霊命預所(仮)
「こんにちは、今日もお願いしますね」
黒のスーツでビシッと決めている男が音もなく部屋に入って来てそう言った。
男の髪は黒く漆黒がよく似合っている。
ここはある事情で命を落とした者や自殺した者そしてまだ上に上がれない何かの思いを残した者達が辿り着く最期の行き場となるところ。そこを管理してるのが源と呼ばれる少女であった。年の頃は17.8歳くらい、横髪を頭の後ろで軽く纏め腰まである長い髪を垂らしてその髪は白にも似た薄茶色だった。
「こんにちは、玄桐さん。今日もお客様ですか?」
「ええ、拾い物です」
にっこりと微笑む男は、掌にある少し曇っている丸い球を差し出した。
その手の上でフワフワと浮いている丸い球は、ぎゅっと握れば押し潰せるような曖昧で弱々しい感じに見てとれる、だが彼はそれをそっと彼女に手渡す。
彼女は両手で優しくそれを受け取ると、口を開けそれを飲み込んだのだ。
吸い込まれるように消えていったそれは人の魂、彼女は己の中に取り込む事で魂に触れ話をし会話をする事で時間をかけ魂を浄化するのだ。
「まだ大丈夫ですか?」
「問題ありません」
今、彼女の中には数百個の魂が混在している。それを全て彼女一人で補っているのだ。そして今飲み込んだ魂を確かめるように彼女は下を向く。そして顔を上げると
「それでは1に対して10を」
と無表情で口にした。
「はい」
しかし男はまたも笑顔で返事をし、そして胸元からなにかを取り出すと帯封がされた札束を1つ取り出し彼女に手渡した。
「ありがとうございます」
それを受け取り彼女は無造作に机の上に置きながら胸元へ手を当てる。
さっき飲み込んだ魂が落ち着いていないのだ。不安と恐れそれと彼女の心の声の猜疑心にさいなまれて少し暴れているようだった。
「落ち着いてください、大丈夫ですから」
彼女は声を掛けるが身体の中の魂は檻の中に入れられた猛獣のように激しく暴れまくる。彼女は目を瞑ると身体の中の魂に呼びかけるように押し黙った。男はそれを黙って見守る。そして数分の時が過ぎ彼女は静かに目を開けて男を見た。
「この方は何処で?」
「寂びれて廃墟になった家屋に居ましたよ」
「1人で居たんですね」
「ええ、虫が寄ってきているとは思ったんですがね、彼は1人でしたよ」
「お強いんですね・・・頑張りましたね」
そう言った彼女は胸元にもう一度手を当て温かい光を送った。心の中で言葉を紡ぎながら彼にしか伝わらない言葉にならない言葉を。
「今はまだ動揺しているようです、他の子たちと一緒になるにはまだ時が必要です」
「それでは今回もこのままという事で」
ゆっくりとそれでも力強く彼女は頷いた。
それを確認した男は帰ろうとし身をひるがえし一歩を踏み出したところで
「そうそう、今回はありますか?」
と、もう一度彼女に向き直った。
「少し意地悪ですね玄桐さん」
「いえいえ、貴方の姿に少し見とれてしまっただけですよ、みゃあさん」
「それを意地悪と言うんですよ」
男の笑みと彼女の笑みが交差した。
そして彼女が両手を上にかざすとそこから淡い光が漏れ出て、その中から数十個の丸い球が現れた。曇りのない無色透明なその球は彼女がこれまで幾度も会話を重ねてきた浄化された魂だ。
彼女はそれを男の前へと差し出す。
「傷をつけないでくださいね」
「私はこれでも完璧主義者ですよ」
差し出された数十個の魂を男は片手を広げて回収して見せる。
「皆、美味しそうな魂ですね」
「素が出てますよ」
「いえいえ、貴方を褒めたんですよ。相変わらず良いお仕事をなさると」
胡散臭いほどに満面の笑みを浮かべ男はにこやかに笑った。