10
その頃彼は一人の一つの魂と会っていた。
その場所は真っ白な異空間、この前彼女と会話した場所に似ているそこに彼はいたのだ、あるもう一つの魂と共に
「なんでここに?!・・」
それは明という息子の母親だった。その場所では魂は現世の姿で顕現しておりお互いに人として向かい合っている。そして他の魂は一つとして居なかった。
だからこその驚きだった、またここに自分が呼ばれた事がそして自殺して死んだ母親が目の前にいる事が分からなくて驚きだった。
もう何をしても会えないと思っていた母親が目の前に佇んでいる。
「『何を考えているんだあいつ』」
「ここは何処なの?」
母親は呆然としている、自分に何が起こったのか理解してないみたいだ、ただそういう自分も完全には理解していないのだが・・
「なんでアンタがここに居るんだ」
「えっ?」
母親は誰かいると思っていたが、自分の会いたい人とは違っていたので知らないふりをしていたのだ、だがその声に母親は懐かしさを覚えた。
よくよく見るとどこかで見た顔だ、愛しいあの人を思い出す。
そこでハッと思い男をまじまじと見つめる。
「・・あきら?」
母親は愛しいあの人に似ている男が誰か分かったようで、ゆっくりと声を掛けた。
「明なの?」
返答はない。だが母親は確信を持ったみたいで両手を広げ近づいてきたその瞬間
「近寄るな!」
男の怒声が飛ぶ。
「明?どうしたの母さんよ?」
「今更なんだ!母親ずらするな!」
「『待っていて下さいね』」
もしかしてと彼は思った。
「おいこら!これはテメエの仕業か!」
だが返事はない。そこにいるのは明と久子の二人だけだった、いくら呼んでも命の名を呼んでも返ってくるのは静まり返った沈黙のみ
「明、ごめんね」
チッと小さく舌打ちして彼はそっぽを向いた。
母親と彼の間に溝が生まれる。それはしばらく続きシーンと静まり返った沈黙にいたたまれなくなったのか母親が口を開いた。
「ねぇ教えて頂戴、ここはどこなの?」
きょろきょろ辺りを見回す親を見て仕方なさそうに彼が言う。
「ここは命の中だ」
「命?・・あの少女の事?」
「ああそうだ」
適当な相槌をうつ
「誰なのあの子?」
「知るかよ、俺が知ってるのはあいつの名前と俺達が死人だって事だけだ」
「死人・・そうね、そうだったわ。私死んでいるのよね、ここに来る前まで私地獄にいたもの、ずっと苦しくて痛くてでも逃げられなくて、それを繰り返してたのよね・・」
母親は今までいた場所の事を思い出し悲しげに顔を伏せた。そして気がついた
「もしかして貴方も死んでるの?もうそんなに時が経ってたの?!」
母親は息子が寿命で死んだとばかりに言い放つ
「貴方は幾つで亡くなったの?子供や孫は幾つになったのかしら?」
少し微笑みを浮かべて息子の子供達を考えていたが、明はそれをバッサリと切り捨てる。
「俺はあんたと同じ自殺したんだ、結婚もしてないし子供もいない」
「えっ?」
「あんたが死んだ数年後に俺も死んでる」
「えっ?!どうして?!」
「全部あんたのせいだからだ!あんたが死んでるのを見つけてそれ以来俺は生きにくくなった、人ともまともに会話が出来なくなって人の顔さえ見れなくなってた、仕事に身が入らずいつもいつも抜け殻のような生活だったんだ、全部あんたが招いた事だ!」
「・・・」
久子は言葉が出なかった。あの人との一人息子がまさか自殺して死んでいたなんて思いもしてなかったのだ、愛する人を亡くして自分も後を追うように死んだ
でも実際は愛しい人には会えなくてただ自殺した報いを受けただけだった、瞬間的に久子は喪失感を味わった、なんて事だろう、どうしてこうなったんだろう
考えに考えた。
「明、ごめんね。私お父さんを亡くしてから生きる気力が失くなってしまったの、あの人がいない世界、あの人の声が返ってこない世界、全てがどうでもよくなってしまって・・でも気がついたの私には明がいたんだって
私が死んだ時は明は大きくなっていて一人で何でも出来ていて私なんかいなくても一人でやっていける、そんな思いが頭を占めていったそしたら私がいなくても何も変わらないって、だから私・・・」
「ふざけるなよ!死んだテメエには親父が必要だったかも知れないが俺からしたら今日まで生きてたやつがいきなり死んで・・何が変わらないだ!親父が死んで、お前はいつ死んだ言ってみろ!」
「・・分からないわ、でもあの人に会いたかったの、どうしても会いたかったの!」
「テメエは自分の事しか考えてねえ、残された者がどう生きていけるかなんて分かってねえんだお前には!」
「明、ごめんなさい・・・明の事を考えずにたたひたすら自分のことばかりだった、バカだったのよ!本当にごめんなさい!ごめんなさい明、ごめんなさい」
彼はひたすら謝る母親の姿を見てただ黙るしかなかった。
言いたい事は色々ある、これまでの事や自分も苦しんでた事一人になった寂しさ・・
泣き崩れる母親を見てこれでもかと言いたかった。
でも口から出た言葉は「泣きたいのは俺も一緒なんだよ」その一言だった。
二人は気づいていなかった、この彼女の空間で元のままでいられている事がまるで当然のように組み込まれている。いつもなら魂の姿でいるのに人の姿で顕現してる現実に二人は当然と受け入れていたのだ、それも彼女が持つ力の一つであり不思議な能力の意味を示していた。
彼女の中にいる魂達は困惑している、彼女と会話が出来なくなって数週間が経とうとしていたその間ずっと呼びかけたり念話を飛ばしてみたりとありとあらゆる事をしたが全部無駄に終わっていた、だから魂達は察するのだ彼女に何かが起きているのだと・・
誰も答えが見えない中、彼女の姿も見えず黒い不安だけが募っていく




