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霊命預所(仮)  作者: シズキ
3/13

3

夜も明けきらぬ真夜中、草木も眠る丑三つ時という時刻

男はある場所に立っていた。眼下を見下ろす闇色の瞳その眼差しにあるのは明るい街中、煌々と明かりが灯りその中では暗い(かげ)など微塵も無いほどに明るい。そして下には街を行き交う人々の群れ、ざわめきが音波のように流れ男の耳を刺激する。だが男はそれを無視し、ある一点に視線を向けた。

「やはりいるものですね、今日も楽しめそうです」

ニヤリと笑うと男はその場から空中へと舞い降りた。

そこは街の表通りから外れた暗い横道、人が通るには狭く壁の凹凸や室外機などが設置されており道と言うには程遠い狭い通路だった。

その影に隠されるように人の死体があった、その近くに蹲る黒いモヤを身にまとう塊。

「何を悩んでいるのですか?」

黒い塊は小さな声でブツブツとなにかを囁いていた。男の声など全く耳に入ってきてないのか膝を抱えうずくまっている。

普通の人には見えない黒い塊は人の怨念。だが男には彼の姿がハッキリと見えていたのだ。

《殺してやる!殺してやるぞ!》

「ほう、穏やかではありませんね」

クスリと笑う男は黒い塊に向かって言葉をかける。

「では、ここから出たらよろしいのでは?」

その言葉に黒い塊は(うごめ)いた。

《そうだあいつら皆殺しにしてやる!》

男の言葉に刺激を受けたのか、黒い塊は立ち上がり明るい通りに向けてその身を走らせた。

男には目もくれず横を通りすぎ一直線に明かりを目指す。

だがその瞬間なにか見えない壁にぶち当たったのか黒い塊は通りを出る前に弾き返された。

《な、なんだ!》

「おやおや、通り抜けられないみたいですね」

クスクスと笑う男。

《誰だお前》

今気づいたかのようにその声の方に振り向く。

「私は貴方の願いを叶える者、ですがここから出られないのでは叶えられるものも叶えられませんねぇ」

《お前が何かしたのか?!》

「それは言いがかりです、私は何もしてませんよ。ただ一つ言うなら今の貴方ではその壁を越えることは出来ません」

《どういう意味だ?!》

分からないんですか?と言うように肩をすぼめて見せる男は小さな息を吐いた。

そして彼の側に近寄りつつ怪しげな瞳で黒い塊の耳に形のいい唇を寄せてこう囁いた。

「出たいのなら出してあげます。ですが、多少の代価は頂きますよ」

男は返事を待つでもなく人の形をとる黒い塊の額に手をかざす、すると黒い塊に纏わりついてた真っ黒い煙のようなものが男の左手に吸い込まれてゆく。その瞬間

《うわぁぁぁぁ》

黒い塊は悲鳴を上げた。自分から何かが抜けていく感覚に襲われて。

そして黒い塊は呆然と力なく地に膝をついた、だがその姿はまるで生前の姿そのままの姿に戻っていたのだ。

「ふむ、まあまあですね」

ペロリと唇を舐め男は食ったものを味わう。

《な、何をした》

「もう出られるでしょう」

男は黒い塊だった彼の問いには答えず、さっさと出なさいとでも言いたげな言葉を発した。

彼はゆっくりと立ち上がり、路地から明るい街中を見つめる。そして足を一歩踏み出した。

先程の見えない壁は何だったのかというように彼の身体は街中に溶け込む。

《明るい・・街だ、人だ!俺は帰ってきたんだぁ!》

彼は人目も気にせず大声で叫んだ、そしてはしゃぎまくった。

《ヒャッホー!おい!俺生きてるよな!おい!》

彼は道行く人の肩に触れた、いや触れようとして触れられなかったのだ。

《は?》

自分の手を見る。

《なんだ?!・・ウソだろ?》

もう一度確かめるように通行人に触れる・・・まるで道行く人が幻覚のように手をすり抜けていく。何度も何度も繰り返し彼は人々に触れる。だがその全てが幻のようにすり抜けていったのだ。

《何だよこれ!チクショウ!!》

彼は膝を落とし愕然とした。その間にも彼の身体を人々が通り抜けてい行く。

「どうですか?つかの間の人生は」

男は嬉しそうに笑いながらその顔に笑みを浮かべる。

「生き返った瞬間の高揚感、明るい光に包まれた幸福感、絶望しかなかった暗闇から解き放たれた安堵感。死から蘇生したと思った死生観、全て満たされた今の気持ちはどうです?」

《何言ってやがる・・こんな思いをさせるために身体を戻したのかよ》

「身体を戻す?」

男は考える素振りを見せ

「ああ、貴方の肉体の事ですか。それなら私が頂きましたよ、あの程度では足りなかったものですからね」

クスクスクスと男は楽しそうに笑った。

《お前何なんだ》

「それを知りたいのなら代価が必要ですよ、そう貴方の魂が」

《魂?!》

「そう、そこにあるじゃないですか」

男は片手を差し出し彼を指す。

彼は自分の後ろや周りを見渡すが何もない。見えるのは人々が彼や男を素通りする光景だけ。その時点で分かった、男は人間じゃないと。

そして今居る己自身が魂なんだと。

《ふ、ふざけるなよ!俺はまだここでやる事があるんだ!・・・そうだ、俺はやり残したことがある・・それを、それを果たすまで俺は死ねないんだーーー!》

彼の身体から真っ黒な煙が噴き出した、それは彼を中心に街中に広がっていく。

「おやおや、せっかく忘れさせてあげたのに、思い出してしまいましたか」

だが男の言葉とは裏腹にその顔には笑みが浮かんでいる。

「おい、肩がぶつかったぞ」

「はぁ、おっさん達がぶつかってきたんでしょ」

「ちょっと、あの人私の胸をガン見してくるんですけど」

「おい、俺の女見てるんじゃねえよ」

街中で急に揉め事が起こり始めた。人には見えない黒い煙は色を濃くしていき、それに乗じて街中でのいざこざも苛烈していく。

所々で喧嘩が始まり罵声が飛ぶ。街の一角は暴挙の渦へ黒い煙と共に巻き込まれていった。

《ハハハハ・・もっとやれ!もっと暴れろ!・・何もかもぶち壊してしまえ!》

彼は声を上げて笑った。その間にも黒い煙は蔓延する、彼の身体から噴き出す煙は果てしない憎悪に満ち溢れていたのだ。

「ふむ、これくらいでいいでしょう。少しは良いモノが集まりましたね」

男は彼に向かって歩いて行く、黒い煙などものともせずにただ真っ直ぐに彼に向かい、そして彼の前に立ったのだ。

《あ?》

「楽しめましたか?」

ニコリと微笑む男。

《お前なんかお呼びじゃねえ、消えろ!》

黒い煙が男を襲う。

「やれやれですね」

放たれた黒い煙を男の手が遮る、煙は二つに割れ男の後ろへと流れていきそのまま男は彼の胸に手を当てた。

「では、回収と行きましょうか」

男の手に触れられた瞬間、彼の身体に黒い煙が急速に集まる。

《うわぁぁぁぁ!!》

蔓延していた人々の憎悪を含んで黒より暗い闇色に染まった煙が彼に集まりながら襲い掛かる。その憎悪は彼が抱えていたものよりも遥かに重く苦痛を伴うものだった。

《やめろ!止めてくれ!痛い!苦しい!・・やめろぉぉぉぉ!》

「おや、これが貴方が望んだことでは?」

《・・違う、嫌だ、止めてくれ!苦しい・・うわぁぁぁぁ》

最後には、男の掌に浮かぶ闇色の魂が浮いていた。

街中は黒い煙が消えるとともに落ち着きを取り戻し、収束していく。

あれは何だったんだと言う街の人々の声が所々聞こえる。その声を後ろに男は街の雑踏へと消えて行った。

「これは良い手土産ができました」

その言葉を残して。

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