第三話 雨と上靴。
「タイムリープ?」
神谷さんからの思いもよらない言葉に頭が固まりその言葉をただ繰り返すことしかできなかった。
「そう、タイムリープ。風見野高校8不思議のその
3だよ。2階階段の踊り場、人がいないそこに名前のない上靴がある。それに近づくと不思議なことに時間が戻るらしい。」
「踊り場の上靴。」
「そうか、君はもう見たんだったね。」
「神谷さん‥。」
「さぁ、じゃあ行くよ。」
手を引き再び走り出す。
「おい、待てお前らぁ!」
後ろから誰かが走ってくる音がする。
振り返る余裕なんてない。ただ走る。
しばらく走ったのち、息をひどく切らしながらも
僕らは踊り場についた。
「上靴‥。」
そこには名前のない上靴があって。
「神谷さん、ハァハァ、これからどうしたら?」
切らした息の絶え間を拭うように疑問を投げかける。噂は本当なのだろうか。第一靴に近づくだけならなぜあの時僕はタイムリープしなかったのか。
「おいもう逃げれないぞ。」
僕らを追いかけてきた教頭が上から、そして教頭が下にいる。僕らは挟まれたらしい。
「神谷さん‥」
この絶対絶命な場面でも、不思議なことに彼女、神谷結衣は手を顎に置いて何か考えていた。
「…もっと上手くしたかったけど、仕方ないか‥」
「えっ?」
小さな声で言われたことが上手く聞こえず聞き返した時だった。
「春!上靴を下に蹴って!」
彼女の大声に一瞬固まる。何故と考えようとした時には体は動いていた。
大きく振りかぶった右足で上靴を蹴る。
飛んだ上靴は下にいる教頭の顔の方に飛んでいった。
その瞬間あたりが光る。
「神谷さんっ!」
ハッと目を覚ました。
「おい大丈夫か!」
「いたた‥隼人?」
「お前あんまり寝ぼけんなよな」
そういって隼人が笑う。
あたりを見回す。どうやらここは職員室の前らしい。
「よしじゃあ手分けしよーぜ!」
流石に勘の悪い奴でもわかるだろう。
明らかに僕はタイムリープをしていた。
「神谷さんっ」
神谷さんを見る。不思議なことに彼女はキョトンとしていた。
彼女は何か勘付いたらしい。
「そうかい‥」
「神谷さん、話がある。」
「うん、そうだね。」
僕らは話合うこととなった。
神谷さんは何故タイムリープのことを知っていたのか、何故こんなことができるのか、聞きたいことが山のようにある。だが、その他のどれよりも早く出た言葉は自分でも意外な言葉だった。
「協力してほしい。」
神谷さんもこんな言葉に驚いたのだろう。
少し沈黙が流れた。
「全く、君ってやつは、」
呆れ笑いをして僕の顔を見る。
「もちろんだよ。」
「これからおよそ30分後くらいに理解準備室から火が出る。僕らが近づくことで容疑がかかったんだ。
だから近づかなければいんだけど、もしかしたら、部屋の中に誰かいたかもしれない。助けなくちゃ。」
「わかったよ、急ごう。」
彼女は僕の言葉に驚く様子はなく、決意を決めた目で僕を見つめた。
早足で3階に、幽霊廊下に向かう。今度は立ち止まる時間がないだろう。
「神谷さん。上靴のことを知っているんだよね。
教えてほしい。」
「うん、使ったんだ。もう隠さないよ。あれは8不思議の3、踊り場の上靴だよ。下に蹴ることで過去に戻ることができる、まぁ、戻れる時間は決まっているんだけどね。」
「ねぇ神谷さん‥他に隠していることはない?」
「んーあぁ!忘れてた。あれは1日に3回までだよ。」
「他には‥」
「んーこれくらいかなぁ力になれずごめんよ。」
「じゃあ聞くけど、神谷さんはあれを何回使ったの?」
神谷さんが驚く。
「どうして?」
「理由は結構あるよ。まず、上靴のことを知っていたのなら、普通は使うよね。次に神谷さんは僕が言ってないことも知っていたから。僕は上靴を見つけたことは神谷さんに話してないし。」
「優秀だね。確かにその通りだよ。僕はあれを2回使ったことがある。」
「どうして‥?」
「純粋な興味だよ。感動して2回使ったんだ。」
神谷さんの様子がどこかおかしい。照れているような、恥ずかしがっているような感じだ。
「まぁそういうものか‥」
「それよりも、火事を止めるんだよね。急がないと!」
彼女が急かす。この話は後で聞こう。
言われる通りに目的地へと急いだ。
まもなく僕らは幽霊廊下についた。
前回と違うことといえば、廊下の反対側に来た点である。
もうすぐだ。ここにだれかが現れるはずだ。
もうすぐなのだ。そう考え、時計を見る。
13時10分、カチャッと腕のアナログ時計がその時刻を指した時あの音は聞こえた。
すぐ近くだ。廊下の中央あたり。啜り泣くような声が聞こえる。
バリバリッ!
雷が近く。窓からすぐ見えるあたりに落ちた。
前に見えた人影はどこにもいない。
「間に合わないっ!走るよ神谷さん!」
神谷さんの手を引き、来た道を走る。
階段を下り渡り廊下を走った時だった。
「コラっお前ら何してる!」
騒ぎを聞いてきたのだろう。後ろから京松先生の声が聞こえた。
構わず手を引き走る。渡り廊下を抜け、後ろを振り返る。どうやら消化活動に行ったらしく誰も追ってきてはいない。
「今回も失敗か。」
息を切らしながらそう呟く。
しかし、歩く余裕はない。まもなく教頭がやってくるだろう。離れなくては。
再び走り出し、廊下の角を曲がろうとした時だった。「痛っ、」 「いてぇ」
廊下の角に誰かいたらしく、頭をぶつけた。
「痛っ‥あれ?隼人?」
「え?安?」
そこにいたのは喜門寺先生と隼人だった。