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迷宮の罠と、宙吊りの猫少女

Eランク昇格から数日後。  俺たちは装備を一新し、新たな決意と共にダンジョン『第11階層』へと足を踏み入れていた。


 まず目を引くのは、俺たちの外見の変化だ。  シルフィは、以前の刃こぼれしたショートソードから、刀身が青白く輝く『ミスリル銀の短剣』へと持ち替えている。軽量かつ切れ味抜群の業物で、彼女の敏捷性を活かした戦闘スタイルに最適化されている。  ユナさんは、防汚加工が施された純白の聖職者ローブを新調し、手には魔力増幅効果のある『世界樹の若枝の杖』を携えている。その姿は、薄暗いダンジョンの中で一際神々しく輝いて見えた。


 そして俺、レンもまた、ボロボロだったローブを捨て、『魔力糸のローブ』を纏っていた。防御力はそこそこだが、魔力循環を助ける効果がある。杖も樫の木から、魔石が埋め込まれた『導きの杖』へとグレードアップしていた。


「ふふん、やっぱり良い装備は気分が上がるわね! 体が軽いし、どんな敵が来ても負ける気がしないわ!」


 シルフィが新しい短剣をくるくると回し、上機嫌で先頭を歩く。  だが、俺の表情は険しかった。


「浮かれるなよ、シルフィ。ここから先は『中層』への入り口だ。環境が今までとは違う」


 11階層。  そこは、自然の洞窟だった10階層までとは異なり、人工的に削り出された石造りの迷路だった。  整然と並ぶ回廊。似たような景色が続くT字路や十字路。  そして何より厄介なのが――。


「――ストップ」


 俺は鋭く声をかけ、シルフィの襟首を掴んで強引に引き戻した。


「な、なによいきなり!」 「足元を見ろ。石畳の色が、そこだけ微妙に違う」


 俺が杖の先で、その床石を軽く突く。  カチッ、という小さな音が響いた瞬間。


 ヒュンッ! ガギンッ!


 壁の左右から鋭利な槍が飛び出し、交差した。  もしシルフィがそのまま進んでいたら、今頃は串刺しになっていただろう。


「ひっ……!?」


 シルフィが顔を青くしてへたり込む。  ユナさんも青ざめた顔で口元を押さえた。


「これが11階層名物、『トラップ・エリア』だ。魔物よりも、この罠で命を落とす冒険者が多いらしい」


 俺は冷や汗を拭った。  俺の『魔力操作S』は、魔力の流れを感知する『マナ・サーチ』に応用できる。罠の仕掛け部分に微量な魔力が通っていれば感知可能だ。  だが、それは精神を酷使する作業だった。常に360度、床から天井まで神経を張り巡らせなければならない。


「……はぁ、はぁ。きついな、これ」 「レン君、大丈夫ですかぁ? 顔色が悪いですよ」 「魔力酔いだ。……やっぱり、専門家シーフがいないと、進行ペースがガタ落ちだな」


 本来なら1時間で通過できる距離を、俺たちは3時間かけて進んでいた。  進むも地獄、戻るも地獄。  俺たちは疲労困憊になりながら、迷路の奥へと進んでいった。


 ◇


 さらに1時間が経過した頃。  迷路の行き止まりに近いエリアから、奇妙な音が聞こえてきた。


「……ねえ、なんか聞こえない?」


 シルフィが耳をピクピクと動かす。  俺も耳を澄ませる。


「うぅ……だれかぁ……たすけてぇ……」


 か細い、情けない声。  亡霊のうめき声かとも思ったが、それにしては切実すぎる。  俺たちは顔を見合わせ、警戒しながら声のする方へと向かった。


 角を曲がった先。  そこは小さな小部屋になっており、奥には立派な宝箱が鎮座していた。  そして、その手前の天井から――。


「…………」


 一人の少女が、逆さまに吊り下げられていた。


 足首をロープのような罠で縛られ、ブラブラと揺れている。  栗色のショートヘア。重力に引かれてめくれた服から覗く、健康的なお腹。  そして、力なく垂れ下がった猫の耳と尻尾。


 見覚えがある。  先日、レストランで俺のポテトを盗み食いした、あの猫獣人の少女だ。


「あ、あれ? 君は……」 「にゃっ!?」


 少女は俺たちに気づくと、ビクッと体を震わせた。  そして、顔を真っ赤にしながら、必死に平然を装おうとした。


「よ、よう! 奇遇だね、お兄さんたち! こんなところで会うなんて!」 「……何してるんだ、そんな格好で」 「な、何って……あれだよ! 天井の点検! そう、この階層は天井に隠し通路があるって噂だからさ、こうやって逆さになって調べてたんだよ! あは、あははは!」


 苦しすぎる言い訳だ。  彼女の足首には、ガッツリと罠のロープが食い込んでいる。  さらに、彼女の下には、いかにも怪しげな『宝箱』があった。  状況を推測するに、宝箱に目がくらんで飛びついたところを、床の罠に引っかかって吊り上げられたのだろう。


「ふーん、点検か。熱心だな。じゃあ、俺たちは邪魔しちゃ悪いから行くよ」 「そうね。頑張ってねー、泥棒猫さん」


 俺とシルフィがきびすを返すと、背後から悲痛な叫びが上がった。


「まってぇぇぇぇ! 嘘です! ごめんなさい! 罠です! 引っかかりました! 助けてぇぇぇ!」


 少女は涙目で手足をバタつかせ、振り子のように揺れた。


「もう3時間もこのままなんだよぉ! 血が頭に上って限界なんだよぉ! 死んじゃう! 干からびた猫になっちゃう!」


 3時間。それは災難だ。  俺は足を止め、ため息をついて振り返った。


「助けてもいいが……タダってわけにはいかないな」 「うっ……! こ、この状況で金銭要求!? お兄さん、人の心とかないの!?」 「レストランで俺のポテトを盗んだ奴に言われたくないな。それに、割引券のお礼もしてないし」 「ぐぬぬ……!」


 少女は悔しそうに唸ったが、背に腹は代えられない。  彼女は観念したように肩を落とした。


「わ、わかったよ! 助けてくれたら、この奥の宝箱の中身、山分け……いや、3割あげるから!」 「7割よこせ」 「鬼っ!? 悪魔!? ……わ、わかったよぉ! 7割でいいよぉ!」


 交渉成立だ。  俺は杖を振るい、風のウィンド・カッターを放った。


 プツンッ。


 ロープが切れ、少女が頭から落下する――直前、彼女は空中で身をひねり、見事な着地を決めた。  さすがは猫獣人。三半規管が強い。


「ふぅー……! 助かったぁ……! マジで死ぬかと思った……」


 彼女はその場にへたり込み、涙を拭った。  ユナさんがすぐに近づき、足首の擦り傷に治癒魔法をかける。


「大丈夫ですかぁ? 痛かったでしょう。はい、これで治りますよ」 「うにゃ……あ、ありがと、綺麗なお姉さん」


 少女は照れくさそうに礼を言うと、パンパンと服の埃を払い、改めて俺たちに向き直った。  そして、ニカッと笑って右手を差し出した。


「あたしはミミ! しがない『Cランク』のシーフさ! 助けてくれてありがとな!」 「Cランク!? あんた、あたしたちより格上なの!?」


 シルフィが驚愕の声を上げる。  確かに、Cランクといえば中堅の上位。ソロでここまで潜れる実力はあるということか。ただ、その実力とドジっぷりが噛み合っていない気がするが。


「へへん、すごいでしょ! ま、ソロでやってるとこういうミスもあるってことさ! 猿も木から落ちる、猫も罠にかかるってね!」 「開き直ったな。俺はレン。こっちはシルフィとユナさんだ」


 俺は彼女の手を握り返した。小さくて柔らかいが、指先は硬い。職人の手だ。


「で、ミミ。約束通り、その宝箱を開けてもらおうか。7割は俺たちの取り分だぞ」 「うっ……覚えてたか。ちぇっ、仕方ないなぁ」


 ミミは渋々といった様子で宝箱の前にしゃがみ込んだ。  そして、腰のポーチから細長い針金のような道具を取り出すと、目の色が変わった。  先ほどまでのドジっ子の雰囲気は消え、プロの顔になる。


「……ふんふん。二重底の毒針仕掛けか。古典的だね」


 カチャカチャ、コトッ。  わずか数秒。  俺たちが息を飲む暇もなく、宝箱の鍵が開いた。


「はい、オープン!」


 パカッ。  中に入っていたのは、銀貨の詰まった袋と、一本の短剣、そして数個の宝石だった。


「おおっ!」 「結構入ってるじゃない!」


 総額で金貨5枚分くらいにはなりそうだ。  ミミは約束通り、中身をきっちりと分けて俺たちに渡してきた。少し手が震えていたし、未練がましく銀貨を見つめていたが、裏切るような真似はしなかった。


「……うん。ちゃんと約束は守るんだな」 「当たり前だよ! あたしは『義賊』を目指してるんだからね! 嘘はつくけど、契約は破らないのがポリシーさ!」


 ミミは胸を張って言った。  その姿を見て、俺の中で一つの確信が生まれた。  腕は確かだ。少し抜けているが、性格も悪くない。何より、ソロでここまで来れる生存能力は貴重だ。


「なあ、ミミ。お前、今ソロなんだろ?」 「ん? そうだけど。前のパーティはクビになったし」 「だったら……俺たちに雇われないか?」 「は?」


 俺の提案に、ミミは目を丸くし、それからシルフィとユナさんを交互に見た。


「え、ええ? 本気? あたし、結構報酬高いよ? それに、さっきみたいなミスもするし……」 「ミスは俺たちがカバーする。その代わり、俺たちにはお前の『目』と『技術』が必要なんだ」


 俺は真剣な眼差しで彼女を見た。  11階層以降を安全に進むには、彼女の力が不可欠だ。


「……そっか。必要、かぁ」


 ミミは少し照れくさそうに鼻の下を擦り、それからニシシと笑った。


「いいよ! 乗った! その代わり、お宝の配分は山分けだからね!」 「交渉次第だな」


 こうして、罠にかかっていた猫少女を助けたことで、俺たちのパーティに3人目のヒロイン――トラブルメーカー兼頼れる斥候、ミミが加わることになった。


 彼女の加入により、ダンジョン攻略のスピードは劇的に上がることになるが、同時に俺の財布と胃袋にかかる負担も劇的に増えることを、俺はまだ知らなかった。


「にゃはは! よろしくね、雇いマスター!」


 ミミが俺の背中に飛びつき、頭を擦り付けてくる。  シルフィが「キーッ!」と叫び、ユナさんが「あらあら」と笑う。  騒がしくも賑やかな4人パーティの誕生だった。

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