最後の一人は、太った腹をさすり、贅沢な絹の服を着た小太りの男。

「私は大商人。お嬢さん、あなたのその『活力』……ビジネスになりますよ?」


……なんだか、とんでもないメンツが揃ってしまった。

 彼らは一様に、私の指先から漏れる生気に飢えた目を向けている。


「いいわ。活力を対価に、私の手伝いをしてくれるなら、居場所を提供してあげてもいいけれど。……ただし、実体化して騒ぐのは禁止よ?」


私の提案に、四幽霊は顔を見合わせ、満足そうに頷いた。


「「「「商談成立だ!」」」」


言うが早いか、四体のお化けたちは、私の足元にある影へと吸い込まれていった。

 すると、影の中からヌッと一人の女性――『そっくりさん』が顔を出した。


彼女は、私の影の中に勝手に入ってきた「むさ苦しい男霊四人」を指差し、なんとも言えない、ゴミを見るような、あるいは「狭いんだけど!」とでも言いたげな抗議の視線を私に送ってきた。


「……ごめんね、そっくりさん。まあ、足がないんだから、多少詰め込んでもマシでしょ?」


私は苦笑いしながら、そっと影の住人たちを無視することにした。


◇ ◇ ◇ ◇


第6話:伝説の騎士、爆誕(?)


翌朝、私は宿の裏手にある寂れた空き地に立っていた。

 影の中に五体もの霊を住まわせているせいか、心なしか足取りが重い気がするが、まあ、お化けなんてそんなものだ。


「さて……これから本格的に冒険者として活動するなら、護衛の一人くらいは欲しいわよね」


私は、昨日買った羊皮紙を一枚、岩の上に広げた。

 影から『そっくりさん』が顔を出し、私の手元をじっと見つめている。


「書く文字は決まっているわ。ファンタジーの定番、『騎士』よ」


私がペンにインクを浸し、勢いよく書き出そうとしたその時。

 影の中から、カサカサとした老人の声が響いた。


「待て待て待て! 待つのじゃ、嬢ちゃん!」


影から這い出してきたのは、魔力操作の達人、例の老人霊だ。彼は私の手元を見て、もどかしそうに顔をしかめている。


「お主、まさかそのまま書くつもりか? そんなスカスカの筆致では、出てくるのは『ブリキの玩具』が関の山じゃぞ」

「筆致……? お化けなんだから、何でもいいじゃない。化ければ同じよ」

「バカを申せ! 【文字化け】とは、書かれた文字の『概念』に霊的な骨組みを与える行為。お主の今の書き方では、魂を入れる器がペラペラなのじゃ!」


魔力老人は、実体化していないにもかかわらず、私の手首を掴むような仕草を見せた。


「よいか、魔力とは『集中』と『指向性』じゃ。この文字のハネ、ハライの一画一画に、お主のあの芳醇な『活力』を練り込むイメージを持つのじゃ。一文字を一つの魔法陣として完成させよ!」


……なんだか、本格的な書道教室が始まってしまった。

 私は老人の指導(という名の説教)に従い、深く呼吸を整えた。

 指先から、熱い活力をペンの先に流し込む。

 

「……はい、化けて!」


渾身の力で書き上げた『騎士』の二文字。

 直後、羊皮紙が耐えきれず発火した。


ボォォォン!!


青白い炎の中から現れたのは、これまでの「灯霊」や「そっくりさん」とは格が違う存在だった。

 全身を白銀のフルプレートアーマーに包み、背中には純白ののマント。その隙間から漏れるのは、神聖さすら感じる圧倒的な威圧感。


「――召喚に応じ、参上いたしました。我がマスターよ」


その騎士は、空中で重厚な金属音を響かせながら片膝を突いた。

 ……え、待って。これ、ちょっと「濃すぎ」じゃない?


「おお……なんと見事な。文字のハネが見事な霊的な筋肉となっておるわい」

 魔力老人が満足そうに頷く。


現れた騎士霊は、兜のバイザーを上げ、燃えるような瞳で私を見上げた。

「我が名はアルフレッド。主よ、この文字のハネ……これほどまでに気高い筆致、もはや神の御業に他ならない! このアルフレッド、魂の最後の一片まで貴女に捧げましょう!」


……なんだか、ものすごく過激な信奉者が生まれてしまった。


「あ、ええ。よろしく、アルフレッド。まあ、足がある……あ、あなた、足あるわね。幽霊なのに」

「主の書かれた『土台』が盤石なればこそ! 私はこの大地を、主のために踏みしめましょう!」


アルフレッドが立ち上がるたびに、空き地の地面がミシミシと沈む。

地面を穴だらけにされると困るので、影の中に入ってもらうことにした。


影の住人たちが、さらに「狭い!」と抗議の声を上げる中、私はとりあえず、最強の(そして最高に暑苦しい)護衛を手に入れたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇

第7話:魔獣のプロと白銀の無双


最強の護衛(兼・筆跡マニア)を手に入れた私は、その足でギルドへと向かった。

 路銀はまだあるが、この世界の物価も知りたいし、何より「実戦」でこのお化けたちがどれだけ動けるのかを試しておきたかったからだ。


「……一番簡単な討伐依頼をください。あと、護身用の安いナイフを一振り」


私は受付で、森に巣食うゴブリンの討伐依頼を受注した。

 支給された錆びかけのナイフを腰に下げ、私は意気揚々と街の外へと踏み出した。


街から少し離れた『迷いの森』。

 通常、新米冒険者はここでゴブリンの足跡を探し、半日以上右往左往するのが常識だ。しかし、今の私の影には「専門家」がいる。


「……主、止まれ。そこから北西に三〇〇メイル、風下に回り込め。枯れ葉の踏まれ方、木の実の食い散らかし方……間違いない、ゴブリンの集落がある」


影から野性味あふれる低い声が響く。魔獣専門家の男霊だ。

 彼の指示は驚くほど正確だった。木の根に隠された巧妙な罠を避け、獣道ですらない茂みを突き進むこと、わずか二十分。


「あったわ……本当に集落だわ」


茂みの向こうには、十数匹のゴブリンが焚き火を囲んで騒いでいる光景があった。

 私は腰のナイフに手を……。


「主よ! 下がっておいでください! このような醜悪な下等種、貴女の御手を汚すまでもありません!」


影から勢いよく飛び出したのは、やる気満々のアルフレッドだった。

 彼は白銀の鎧をガシャリと鳴らし、実体化した大剣を抜き放つ。


「このアルフレッド、主が魂を削り、至高の筆致で産み落としてくださった騎士の矜持――今こそお見せしましょう!」


直後、戦場は一方的な蹂躙へと変わった。


アルフレッドは幽霊特有の「質量無視」の加速で間合いを詰め、一振りで三匹のゴブリンを文字通り消し飛ばした。

 ゴブリンの棍棒が鎧を叩いても、実体と霊体を使い分ける彼には掠りもしない。


「ハッ! 温い! 主の書かれた『剣』の一画にも満たぬ鈍らめ!」

「ギ、ギャァァァ!?」


わずか数分。

 集落にいたゴブリンは、一匹残らずアルフレッドの露と消えた。

 私は……結局、ナイフの鞘を抜くことすらなかった。


「……まあ、私の戦闘は無いに越したことはないのだけれど」


私は返り血一つ浴びていないアルフレッドを眺め、深くため息をついた。

 一方、影の中では大商人の霊が「お嬢さん、ゴブリンの耳! 討伐証明部位を回収しなさい! 金になりますよ!」と騒がしい。


私は仕方なく、一度も使わなかったナイフを取り出し、戦利品の回収作業に取り掛かるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇

第8話:【閑話】影の騎士の独白


マスターの足元。そこは、常闇が支配する静寂の空間……。

 のはずなのだが、最近はどうにも騒がしい。


「おい、新入り! 貴殿のその大剣が邪魔だと言っているのだ! 拙者の魔力回路が乱れるではないか!」

「黙れ老いぼれ! これは主の筆致によって形作られた至高の武具。不平を言うなら、主がこのマントの『ハライ』に込めてくださった慈愛を理解してからにせよ!」


私、アルフレッドは暗闇の中でマントを翻した。

 影の中には今、私を含めて六人の……いや、一人と五霊がひしめき合っている。

 

 主は「狭いけれど我慢して」と仰るが、我慢などとんでもない。

 私にとっては、主の影こそが聖域。至近距離で主の「活力」を享受できるこの場所は、騎士にとって最上の報奨に他ならないのだ。


「……ふん。相変わらず堅苦しい野郎だ」

 

 酒臭い息を吐きながら、飲んだくれの兵士霊が私の足元に転がっている。

 この男は主の活力を酒に変えることしか考えていない。主の慈悲を泥酔で返すなど、本来なら一刀両断に処すべき不敬。しかし、主が「まあ、足がないからいいじゃない」と許容されている以上、私が手を出すわけにはいかなかった。


「それより騎士様。見てください、あの主の筆運を」

 大商人の霊が、影の隙間から外――主が羊皮紙を整理する様子――を覗き見て、よだれを垂らしそうな顔で囁く。

「あの『騎士』という文字の第二画目。あの力強い払い……あれをそのまま看板にすれば、王都の客を一人残らず呼び寄せられますぞ。商標権を買い取りたい……!」


「黙れ、拝金主義者が。主の文字を安売りさせるものか。あれは芸術を超えた神の記述ロゴスなのだぞ」


ふと視線を感じて横を向くと、主の『そっくりさん』が、無言で私を見つめていた。

 彼女はこの影の「先住権」を主張するように、一番心地よい主の真下のポジションを陣取っている。

 ……正直、彼女が一番恐ろしい。主の負の感情や霊的な本能が形を成したようなその佇まいは、我ら後入りの霊体とは一線を画す密度を持っている。


「……おい、お前ら。主が動くぞ」


魔獣専門家の鋭い声が響き、影の中に緊張が走る。

 主が歩き出すたび、影はうねり、我らはその波に身を任せる。

 

 先ほど、私は主を侮辱したゴブリンどもを、その肉片すら残さず屠った。

 当然だ。主の文字、主の活力、その全てがこの世の宝。それを汚す不浄なる存在は、このアルフレッドが許さない。


(主よ……次は、どのような文字を私に授けてくださるのですか? 『槍』ですか? それとも『城』ですか?)


妄想が膨らむ。もし主が『愛』などと書こうものなら、私はあまりの神々しさに昇天してしまうかもしれない。

 

 私は暗闇の中で、主の足音に耳を澄ませた。

 今日も主の影は、熱狂的な崇拝と、少しの酒臭さと、圧倒的なカオスを抱えて、異世界の街を闊歩していく。


◇ ◇ ◇ ◇


第9話:ランクFの怪物


ゴブリンの耳が入った袋を肩に担ぎ、私は意気揚々とギルドの門をくぐった。

 出発してから一時間も経っていない。受付の女性は、私の姿を見るなり「忘れ物ですか?」と首をかしげた。


「いえ、討伐が終わったので精算をお願いします」

「えっ……? まさか。たった数十分ですよ?」


半信半疑の彼女が袋の中身を確認した瞬間、ギルド内の空気が凍りついた。

 中には、魔獣専門家のアドバイスに従って効率よく回収された、数十匹分のゴブリンの耳。切り口はどれも、鋭利な刃物で一太刀に断たれたような、見事な断面を見せていた。


「これ……全部、あなたが?」

「まあ、運が良かったんです。ちょうど一箇所に集まってたので」


私は適当な嘘を並べた。本当はアルフレッドが「主の歩みを止める塵芥め!」と叫びながら、旋風のごとく切り刻んだ結果なのだが。


「おいおい、冗談じゃねえぞ!」

 背後から、酒臭い怒鳴り声が響いた。

 振り返ると、三人の大柄な男たちが私を囲んでいた。身につけている装備の質からして、ランクDかCといったところだろう。


「新人のランクFが、これだけの数を一人で短時間に狩れるわけがねえ。どっかの高ランクパーティが狩り残した死体を拾ってきたんだろ?」

「死体拾いのコソ泥か。おい、その報酬をこっちに寄こせ。嘘をついた罰だ」


男の一人が、私の肩に手を置こうとした。

 その瞬間。


『――不敬なり』


私の影が、ドロリと異様に色濃く波打った。

 影の中から、アルフレッドの燃えるような瞳が二人を射抜く。実体化はしていない。だが、魔力老人の指導によって高められたアルフレッドの「殺気」が、物理的な圧力となってギルド中を圧迫した。


「ひっ……!?」

 男の手が止まる。

 彼らの目には何も見えていないはずだが、本能が「死」を察知したのだろう。男たちはガチガチと歯を鳴らし、そのまま腰を抜かして床にへたり込んだ。


「……? どうかしたんですか? 床に得体の知れないお化けでも落ちてました?」

「い、いや……なんでもねえ! すまなかった!」


男たちは脱兎のごとくギルドから逃げ出していった。

 私は不思議に思いながら、受付の女性から銀貨五枚を受け取った。


「あの、モリコさん。今の……一体何をしたんですか?」

「何も。ただ、私の影が少し人見知りなだけです」


私はギルドカードを受け取り、次なる目的地を定めた。

 報酬の銀貨を握りしめ、私は影の中の「大商人」に問いかける。


「ねえ、大商人さん。この世界にはまだ、カカオ……いえ、『至高の甘みを持つ茶褐色の豆』なんて存在しないのよね? どこかにそれっぽい植物の情報はないかしら」


『……ふふふ、お嬢さん。この世界に無いものを作る、それこそが商売の醍醐味。まずは市場の裏にある「情報の墓場」と呼ばれる骨董屋へ行きましょう。あそこの店主の霊は、私の古い商売敵でしてね……。珍しい植物の種も扱っていたはずですよ』


影から聞こえる不敵な笑い声。

 私の異世界チョコ作りは、まず材料の「概念」を探すことから始まるようだった。


◇ ◇ ◇ ◇


第10話:情報の墓場と喋る古文書


大商人の霊に導かれ、私は市場の喧騒から外れた、薄暗い路地裏へと足を踏み入れた。

 湿った石畳の匂いと、微かに漂う死者の残り香。生前なら「あ、ここ絶対出るわ」と避けていた場所だが、今の私にはむしろ実家のような安心感がある。


「ここが……『情報の墓場』」


そこには、今にも崩れそうなほど傾いた骨董屋があった。

 軒先には得体の知れない魔獣の剥製や、ひび割れた水晶玉が乱雑に積み上げられている。そして何より、店の入り口には、かつて店主だったであろう老人の霊が、不機嫌そうに腕を組んで浮いていた。


『……ふん。ケチな商売敵が、妙な小娘を連れてきおったな』


店主の霊が、私の影に向かって吐き捨てた。どうやら大商人とは、死んでなお仲が悪いらしい。

 影の中から大商人が「相変わらずの偏屈ぶりですな、店主殿」と皮肉げに笑う。


「こんにちは。あの、茶褐色の豆……すごく甘くて美味しいものを作れる種か、情報を探しているんですけれど」


私が用件を伝えると、店主の霊は鼻で笑った。

『甘いもの? そんな軟弱なものはここにはない。だが、古代の記述によれば「魔力の増幅」に使われたとされる忌まわしき豆の記録なら、この奥の古文書に眠っておるわ。……もっとも、解読できればの話だがな』


店主の霊が指差したのは、カウンターの奥でホコリを被った一冊の分厚い書物。

 表紙には、見たこともない複雑な記号……いや、これは文字というより、高度に図式化された「呪紋」に近い。


『それは生前、ワシが一生をかけても読み解けなかった文字だ。一文字でも解読できれば教えてやらんでもないが――』


私は迷わず、その古文書に手を伸ばした。

 魔力老人が影から「ほう、これは面白い構成じゃ」と身を乗り出す。


「……解読なんて、面倒なことしなくていいわよね。はい、化けて!」


私は古文書のページをめくり、最も大きく書かれた謎の文字の上に、手持ちのペンで「問」という一文字を添えて書き込んだ。

 

 パシッ! と小気味よい音がして、古文書から黒い煙が立ち上がる。

 現れたのは、メガネをかけ、全身が文字の羅列で構成された、ひょろ長い学者のような霊――「文字の精霊」だった。


「……ううむ、久方ぶりに起こされたと思えば、随分と強引な。私に何か用かね?」


古文書そのものが化けた姿に、店主の霊は顎が外れそうなほど驚愕している。


「あなたがそこに書かれている内容よね? 自分で自分のことを説明してちょうだい。特に、この茶色い豆の場所について」


「……はぁ。私は記述された情報の集合体。主の問いには答えねばならん。その豆……貴女の言うカカオに似た『カカラの実』は、南方の火竜が住まう火山地帯に自生している。もっとも、かつては魔力回復の薬として重宝されたが、あまりの苦さに絶滅したと思われていたがね」


カカラの実。火山の地帯。

 ようやく、私のチョコ……もとい、至高の甘味への道筋が見えた。


「ありがとう。……店主さん、そういうことだってお化けが言ってるわよ」


『お、お化け……。ワシが一生をかけた謎を、一瞬で「本人」に白状させるとは……』


店主の霊はすっかり意気消沈し、情報の対価として、店の奥に眠っていた「古代の調理用魔法道具」を差し出してきた。

 

「まあ、足がないんだから、そんなに落ち込まなくていいわよ」


私はお礼を言い、収穫した情報と魔法道具を手に、店を後にした。

 影の中では、アルフレッドが「主の筆致、もはや歴史すらも跪かせる!」と感極まり、大商人が「火山地帯での利権……」とソロバンを弾く音が響いていた。


◇ ◇ ◇ ◇


第11話:昇格試験と歩くエアコン


南方の火山地帯へ行くためには、今のランクFではあまりに門前払いが多すぎる。

 ギルドの規定では、他領への遠征や危険地帯への立ち入りには最低でもランクDが必要らしい。


「というわけで、ランクアップ試験を受けに来たわ。……最短でランクDまで上げられる依頼はある?」


翌日、ギルドのカウンターで私がそう告げると、受付の女性は困ったように眉を下げた。


「最短……ですか。それなら、ちょうど今日、ランクCからDを目指す冒険者たちの『合同昇格試験』が開催されます。内容は、火山のふもとにある『熱帯の街道』にはびこる、凶暴な火炎トカゲの群れの掃討ですが……」


「それに乗るわ。ちょうど南へ行くついでだし」


周囲の冒険者たちが「あいつ、死ぬ気か?」と冷ややかな視線を送ってくるが、私は気にせず手続きを済ませた。


数時間後。私は試験に参加する他の冒険者五人と共に、馬車で火山のふもとへと到着した。

 ……暑い。

 まだ火山の入り口だというのに、地面からは陽炎が立ち上り、一歩歩くたびに体力が削られていく。


「はぁ、はぁ……なんだこの暑さは。トカゲと戦う前に干物になっちまうぞ……」

「新人のランクFが、真っ先に倒れても文句言うなよな」


他の受験者たちが愚痴をこぼす中、私の影からは別の意味で「暑苦しい」抗議が響いていた。


『主よ! 影の中が! 魔獣男の体温と酒飲みの吐息で、もはや灼熱地獄にございます!』

『うるせえ騎士野郎! 俺だって脱ぎたいんだよ!』


影がもぞもぞと波打ち、足元から熱気が伝わってくる。どうやら幽霊たちもこの暑さでイライラしているらしい。


「……まあ、お化けが熱中症になられても困るしね。はい、化けて」


私は歩きながら、手元の羊皮紙に『涼』の一文字を書き込んだ。

 すると、私の頭上に、氷の結晶を全身に纏った巨大なペンギンのような、冷気を放つ霊が三体ほど浮かび上がった。


「キュイッ!」

 霊たちが翼を振るうと、私の周囲だけが、まるで高級ホテルの冷房室のような快適な温度にまで急降下した。


「……快適だわ。これでチョコの材料探しに集中できる」


私が涼しい顔で歩き出すと、死にそうになっていた他の冒険者たちが、信じられないものを見る目でこちらを凝視した。


「おい、待て……! その浮いてる魔物はなんだ!? なんでお前の周りだけ雪が降ってるんだ!?」

「ただの『涼みの霊』ですよ。人見知りなので、あまり近づかないでくださいね」


実際には影の中のアルフレッドたちが「おおお、これは素晴らしい! 主の慈悲!」と氷の霊を抱きしめて涼んでいるのだが。


こうして、一人の少女が「歩くエアコン」と化して涼しげに進み、その背後をゾンビのような顔をした屈強な男たちが這いつくばって追うという、異様な試験が幕を開けた。


◇ ◇ ◇ ◇


第12話:昇格試験<ココア探し


「熱帯の街道」は、もはや地獄絵図だった。

 ただし、それは魔物による被害ではない。私の周囲三メートルだけが「氷河期」に突入しているせいだ。


「キュイ、キュイッ!」

 三体の氷霊アイス・ペンギンが翼をパタつかせるたび、地面の溶岩石がパキパキと凍りついていく。


「お、おい……嘘だろ……」

 後ろを付いてくるランクD志望の冒険者たちが、ガタガタと震えながら青ざめた顔で呟く。

「火炎トカゲの群れだ! 前方、三十匹!!」


試験官の叫び声と共に、茂みから真っ赤に燃え上がる巨大なトカゲたちが飛び出してきた。本来なら火炎放射で人間を焼き尽くす、この街道の覇者だ。


「シャァァァ!」

 先頭のトカゲが、勢いよく炎を吐き出そうと口を開ける。

 しかし。


「あら、危ないわよ。みんな、あの子たちを少し冷やしてあげて」


私が指をさすと、氷霊たちが一斉に冷気を吹き付けた。

 ――次の瞬間。

 ゴゴゴゴッ! と激しい音を立てて、トカゲが吐き出そうとした炎ごとカチコチの氷塊に変わった。


「…………え?」

 冒険者たちが絶句する。

 炎を吐こうとしたポーズのまま、透き通った氷の中に閉じ込められたトカゲ。それはもはや魔物ではなく、前世のデパ地下で見かけた「高級鮮魚の氷漬け」に近い何かだった。


「主よ! このような雑魚、我が剣を振るうまでもありませぬな!」

 影の中からアルフレッドが自慢げに声を上げる。


「そうね。……あ、専門家さん。これ、食用になる?」

『……ああ。火炎トカゲの肉は、凍らせたまま焼くと絶品の霜降りになる。ギルドで売れば、ゴブリンの耳の十倍は固いぞ』

 影から魔獣専門家が、グルメなアドバイスを送ってくる。


「よし。大商人さん、これ全部回収して」

『承知いたしました! 影の収納スペースを一時的に拡張します。……そこのそっくりさん! 荷物を端に寄せてください!』


私の影が、ブラックホールのように大きく広がる。

 氷漬けになった三十匹の火炎トカゲたちが、シュルシュルと影の中に飲み込まれていった。


後に残されたのは、霜が降りた冷たい地面と、唖然として立ち尽くす試験官、そして寒さで鼻水を垂らした冒険者たちだけだった。


「……あの、モリコ君。試験内容は『掃討』であって『収穫』ではないのだが……」

 試験官が震える声で指摘する。


「ええ。でも、もう一匹も残っていませんよ? これで試験終了でいいですよね。私、急いで火山の奥に行きたいんです。豆のために」


私は、もはや完全に「聖女」か「魔女」か判断がつかない畏怖の視線を浴びながら、悠然と街道を歩き続けた。


◇ ◇ ◇ ◇


第13話:火山に眠る茶褐色の至宝


氷霊ペンギンたちが冷気を振りまく中、私はついに、火山の五合目付近に広がる奇妙な群生地に辿り着いた。


そこには、周囲の灼熱に耐えるように分厚い皮に包まれた、ラグビーボールのような形の実がいくつも木にぶら下がっていた。古文書の学者が言っていた「カカラの実」だ。


「これね……。見た目は完全にカカオポッドだわ」


私は、影から少しだけ身を乗り出した魔獣専門家のアドバイスに従い、一番色の濃い実を一つ、安物のナイフで慎重に割り取った。

 パカッ、という音と共に、中から白い果肉に包まれた種が現れる。


私はそれを一つ手に取り、指で潰して中の匂いを嗅いだ。


「――っ! この、独特の青臭さと奥に潜む芳醇な苦味……間違いない。これよ、これが欲しかったのよ!」


異世界に来てからというもの、私の心に空いていた「チョコ欠乏症」という名の大きな穴。それが、この一粒の豆の香りで満たされていくのを感じた。


『……お嬢さん、そんなに嬉しそうにして。ただの苦い豆にしか見えませんが、これが本当に金になるので?』

 影から大商人の霊が半信半疑の声を出す。


「ええ。これに砂糖とミルク、そして私の『文字』を加えれば、この世界の常識をひっくり返す魔法の食べ物になるわ」


私は至福の表情で、適度に熟した実を次々と収穫し始めた。

 欲張りすぎてこの場所の生態系を壊すわけにはいかない。お化けたちを総動員して、持ち帰れるだけの「未来のチョコ」を影の収納スペースへと詰め込んでいく。


「よし、目標達成ね。アルフレッド、みんな、帰るわよ!」


『ハッ! 主の望みが叶った今、この地にとどまる理由などありませぬ! 速やかに、そして優雅に撤退いたしましょう!』


アルフレッドが影の中から気合を入れ直す。

 私は、相変わらず氷漬けのトカゲを眺めて呆然としている試験官たちの横を、鼻歌混じりで通り過ぎた。


足取りは軽い。何しろ、私の影には大量のトカゲ(換金用)と、待望のカカオ(自分用)が詰まっているのだから。


◇ ◇ ◇ ◇


14話:ランクDへの爆速昇格と「裏」の買い出し


氷漬けのトカゲを三十匹も引き連れて(影の中にだが)ギルドに帰還した私は、文字通り英雄……というよりは「正体不明の怪物」を見るような目で見守られながら、カウンターの前に立った。


「あ、あの……モリコさん。試験官からの報告書が届いています。『一歩歩くごとに周囲が凍りつき、火炎トカゲを瞬時に氷塊に変えて影に呑み込んだ。人智を超えている』……と」


受付の女性が、震える手で私のギルドカードを更新する。

 ピカッとカードが光り、そこには『ランクD』の文字が刻まれた。


「無事に上がったわね。これで他領への移動も楽になるわ」


さらに、氷漬けのトカゲ三十匹をその場で換金。

 魔獣専門家のアドバイス通り、鮮度(?)が完璧だったため、手に入ったのは金貨十枚という、Fランクから上がったばかりの冒険者には一生縁がなさそうな大金だった。


「さて……次は砂糖とミルクね。できれば最高級のやつがいいわ」


私が独り言を漏らすと、影の中から待ってましたと言わんばかりに、大商人の霊が這い出してきた。


『お嬢さん、お嬢さん! ギルド公認の店で買うなんて、そんな勿体ないことはいけません。金貨十枚あれば、市場の裏ルートを使えば三倍の量の砂糖と、朝搾りたての山羊のミルクが手に入りますぞ』


「裏ルート?」


『ええ。私が生前贔屓にしていた商会の「成れの果て」……今は没落して借金まみれの小さな商店がありますが、あそこの店主の守護霊(私の弟弟子ですがね)に活力を少し分け与えれば、相場の半額で卸させましょう』


……さすが、死んでも商魂逞しい。

 私は大商人の案内に従い、街の貧民街に近い一角にある、看板も出ていないボロい店を訪れた。


「……誰だ、うちはもう売るもんねえぞ」

 出てきたのは、目の下にクマを作った、やる気ゼロの店主。

 しかし、その背後には大商人が言っていた通り、ガリガリに痩せこけた守護霊が恨めしそうに浮いていた。


「こんにちは。砂糖を十樽と、新鮮なミルクを毎日届けてほしいんですけれど」


私がそう言いながら、指先に少しだけ「活力」を込めて、守護霊の鼻先に近づける。

 守護霊の目がカッと見開かれ、一気に体格が二倍ほどに膨れ上がった。


『な、ななな……なんという生命エネルギーだ! これがあれば、店主の運気も一気に好転する……! おい店主! この娘さんの言うことを聞け! 倉庫にある秘蔵の砂糖を全部出すんだ!』


守護霊が店主の耳元で叫び(店主には直感として伝わる)、店主は急にガタッと立ち上がった。


「……あ、いや、待てよ。そういえば親父が隠してた最高級のビート糖があったな。あんた、運がいい。格安で売ってやるよ!」


こうして私は、影の住人のコネと「活力」という名の賄賂を使い、チョコ作りに欠かせない最高級の材料を山ほど手に入れたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


第15話:念願のチョコアイスと別れの季節


宿の厨房は、今や異界の実験場と化していた。

 私は「情報の墓場」で手に入れた古代の調理道具に、魔力老人から教わった魔力操作を注ぎ込む。焙煎されたカカラの実から、あの懐かしくも芳醇な香りが立ち上り、宿の主人も「なんだこの天国のような匂いは……」と腰を抜かしている。


大商人の裏ルートで仕入れた最高級の砂糖を混ぜ、魔獣専門家が「一番力がみなぎる」と太鼓判を押した山羊のミルクを加える。

 練り上げられた滑らかなチョコレート。これだけでも奇跡だが、私の目的はその先にある。


「仕上げよ。……はい、化けて」


ボウルに入れたミルクと卵、そしてチョコレートの混合物に対し、私は羊皮紙に『涼』と書き記した。

 現れた小さな氷霊たちがボウルの周囲を舞い、中身を急速に、かつ滑らかに冷やし固めていく。


完成したのは、異世界初の「濃厚ビターチョコ・アイスバー」。

 あの夜、トラックに轢かれる直前に手放してしまった、私の魂の結晶だ。


「……いただきます」


一口、かじる。

 冷たい感触の後に広がる、濃厚なカカオの苦味と砂糖の慈悲深い甘さ。鼻に抜けるミルクのコク。


「……ああ、生きてて(一回死んだけど)よかった」


私が至福の表情で涙を浮かべていると、影の中から三つの気配が揺らめきながら這い出してきた。


魔力老人、魔獣専門家、そして大商人。

 彼らの体は、これまでになく透き通り、柔らかな光を放っていた。


『……見事な魔力の結実じゃ。わしの教えた操作術が、これほど美味なものを生むとはな……』

『魔獣の素材ではないが、最高の獲物だった。……満足だ』

『これほどの価値ある商品を最後に拝めるとは。お嬢さん、いい商売をさせてもらったよ』


三人は、憑き物が落ちたような、清々しい笑顔を浮かべていた。


「えっ? ちょっと、みんな……?」


『……最後に誰かの役に立ててよかった。お嬢さん、達者でな』


その言葉を最後に、三体の霊はキラキラとした光の粒子となって、天井の彼方へと消えていった。

 あとに残されたのは、静まり返った厨房と、食べかけのアイスを手にした私だけ。


「…………幽霊って、いつも一方的に居なくなるわね」


私がポツリと独り言を漏らすと、影の中から「全くだな」と同意する声が聞こえた。

 見れば、アルフレッドと飲んだくれの兵士霊が、当たり前のような顔で深く頷いている。


「あなたたちは行かないの?」

『我が主の筆致がこの世にある限り、騎士が去る理由などありませぬ!』

『俺はまだ、このチョコってやつに合う酒を見つけてねえからな。当分居座らせてもらうぜ』


……まあ、足がないんだから、一人(と二霊)になってもそんなに寂しくはないけれど。


私は少しだけしんみりした気持ちを、残りのアイスの冷たさで飲み込み、再び前を向いた。

 チョコはできた。次は、これを世界に広める「祝祭」の始まりだ。


◇ ◇ ◇ ◇


第16話:苦い門前払いと酒乗りの誘い


「自分だけで楽しむには、もったいないわね」


私は、溶けないように『涼』の霊で冷やしたチョコレートの包みを手に、冒険者ギルドではなく商人ギルドの巨大な石造りの門を叩いた。

 カカラの実を加工し、砂糖とミルクを絶妙に配合したこの「黒い宝石」があれば、異世界の経済なんて一瞬でひっくり返せる。そう、影にいた大商人の霊も太鼓判を押していたはずだ。


しかし、現実は甘くなかった。


「……なんだ、この泥の塊のようなものは」

 豪奢なデスクに座った、いかにも「金が全て」という顔のギルド査定員が、私のチョコを指先で疎ましそうに突いた。


「チョコレート、というお菓子です。すごく美味しいんですよ。大量生産のラインを確保したくて」

「ふん、聞いたこともないな。大体、カカラの実など不吉な薬の原料だろう? そんなものを口にするなど、正気の沙汰とは思えん。おまけにランクDの冒険者が持ち込む商談など、時間の無駄だ。帰りたまえ」


査定員は、私の差し出したチョコを一度も口にすることなく、ゴミのように突き返した。


「……足がない人(幽霊)より、生きてる人間の方が話が通じないわね」


私は冷めた目で彼を見つめ、ギルドを後にした。

 カカオの良さが分からないなんて、この世界の商人の審美眼もたかが知れている。


ギルドの外、夕暮れの路地裏で私はぽつんと立ち尽くした。

 大商人の霊がいれば、もっと上手い交渉術を教えてくれたのだろうけれど、彼はもう光の中に消えてしまった。


「あーあ、せっかく自信作だったのに……」


すると、私の影がゆらりと揺れ、赤い鼻をした飲んだくれの兵士霊が顔を出した。


『よお、嬢ちゃん。随分と派手にフラれたじゃねえか。あの脂ぎった商人は、舌まで金で錆び付いてんだよ。あんな奴らに「文化」を説いても無駄だぜ』


「……慰めてくれるの?」


『まさか。それよりも提案だ。あんなお役所みたいな場所じゃなく、もっと「欲望」に忠実な連中が集まる場所へ行こうぜ』


「欲望?」


『ああ。この先にある高級酒場「深紅の果実亭」だ。そこには金も暇も持て余した貴族や、味にうるさい酒飲みの猛者どもが集まる。……あそこの酒に、その「チョコ」ってやつをぶつけてみろよ。酒乗りの勘が言ってる。あれは、最高の「つまみ」になるはずだってな』


酒飲みの幽霊が、ニヤリと不敵に笑う。

 商売として売る前に、まずは「味のわかる酔っ払い」から攻めろということか。


「……いいわね。どうせこのまま帰っても、私が全部食べちゃうだけだもの」


私はチョコアイスを影にしまい(溶けないようにアルフレッドに持たせ)、常温で一番香りが引き立つビターチョコを握りしめた。

 

「案内して。この世界で一番、味にうるさい場所へ」


お化けの案内で、私は夜の帳が降り始めた歓楽街へと足を踏み入れた。


◇ ◇ ◇ ◇


第17話:深紅の果実と黒い至宝


「深紅の果実亭」――その店構えは、入り口の取っ手一つ取っても金細工が施された、庶民お断りの風格を漂わせていた。

 普段の私なら門前払いを食らうところだが、今日は違う。影から「酒飲み幽霊」が、酔っ払い特有の鋭い嗅覚で指示を飛ばしてくる。


『……よし、あそこのカウンターの隅で、琥珀色の古いブランデーを舐めてる爺さん。あれだ。ありゃあこの街の酒流通を握ってる重鎮だぜ』


私は、高級店特有の重厚な空気感に気圧されることなく、まっすぐにその老紳士のもとへ歩み寄った。


「失礼します。そのお酒に、この『お菓子』を合わせてみていただけませんか?」


老紳士は不快そうに眉を寄せた。

「……嬢ちゃん。ここは遊び場じゃない。それに、私は安っぽい甘味で酒を汚す趣味はないんだ」


「安っぽくはありません。これは、あなたのそのお酒が持つ『魂』をさらに引き出すためのものです」


私は、丁寧に切り分けたビターチョコを一欠片、銀の小皿に乗せて差し出した。

 カカラの実を極限まで練り上げ、ビート糖の雑味を消した、私の自信作だ。


老紳士は鼻で笑いながらも、その奇妙な「黒い塊」を摘み、口に運んだ。

 刹那――。


老人の目が、見開かれた。

 彼は無言で手元のブランデーを一口煽り、目を閉じて深く、深く息を吐き出した。


「……何だ、これは」

「チョコレート、と呼びます」


「カカラの苦味が、ブランデーの樽の香りと混ざり合い……砂糖の甘みがアルコールの鋭さを丸く包み込む。……完成されている。いや、完成されすぎている。これを作ったのは、どこの宮廷菓子師だ?」


老人の一言で、静かだった店内の注目が一気にこちらへ集まった。

 酒飲みの幽霊が影で「ヒヒッ、計算通りだぜ」と笑う。


『主よ! 愚かな商人に代わり、ようやく理ある者が現れましたな!』

 アルフレッドも満足そうに鎧の音を鳴らしている。


「これを作ったのは私です。商売として広めたいのですが、先ほどギルドでは門前払いを食らいまして」


老紳士は、手元のグラスを置くと、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。


「商人ギルドの連中か。奴らは帳簿の数字は読めても、歴史を揺るがす味は理解できんからな。……嬢ちゃん、いや、若き製菓師よ。私の名はバッカス。この街の酒造組合の長だ」


彼は私の手を取り、まるで女王に仕える騎士のように深々と頭を下げた。


「商人ギルドに頭を下げる必要はない。この街の酒乗りたちは、今日から君の、そしてこの『チョコレート』の虜だ。……すぐに、私の私邸で商談を始めよう」


周囲の貴族や富豪たちが「俺にも食べさせろ!」「金ならいくらでも出す!」と騒ぎ出す中、私は影の中で『そっくりさん』がドヤ顔で胸を張っているのを感じた。


「足がない人のアドバイスに従って正解だったわね」


私は、手に入れたばかりの巨大なチャンスを逃すまいと、バッカス氏の案内に従って酒場の奥へと進んでいった。


◇ ◇ ◇ ◇


第18話:バッカス私邸の「白い魔法」


酒造組合の長、バッカス氏の私邸は、まるで小さな王宮のようだった。

 重厚なオーク材のテーブルを挟み、私は彼と向かい合っている。


「……信じられん。これほどまでに酒を、そして人生を豊かにする『味』が、この世に隠されていたとはな」


バッカス氏は、先ほどのチョコレートを一欠片ずつ惜しむように口にし、ため息をついた。

 私は、彼の傍らで控える執事や料理人たちを見渡し、口を開いた。


「バッカスさん。チョコレートの普及には時間がかかりますが……今すぐこの場で、この街の社交界を完全に掌握できる『もう一つの至宝』をお教えしましょうか?」


「……何だと? これ以上のものがあるというのか?」


私はキッチンへ移動し、大商人の裏ルートで仕入れた新鮮な山羊のミルク、卵、そして最高級の砂糖を用意させた。

 さらに、バッカス氏に命じて「大量の氷」と「大量の塩」を運ばせる。


「いいですか、特別な魔法やスキルは使いません。物理的な理屈だけです」


私は大きな木桶に砕いた氷を敷き詰め、その上にドバドバと塩を振りかけた。

 その上に、材料を混ぜ合わせたボウルを置く。


「……何をしているんだ? 塩をかければ、氷は溶けてしまうぞ」

「ええ。氷が溶ける時に、周囲の熱を猛烈に奪うんです。これを『凝固点降下』……いえ、『極寒の理』と呼びます」


私はヘラを手に取り、ボウルの中身をかき混ぜ始めた。

 影の中から魔力老人の声が聞こえた気がした。「ほう、魔力を使わずに温度を操るとは、小賢しいが合理的じゃな」と。


数分後。

 液状だったミルクの混合物が、空気を含んでふわふわと固まり、滑らかな「バニラアイスクリーム」へと変貌した。


「さあ、これに先ほどのチョコレートを削って混ぜれば……『至高の冷菓』の完成です」


バッカス氏が、恐る恐るスプーンを口に運ぶ。

 一口食べた瞬間、彼のフォークがカランと皿に落ちた。


「な、な……なんだこれは……! 舌の上で淡雪のように消え、濃厚なコクと冷気が全身を駆け巡る……! 魔法か!? これは神の食卓の再現か!?」


「いいえ。ただの氷と塩の工夫です。これなら、あなたの商会の流通網があれば、誰でも作れます」


バッカス氏は、震える手で私の手を握りしめた。

 その瞳には、もはや単なる「珍しいお菓子」への興味ではなく、新しい時代の覇者となる確信が宿っていた。


「モリコ殿……君は恐ろしい。スキルを秘匿せず、あえて『誰でも作れる方法』を提示し、流通を私に委ねるとは。……分かった。商人ギルドなど、私の力でねじ伏せてやろう。君と私は、この街の……いや、この国の食文化を支配する唯一のパートナーだ!」


影の中で、飲んだくれの兵士が「へへっ、これで最高の冷やし酒が飲めるな」と笑い、アルフレッドが「主の叡智、もはや文明の母なり!」と咆哮した。


私は、窓の外に広がる王都の夜景を見つめながら、次なる「大量生産」への構想を練り始めた。


◇ ◇ ◇ ◇


第19話:欲望の冷菓と酒飲みの炯眼


数日後。バッカス氏の迅速な手配により、「深紅の果実亭」には異例の速さで新メニューが並ぶこととなった。


冷氷至福菓アイスクリーム』と『黒玉の秘薬チョコレート』。


高級感溢れる銀の器に盛られたそれは、一口ごとに金貨が飛ぶような価格設定にもかかわらず、噂を聞きつけた貴族や豪商たちで連日満席。店内は、甘美な悦楽に浸り、語彙を失った大人たちの溜息で満たされていた。


私はその喧騒を離れ、二階のテラス席で一人、自分用に作った特製チョコアイスを味わっていた。


『……おい、嬢ちゃん』


影の中から、赤い鼻をヒクつかせた飲んだくれの兵士霊が、呆れたような声を出す。


『お前、バッカスに「誰でも作れる方法」なんて言ってアイスの製法を教えたのは……単に、自分が毎日、楽してチョコアイスを食べたかったからじゃねえか?』


「……当たり前でしょ」


私はスプーンを口に運び、至福の表情で即答した。


「私が一生懸命ボウルを回し続けるなんて、効率が悪すぎるわ。バッカスさんのところに材料と設備を揃えさせて、プロの料理人に作らせれば、私は注文するだけでいつでもこれが食べられる。……完璧なプランだと思わない?」


『……この女、やっぱりお化けより肝が据わってやがる。大商人が生きてりゃ「これぞ他力本願の極致!」って泣いて喜んだろうぜ』


酒飲みの幽霊はガハガハと笑いながらも、どこか満足げだ。彼のおかげで、私の影の定位置には、バッカス氏から献上された「最高級の古酒」が常に供えられるようになっている。


「でも、お化けも少しはマシになったでしょ?  店が繁盛して、活気のいい霊たちが集まってきたし」


階下の酒場を見下ろすと、そこにはチョコの香りと人々の歓喜に引き寄せられた、身なりの良い「幽霊の紳士淑女」たちが、客に混じって楽しそうに浮遊している。

 彼らが発する清らかな霊気は、私の活力と混ざり合い、この酒場を「お化け界で最も予約の取れない聖地」へと変えていた。


『ハッ! 主の叡智によって、生者も死者も平等に救済される……。これぞ正しき世界の姿にございますな!』


アルフレッドが感極まった様子で鎧を鳴らす。

 私は最後の一口を飲み込み、空になった器を見つめた。


「さて……次は、この街全体をチョコの香りで包むための『工場』を考えなきゃね。……あ、そっくりさん、口の周りにチョコついてるわよ」


影からひょっこり顔を出した「もう一人の私」の口元を指差し、私は次の野望に向けて羊皮紙を広げた。


◇ ◇ ◇ ◇


第20話:王女と煩悩のパフェ


人間、野望を達成するとそれに満足せず、さらなる深淵を覗きたくなるものである。

 今の私がまさにそれだ。念願のチョコアイスは手に入れた。だが、それで私の「チョコ欲」が満たされると思ったか?


「ああ、チョコアイスパフェが食べたい……! チョコ大福も食べたい! あの噛むたびに鳴るザクザクしたチョコのアイスも食べたいわ!」


私は酒場のVIPルームで、文字通り悶絶していた。

 前世ではコンビニに行けば手に入った「あの味」の数々。一つ叶えば十の欲望が湧き出す。これがチョコの魔力であり、強欲な元OLの業なのだ。


そんな私の「煩悩の叫び」が響く部屋に、バッカス氏が青ざめた顔で入ってきた。


「モ、モリコ殿……! お忍びで、どうしても君に会いたいという客人が……」


バッカス氏が扉を開けると、そこには粗末なマントを羽織り、フードを深く被った小柄な少女が立っていた。しかし、隠しきれない所作の美しさと、フードの隙間から覗くプラチナブロンドの輝きが、彼女の正体を雄弁に語っていた。


(……主よ、お気をつけを。あの御方はこの国の第一王女、エリザベート殿下……!)

 影の中のアルフレッドが、ガタガタと鎧を鳴らして念を送ってくる。だが、主のバッカス氏が「マーシャ様だ」と震え声で紹介した以上、今はそういう設定なのだろう。


「……あなたが、この黒い宝石の創造主かしら? 私はマーシャ。噂の『冷たいお菓子』を、私にも一口いただけないかしら」


王女様。異世界の最高権力者の一人。

 普通なら震えて跪く場面だろうが、今の私の頭は「パフェの構造改革」でパンパンだった。私は彼女をただの『甘いものに飢えた迷える子羊、マーシャちゃん』として、テーブルへ招き入れた。


「いいですよ、マーシャちゃん。でも、私のチョコはまだ未完成。理想の半分もいってないわ」


「未完成……? こんなに芳醇で、冷たくて、心を溶かすような味が?」


驚くマーシャちゃんに、私はチョコの包みを差し出しながら熱弁を開始した。


「そうよ。チョコはね、単体でも美味しいけれど、他の素材と重なることで真価を発揮するの! ザクザクした食感の焼き菓子と合わせればリズムが生まれるし、モチモチした生地で包めば安らぎが宿る。今の私の悩みは、その『重なり』を作るための材料と場所が足りないことなのよ!」


私は身振り手振りを交え、チョコが持つ「無限の可能性」を説いた。

 彼女は最初こそ圧倒されていたが、私のあまりの熱量に、次第に瞳を輝かせ始めた。


「……面白いわ。あなたは、ただのお菓子を作っているのではないのね。新しい『喜び』を設計しているのだわ。ねえ、モリコ。もし私がその『場所』を用意できると言ったら、協力してくれるかしら?」


「ええ、もちろん! 私に誰にも邪魔されずに最高のチョコを研究できる場所をちょうだい。そうすれば、マーシャちゃんが今まで見たこともないような『至福』を、真っ先に届けてあげるわ」


私は、お忍びの王女の手をガシッと握りしめた。

 バッカス氏が背後で「不敬罪で首が飛ぶ……」と呟いて卒倒する音が聞こえたが、無視だ。


「……いいわ。あなたのその情熱、私が買いましょう。王都の北側に広がる一等地に、あなたのための『お菓子特区』を設立することを約束するわ。そこではあらゆる法律を超えて、あなたの『文字』と『味』を追求しなさい」


「約束よ、甘党のマーシャちゃん!」


彼女は「私を名前で、しかもそんな風に呼んだのはあなたが初めてだわ」と可笑しそうに笑い、特製のチョコアイスを一口食べて、夢見心地で帰っていった。


こうして、私の個人的な煩悩は、国家レベルの巨大プロジェクトへと化けた。


第1章 【完】

◇ ◇ ◇ ◇


第2章


第21話:事故物件と不運な侯爵家


「お菓子特区」――。

 王女ことマーシャちゃんが用意してくれたその場所は、王都の北側に位置する一等地だった。高い尖塔がそびえ立ち、精緻な彫刻が施された外壁を持つ壮麗な屋敷。庭園にはかつて珍しい植物が咲き誇っていたであろう、広大な敷地が広がっている。


「……随分と立派なところね。引越し業者(幽霊)も大忙しだわ」


私は、バッカス氏が手配してくれた馬車から降り、重厚な鉄柵を見上げた。

 傍らでは、バッカス氏がハンカチで額の汗を拭いながら、おどおどと周囲を気にしている。


「モ、モリコ殿……。一応、説明しておきますが。ここは先日まで、悪徳貴族として名を馳せたレイデスン侯爵一家が所有していた土地です。彼らは王家への反逆と不正蓄財の罪で、つい三日前に……その、一家揃って打ち首になりまして」


「打ち首ね。足がないどころか首もないわけね」


私はケラケラと笑う。


「笑えませんよ! 王都では『呪われた処刑屋敷』なんて噂されて、誰も近寄らないんです。マーシャ殿下も、あえてここを特区に指定することで、不浄な噂を君の『お菓子』で上書きしようと考えておられるようで……」


なるほど。王女様もなかなか策士だ。

 私は「事故物件なんて、前世の霊媒体質に比べれば些細なことよ」と鼻歌を歌いながら、鍵の開いた玄関ホールへと足を踏み入れた。


ひんやりとした空気が肌を撫でる。

 豪華なシャンデリアの下、埃が舞うダンスホールの中央に、それはいた。


「……あ」


ホールの隅、豪華なソファの周りに、しょんぼりと肩を落として座り込んでいる四つの影。

 立派な髭を蓄えた初老の男性、気品あるドレスを着た女性、そしてまだ若い兄妹。

 彼らは全員、首のあたりが少し透けており、自分の頭を膝の上に乗せたり、脇に抱えたりして、この世の終わり(終わっているのだが)のような顔で溜息をついていた。


『……ああ、我らが誇り高きレイデスン家が、こんな小娘の製菓工房になるなど……』

『お父様、私、死んでもお腹が空きましたわ……』


「こんにちは。今日からここを管理することになった、幸河盛子です。……お邪魔してるわね」


私が声をかけると、侯爵一家の霊は一斉に顔を上げ、文字通り「首を傾げて」私を凝視した。


『なっ……貴様、我らが見えるのか!? 普通の人間なら、我らの無念のオーラで発狂して逃げ出すはずだぞ!』


「慣れてるから大丈夫よ。それより、そんなところでしょげてないで。掃除の手伝いでもしてくれたら、特製のチョコを供えてあげるけど?」


私が指先に少しだけ「活力」を灯して見せると、侯爵家の霊たちの目が、餓えた獣のようにギラリと輝いた。


「……まあ、首がないだけで、お腹が空くのは生きてる人間と同じね」


こうして、私のお菓子特区での生活は、前住人(幽霊)たちとの奇妙な同居生活から幕を開けることになった。


◇ ◇ ◇ ◇


第21話:三つの霊形態と庭園の実験


新居となったレイデスン侯爵邸。その裏手には、手入れが途絶えて雑草が奔放に伸びた広大な庭園が広がっていた。人目が遮断されたこの場所は、私の新しいスキル検証場として誂え向きだ。


「さて、どこまで『化ける』のか試してみようかしら」


私は、バッカス氏に用意させた高級な羊皮紙とペンを岩の上に置いた。

 前世の知識によれば、霊現象には大きく分けて三つの形態がある。


非実体霊: 姿は見えても触れられない、一般的な「幽霊」。アルフレッドや影の住人たちがこれに当たる。


憑依実体霊: 物に取り憑き、物理的な質量や力を振るう霊。いわゆる「呪いの人形」や「付喪神」の類。


環境霊(境界): 特定の場所そのものが変質し、特殊な効果を発揮する「結界」や「神域」。


これまでの【文字化け】は、一種類目の「幽霊」を呼び出すことに特化していたけれど、もし後の二つも制御できれば、チョコの大量生産や防衛が劇的に楽になるはず。


「まずは二種類目……『物に宿す』実験ね」


私は、庭に転がっていた錆びた古い剪定バサミを拾い上げ、その表面に直接ペンを走らせた。書く文字は『鋭』。


「――ただのお化けじゃなくて、このハサミそのものが『鋭さの霊』を纏うイメージで。はい、化けて!」


キィィィン! と、耳鳴りのような高い金属音が響く。

 錆び付いていたはずのハサミが、一瞬で青白い燐光を放ち、見たこともないほど鋭利な刃先へと変貌した。試しに指先で触れようとすると、触れる前に空気が切れる感触がした。


「成功ね。次は三種類目……『場所に宿す』結界の実験」


私は庭の四隅にある石柱に、それぞれ『隠』と書き記した。

 この庭全体が、外からは「ただの荒れ地」に見え、誰も入ってこたくなくなるような「忌み地」の霊域になるよう強く念じる。


――フワッ。

 肌を撫でる空気の密度が変わった。

 外から庭を覗こうとしたレイデスン侯爵の霊が、「おや、あそこには何があったかしら……近づきたくないわね」と、無意識に避けていくのが見えた。


「なるほど。文字を書く時に、私のイメージを乗せればいいのね」


幽霊を呼び出すだけじゃない。

 物に霊的な機能を付与し、場所そのものを聖域(あるいは魔域)に変える。

 これなら、例えば「自動でチョコを練り続ける攪拌機」や、「常に一定の温度を保つ発酵室」だって、文字一つで作れるかもしれない。


『主よ……。今の『鋭』の文字、あまりの切れ味に私の魂が震えましたぞ。もはや工芸品を超え、概念の武装ですな!』

 影からアルフレッドが興奮気味に叫ぶ。


「ええ。これなら、パフェの層を作るための繊細な細工も思いのままね」


私は、自分の指先から溢れる「活力」が、書いた文字を通じて世界を書き換えていく全能感に、少しだけ口角を上げた。


◇ ◇ ◇ ◇


第22話:地下の遺産と夜の静寂


新居での生活にも慣れてきたが、やはりここは「事故物件」だ。

 深夜、私が寝支度を整えてベッドに入ろうとしたその時、寝室の温度が急激に下がった。


『……出てこい、レイデスン! 貴様の悪政のせいで、俺の家は没落したんだ! 死んでも呪い殺してやるぞ!』


壁をすり抜け、禍々しいオーラを放つ数体の怨霊が部屋に侵入してきた。彼らは廊下で震えていた侯爵一家の霊を見つけるなり、容赦ない罵倒を浴びせ始める。


『ひっ、ひぃぃ……申し訳ない、だが私にも事情が……!』

『お、お父様をいじめないで……!』


深夜の屋敷に響き渡る霊たちの怒声と悲鳴。

 私は、手に持っていた読みかけの本を静かに閉じた。


「……あのさ。私の聞こえるところで騒ぐな。うるさいわよ」


私がベッドから立ち上がると、怨霊たちは「なんだこの小娘は」と、私の方へ牙を向けてきた。

 私は、枕元に置いていたあの安物のナイフを手に取った。


「私の安眠を妨げるなら、お化けだって許さないわよ」


私は指先から溢れる「活力」を、ドロリとした高密度のイメージと共にナイフに纏わせた。前世で培った、霊との直接対話(物理)の技術だ。

 青白い炎のような輝きを放つナイフを一閃させる。


『ギャアアアッ!? な、なんだこの圧は!?』

『魂が削られる……! 退散だ、退散!』


ナイフに込められた圧倒的な生気に恐れをなしたのか、怨霊たちは一目散に霧散していった。

 静寂が戻った寝室で、レイデスン侯爵が震えながら私に跪いた。


『あ、ありがとうございます、モリコ殿……。我らのような者のために、まさかこれほどの力を……』


「勘違いしないで。私が静かに寝たいだけよ。……おやすみなさい」


『ま、待ってください! お礼と言っては何ですが、一つお伝えしたいことが。……実はこの屋敷の地下、ワインセラーの奥にある隠し扉に、王家からの没収を免れたレイデスン家代々の秘宝が眠っております。金貨や魔導具……それがあれば、あなたの工房はもっと豪華になるはずだ』


翌朝。私は侯爵から聞いた隠し部屋を確認した。

 埃を被った重厚な扉を開けると、そこには眩いばかりの金貨の山と、見たこともない意匠の宝飾品が詰まっていた。これだけあれば、一生チョコを食べ続けて遊んで暮らせるだろう。


だが、私は迷うことなく、王宮に派遣されている使いの者へ連絡を入れた。


「――はい、没収漏れの隠し財産です。王女様に報告して、すべて回収してもらってください」


使いの者は驚愕していた。

 報告を受けたマーシャちゃん(王女)も、後日、不思議そうに私を訪ねてきた。


「モリコ、どうして? あれがあれば、あなたの好きなだけ材料が買えたはずよ」


「まあ、足がない人(幽霊)から聞いたお金なんて、後でどんな『不運』がついてくるか分かったもんじゃないから。……それより、正直に返したんだから、私のパフェの研究費、色をつけてちょうだいね?」


王女は「相変わらず欲張りなのか無欲なのか分からない人ね」と笑い、押収した財産の一部を正式な「特区運営補助金」として私に還元してくれた。


不透明な「お宝」よりも、公認の「予算」。

 私はクリーンになった屋敷で、本格的な厨房の設計図を描き始めた。



◇ ◇ ◇ ◇


第23話:有名どころは手に余る


特区の屋敷も整い、予算も潤沢。

 こうなると、私の探究心は「より強力な労働力……もとい、守護霊」へと向いてしまった。


「アルフレッドや影の住人たちも頼もしいけれど、もっとこう……一体で軍隊を蹴散らすような、名前の知れた大物ってどうなのかしら」


私は広い庭園の真ん中に立ち、新しい羊皮紙を広げた。

 前世の知識。神話や伝承に名を刻む、誰もが知る強力な「お化け」たち。それらをこの世界の文字として定義し、私の活力を注ぎ込めばどうなるのか。


「実験よ。……はい、化けて!」


私はまず、『土蜘蛛』と書き記した。

 直後、庭の地面が爆ぜ、巨大な節足を持つ異形の怪異が這い出した。その禍々しい魔力に、影の中の住人たちが「ひっ」と悲鳴を上げる。


「いいわね、次は異国の伝承……『化け猫』!」

 続いて書いた文字からは、二又の尾を持つ巨大な猫の霊が出現し、鋭い爪で空間を切り裂く。


「仕上げは……『ランプの魔神』!」

 最後に、煙と共に筋骨隆々の巨人が現れ、空を覆わんばかりの威圧感を放った。


……が。

 現れた三体の「有名どころ」は、私の期待したような『主様、御用は何でしょうか?』という態度は一切見せなかった。


『……ふん、矮小な人間が。我を縛れると思うなよ』

『猫は気まぐれなもの……。この広い世界、遊び尽くしてやるとしましょうか』

『さらばだ、筆使い。三つの願いを聞く前に、私は自由を謳歌させてもらう!』


「あ、ちょっと! 待ちなさいよ!」


私の静止も聞かず、土蜘蛛は地を駆け、化け猫は空を跳び、魔神は光となって、それぞれ王都の遥か彼方へと飛び去っていった。

 あとに残されたのは、ボロボロになった庭園と、呆然と立ち尽くす私だけ。


「…………有名どころは召喚しない方がいいわね。プライドが高すぎるわ」


私が溜息をつきながらペンを置くと、影からアルフレッドが複雑な表情で顔を出した。

『主よ……。今のは、この国の歴史を塗り替えるレベルの厄災を三つほど放流したように見えましたが……』


「まあ、足がないんだから、どこへ行こうと勝手でしょ。……さて、掃除しなきゃ」


数日後。

 王都のギルドや酒場は、かつてないパニックに陥っていた。


「聞いたか!? 北方の山脈に、一晩で砦を巣に変えた『巨大な土蜘蛛』が現れたそうだ!」

「西の街道では、火を吹く巨大な二又の猫に、輸送隊が全滅させられたってよ!」

「東の砂漠には、願いを叶える代わりに街一つを黄金に変えてしまった魔神が出たらしい……!」


遠方で突如として現れた「三体の超高ランク魔獣(?)」の噂。

 冒険者たちは震え上がり、王宮は討伐軍の編成に追われているという。


その頃、私はお菓子特区の屋敷で、のんきに新作チョコの試食をしていた。


「やっぱり、お化けは名前じゃなくて『相性』よね。ねえ、そっくりさん」


影の中の「もう一人の私」は、私の差し出したチョコをモグモグと食べながら、他人事のようにコクコクと頷いていた。


◇ ◇ ◇ ◇


第24話:化け猫の帰還と猫の恩返し(?)


お菓子特区の工事は、バッカス氏の資金力と私の「霊的労働力」によって爆速で進んだ。

 レイデスン侯爵邸の広大な厨房は、最新の調理器具と、侯爵夫人の霊が監修する「幽霊のメイド隊」によって、二十四時間稼働する魔法の工房へと変貌。

 王都の街角では、冷たいアイスクリームを頬張る市民の姿が日常の光景になりつつあった。


そんなある日の夕暮れ。

 庭園の結界をすり抜けて、一匹の小さな黒猫が私の前に現れた。


「……あら。猫を招待したつもりはないのだけれども」

「招待されなくても、勝手にやってくるのが我々です」


黒猫が、流暢な人間の言葉で喋った。

 影の中からアルフレッドが「侵入者め!」と身を乗り出すが、私はそれを手で制した。


「あなたは『化け猫』……じゃないわね。彼の配下かしら?」

「ええ。主があなたに用があるそうです。ついてきなさい」


案内されたのは、王都のさらに外れ。

 一見すると何もない空き地だが、よく見ると空間が歪んでいる。私の『隠』の結界にも似た、非常に高度な隠蔽工作だ。そこを抜けると、今にも崩れそうなボロ家がぽつんと建っていた。


縁側には、先日逃げ出したあの巨大な『化け猫』が、本来のサイズを縮めて丸まっていた。


『……来たか、筆使い。貴様のせいで私の舌は狂ってしまった』

「何よ。せっかく自由にしてあげたのに」


『自由など退屈なだけだ。それよりも……あの『チョコ』とかいうもの以上に、私を満足させる「究極の猫のキャットフード」を作れ。……私は、生前に食べたあのパサパサの干し魚にはもう戻れんのだ』


化け猫は、プライド高そうな瞳で私を睨んだ。

 どうやら、逃げ出した先で美味しいものを探した結果、私の活力が混ざった味以上のものが見つからず、禁断症状(?)が出て戻ってきたらしい。


「私が協力するメリットは?」


『交換条件だ。私が協力すれば、王都中の猫が貴様の「目」と「耳」になり、どんな秘密情報も集めてこよう。さらに……暴れている『土蜘蛛』と『魔神』も、私がある程度は抑えておいてやる。……どうだ?』


……王都全域の諜報網と、二大厄災のストッパー。

 悪くない。というか、私が放流した不始末を片付けてくれるなら、願ってもない申し出だ。


「いいわ。最高級の白身魚と、私のスキルを練り合わせた特製フードを作ってあげる。……まあ、足がないどころか、おねだりまで生意気な猫ね」


『……ふん。期待しているぞ、人間』


こうして、私は王都の猫たちの「真の支配者」と契約を結ぶことになった。

 翌日から、お菓子特区の周辺には、不自然なほど多くの猫たちが集まり、怪しい動きをする商人やスパイを鋭い眼光で監視し始めたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


第25話:究極のキャットフードと透明猫パニック


「究極の猫のキャットフード」を作る。

 化け猫との契約を果たすため、私は即座に行動を開始した。生半可な材料では、あの肥えた舌は満足させられない。


「アルフレッド、遠出するわよ。狙うは『海の王』と『陸の暴君』」


『ハッ! 主の御心のままに! いざ、食材狩りの聖戦へ!』

 影からアルフレッドが、調理用とは思えない殺気を放ちながら飛び出した。


数時間後。私は文字で『飛』と書いた巨大な鴉の霊に乗り、王都から遥か彼方の外洋上空にいた。


「見つけたわ。……アルフレッド、あれよ!」


海面に巨大な背びれを立てて泳ぐ、全長十メイル超の魔の魚――『人喰いマグロ(オーガ・ツナ)』。

 アルフレッドは鴉の霊から飛び降りると、空中で大剣を構え、一刀のもとにマグロの脳天を貫いた。


「よし、鮮度が命ね。……はい、化けて!」


私は即座に羊皮紙に『凍』の一文字を書きつけ、海面に浮かんだマグロの巨体に貼り付けた。

 バリバリバリッ! と凄まじい音がして、人喰いマグロは一瞬にして巨大な氷塊へと変わり、鮮度を完全にロックされた。


次に、私たちは南の街道へ向かい、村を襲っていた魔獣オークの群れを強襲した。


アルフレッドが無双し、仕留めたオークの肉も、すぐさま『凍』の文字で瞬間冷凍。

 こうして、最高級の「海の幸」と「陸の幸」を手に入れた私は、王都の厨房へと帰還した。


「さあ、ここからが本番よ」


私は旧侯爵邸の巨大厨房に、解凍した人喰いマグロとオークの肉を並べた。

 侯爵夫人のメイド霊たちが、文字で『鋭』を付与された包丁を使い、凄まじい速度で肉をミンチにしていく。


私はその肉に、私の「活力」を限界まで注ぎ込みながら、古代の調理魔法道具で練り混ぜた。

 練り上がったピンク色のペーストを、文字で『圧』をかけてブロック状に成形し、さらに『乾』で急速乾燥。


完成したのは、およそ百キログラム。

 見た目はただの茶色い固形物だが、その一つ一つが、私の魔力と鮮烈な肉の旨味を凝縮した「爆弾」のようなキャットフードだった。


「……できたわ。これぞ『究極デッドエンド・キャットフード』」


夕暮れ。私は化け猫が待つボロ家へ向かい、百キロのキャットフードを納品した。


『……ほう。匂いは合格だ』

 化け猫は、ブロックを一つ摘み、口に運んだ。


『――っ!? こ、これは……!  海の咆哮と陸の鼓動、そして貴様の……貴様の凄まじい生気が、魂の奥底まで染み渡る……!  うまい、うますぎるぞ!』


化け猫は、本来の巨大な姿に戻り、百キロのキャットフードを貪り食った。

 ……が、異変はその直後に起きた。


「ニャ、ニャァァァ……ッ!!」


化け猫の使い魔である黒猫が、究極フードの欠片を口にした瞬間。

 その体が、シュルシュルと半透明になり、そのまま壁を通り抜けて外へと消えていった。


「えっ……? 霊体化?」


さらに、屋敷の周りに集まっていた猫たちが、こぼれたフードの粉を舐めた瞬間。

 彼らの体は、馬ほども大きく巨大化し、あるいは完全に透明になり、王都の街へと一斉に駆け出していった。


「ニャァァァ!」「フシャーッ!」


その夜、王都は未曾有のパニックに包まれた。


「うわぁぁ! 透明な猫が! 透明な猫が俺の股間を通り抜けたぁぁ!」

「助けてくれ! 馬車の二倍はある巨大猫が、屋根の上で昼寝をしてる!」

「憲兵隊! 憲兵隊はいないのか! 猫が! 街中の猫が幽霊になって襲ってくる!」


私の注ぎ込んだ「活力」と、魔獣の肉の魔力が、普通の猫たちの霊的な回路を爆発的に活性化させてしまったらしい。

あと、美味しすぎて彼らをハイ状態にしていた。


「……まあ、害は無さそうだからいいでしょ」


私は、お化け猫たちが暴れ回る王都の夜景を見つめながら、無責任に呟くのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


第26話:【閑話】騎士の忠義と主の危うさ


影の中、常闇の底で私は独り、マスターの足音を聞いていた。

 私、アルフレッドがこの世に霊体として産み落とされてから、主の傍らで数多の「文字の化身」を見てきた。だが、近頃の主の「筆」には、いささか神々しさ……いや、禍々しさすら混じり始めているように感じる。


「主よ、貴女というお方は……」


私は、先日の一件を思い出し、深い感銘に震えた。

 旧レイデスン侯爵邸で見つかった隠し財産。一生を遊んで暮らせるほどの金貨と秘宝を前にして、主は眉一つ動かさず、それら全てを王家へと献上された。


普通の人間であれば、欲に駆られて着服するだろう。あるいは、影の中に潜む我らを使って隠し通すことも容易だったはずだ。しかし、主は「不運が付いてくるから」と、まるでお化けを払うかのような軽やかさで、その莫大な富を手放された。


その清廉潔白さ(本人は単なる回避本能だと言っているが)、そして王女殿下との間に築かれた絶対的な信頼。騎士として、これほど誇らしい主に仕えられる幸せを、私は日々噛み締めている。


――だが。

 それとこれとは話が別だ。


「……あの三体(土蜘蛛、化け猫、魔神)を呼び出した時の筆致。あれは、いけませぬ」


私は影の中で、自らの大剣の柄を強く握りしめた。

 主は「有名どころは手に余るわね」と軽く仰ったが、あの日、庭園に満ちたあの気配……。この世界のことわりを根底から書き換えてしまうような、あまりにも強大な「お化け」の奔流。


主には自覚がない。

 自らの放つ「活力」が、そしてその「文字」に宿るイメージが、どれほど凄まじいものをこちら側の世界に引きずり出しているのかを。

 

 今や王都は、主の作った『究極の猫の餌』のせいで、巨大化した猫や透明になった猫が闊歩する、世にも奇妙な霊都と化している。市民は混乱し、憲兵は右往左往。幸いにも実害よりは珍事として済んでいるが、もし主が次に「より恐ろしいもの」を……例えば、この世の終わりを告げるような災厄を、チョコを食べたいという「煩悩」のついでに書いてしまったら?


「……いかんな。これ以上、主の『無自覚な神速の筆』を放っておくわけにはいかない」


私は決意を新たにした。

 主がその天才的なひらめきで、うっかり世界を滅ぼす文字を書いてしまわぬよう。あるいは、制御不能な強者に主が害されぬよう。

 

 これからは、単なる護衛としてではなく、一人の「忠臣」として、主の暴走にブレーキをかけるべき時が来たのだ。


『……おい、騎士様。何しけたツラしてんだよ。主がまた「面白いもん」書こうとしてるぜ』


酒飲みの兵士霊が、影の隅で楽しげに鼻を鳴らす。

 私は兜の奥で、小さく溜息をついた。


「分かっている。……主よ、次は何を化けさせるおつもりか。せめて、四つ足で収まる程度にしていただきたいものです……」


主の足音が、リズミカルに厨房へと向かう。

 私はその忠義をさらに研ぎ澄ませ、主の次の一画に備えるべく、漆黒の影の中で深く腰を落とした。


◇ ◇ ◇ ◇


第27話:幽霊たちの晩餐会と首の糸


王都が巨大猫や透明猫の出現で上を下への大騒ぎになっている頃、私のお菓子特区(旧侯爵邸)では、極めて平和(?)で奇妙な光景が広がっていた。


「はい、動かないでね。ちょっとチクっとするかも……幽霊だから感覚ないでしょうけど」


私はダイニングホールで、レイデスン侯爵一家を整列させていた。

 彼らが自分の頭を小脇に抱えて「お腹が空きましたわ」と嘆く姿は、さすがの私でもチョコの味が落ちる。そこで私は、文字で『つなぐ』と書き、それを細い霊的な糸として具現化させた。


裁縫の要領で、侯爵たちの首と胴体を丁寧に縫い合わせていく。


『おお……おおお! 首が、首が回りますぞ! 視界が上下に揺れない!』

『まあ、モリコ様。これでやっと、手鏡を見ながらお化粧ができますわ』


一家は泣いて喜んでいた。首筋にはうっすらと黒い糸の縫い目が見えるが、マフラーや襟の高い服を着れば、見た目はただの「顔色の悪い美男美女」だ。


「よし、これで食事も喉を通るわね。……はい、お供え」


私はテーブルの上に、最高級の赤ワインと、先ほど完成したばかりの「ビター生チョコ」を並べた。

 本来、幽霊は実体のある食べ物を口にできない。しかし、私の「活力」を練り込んだ文字で**『そなえる』**と書いて指先で弾くと、あら不思議。


物理的なチョコとワインはそこにあるのに、その「霊的なエッセンス(味と栄養)」だけが抽出され、幽霊たちが掴めるようになるのだ。


『くぅぅ……! この苦味! ワインの渋みと重なり合って、魂に染み渡るぜ!』

 影から這い出してきた飲んだくれの兵士霊が、侯爵の隣で勝手にグラスを傾けている。


『全くだ。兵士殿、貴殿とは生前なら口も利かなかっただろうが……この「チョコ」というやつの前では、身分など些細なことですな』

 侯爵も、かつての悪徳貴族らしい傲慢さをどこへやら、飲んだくれと肩を組んで上機嫌だ。


元・一家打ち首の侯爵と、戦死した(?)飲んだくれ。

 本来交わるはずのなかった二人が、チョコとワインを肴に、深夜のホールで談笑している。


「……まあ、足がないどころか首まで繋がって、賑やかでマシね」


私は、その楽しげな様子を眺めながら、自分用のチョコアイスを口に運んだ。

 

『主よ……あまりに平和すぎて、私の騎士としての警戒心が鈍りそうです。……しかし、あの侯爵たちがこれほど素直に従うとは』

 影の中からアルフレッドが、感心したように、それでいて少し呆れたように呟く。


欲望を叶えてやり、居場所を与え、不便(首)を解消してやる。

 結局、お化けも人間も、胃袋と居心地を掴んでしまえばこっちのものなのだ。


私は、窓の外を横切る巨大な透明猫のシルエットを眺めながら、「明日はあの猫たちを落ち着かせるパルフェでも作ろうかしら」と、次のレシピを考え始めた。



◇ ◇ ◇ ◇


第28話:深夜の暗殺者と一家の団欒


その夜、商人ギルドの副マスターは、自身のプライドを「泥の塊」と吐き捨てた少女によってズタズタにされていた。

 彼は裏社会で名高い暗殺者――『沈黙の影』を雇い、お菓子特区の屋敷へと差し向けた。


「……標的はランクDの小娘一人。幽霊屋敷の噂など、臆病な民の妄想に過ぎん」


暗殺者は、モリコが仕掛けた『隠』の結界を、熟練の魔力遮断技術で強引に突破し、深夜の屋敷へと忍び込んだ。狙うは二階、主寝室。


だが、彼がリビングを通りかかった時、信じられない光景を目にすることになる。


「……は?」


そこには、三日前に王都の処刑場で確実に「打ち首」になったはずの、レイデスン侯爵一家が勢揃いしていた。


彼らは首の周りに奇妙な黒い糸の刺繍(『繋』の文字)を覗かせながら、楽しげに円卓を囲んでいる。テーブルの上には、禍々しいほど濃密な生命の輝きを放つ黒い菓子(『供』を通じた活力入りチョコ)と、見たこともない芳醇な香りのワイン。


『いやあ、兵士殿。この「生チョコ」というやつは、口の中で消える瞬間に魔力が弾けますな!』

『おうよ侯爵! 旦那の首も、酒が入って少し緩んでるぜ! ガハハ!』


幽霊たちは、モリコから与えられた「活力入りのお供え」を摂取したことで、霊的な密度が極限まで高まっていた。その結果、霊感のないはずの暗殺者の目にも、彼らの姿は「青白い肌をした不気味な生身の人間」として鮮明に映り込んでいた。


「な、なんだ……死人が、酒を飲んで……笑っている……?」


暗殺者が戦慄していると、一家の娘がふと首を180度後ろに回して、暗殺者と目を合わせた。


『……あら。お父様、お客様かしら? でもモリコ様はもうお休みよ。……後で「おやつ」にしましょうか?』


その言葉に、一家全員が、そして影から現れたアルフレッドが、一斉に暗殺者を凝視した。


『主の安眠を妨げる不届き者か。……貴様の魂、チョコの苦味より深く切り刻んでくれよう』


暗殺者は、その場に崩れ落ちた。

 死者が蘇り、首を回し、騎士の霊が影から這い出してくる。そこはもはや人間の住む屋敷ではない。


「ば、化け物だ……! あの女、死者を弄ぶ本物の魔女だぁぁ!!」


暗殺者は、標的を殺すどころか、窓を突き破って夜の街へと逃げ帰っていった。

 翌朝、商人ギルドには「あの娘に関われば魂を喰われる」という、あらぬ噂が暗殺者ギルド経由で流れることになる。


「……ふわぁ、おはよう。……あら、窓が割れてるわね。風が強かったのかしら?」


のんきに起きてきたモリコは、アルフレッドから「野鼠が迷い込みましたが、追い払いました」という報告を受け、今日も平和にチョコを練り始めるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


第29話:至高のパフェと猫の視線


お菓子特区の厨房に、甘く香ばしい香りが満ち満ちている。

 ついに、ついにこの時が来た。


「……完成だわ。私の、私の理想が……!」


テーブルの上には、二つの芸術品が並んでいた。

 一つは『チョコ大福』。文字で『柔』と『粘』を刻んだ特製の求肥は、赤ちゃんの頬よりも柔らかく、中には濃厚な生チョコと、わずかに酸味を効かせたベリーのエッセンスが閉じ込められている。


もう一つは、本命中の本命、『チョコアイスパフェ』。

 底には自家製のチョコソースと砕いたビスケット。その上にはバニラとチョコの二層アイスがそびえ立ち、仕上げに削りチョコと、文字で『彩』を与えて艶を出したフルーツが宝石のように散りばめられている。


「どっちから食べようかしら……。王道のパフェで脳を溶かすか、大福のモチモチ感で魂を癒やすか……」


私が究極の二択に悶絶していると、不意に、横から凄まじい視線を感じた。

 見れば、いつの間にか等身大サイズに縮んだ『化け猫』が、縁側に座ってじーっとこちらを見つめていた。二又の尻尾が、期待に満ちたリズムで床を叩いている。


「……猫にチョコは毒よ?  食べたらお化けどころか、本当に消えちゃうわよ」


『……分かっている。主から聞いたのだ、これは人間にとっての至福なのだろう? 私はその、人間が陥る「悦楽の瞬間」を観察しに来ただけだ』


化け猫はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、その耳はパフェから発せられる微かな冷気にピクピクと反応している。


「……まあ、そんな顔で見つめられたら食べにくいわね」


私は苦笑し、キッチンの『凍』の文字で冷やした魔法の冷蔵庫から、朝搾りたての山羊のミルクを取り出した。それを小皿に注ぎ、化け猫の前に置く。


「はい。あなたはこっち。新鮮なミルクよ」


『ほう、これはなかなかの……』


化け猫は、さも「ついでに付き合ってやる」と言わんばかりの態度でミルクを舐め始めた。だが、一口飲んだ瞬間、その瞳がカッと見開かれる。私の「活力」を介して仕入れた最高級のミルクは、魔獣の魂さえも潤す絶品だ。


『……悪くない。いや、良い。……ではな。約束通り、王都の猫たちには不審な動きを監視させ続けよう』


満足げに喉を鳴らすと、化け猫は闇に溶けるように姿を消した。


「さて、邪魔者はいなくなったわね」


私はスプーンを手に取り、まずはパフェの頂上、一番美味しいところを掬い上げた。

 一口。

 冷たさと甘みが爆発し、チョコの深い苦味が追いかけてくる。


「…………生きててよかった」


影の中で、アルフレッドが「主の幸福、我が盾にかけて守り抜きましょう!」と感極まり、侯爵一家が「次は私たちの分も……」と期待の眼差しを送ってくる。

 お菓子特区の夜は、チョコの香りと共にどこまでも甘く更けていった。


◇ ◇ ◇ ◇


第30話:猫の天下と二大厄災の終焉


究極のパフェを完食し、私の魂が「糖分」という名の天国に到達していた時、ふわりと影が揺れた。

 現れたのは、ひげをミルクで白く汚したままの『化け猫』だった。その瞳には、今まで以上の自信と、どこか不敵な色が宿っている。


『……筆使いよ、吉報だ。あの目障りな「魔神」を、この世界から追い払ってやったぞ』


「えっ? あの空を覆うほどの巨人を?」


私が驚くと、化け猫は自慢げに二又の尻尾を振った。

『貴様の活力を注ぎ込んだあの「餌」……あれは劇薬だな。私の霊力が底上げされ、空間を切り裂く爪が魔神のランプごと概念を粉砕した。奴は這々の体で、異次元の狭間へと逃げ帰っていったわ』


どうやら、私の注ぎ込んだ活力が、この世界の霊的なパワーバランスを大きく狂わせてしまったらしい。化け猫が「猫界の王」を通り越して、「異世界の守護獣」レベルにまでパワーアップしてしまったのだ。


「……やりすぎじゃない? 魔神も一応、私が書いたお化けだったのに」


『ふん。あのような傲慢な連中は、秩序を乱すだけだ。……案ずるな。山脈に巣食っていたあの「土蜘蛛」も、我が同胞たちが一斉に牙を剥き、先ほど根城ごと異界へ叩き落としたとの報告が入った』


数日前まで王都中を震撼させていた「三大厄災」のうち、二つが消滅した。

 それも、私が「チョコアイス食べたい」という煩悩の末に作ったキャットフードの副作用によって。


「……じゃあ、もう暴れてるのはいないのね?」


『ああ。この世界の夜は、今や我ら猫族の天下だ。……貴様には感謝しているぞ。これからも、あの「ミルク」と「餌」を絶やさぬことだ。そうすれば、貴様の「特区」も、その身も、万全の守護を約束しよう』


化け猫は満足げに目を細めると、今度こそ音もなく夜の帳へと消えていった。


翌朝。王都の広場では、憲兵たちが困惑した顔で触れ回っていた。

「驚くべき報告だ! 北方の土蜘蛛も、東の魔神も、原因不明の消滅を確認したとのこと! 王都を脅かす脅威は去った!」


街中が歓喜に沸き、人々は「奇跡だ!」「神の御加護だ!」と抱き合って喜んでいる。

 まさか、その「奇跡」の正体が、一人の少女が作った「マグロと魔獣肉の練り物」だとは誰も思うまい。


「……まあ、自分で蒔いた種だから、私の手柄ではないのだけれども」


私は、平和になった空を見上げながら、最後の大福を口に放り込んだ。

 影の中からアルフレッドが「主の威光、もはや生態系の頂点に君臨されましたな!」と誇らしげに咆哮し、飲んだくれの兵士は「これで安心して朝酒が飲めるぜ」と笑っている。


こうして、お菓子特区を巡る騒動(と私が放流した不始末)は、思わぬ形で幕を閉じた。

 ……が、私の野望は終わらない。


「さて、世界が平和になったことだし……次は『チョコバナナクレープ』の材料でも探しに行こうかしら」


少女のペン先が、また新しい「甘い混沌」を描き始めようとしていた。


◇ ◇ ◇ ◇


第31話:幽体離脱と、本当の敵


厄災も去り、特区も安定した。こうなると、私の「もっと凄いものが見たい」というクリエイター気質(と、さらなる便利さを求める怠惰)が頭をもたげてくる。


「ねえ、アルフレッド。次は『巨大な鬼の霊』なんてどうかしら? 圧倒的な怪力があれば、カカオ豆の粉砕機を回すのも一瞬だし、屋敷の増築だって……」


『いけませぬ!!』


私が羊皮紙に『鬼』の第一画を書き込もうとしたその時、ずっと主の暴走を危惧していたアルフレッドが、かつてない必死の形相で叫んだ。


『主よ、有名どころは懲りたと仰ったはず! 鬼など呼び出せば、この王都が更地になりますぞ!』


「大丈夫よ、ちょっと試すだけ……」


『いけませんと言ったら、いけません!!』


アルフレッドが私の腕を強引に掴み、紙から引き剥がそうとした。その瞬間、凄まじい「活力」の反動と衝撃が私の体を突き抜けた。


「……あ」


視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間、私は自分の「背中」を見ていた。

 地面に膝をつく私の体。そこから、半透明の私がスポンと抜け出していた。


「えっ? 私、出ちゃった?」


『主……!? ま、まさか魂が抜けて……!』


アルフレッドが青ざめる中、私の抜け殻(体)が、ゆっくりと顔を上げた。

 だが、その瞳に宿っていたのは、私の意志ではない。影の中にずっと潜んでいた、あの『そっくりさん』だった。


「……ケタ、ケタケタケタッ!!」


私の姿をした『そっくりさん』は、邪悪なほどに楽しそうな笑みを浮かべ、私のペンを奪い取った。


「ようやく、入れ替われた……。自由だ。この力、私がもっと面白く使ってあげる!」


『そっくりさん』は空中に指先でさらさらと『にげる』と書き記した。

 刹那、私の体は文字通り煙のように消え、気配すらも完全に遮断されてしまった。


「……。…………行っちゃったわね」


ぽつんと残された、幽霊状態の私。

 影から這い出してきた飲んだくれの兵士霊が、顎が外れそうな顔で私を見ている。


『……嬢ちゃん、とんでもねえことになったな。自分の体に逃げられるなんて、お化け屋でも聞いたことねえぜ』


『申し訳ございませぬ……! 私が、私が余計な真似をしたばかりに……!』

 アルフレッドがその場に崩れ落ち、嗚咽を漏らす。


だが、私は自分の透き通った手を見つめ、不敵に……いや、ワクワクした表情で拳を握った。


「……よし! アルフレッド、泣いてる暇はないわよ。私の体を取り戻すまでの間、代わりに入れそうな『いい感じの体』を探しましょう!」


『……前向きだなぁ嬢ちゃん!? 普通、絶望するところだろ!?』

 飲んだくれが思わず突っ込む。


「だって、幽霊になれば『供』なしでチョコの概念を直接味わえるし、壁も通り抜け放題じゃない。……待ってなさいよ、私の体。戻った時には、もっと住み心地を良くしてあげるんだから!」


こうして私は、自分の体を取り戻すための「幽霊としての逆襲」を開始した。


◇ ◇ ◇ ◇


第32話:私は呪いの人形グロ


「……よし! アルフレッド、泣いてる暇はないわよ。私の体を取り戻すまでの間、代わりに入れそうな『いい感じの体』を探しましょう!」


魂だけになった私は、呆然とする飲んだくれの兵士霊を尻目に、屋敷の中をスーッとすり抜けて移動し始めた。霊体になったことで、壁も床も通り抜け放題。おまけに、以前は『供』を通さなければ感じられなかった「チョコの概念的な香り」が、直接魂に染み渡ってくる。


「ふふ、悪くないわね。……でも、やっぱり『食感』がないのは寂しいわ」


私が品定めをするように屋敷内を探索していると、かつてレイデスン侯爵の娘が使っていたという、一際豪華な子供部屋に辿り着いた。埃を被った棚の奥、そこにそれは座っていた。


「……あら、可愛いじゃない」


プラチナブロンドの髪、宝石のような碧眼、精巧なフリルのドレス。身長は五十センチほどの、最高級のアンティーク・ドールだ。


「これね。……よし、私は今から『呪いの人形』になるわよ!」


『主よ!? 何を仰るのですか! 呪いの人形など、不吉な……!』

 遅れてやってきたアルフレッドが、青ざめて制止する。


「大丈夫よ。呪いっていうのは、要は『強い執念』が物に宿った状態でしょ? 私の『チョコへの執念』をこの人形に込めれば、私が動かせる『完璧な器』になるはずだわ」


私は、自分の霊的な指先に「活力」を限界まで集中させた。

 そして、その人形の背中に、文字ではなく、私の**「チョコを食わせろ」という強烈なイメージ**そのものを刻み込んだ。


「――ただ、私の『呪いの人形』のイメージって……」


ゴゴゴゴッ! と、人形の周囲の空気が歪んだ。私の魂が、吸い込まれるように人形の碧眼の中へと引きずり込まれていく。


「……ちょっと、グロなのよねぇ」


ミキミキ、と白磁の顔が裂けるような音がした。

 次の瞬間、人形の可愛らしい小さな口が裂け、そこからびっしりと生え揃った鋭利なサメのような歯が覗いた。碧眼は赤く血走り、球体関節からは黒いタールのような執念が滲み出る。


「…………ケタケタ」


私は、ぎこちなく首を回し、自分の新しい体を確かめた。

 声は出ないが、霊的な意思疎通は可能だ。私は裂けた口をさらに広げ、キッチンへ向かって這うように移動した。


「まずは、栄養補給よ。この体、動かすのに結構『活力』がいるみたいだから」


私は冷蔵庫(『凍』の文字入り)を開けると、中にあった解凍済みのオークの肉塊(キャットフードの残り)を掴み、その小さな体には不釣り合いな裂けた口で、ボリボリと貪り始めた。


「ボリボリ……クチャ……」

 白磁の手が肉の血で赤く染まり、鋭い歯が骨ごとオークの肉を噛み砕く。


『……。…………主よ。そのお姿、あまりに愛らしく、そして……あまりに悍ましい』

 アルフレッドが、複雑な表情で跪く。


『……怖ぇな嬢ちゃん。その小さな体で、俺よりワイルドに肉を食うとはな』

 飲んだくれが、引きつった笑いを浮かべた。


◇ ◇ ◇ ◇


第33話:からくり殺戮人形アブソリュート・ゼロ


「ボリボリ……クチャ。……ふぅ、ごちそうさま。少し活力を取り戻せたわ」


私は、血に濡れた小さな手を見つめた。球体関節で繋がった、白磁の手。……指先が、動かない。


「……あら? ペンが持てないわね。これじゃ『文字』が書けないじゃない」


致命的な欠陥に気づいた私は、首を360度くるりと回して、自分の新しい体を検分した。

 前世の知識。私の思い描く「呪いの人形」のイメージ……。


「……。…………それでもって、私の呪いの人形のイメージって……」


ミキミキ、と白磁の肌が裂けるような音がした。

 次の瞬間、人形の可愛らしいドレスの袖が弾け飛び、両腕の球体関節から六銃身のガトリング砲が、鈍い金属音と共に飛び出した。


「……機械仕掛けで刃物が出たり、ワープしたりするのよねぇ」


ケタケタケタッ!

 私がそう念じた瞬間、ガトリング砲が凄まじい回転音と共に火を吹いた。

 

 ――ドドドドドドドドッ!!


厨房の隅、オークの肉の匂いに釣られて現れた巨大なドブネズミたちが、一瞬にして鉛の雨に晒され、肉片となって蜂の巣にされた。

 硝煙と血の匂いが立ち込める中、私は煙を吹くガトリング砲を腕の中へと格納した。


「……いいわね。火力は十分だわ」


『……。…………主よ。そのお姿、あまりに愛らしく、そして……あまりに理不尽』

 アルフレッドが、もはや言葉を失って呆然としている。


「次は、文字の実験ね」


私は、動かない指先の代わりに、手の甲の関節から鋭利なセラミック製の刃物を、シャキィン! と飛び出させた。

 そして、その刃物に、床に転がっていたオークの血をたっぷりと塗りたくる。


「――はい、化けて!」


私は、血濡れの刃物を使い、厨房の壁に直接『涼』の一文字を、豪快に刻み込んだ。

 

 バリバリバリッ!

 刹那、文字から放たれた極寒の霊気が厨房を一瞬にして包み込んだ。壁は凍りつき、床のオークの血は氷の結晶へと変わり、吐く息は白く凍る。


「……問題ないわね。ペンがなくても、血と刃物があれば『文字』は刻めるわ」


私は、凍りついたネズミの死体を踏み越え、グロい白磁の顔を血と硝煙で汚しながら、不敵に……いや、悍ましい表情でケタケタと笑った。


「待ってなさいよ、『そっくりさん』。完璧パーフェクトなパフェを、このからくり殺戮パーフェクトな人形で、取り返しに行ってあげるわ!」


こうして、世界を救った「チョコの聖女」は、身長五十センチの「喋らないグロいからくり殺戮人形」として、ガトリングをぶっ放し、血で壁に文字を刻みながら、自分の体を取り戻すための旅を開始した。



◇ ◇ ◇ ◇


第34話:猫の追放と「偽りの聖女」


王都は、かつてない混乱の最中にあった。

 お菓子特区の主であり、チョコの聖女と称えられたモリコが行方不明になったのだ。


「モリコを見つけなさい! 王都の隅々、影の一つまで残さずよ!」


王女マーシャの号令により、騎士団と憲兵隊が血眼になって捜索を開始していた。だが、お菓子特区の屋敷に残されていたのは、血に汚れた厨房と、謎の銃痕、そして冷たく凍りついた壁だけだった。


その頃、王都のビルの屋上。

 モリコの肉体を乗っ取った『そっくりさん』は、夜風に髪をなびかせ、不気味なほどに晴れやかな顔で街を見下ろしていた。


「あははっ! 素晴らしいわ、この体、この感覚! チョコの匂いも、人の悲鳴も、全部私のもの!」


彼女が指先で宙に『禍』と書き込もうとしたその時、背後の空間が歪み、巨大な二又の尾を持つ『化け猫』が姿を現した。


『……小娘、いや、偽物か。我が主に代わって、その器、返してもらうぞ』


化け猫は、モリコから与えられた「究極の餌」で得た強大な霊力を解放した。空間を切り裂く爪が、音速を超えて『そっくりさん』へと振り下ろされる。

 並の魔獣であれば、一瞬で塵に還る一撃。


だが、『そっくりさん』は、狂気に満ちた笑みを崩さなかった。


「……ねえ、知ってる? モリコのこの『文字』のスキル、イメージ次第で何だってできるのよ」


彼女は、化け猫の爪が喉元に届く寸前、手にしたペンで、信じられないほど複雑な図形を……いや、一つの「概念」を空中に書き殴った。


はなつ


『――なっ!?』


書き込まれた文字から、真っ黒な重力の渦が発生した。

 それは化け猫の霊力を吸収し、逆にその巨大な体を異次元の狭間へと引きずり込んでいく。


『貴様……主の力を、これほどまでに……っ!』


「さようなら、お掃除係の猫ちゃん。お友達の魔神たちのところへ送ってあげる」


化け猫は必死に抵抗したが、モリコの肉体が持つ「底なしの活力」と、そっくりさんの「悪意あるイメージ」が合わさったスキルは、守護獣すらも凌駕していた。

 

 ――バキィッ!!

 空間が割れるような音と共に、化け猫はこの世界から完全に追放され、姿を消した。

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同じ頃、旧侯爵邸。

 オークの血で壁に『涼』と刻み、部屋を極寒に変えた「からくり殺戮人形」の私は、ガトリング砲を収納し、血塗られた刃物をチャキリと収めた。


「…………(猫の気配が、消えたわね)」


声は出ないが、霊的な感覚で悟った。

 最強の味方だった化け猫が、私の体によって排除されたことを。


『主よ……。今のは、化け猫殿の霊気が完全に途絶えました。あの『そっくりさん』、もはや手の付けられない化け物に変貌しております……』

 アルフレッドが膝をつき、絶望に肩を震わせる。


『……ヘッ、最悪だな。俺たちのボディーガードがいなくなっちまったか』

 飲んだくれの兵士も、震える手で空の酒瓶を握りしめている。


私は、首を180度後ろへ回し、窓の外を見つめた。

 王都を混乱に陥れ、守護獣さえも消し去った、私の「肉体」。


「…………ケタッ(いいわよ。やりなさいな)」


私は、血で赤く染まった小さな人形の手で、手の甲から飛び出した刃物をペロリと(実際には刃で白磁を削るように)撫でた。


「…………(どちらがこの世界に残り続けられるか、知恵比べといきましょうか)」


グロい呪いの人形は、カクカクとした不気味な動きで、夜の王都へとワープを開始した。


◇ ◇ ◇ ◇


第35話:甘い罠と偽物の帰還


「ケタケタ……。さあ、ネズミ捕りの時間よ」


白磁の顔をオークの返り血で汚した私は、カクカクとした不気味な動きで、影から這い出した子分猫たちの前に立った。化け猫が追放された今、王都の猫たちはパニックに陥っていたが、私が放つ「主と同じ活力」を感じ取り、おずおずとひれ伏している。


「…………(いい、あなたたち。私のチョコアイスを提供している店をすべて巡回なさい)」


声の出ない私は、血塗られた刃先で地面に直接『あみ』と刻んだ。文字から伸びた霊的な糸が猫たちの感覚に繋がり、王都中の「甘い匂い」を感知するネットワークが再構築される。


「…………(もし、私の姿をした『そっくりさん』を見つけても、絶対に応戦しちゃダメよ。ただ場所を教えなさい)」


アルフレッドが複雑な表情で私の小さな背中を見つめている。

『主よ、あやつを誘い出すおつもりですか? 追放の力を振るうあの化け物を……』


『ヘッ、騎士様。嬢ちゃんは分かってんだよ。自分オリジナルが一番我慢できねえものをな』

 飲んだくれの兵士が、欠けた酒瓶を握り直してニヤリと笑った。


数時間後。王都の隅にある、バッカス氏が経営するアイスクリーム専門店。

 閉店間際のその店に、深くフードを被った一人の女が現れた。


「……チョコアイス、パフェで。……一番濃厚なやつを、三つ」


震える声で注文するその女。変装してはいるが、溢れ出す魔力と、アイスを目の前にした時の異様な「殺気」にも似た執着……。

 物陰で半透明になっていた子分猫が、鋭い鳴き声で信号を送った。


「…………(来たわね)」


私は屋敷の屋根から、一気にその場所へとワープした。

 空間がひしゃげるような音と共に、店のカウンターの端に、五十センチの「グロい呪いの人形」が音もなく着地する。


「……っ!? 誰よ!」


フードを跳ね除け、私の顔をした『そっくりさん』が立ち上がった。その手には、一口だけ食べたチョコアイスのスプーンが握られている。


「…………ケタッ(私の分身だもの、好物を我慢できるわけないわよねぇ?)」


私は、首を360度ゆっくりと回し、裂けた口からサメのような歯を剥き出しにした。

 そっくりさんは、一瞬だけ恐怖に顔を歪めたが、すぐに私のスキルを使い、空中に**『たつ』**の文字を書き殴った。


「……あはは! その不気味な人形が本体ね!? 刻んであげるわ、私のパフェのトッピングに!」


「…………(やってみなさいな。その体、中身が私じゃないなら……ただの『動く肉塊』でしょ?)」


私は両腕の関節からガトリング砲を突き出し、銃身を高速回転させた。

 夜のアイスクリーム店が、硝煙の匂いとチョコの甘い香りに包まれる。


本物の魂を宿した「化け物」と、本物の肉体を奪った「偽物」。

 アイスを賭けた、最悪の共食いが始まろうとしていた。



◇ ◇ ◇ ◇


第36話:完全なるコピーの限界パーフェクト・リミット


「ケタケタ……ッ!」


王都の路地裏にあるアイスクリーム専門店。チョコの甘い香りと、硝煙の臭いが混ざり合う空間で、私はワープを繰り返していた。

 身長五十センチのグロいアンティーク・ドール。球体関節からガトリング砲を突き出し、裂けた口からサメのような歯を覗かせながら、カクカクとした不気味な動きで、私の肉体そっくりさんの周囲を縦横無尽に駆け抜ける。


「……くっ、この、不気味な人形がぁぁ!!」


私の肉体を奪った『そっくりさん』は、かつて私が愛用していたペンを握りしめ、空中に必死で『ふせぐ』の文字を書き殴っていた。文字から展開された霊的な障壁が、私の放つガトリングの鉛玉を弾き返す。


だが、その表情には、焦りと恐怖が色濃く滲んでいた。


「…………ケタッ(甘いわね。本当に、私の完全なコピーなら、私を敵に回そうとはしないはずだわ)」


私は、ワープの合間に、裂けた口をガバッと開けて「念」を送った。声は出ないが、霊体としての私の意思が、相手の精神に直接突き刺さる。


「…………ケタケタ(何故なら、この呪いの人形……『チョコへの執念』だけで動く、グロくてからくり仕掛けの殺戮兵器に、生身の私が勝てるビジョンなんて、私自身が持てないもの)」


私は、さらに活力を込めてガトリングを連射した。

 弾丸の一発一発に、私の「チョコを食わせろ」という執念(活力)が宿っている。それは単なる物理攻撃ではなく、霊的な障壁を内側から食い破る「呪い」の弾丸だ。


「…………(私と戦おうとした時点で、あなたの負け。あなたはアイスクリームなんて食べてる暇があったら、全速力で逃げに徹するべきだったわ。……私なら、そうする)」


障壁が、私の執念に耐えきれず、ミシミシと音を立ててヒビが入り始めた。


「――嘘よ! 私はモリコ! この体も、このスキルも、全部私の……っ!」


「…………(さようなら、偽物の私。……チョコ大福のモチモチ感は、私がこの手で取り戻すわ)」


私は、最後の一撃を放つべく、空中でワープを止め、全活力をガトリング砲に注ぎ込んだ。

 銃身が真っ赤に焼け付き、凄まじい回転音と共に、これまでにない巨大な「呪いの弾丸」が解き放たれる。


――ドドォォォン!!


障壁が粉砕され、弾丸が私の肉体の胸元へと直撃した。


「……あがっ、ぁぁぁ……っ!?」


衝撃波と共に、私の肉体から、半透明の何かが……悲鳴を上げる『そっくりさん』の魂が、勢いよく弾き出された。

 主を失った私の肉体は、力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。


「…………ケタッ(完璧パーフェクトな解体ね)」


私は、煙を吹くガトリング砲を収納し、血塗られた刃物をチャキリと収めると、カクカクとした動きで、自分の肉体へと歩み寄った。

 本物の主による、肉体の奪還が、今果たされようとしていた。


◇ ◇ ◇ ◇


第37話:勘違いの昇天と「死」の宣告


「…………ケタッ(さて、私の体に戻りましょうか)」


崩れ落ちた私の肉体。胸元にはガトリングの直撃を受けた凄まじい衝撃痕があり、服は破れ、そこから鮮血が溢れ出している。このまま魂を戻しても、数分も経たずに失血死してしまうわ。


私は、呪いの人形の指先に残った「活力」を絞り出し、血で赤く染まった床に『修』の一文字を刻もうとした。


「――そこまでだ、貴様ッ! 何事だ!」


突如、店の入り口を蹴破って、王都の衛兵たちがなだれ込んできた。

 彼らの目に見えるのは、血まみれで倒れる「聖女モリコ」と、その傍らに立つ、サメの歯を生やして血塗られた刃物を持つ「異形の呪いの人形」。


「魔獣め! モリコ殿を放せぇ!」


先頭の衛兵が、抜剣して私に斬りかかる。

 私は反射的にワープで背後へと回避したが、その一瞬の隙が命取りとなった。


床に漂っていた『そっくりさん』の魂が、好機とばかりに私の肉体へと滑り込んだのだ!


「…………(しまっ……!)」


肉体に入った『そっくりさん』は、ガバッと目を見開いた。

 だが、その体はもはや修復不可能なダメージを負っている。彼女は私の喉を使い、「あ、が……っ」と掠れた声を漏らし、そのままガクリと首を垂れた。


その瞬間、店内の空気が一変し、眩い黄金の光が降り注いだ。

どこからともなく、神々しくも無機質な「神様」の声が響き渡る。

 光の柱が、息絶えた私の肉体を優しく包み込んだ。


『聖女モリコ。貴女のこの世界での献身、確かに見届けました。不慮の事故とはいえ、その魂に安らぎを……。さあ、苦しみから解き放たれ、天へと昇りなさい』


神様の力により、肉体から、今度こそ完全に『そっくりさん』の魂が引き抜かれ、光の中に溶けていく。

 彼女は驚愕に目を見開いていたが、神の強制的な力には抗えず、清らかな鈴の音と共に空の彼方へと消えていった。


「…………(神様、それ人違いです……。それ、偽物の方なんですけど……)」


私は、呪いの人形の体で、天を見上げて呆然と立ち尽くした。

 私の肉体は、神の光によって浄化(という名のトドメ)を受け、完全に「物言わぬ遺体」となってしまった。


「う、うわぁぁぁ!! モリコ殿が……聖女様が、あの人形魔獣に殺されたぞぉぉ!!」


衛兵たちの悲鳴が夜の街に響き渡る。

 

「…………ケタケタ(さすがに衛兵と戦うわけにはいかないわねぇ)」


私は、押し寄せる衛兵たちの追撃をワープでかわし、夜の闇へと消えた。

 翌朝、王都全土に衝撃的なニュースが駆け巡った。


『悲報:チョコの聖女モリコ、謎の人形型魔獣の手によって惨殺。犯人は現在も逃走中』


こうして、私は自分の肉体を失い、世間的には「死亡」したことになってしまった。

 身長五十センチ、グロいからくり呪いの人形。……私の、幽霊(人形)としてのセカンドライフが、最悪の形で幕を開けた。


◇ ◇ ◇ ◇


第38話:あれから


黄金――。かつてランプの魔神が気まぐれに街一つを塗りつぶした、その輝ける廃墟は、今や大陸全土から「最悪の禁忌」として恐れられていた。


チョコの聖女モリコの死。あれから、百年が経った。


黄金の都を囲むのは、幾重にも張り巡らされた高密度の結界。かつての聖女モリコが遺したとされるそれは、今や主の変質と共に、生者の侵入を一切拒む「絶望の境界線」へと変貌している。


「……ムシャムシャ。ふぅ、やっぱりこの温度が一番ね」


黄金の宮殿の最上階。

 豪奢な椅子に座り、高さ一メイルもある特大のチョコアイスパフェを貪っているのは、一体のアンティーク・ドールだった。


プラチナブロンドの髪は百年経っても色褪せず、碧眼には時折、紅い燐光が走る。

 かつて白磁だった顔には、今や継ぎ接ぎの跡があった。喉元には、屠った高位のオークから奪い取った「喉と肺」が霊的に縫い付けられており、人形の細い首に異様な生々しさを与えている。


「寿命がないって、つくづく困るわねぇ。美味しいものを食べ続けて百二十年……。感覚が麻痺しそうよ」


人形――モリコが口を開くと、オークの器官を通じた、鈴の音を歪ませたような奇妙な声が響いた。


『左様でございますな。主よ、本日のカカオの出来も最高値パーフェクトにございます』


影から現れたのは、もはや騎士の形を留めぬほど巨大な黒い霧と化したアルフレッド。そして、黄金の街を闊歩するのは、モリコの「活力」を分け与えられ、普通の幽霊や魔獣を寄せ付けないほど強大化した「黄金の亡霊軍団」だ。


都市の中には、緻密に計算された「魔導農場」が広がっている。

 文字スキルで『育』と『永』を刻まれた砂糖黍、カカオの樹、そして霊体化して年を取らなくなった牛や鶏。外界が戦争や飢餓に苦しもうとも、この黄金の都だけは、永遠に「最高のスイーツの材料」を生み出し続ける自給自足の楽園(あるいは地獄)であった。


「…………。…………でも、最近、外が騒がしいわね」


モリコはパフェのスプーンを置き、黄金の窓から外を見下ろした。

 結界の向こう側では、人類連合軍だか聖騎士団だかが、「黄金の魔王」を討伐せんと軍勢を整えている。彼らにとって、モリコは「死者を弄び、黄金の都を占拠する最凶の魔王」以外の何者でもない。


「…………ケタッ(……まあ、私の至福のスィーツの時間を邪魔するのなら容赦しないわよ)」


モリコは、ガバッと裂けた口を釣り上げ、不気味に笑った。

 彼女の手の甲からは、百年間の改良を経てさらに鋭利になった「概念切断」の刃がシャキィンと飛び出す。


「アルフレッド、お客様よ。……せっかくだから、新作のアイスの『トッピング』になってもらいましょうか?」


黄金の都に、ガトリングの回転音と、不滅の少女の笑い声が響き渡る。

 チョコアイスへの執念は、百年を経て、ついに「神」の理さえも踏みにじる真の魔王へと昇華していた。


【完】


◇ ◇ ◇ ◇


後日談:黄金の再会と、溶けないアイス


黄金の都を囲む結界は、生者には絶望の壁だが、死者にはこの上なく甘美な誘いとなる。


かつて第一王女と呼ばれ、この国のまつりごとをその細い肩に背負い続けたエリザベート――。偽名「マーシャ」として過ごしたあの輝かしい日々から、すでに八十余年の月日が流れていた。


『……モリコ。私は結局、あなたを奪ったあの「人形の魔獣」を討つことができなかったわ……』


老衰で息を引き取った彼女の魂は、深い無念を抱えたまま、この世に留まった。

 生前、彼女が最後に下した勅命は「黄金の都の包囲」であった。親友を殺した憎き魔王を討つこと。それが彼女の人生の残り火を燃やし続けた執念だった。


幽霊となったマーシャは、引き寄せられるように黄金の都市に向かい、結界をすり抜けた。

 そこは、禍々しい噂とは裏腹に、驚くほど整然とした「死者の楽園」だった。


『……え?』


宮殿の門で彼女を迎え入れたのは、かつて自らが処刑を命じたはずの、レイデスン侯爵一家だった。首には奇妙な黒い糸の刺繍(『繋』の文字)があり、彼らは執事やメイドのような洗練された動きで、深々と頭を下げた。


『エリザベート殿下……いえ、マーシャ様。お待ちしておりましたぞ』

マスターが、ちょうどお茶の用意を整えたところですわ』


混乱するマーシャが案内されたのは、最上階のテラス。

 そこには、一人のアンティーク・ドールが座っていた。

 継ぎ接ぎだらけの白磁の肌、オークの喉を移植した異形の首。だが、その人形が手にしていたのは、あまりにも見覚えのある「チョコアイスパフェ」だった。


「…………ムシャムシャ。ふぅ、やっぱり一番下のチョコソースが溜まってるところが最高よねぇ」


人形は、長い指先で器用にスプーンを回すと、パフェの底から濃厚なソースを掬い上げ、幸せそうに頬を緩めた。

 その、一口食べるごとに眉間を少し寄せて味わい尽くす独特の仕草。

 チョコの汚れを気にするよりも先に、次の一口を狙うその強欲なまでの輝き。


『……その、食べ方。その、チョコに対する異様なまでの情熱……』


マーシャの魂が、激しく震えた。

 八十年越しの憎しみが、アイスが溶けるよりも早く、霧散していく。


『……モリコ? モリコなの!? その、あまりにグロテスクで不気味な人形の中にいるのは……私の、親友のモリコなのね!?』


モリコは、オークの喉を鳴らしてケタケタと笑うと、予備の椅子を足で(お行儀悪く)引き寄せた。


「来たわね、マーシャちゃん。……まあ、お互い生者じゃないから、仲良くできると思うのよね」


モリコは、自分のパフェを半分差し出すと、不敵に……いや、百年前と変わらない悪友の顔で微笑んだ。


「さあ、座りなさいな。寿命がないってことは、これからは二十四時間、私のアイスに付き合ってもらうわよ?」


黄金の都に、二人の笑い声が響く。

 それは恐怖の魔王の咆哮ではなく、ただの「甘党の女の子たち」が再会を祝う、どこまでも甘い歌声だった。


【完食】

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