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「父さんがいなくなって、俺も母さんも寂しかった。悲しかった、辛かった、これからどうすればいいのか俺は悩んでいたんだ。泣き崩れる母さんを見てこの人を守っていかなきゃならない、父さんの代わりに俺が母さんを守るんだって」
「あきら」
「父さんが死んだのは俺も辛かったよ、でも最期に父さんこう言ったんだ『母さんを頼む、彼女は寂しがり屋だから常に声を掛けてやってくれ』って、父さんは母さんに生きて欲しかったんじゃないのか?病気で死ぬ自分の代わりに母さんを笑顔にして欲しかったんじゃないのか?・・・でも俺は完全に役不足だったけどな」
苦笑いをしながら明はこんこんと静かに父親の想いを話して聞かせた、だがその目には涙が溢れそんな息子の明の姿を見て母親は初めて大人になった子供の泣き顔を目にしたのだ。
あの子が泣いている。
そう思った瞬間、自然と久子は明の頭を抱きしめていた。まるで小さな子供を抱きしめるように・・明はそれに抵抗せずただただ溢れる涙と共に心の中では母親を守りきれなかった悔しさでいっぱいの思いを感情にのせていた。
「居たのにね・・すぐ側にあの人に似たもう一人の私の大切な子供の事を」
明と同じく溢れる涙が止まらず二人は親子として初めて泣きまくったのだ。
お互いを思い父親を想い、生きていた頃の思いに母親は父親と出会った頃の事を話し始めた。それは二人の馴れ初めから始まった。
「『えっ、そこからかよ』」
一瞬素に戻った明だったが母親が嬉々として話し始めたので黙って聞くことにしたのだ。
母と父は同じ会社の出で、ある送別会で知り合った。
会社の上司を快く送り出す為にお酒を次ぎまくる父に母がそっと手を差し出し代わりを引き受けたのだと、その後も何かと縁があり会社の営業や会議も一緒になる事が多々あった、その内だんだんと仲良く話するようになり二人はデートを繰り返し行ったのだと
その時の様子を軽く頬を染めて話す母を見て明も少し恥ずかしさから頬が熱くなっていた。
そして二人は付き合いだし結婚をし、それから二年後に明が産まれ生活は順風満帆だったそんな時父が倒れたと会社から報告を受け病院に向かった母を待っていたのは、先生からの最後通告だった。
父は全身癌に侵され手の付けようがないと言われ母は正気を失いかけたらしいがその時の記憶は曖昧であまり覚えていなかったと俺に言った。
会社からは見舞金とともに自主退職にさせられ母は憤りを隠せず会社を訴えたらしいがそれも無駄に終わり力なく引き返して来たらしい、それからは父の介護に追われた、会社の見舞金や退職金など貯金を崩して介護にあたる母はどこにそんな力があったのかと思うほどに父の前ではいつも笑顔を絶やさなかった。元会社の同僚や友達も見舞いに来てくれていたが、父のやせ細っていく姿を見れなくなったのか、だんだんと皆の足が遠のいていったと父のいない所でこぼしていたのを俺は聞いていた。会社の仲間や同僚は『すみません』と謝るだけで『頑張ってください』との言葉も母には何も届いていなかったと覚えている。
俺が父さんにそんなことを言ったら『俺も同じ事しか出来なかったと思うから、皆を責めるなよ』と、か弱い笑顔を向けられたのを『父さんらしいな』と思ったほどだ。だが病状は進んでいく、母は藁にもすがる思いで神に祈っていたが現実は残酷だ。
父が息を引き取ったのだ。
その時の母をよく覚えている、力なく崩れ落ち泣きわめく母、病院中に響くだろうという叫び声、先生達がなだめようとするがそれもただ虚しく母の気持ちが収まるまで待つしかなかった。
もう目を開けない父、母を見て笑いかけない父、受け答えが出来なくなったのはいつ頃からだろうか・・
葬儀は粛々と行われたが母の目はもうその時死んでいたのだ。火葬され骨になった父、虚ろな母、その後の事はあまり覚えていないと母は言った。
ただ父に会いたいその思いが強くなり、気づけば死んでいたのだと。
「そして気がついたら貴方が泣いていたの、声を大にして泣いていて近づこうとしたけど近づけなくて、私は知らない場所にいたの・・そう、あの場所が地獄だったのね、苦しくて痛くて辛くて死にたくても死ねないその場所にいたわ私、なのに今ここにはその痛みも苦しみもない・・もしかして私達天国にいるの?」
「ちが・・」
彼が否定しようと声を出した瞬間、別の声が彼の言葉を遮った。
「お主達は今冥界にも天国にもおらん、お主達がいる所はある者の身体の中じゃ」
「誰の声」
母親がビクリと身体を震わせ明の袖を掴む、明は少し苦い顔をしたが振りほどこうとはせず声の主の言葉を待った。紫鶖は間接的に明達親子に話しかける。
「妾は冥獄界の王、紫鶖じゃ。そしてお主達に居場所を提供しているのが命じゃ、久子よお主は一度会っておろう」
目をぱちくりしながらある少女の姿を思い出す。
「あの少女ですか?」
姿は見えないが声の方に向かって久子は恐る恐る返答をする
「そうじゃ、命に変わりお前達の現状を話しておこうと思ってな『命は今話せぬからな』」
「身体の中?それじゃあ今までの苦しみとかはどうなったんですか?」
「『そう思うのもまぁ当然じゃな』」
紫鶖は一拍の間を置いて息を吐き出す。
「明、これはお前にも関係しておるがそれは分かっておるな?」
「ああ、これはあいつがしてる事なんだろ」
ビギッと紫鶖の額に青筋が走る。
「そうじゃ、お前と母を合わせるようにと命が妾に願い出た、それが今のこの現状じゃ」
「俺は頼んでないぞ!」
「黙れ!」
紫鶖の怒声が親子の魂に響く。それは大津波にでもあったかのような大波だった。途端、紫鶖の姿が顕現し魂が凍るような冷たさの紫の瞳に射すくめられ二人は静かになる。




