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霊命預所(仮)  作者: シズキ
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6

勇気って何なんだろう?僕はあの時頭の中が真っ白だった、勇気と言うには自信がない。

それでも先輩に言った言葉は僕自身の口から出たものだ。

あの殴られた瞬間本当は心臓が止まる思いで口にした、それでも口をついて出た言葉は殴られても後悔はないと思った。その先輩は自分の隠れた内面を見てくれ、最終的には助けられた、その時に思ったのが彼女のくれたミサンガだった。

彼は手首にあるミサンガを見る。

「『貴方に少しだけ勇気をあげます』」

そう言ってくれた彼女からのミサンガ

「これが勇気をくれたんだろうか?」

それを暫く見ていると花が急に枯れだした。

「あれ?花が(しお)れてきてる、さっきまで綺麗に咲いてたのに」

その言葉をきっかけに、花はどんどん枯れて散っていく、そして手首に結んでいた茎までも茶色くなってミサンガは彼の手首から落ちて川に流れてしまった。

「あ、えっ、どうして急に」

その呟きに誰かの声が答えた。

「役目を終えたんですよ」

それは間違いなく彼女の声だった。優しくふんわりとした声色、彼はその声にとっさに振り向いた、しかしそこに彼女の姿はなくただ人並みが行き交うだけだった。

彼は彼女を探した、人並みが交差する中で必死にその姿を見つけ出そうとする、するとその中に彼女と思われる人物を見つけた。

彼はその人影を追い声を掛けた。

「あの!」

「・・はい?」

振り向いた女性は思った人とは違う人物だった、日傘を差し背格好は同じなのに顔は全くの別人だったのだ。

「あ、すみません、人違いでした」

頭を下げて謝ると、女性もいえ、と軽く会釈して背を向けて歩き出す。

その後ろ姿を彼は彼女を思い出しながら見つめていた。

良かったの?と魂達が声をかけ合う。

「良いのですよ、彼は勇気を貰えたんですから」

ニコリとさっきの女性が答えた。

彼が声を掛けたのは正しく彼女だったのだ、だが運命は彼と引き合わすことはない。

勇気?誰から?と魂達は聞き返す。

「花達ですよ、彼は自分の中に眠っていた勇気をあの花達が引き出してくれたんです。彼は本当は強い人なんです、でもそれを上手く出せませんでした、それを花達が助けてくれたんです」

彼女の言葉に彼が反論する、そんな事をただの花がするかよ、と。だが彼女はそんな彼の言葉に優しく問いかけた。

「花に意思や命があるのはご存知でしたか?」

そんなのは無いと彼は答える、しかし彼女は

「ありますよ、短い命ですが全ての植物は人の生命を知っています、例えば人の死が近いと植物はそれを知らせてくれるんです、その声は小さく(ささや)かなものですが、ちゃんと伝えてくれてるんですよ」

と、彼に伝える。しかし彼は信じない、いや信じようとしないのだ。彼女は人とは異なると感じてはいるもののそれを受け入れる事が出来ないでいた。

「あの人は自分の中の迷いに気づいていながらも、それを受け入れる事が出来ませんでした、しかし花達は彼の迷いの勇気は出せると言ってくれたんです、だから私は花達に協力を求めました。彼の勇気に力を貸してほしいと」

花達は快く快諾し彼に勇気を出す引き出しになってくれたと彼女は話した。そして彼の力になった事でその役目を終え命を散らせて逝ったと、彼は苦しんだ。じゃあ花は何の為に生きているんだと、植物は誰かの犠牲になっているのかと。

「いいえ」

彼女は否定する。

「植物や花達はその役目を知っているのです。誰かの犠牲ではなく、己の役目を知っているからこそ私達に声なき声を伝えているのですよ」

自分の役目?!--彼は戸惑った。

「貴方も、彼らの声が聞こえていたらきっと目を向けたでしょう、貴方を見ていると、感じていると、貴方に伝えてその生涯を共に生きて喜びや悲しみを共に味わっていたと私は思います」

彼は憤りを感じた、そんなものは無いとそんな事は無かったと、悲しみにも似た怒りを彼女に向けていた。

彼女は彼の悲しみを黙って受け止めていた。そしてこう口にするのだ。

「今の貴方なら、彼らの声なき声を聞くことが出来るはずです。意識を広く持ち聞いてみて下さい」

分かるはずがない!

彼は彼女の中で戸惑いと迷いの中で苦しんでいた。


彼女の中にある魂達の幾つかは深い眠りについている。

彼女は思う、そろそろ彼等を元の場所に返してあげないとですね、と

胸に手を当てて安らかな眠りについてる魂達を愛おしく感じながら彼女は少しの寂しさを感じていた。

彼等とのお話はとても楽しい思い出でした、時に悩み、時に悲しみ、時に怒り、時に笑い、これまで楽しく充実した日々を送らせてもらいました。この十数年貴方達に会えて私は幸せでした。ありがとう。

そう彼女が心で感謝した時だった、部屋の扉が静かに開く

「お別れは済みましたか?」

いつもの如く何も知らせてないのに玄桐がにこやかな笑顔で入ってきた。

「彼等は眠りについてます、もう私の手を離れてますよ」

「そうですか」

両手を上にあげ淡い光と共に数十個の魂が彼女の身体から浮かび上がる、それを回収するのは玄桐だ。彼は片手を突き出し光り輝く綺麗な魂を吸収する。

「彼等をお願いしますね」

「ええ、行くべき所へお連れするだけですよ」

そして彼は回収した逆の手を出し

「こちらは貴方への新たなお土産です」

数個の曇りがかった魂を彼女へ見せる。

彼女はそれを黙って受け取ると、口を開け彼等を身体に取り込んだ。

「大変でしたね、ゆっくり休んでいいのです」

そう言いながら胸に手を当て光を注ぐ。

彼女の光は特別なものだ、取り込まれた魂は不安と恐怖に満ち溢れている、それを鎮めるのが彼女の持つ光の力なのだ。だが彼女はあまりその力を使うことは無い、彼女自身、魂の浄化は魂達との会話をする事で魂自身で消化されるべきものだと考えている節がある、その為彼女の持つ光の力は滅多な事では使われない。

「玄桐さん、では一に対して十を」

「ええ」

玄桐は懐から数札の帯封をされた束を取り出し彼女に渡す。いつもの繰り返しのような光景が彼女と玄桐の間で交わされる。

「それでは私はこれで」

にこやかに微笑みながら、彼は部屋を後にしその気配もすぐに消えた。


「こんにちは、話したい事があれば話していいのですよ」

彼女は取り込んだ魂達と心を通わせるために会話を試みた、だがそれぞれの魂は不快な思いや悲しみなどで相当苦しんでいるようだった。自身を歪めまともに話も出来ない、そんな彼等に彼女は

「いいのですよ、ここは貴方方がいた所とは違う所です、迷いも憂いも全て私が引き受けます、今なら吐き出していいのですよ、安心して下さい」

これまでは恐怖にも似た切迫感が魂を追い詰めていた、だが今は違う。彼女の中は誰にも強要されない開け放たれた居場所なのだ、魂達は困惑するこれまでと違う空間に、閉鎖された圧迫感が無くなったことに誰もが違和感を持ち始めていた。


他の魂達が彼女の中へ入ってきたが、彼には接触はない、ただ感情は伝わってくる痛みや苦しみ悲しみに怒り色々な感情が流れてくる、その中で唯一彼女の感じが一番に感じられた。全ての気持ちを受け止めるような優しい流れそれはいつも感じていたものとは少し違うが、この魂達にはどう感じているんだろう?そんな疑問がふと彼の心に生じる。そんな時だ、彼はこれまでの生について考えた。

俺はどう生きてきた?周りを見たか?誰かをちゃんと目に写したことはあったのか?

俺は何をしていた?

「『花は命があるのですよ』」

彼女を通して意識を向ける、花が風に揺れているようだ、何か聞こえる気がする。

笑い声か?よく分からないでも、なにかの話し声がする。

《こと・・あり・・またうまれ・・さよ》

なんだ?

彼女の目を通して見ると、花が枯れていくのが見えた。彼女は優しくその花を撫でていた。

「また、会いましょうね」

彼は尋ねる

「見えましたか?この子達はある魂と一緒に空へ帰って行ったんです、自分の生涯をその人と迎えるために、命の最期は一人ではありません、必ず誰かが一緒に迎えてくれるのですよ」

俺は一人だった。彼は言った、俺の最後は誰もいなかったと、一人きりで死んだ。

「いいえ、貴方にも居たのですよ、ただ貴方には見えなかったそれだけです」

彼は違うと否定した、泣いて泣いて否定した。どうしようもない心の揺れが彼を頑なにしているかのように

「見て下さい、貴方の側にいる欠片達を」

俺の側・・それは小さな小さな光の欠片だった、光り輝く小さな欠片達は彼の周りをゆっくりと漂っている、分かるか分からないかそんな小さなものが彼の周りをユラユラと漂っていた。

これは?彼は戸惑いながら彼女に問う。

「貴方と共に生きていた子達ですよ、やっと気づいてくれましたね」

俺と共に・・彼は彼の側に漂う光を初めて見ることが出来た、そしてその一つ一つに何か自分に繋がる何かを感じ取っていた。

なんだ?何か分からないが俺に問いかけてきてる気がする、なんだ?

「貴方はなぜ亡くなったのですか?」

彼女が不意に問いかけてきた。それは何気ない一言だった。いつもの彼なら無視する所だが、彼女の言葉はなぜか小さな光からの言葉にも思えた。

『俺は・・うつ病に掛かって飲む薬を間違えた、気がついたら死んでた・・いや、間違えてないのかもしれない、本当は死ぬつもりだったのかも、俺はもう一人になりたかった、誰にも会いたくなかった、誰かに関わるのはもう嫌だったんだ』

「貴方の死に、その子達は寄り添ったのです。その子達はずっと貴方の側にいたのですよ」

俺ずっと一人だと、一人でいるものだとそう思ってた、俺なんか一人なんだと・・

小さな小さな光は彼の側から離れずただ黙って寄り添う、光は小さくとも彼にとっては温かく安らぎの大きな光に見えた、魂は涙を持たない。だが彼は泣いていた、小さな光が漂う中その光に包まれるように彼は涙を流していたのだ。

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