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初投稿ですが読んでくださる方のお暇潰しになれば幸いです。
側から見えることで判別するのは難しいよってお話の予定。
「彼から愛されてないのはわかりきってるのにどうして別れないのかしら」
爽やかな陽気の中に、大きくはないがよく通る涼やかな声が聞こえた。確実に毒を孕んだその言葉に、ベティは乱れてしまっているふわふわとウェーブがかった赤い髪を耳にかけながら、声の主を見て小首を傾げた。
それは魔導士による研究開発チームの関係者たちがあつまるガーデンパーティでの一幕だ。ベティはそこの関係者である恋人に誘われて同伴者として参加していたが、あいにくと対人関係の知識は広くない。
(あの方は、えっと、彼の仕事関係の方としか記憶にない…)
可愛らしい尖った耳と透けるような肌、エルフかフェアリーであろう繊細な見た目の彼女は、その見た目に反して鋭い物言いをしてこちらに視線を投げていたが、目が合ったら逸らされてしまった。
「彼は決して無口じゃないの。でも彼女相手には甘い言葉をかけないどころか、彼女とは話していてもつまらないって言っていたのよ」
「想い人にそんなに酷いことを言われたら私ならきっと側に近寄れないわ」
「あの下品な身体を使ってなんとか側にいたりしてね」
「まぁ、あれなら男としてその気持ちは…なぁ?」
目は逸らしたものの話をやめる気はないらしく、クスクスと小馬鹿にしたように笑いながらグラスを傾け友人と思しき数人で会話を続けている。ベティはその内容から確実に自分のことであると確信をした。
彼女たちの言ったことは事実自分たちに当てはまることだった。ベティは純血ではないがセイレーンだ。セイレーンは魅力的な外見を持つ者が多いが、その中でもベティは豊かな胸元と、スラリと伸びる長い脚は細すぎず太すぎず綺麗な曲線を描いていた。下品な身体、だなんて揶揄われることも、いやらしい目で見られたり声をかけられるなんてもはや日常茶飯事である。
それに彼女の言う通り恋人である彼はむしろ話をするのが好きで、よく友人たちとも話をしている。が、ベティは相手の仕事や日常の話を一方的に聞くだけのことが多い。ベティとの会話が魔導知能と話しているようでつまらないとは彼本人からもそう言われて大喧嘩をしたことがあるし、未だにその言葉は小さなトゲとなって心の柔らかいところにある。
(あの方は、彼が欲しいのかな…?)
グラスに口をつけながらちらりと横目で見つつ耳を欹ててみたところ、まだ色々と言っているようだ。全て聞いてみたいような気もするが、会話には入れないので聞いて口を出したくても出せないジレンマも面倒に感じてしまって悩ましい。主格の彼女は彼を好き、とかそういう感情ではなさそうな気がする。なんとなく、ベティが気に入らない。そんな感じだ。
そんなことを考えていると、不意に背後から腰を抱き寄せられた。そこには見慣れた猫人であるベティの恋人ヘイリーの顔があった。
「あ、おかえり」
ベティからにこりと笑いかけられたヘイリーは表情を変えずに頷き、何かを言おうと口を少し開きかけた。
「ヘイリー!こっちに来て、あの魔道具の導体設計の話をして欲しいの」
しかし彼の口から音が発される前に先程の彼女に声をかけられ、当然ヘイリーだけでなくベティもそちらに揃って顔を向けた。男女の混じった数人がこちらを見ている。先程ヘイリーが何を言いたかったのか気になるが、おそらくもう聞けないだろう。ちらりとこちらの様子を伺うヘイリーと目が合う。ベティは大丈夫、の意味を込めてにこりと微笑んでみせると、ヘイリーはベティの腰を抱いたまま呼ばれた方へと並んで進んでいった。
「カシュー、俺の恋人のベティだよ」
「はじめまして、セイレーンのベティです。」
「はじめまして、フェアリーのカシューです。ねぇヘイリー、今回の魔道具の導体設計の話なんだけどね」
形式的な自己紹介をするとカシューはベティを無視してヘイリーにベティのわからないであろう話になり、ヘイリーもたまに笑顔になりながら話に花を咲かせはじめた。
(他の方を紹介していただくタイミングを逃してしまった…。そういえばヘイリーは優秀な魔導士だったんでした)
ベティは全く理解できない内容をBGMのように聞き流しながら、つい忘れがちな恋人の優秀さを改めて思い出していた。
猫人であるヘイリーはふわふわの髪の毛に筋の通った鼻、切長のアーモンドアイをしていた。そして祖先に宝石人がいたとかでなんとも幻想的な瞳を持っていた。鍛えているわけではないので特にがっしりはしていないが、身長があるため目立つほうだ。間違いなくかっこいいとされる括りに入るだろう。しかし、色々な面においてとても研究者らしい彼は、研究に時間をかけてしまうためこんな場でなければ髪なんかも櫛でとかすことすらなく、服装など割と適当である。研究ばかりしているせいで相手の感情の機微に疎いところがあり、ベティのみならず家族と喧嘩もしょっちゅうだ。だから彼が一部に人気があるのは、外見とその魔術における能力の高さによるところだろうと、楽しそうに話すヘイリーを見ながらベティは分析する。そんな有名な魔術師と海の生物であるはずのセイレーンの血が入ったカップルだ、多少は有名になっているのも仕方のないことか、と半ば無理やりに自分を納得させた。
「あ、ごめんなさい、ベティさんにはわからないから退屈ですよね。彼と話が合うから楽しくなってしまってつい」
ニコニコしながらヘイリーたちを見ていたベティに、わざとなのかそうでないのかイマイチわかりにくい態度で困ったような笑顔を向けてカシューは謝罪の言葉を口にする。しかし、先程ヘイリーが来る前の話を聞いていた後なのでこれは当て擦りだろうなとベティは推察した。
「いいえ、普段は彼の話でしか知らないお仕事の光景を垣間見れて楽しいですよ。ヘイリーはたくさん話は聞かせてくれますけど、実際に近くで見るのはまた違いますもの。お気遣いありがとうございます」
笑顔を崩すことなくそう答えたベティだが、カシューはベティの負け惜しみと捉えたのかすこし勝ち誇ったような色がその笑顔に混ざっている。
「そう?俺の仕事、見れて嬉しいの?」
「もちろん、知らないことを経験できるのは楽しいことでしょう?」
カシューとベティ、2人のやり取りを聞いたヘイリーがベティの腰を抱いていた手にさらに力を込めてより近くに寄せながら被せるように聞いてきた。ぐいっとさらに抱き寄せられてしまい、凭れ掛かっているような状態のベティは、ふふっと柔らかな笑い声を漏らしながら笑顔で自身の頭より上にあるヘイリーの顔を見上げた。
綺麗なヘイリーの瞳と目が合う
(子供みたいな目しちゃって)
新しい発見をした子供のような美しい色彩の瞳を見て、ベティはまたふふっと笑った。頬を撫でたいが、人前なので我慢する。
しかしヘイリーは、そんなベティを抱き寄せ見つめたまま、特に笑顔になるでも甘い言葉を伝えるでもなく表情を変えず「そう?」と首を少し傾けながら、再度確認するような短い返事をした。
「ふっ。必死すぎ…」
その言葉は微かな音だったがベティの耳にはしっかりと届いた。バカにしたような笑みのカシューだ。なぜカシューはこんなにも初対面であるベティに敵意を持っているのだろうか、ベティは純粋に疑問に思い聞いてみようとしたのだが。