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霊命預所(仮)  作者: シズキ
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13

二人が見上げる頭上に映し出されたのは、一人の少女だった。彼にしたら初めてまともに顔を見る少女だが、母親からしたら二度目の再会だった、己を見る少女の目はこれまでのどの優しさとも違う温かな温もりで包まれていて慈愛に満ちた顔だったその姿が今は無い、少女は酷い有様だったのだ。皮膚がはだけ身体中から血を流し顔は痛みと苦しみに歪んでいる。ベッドの上で身を焦がし布団は赤色に染まりきっていた。

二人から見ても命の(いのち)は尽きかけているように見える、息が絶え絶えで今生きているのが不思議なくらいに見えるのだ。

「これ、なんなんだ?!・・こんな酷い状態で、これが母の罪なのか?!こんなの・・・」

一人苦しむその姿は他の魂達も見る事はできない、命がシャットダウンしてるからだ。彼は思った

自殺した者はこれが冥獄では普通なのかと--

彼は思い知ったのだ、冥獄の恐ろしさをその肌で感じ取った。

「これが冥獄界に落ちたモノの末路じゃ、じゃがお主は命に助けられた『拾ってきたのはあやつじゃかな』」

紫鶖は頭に浮かんだ一人の男をかき消すように扇で頭上を一閃する。

「命が預かる魂はそう多くない、この冥界全てを合わせてもほんの一部に過ぎぬのじゃ、じゃがその一部にお主は救われた。本来ならこのような責め苦を味わっていても不思議じゃないのじゃ」

(いのち)は公平じゃがそのモノの生き方によって罪や罰は変わってくる、冥獄界は冥界では最も罪を犯したモノが来るところ、それは自殺を含め殺戮、暴力ありとあらゆる命を奪ったモノが辿り着く最悪な所とされている、まあ人間の間では冥界とひとくくりにされておるようじゃがな

(そら)に映し出される命の姿は見るに堪えないものだった、紫鶖は男と母親を見定めるように見つめる。そして彼は苦痛を味わっている彼女を見る事ができないでいた。

「お前の母は命に預けた、母が償う罪は命が受け継ぐ」

そう言った途端、彼はキッと紫鶖を睨みつけた。

「何故だ!なぜここまでする!」

その目に涙を浮かべながら彼は訴えた。

お前の心に迷いがあったからじゃ・・とは言えぬな。命が黙っている事を妾が言う訳にもゆくまい。

「おい!応えろよ!」

「無礼であるぞ控えろ」

彼はいつの間にかそばにいた鬼によって拘束され抑えられ言葉を封じられた。できることと言ったらただ紫鶖を睨みつけることだけしか出来なかった。

なんでだ?!なんで俺の母の罪まで被って母を解放させた?!

なぜ自分が苦しむ方法を選んだ?!

そんな事をして俺が喜ぶとでも思ったのか?!クソが!!

彼の母親は紫鶖が見せている映像に釘付けになっていた、それもそうだこれまで幾度となく自分がされていた罰を彼女が引き継いでる。

それはこれ以上ないほど辛く苦しく止めてと言っても止めてもらえない苦業、死ぬことすら出来ない逃げ出すことも出来ないほどの四方八方からの監視の目。

彼女、母親は後悔していた。

自分で命を絶つという事を安易に考えていたのだ。

自分の苦業を誰とも分からない少女が引き受けてくれている、少女を見て母親は涙を流していた。

私と明を合わせる為にここまでしてくれる人などいなかった、そもそもここはそういう優しい場所ではない。

死んだ後は後悔ばかりが募って、もう戻れない事に心を痛めていたのだ。

それを見計らってか紫鶖は(そら)の映像を閉じた、そして親子を見てこう言った。

「ここから先はお前達二人で話すがよい、命は死にはせんただ数日間この苦しみが続くだけなのじゃから、その間に親子でこれからどう過ごすのかよく話せ」

拘束をとかれた彼は母親を見る。

そして紫鶖に向かってこう聞くのだ

「命様が受けている罪を俺達に移すことは出来ないのか?」

「無理じゃな、命が一旦引き受けると言った以上妾にはどうすることも出来ん」

「でも、俺たちが願えば・・」

はぁと紫鶖はため息を吐きつつ男を見つめ

「それができるのであればもっと早くからやっておる『無理に罪を解いて命に嫌われるなどできるものか、妾は命の親友なのじゃからな』」

結局は紫鶖のわがままを優先しているだけでそれも勝手に親友とまで称している。

「俺は、俺達は命様に何を言ったらいいのか」

「何も言わんでいい。よいか、今の映像は命に言うでないぞ!もし口を滑らしでもしたら妾の権限でお主達の罪を倍増させるからな!」

そんな無茶苦茶な、と思いつつ紫鶖の彼を見る目付きが尋常じゃないほどにギラついていたので『はい』と答えるしかなくなった。

親子はお互いを見つつ、これから何を話せばいいのか悩み彼女の苦しみの上に立つ事を思いながら、この先の事を考え始め口を開き始める。


命の中に残されている魂達は不安を抑えきれない。

『ねぇ、命は大丈夫なのかな?』

一つの魂がそう口にするも、他の魂達は安堵の声をかけることが出来ずにいる。こんなにも長く命と話が出来なくなったことが無かったから今なお魂達の知らぬところで命が苦しみ抜いているなど知りもしないのだ、そんな中一つの魂が優しく応える。

『心配のし過ぎだよ、命が俺達に隠し事なんかする訳ないよ』

『ホントに?』

『・・・』

他の魂達が不安がってる魂に向けて言葉をかけるが命が今何をしているのか何を考えているのか分からない以上彼等も言葉につまる。

それでも元気が戻ればと声を掛け続けるが

『命が俺達を見捨てるわけないだろ?』

『そうよ、今は命が声を掛けてくれるまで待ちましょう』

『いつまで?』

彷徨う幼子のように一つの魂は歪んでいる

『・・多分すぐだよ、それまで待とう』

『命は私達を助けてくれた人なのよ、きっと何か私達のために』

一つの魂が不安を募らせれば、それに同調して他の魂までもが不安を抱いでいくそれは黒き何かが薄く広く魂達を包み込んでゆく。


命が苦しみ続けて数日がたった。

意識が少しづつ浮上してくる。

ゆっくりと目を開けるとそこに映るのは見慣れた天井そして玄桐の姿--

「玄桐・・」

「やっと目が覚めましたか」

彼女の言葉をさえぎる玄桐、その瞳は悲壮感を称えているようにも見える。

意識が戻った事で身体の傷も治りつつあり彼女はゆっくりと起き上がる。

その間玄桐は手を出さずに黙って立ち続けた。

ベッドの布団や絨毯やらは命の血で赤く染っていて、特に掛け布団は手にしただけでベトベトした感触。

命は少し歪んだ顔つきになるが

「終わったようですね」

と少しばかり安堵の表情だ。

「彼等は話し合えたでしょうか?」

「彼等も気になりますが、今まで話せてなかった他の魂達に声を掛けてあげたらどうでしょう」

玄桐は穏やかにそう告げた。

命はその事に思いついておらずハッとして玄桐の顔を見あげた。

「あの子達にも心配を掛けてしまっていたようですし、そうですね、先ずは彼等に言葉をかけないといけなかったようです」

「では先ずお風呂に入って、着替えをしてからの方がよろしいのでは?」

命の姿は血まみれで頭の先から爪の先までと言うことわざ通りの姿を晒している。

「見える魂には見えてしまいますから、そうしますね」

ニコリと微笑んで命はゆっくりと立ち上がり血だらけの服装のままお風呂場へと向かった。


さっぱりとしてぬくぬくホカホカの命は柔くなった頬の照りをタオルで包み込む。

そして玄桐の方へと歩くとベッドと絨毯は綺麗になっており、血痕のひとつもなく先程までの異様な光景は見られなかった。

「ありがとうございます玄桐さん」

「この程度はなんでもないですよみゃあさん、それより髪がまた白くなりましたね」

命は自分の髪をサラリと流し

「これは染めた事にしましょう」

そうにこやかに話すが玄桐はそれを補足するようにこう付け加えた。

「髪を白く染める時はブリーチと言うらしいですよ」

「ブリーチ?・・そうですか、まだ知らないことが多いですね」

命は軽く笑い笑顔を向ける。

そろそろという感じで命がソファに座り目を閉じ自身の中にいる魂達に声をかけると、魂達がいっせいに声を上げて命の側に駆け寄った。

側によるというのはあまり正確じゃない、命の幻影を命自身の力で現しているだけである。

魂達は久方ぶりに現れた命に質問を問いかけた。

それは何故話せなくなったとか、寂しかったとか、不安だったんだよとか、命を感じられなくて泣きそうだったよとか色々怒涛のように問いただされたのだ。

「皆さんに心配掛けてしまい申し訳ありませんでした」

そうお辞儀をして謝る命に対して魂達は少し憤慨したような感じで命に問いかけるのだ。

「謝って欲しいんじゃないよ」

「僕達は、命が今まで何してたか知りたいだけなんだ」

「命が危ない目にあっていないか心配してたんだよ」

「命、ちゃんと話して欲しいんだ俺達は命に助けられてるんだから」

「皆さん・・」

命は暫く黙って俯いていたが、パッと顔を上げ笑顔を見せた。

「私は皆さんの力になりたいんです!その為には何でもしますよ、でもこれだけは伝えておきたいです。私は皆さんを置いてどこかへ消えたりしませんから」

にっこりとした笑顔を向けられ、言葉ははっきりと強く命は魂達に向かって力強く言い切った。

その言葉を聞いて魂達は少しだけ安堵の感情を表し命の周りをぐるぐると巡っていく。

「皆さんにご心配をかけた分、何かお返しをしなくてはいけませんね」

ニコリと微笑んだその顔にはさっきまでの苦痛の表情はなくいつも通りの笑顔がそこにある。

「皆さんは何がしたいですか?」

「命と一緒にいられればいい」

一つの魂がポツリと呟いたのをきっかけに他の魂達までもが命と寄り添う形にそばに来る。

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