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彼はそれからどことなく変わった気がする、彼女に対してあまり否定しなくなっていて、なにか見つけたりすると彼女に自分から声を掛けている事が多くなった。
今、また彼女は外に出ていた。魂達は相変わらず心配してくれるが、彼女はそれを笑ってやり過ごしている。そんな彼女に彼は別に構わないだろと彼女を少し受け入れたようだ。
外に出ると気分が違う、外の空気は結界内と違い気温も湿度もある夏の暑い日に汗をかきながら歩くと彼女はとても新鮮な気分に浸れたのだ。
「やはり外は暑いですね」
俺達には分からないけどな、彼は言うが他の魂達は彼女の事が気掛かりでならない。
彼は隔離されてた場所から他の魂達がいる所へと移されていた、移ると言っても移動するわけじゃない瞬間的に閉鎖されてた空間が開けた感じだけなのだった、それにより今彼は他の魂達と一緒に自由な空間へとのびのび過ごしている。
彼女はいつもとは違う道を歩いていた。看板を見ると食べ物屋が多い、アイスクリーム屋、クレープ屋、喫茶店から飲食店まで多種多様な店がずらりと並ぶ、店からは人が出入りし挨拶が飛び交うそれと同時に何が美味しかったとか、映える写メが取れたとかインスタがどうのとか色々な言葉がそこら中から聞こえるのだ。だが彼女にはその半分さえ意味がわからない、携帯も持ってないし友達さえいない、今どきの事はたまに見る雑誌やテレビでのみの情報しかない、それでも彼女は楽しかった、魂達も彼女を通して色々なものを見つけて話してくれるそれが何より嬉しかったのだ。
『あー、こんなに飲食店があるなら俺も食べてみたかった』
と彼が何の気なしに言うと彼女は
「食べられますよ」
と口にする。
彼の中に疑問符が浮かんだ。それもそうだ魂は食事が出来ない、もちろん味も分からない見ることは出来るが食べて味を味わうなんて出来るはずがない、そう思い彼は悪態をつく。
「いえ冗談で言ってませんよ、貴方にも味わう事が出来ます」
そう断言する彼女に彼は、酷く気分を害したようにじゃああれを食べさせてみろよと彼女に申し出た。それはたまたま見つけた激辛看板のお店だった。メニュー表には極辛、地獄道、閻魔神等が書いてあり、辛さの段階が10、30、50と表示してある。
「あれを食べたいのですか?」
彼女が問うと彼はそうあれだ、あの中で一番辛いやつを食べさせろと訴えた。
「あれは辛い食べ物なんですね、もしかして辛いのがお好きなんですか?」
ああそうだと自信満々で彼女に伝える。
「分かりました、あれを食べましょう」
彼の要望を受けて彼女はお店に向かう、それを他の魂達は黙って見つめていた。
本来なら心配して大騒ぎするのに、魂達は何故かくすくす笑って事の成り行きを見るのだった。彼は知らないのだ、彼女の持つ能力について
「いらっしゃいませー、1名様ですか?」
「はい」
「こちらの席にどうぞ」
1人なので彼女はカウンター席に案内された、店内は小さい店だが明るく美味しそうな匂いが漂っていた。水が運ばれおしぼりが出る、そして店員は注文を取り始めた。
「ご注文はお決まりですか?」
「このお店で一番辛いものを食べたいのですが」
「えっ!?」
一瞬店員は驚きの声を上げた、しかしこの店では激辛を売りにしていたのでその手のお客さんが多いのも納得はしていた、だがそれを目当てに来るお客は大体が男性の客だ女性はほぼ珍しいと言っても過言ではなかった。そこにつけて彼女のお出ましだったので、店員は少し驚いてしまったのだ。
『こんな可愛い子が激辛〜!?』
「どうしましたか?」
「あ、すみません・・えっと、当店の激辛をお召し上がりになった事は?」
「いえ、ありません。初めてです」
『だよね〜』と店員は思った、こんな子見たことないもんなそれに女性客で激辛注文するなんて滅多にないし
「えっと、一番辛いというと閻魔神になりますが、当店では初めての一般のお客様に出せる辛さは、地獄道の30辛になります、が、宜しいですか?」
「はい」
「初めてのお客様は、極辛が宜しいかと・・」
ダメだ一番辛いのを食べる、と彼は彼女に訴えかける。それを聞いて
「初めてでも一番辛いものが食べたいのですが」
と彼女は店員に伝えた。
「では、食べれても食べれらなくても地獄道で本当に宜しいので?」
店員は少し躊躇しながら彼女に伝えると、ニコリと微笑んで「お願いします」と彼女は言ったのだ。
《店員さんが心配そうな顔をしてましたが、本当に大丈夫ですか?》
心の中で彼に問うと彼は笑いながら食べさせてみろよと当てつけのようにニヤリと魂を歪ませる、本当は彼女に苦痛に歪む顔を見たくて頼んだのだ、自分はもう死んでるんだから食べられるわけはないと踏んでの行為だった。
《では、そうしますね》
彼女は周りに気づかれることなく、彼が食べられるように口の中を調整する。
店の中はざわめいていた、一人の女の子が地獄道に挑戦するとあって常連客や他の人は、大丈夫かなどと言い合っている。携帯で彼女を写す人さえいる程だった、それこそがここの店の辛さを評するのに値するものだとは彼女や彼は知らなかったのだ。
「お待たせしました、地獄道30辛です」
夏仕様ならぬ熱い石鍋は中のものをグツグツと煮え立たせていた。真っ赤な赤い汁と共に器に添えてある食べ物も真っ赤に染まっている。
彼女は手を合わせてからレンゲと箸を持ち、器の中身を掬い口に運んでいく。
熱さをもろともしないのか軽く何度か息を吹きかけただけで彼女は箸を進めていく、何口か進めていた所で彼女の中の魂が暴れだした。
言葉にならない言葉
魂は彼女の中でもがいている。
《そんなに美味しいのですかね、良かったです喜んでもらえて》
ニコリと微笑みながら食べ進めるその姿に周りの人達は唖然とする、それもそのはず30辛と言ったら普通では一口で箸が止まったり水を飲んだりヒーヒーするはずなのに、彼女は平然と汗も欠かず普通の食事を摂るように食べ進めているのだから、これには店員も店主も他の客達も唖然と見るしかなかった。
ただ、彼女の中の彼だけは違っていた、もう止めて欲しいそう言おうとしても言葉にならない、ただ激痛と熱さが伝わってのたうち回るだけ
痛い、熱い、焼ける、痺れるどれもこれも生きてた頃には味わった事がないほどの苦痛だった。それが後から後から次々に彼自身に襲いかかってくるのだ、それを死んで魂になった所で味わえるはずがないと思ったのが間違いだった、彼女は特別な人だ、魂を受け入れ浄化する。魂と心を通じ合わせその魂の願いを叶えられる人、なので魂に食べたい物を食べさせるなど彼女には当たり前に出来てしまうのだ。
半分ほど食べた所で彼が命からがら訴えてきた。
《俺が悪かった、もう止めてくれ》
そう懇願してきたのだ、そしてこの辛さを何とかして欲しいと訴えた。
《美味しく食べられてたのでは?》
バカかお前、こんなのは食べもんじゃないと彼女の中でのたうち回る彼、そしてアイスクリームをねだった。
彼女は食べるのを止めて、店員さんにアイスクリームを注文した。
やっぱりそうだよね〜と店員も他の客も残念がってほっとしていた、しかし無心で食べていたのには賞賛が生じた。
「あんたいい食べっぷりだったな」
「凄いよ」
とお店と客から小さな拍手が貰えたのだ。
その後で彼女はアイスクリームを頬張り彼に最高の癒しを与えたのだ。
彼は本当に地獄道から生還した気分に浸り、死んでいるのに生き返った気分に、もうこんな事はしないと誓っていた。