自由落下から始まる異世界生活
視界を埋め尽くしていた白い光が、一気に弾けた。
次の瞬間、足元にあったはずの感覚が消え、全身が叩きつけるような強風に襲われる。
「――ぶべっ!?」
目を開けた瞬間、俺は自分の目を疑った。そこにあるのは、果てしなく広がる青空。
「ちょ、待て待て待て! 転移って、普通は地面の上じゃないのかよ!?」
俺は今、高度数百メートルの空中から自由落下している。全力で手足をバタつかせるが、もちろん体が浮くはずもない。
(『転移一人目』だからって適当すぎだろ! せめて着地地点くらい設定しとけよ!)
このままでは異世界に来て数秒で死ぬ。パニックで思考が真っ白になりかけたその時、あの神の言葉が脳裏をよぎった。
――『魔法は、はっきりとしたイメージを持てる人だけが使えます』
(そうか!魔法を使えばいいんだ!イメージしろ……! 空を飛ぶイメージなら何万回もしてきただろ!)
俺は体に魔法をまとわせ、重力に逆らうように宙に浮く自分を想像する。だが、ダメだ。上手くいかない。猛スピードで落下している最中に、そんな宙に浮くイメージなんてはっきり持てるわけがない。
(クソ、時間がない! どうにかしないとこのまま……!)
何か手掛かりはないかと下を見ると、そこには森林が広がっている。
(これか! 空を飛ぶのは無理でも、あの木々の中に突っ込んで「死なない」イメージならできるかもしれない!アニメで何度も見てきた光景だ!)
これに賭けるしかない。 森林に落ちても、木の枝がクッションになって、少々の掠り傷で済む魔法。
「《落下緩和》!」
唱えた瞬間、体に何らかの力がまとわりつく感覚があった。直後、俺は森林へと突っ込んでいく。
ドスンッ!
「……ぶじ、なのか?」
地面に転がった俺は、恐る恐る自分の体を確認した。確かにいくつかの切り傷はあるが、致命傷ではない。
「一応……正解、なのか?」
全く、想像しただけで完璧な魔法が出るわけじゃないのか。不便っちゃ不便だな。
安堵するのも束の間、茂みの奥から小型のモンスターが姿を現した。剥き出しの牙には、明らかな敵対心が溢れている。
「……やるしかないのか」
俺は右手を突き出し、さっきの妄想でも使った技の名を叫ぶ。
「《神の衝撃波》!」
……ほえ? 何も起きない。風の一吹きすら発生しなかった。
「《神の衝撃波》! 《神の衝撃波》ってば!」
やはり、何も出ない。
( 確かに《神の衝撃波》は、最近考え出したばかりの魔法だ。まだ、イメージが浅いのだろうか。なら、もっと他に……馴染みのあるやつを!)
「……《火の玉》!」
何も出てこない
(もっと明確に、炎の熱さ、着弾して爆発する様子を脳内に描くんだ。)
「《火の玉》……っ!!」
(もっと、もっと心の奥底にある「確固たるイメージ」を呼び起こすんだ!)
そのとき、小学生の時から何万回も唱えている言葉が頭に浮かぶ。
「……神より与えられし、封印されし右腕よ。今こそ獄炎を解き放つのだ!」
恥ずかしさを捨て、喉が千切れるほど本気で叫ぶ。
「――《火の玉》!!」
その瞬間、掌から放たれたテニスボールほどの火の玉が、一直線にモンスターへ飛んでいった。着弾と同時に、ボフッという鈍い音を立てて火花が散る。
「ギャウッ!?」
火の玉の直撃を受けたモンスターは、熱さに悶えながら地面を転がった。俺はすかさず近くに落ちていた手頃な木の棒を拾い上げ、弱ったそいつを必死に叩く。
「おらぁぁぁ! 覚悟しろぉ!!」
必死の格闘の末、ようやくモンスターは光の粒子となって消えていった。
(小学生の時に考えた詠唱がなければ魔法が使えないなんてな…)
――ティロリン♪
レベルアップのような軽快な音が鳴り、ポケットの中がポワッと光り出した。何事かと探ってみると、そこには一枚のカードが収まっており、眩い光を放っている。
「これ……ステータスカードか?」
そこには俺の名前『木村 翔太』、職業『魔法使い』。そして現在のレベルや習得魔法といった、諸々のステータスが記載されていた。
「なるほど、これを見れば状況が分かるのか」
レベルは2。さっきのモンスターを倒して上がったのだろう。 気になる習得魔法の欄に目を向けると……。
《落下緩和》:ランクF
《火の玉》:ランクF
これらはさっき覚えた魔法だが、 余りにも単純な名前過ぎる。
(せっかくならもっとかっこいい名前付けとくんだったな。)
だが、その他の魔法を確認したとき、そんな後悔なんてどうでもよくなった。
《服透視》:ランクB
《お風呂覗き(ルッキング)》:ランクB
「おいおいおい!! こんな魔法、まだ一度も使ってねぇぞ!!」
と、とりあえず怒るふりをしてみる。またあの神様に切り抜かれたりしたら面倒でしかないからだ。
今にでも使ってみたいが、まだその時ではない。こういうのは、我慢して我慢して使うのが一番良いのだ。
しかも、よく確認してみるとさっきの攻撃魔法よりランクが高い。 前の世界で四六時中、あまりに「明確」に、あまりに「強い信念」を持って想像し続けていたせいで、異世界に来た瞬間から熟練度が高まっていたのだろう。
「……ってことは、これ。使えば使うほどランクが上がって、より強力になるってことだよな?」
(服を透かせば透かすほど、お風呂を覗けば覗くほど強力になるなんて…)
良からぬ妄想が止まらない。
「まぁ、とりあえず、街を目指すか。人に会わないと何も始まらないし」
木々の隙間から、遠くに建物の屋根らしきものが見える。俺はステータスカードをしまい込み、その方角へ歩き出した。
道中、何度か小型のモンスターが襲いかかってきたが、そのたびに例の「黒歴史詠唱」を叫び、魔法と物理の併用でなんとか退けた。戦いを繰り返すうちに体も動くようになり、森を抜ける頃にはレベルも『8』まで上がっていた。
魔法のランクは相変わらず上がらないが、まずまずの成長じゃないかな。
森を抜けてしばらく歩くと、立派な街道と大きな門が見えてきた。その入り口に、一枚の看板が立っている。
『ようこそ冒険者の街、ファーストへ! 初心者冒険者のサポートはお任せあれ!』
(なんとも分かりやすい看板だな……)
親切なのか、あるいはカモを待っているのか。期待と不安が入り混じるが、今の俺にはここしか行くあてがない。
俺は大きく息を吐き出し、街の看板をくぐり抜けた。




