序章「運命の契り」
この章では、桜の魂が神様と出会い、「母を救う」という決意を固める場面を描きます。
前世で母に守られた記憶、そして七年という寿命が定められるきっかけをご覧ください。
――私は、死んだはずだった。
胸の奥から冷たさが広がり、視界はだんだん暗くなっていった。
もう声も出せない。
でも最後の瞬間、私の手を握ってくれる人がいた。
それは母だった。
泣きじゃくる声で、それでも優しく言ってくれた。
『大丈夫。ママがいるから、怖くないよ』
温かい声。震えているのに、私を安心させようとしてくれる。
その手は震えながらも離れなかった。
私は、孤独じゃなかった。
死ぬ直前でさえ、守られていた。
だから――私は誓った。
次の人生で、今度は私がこの人を守ろうと。
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目を開けると、そこは真っ白な世界だった。
風は吹かないのに、桜の花びらがひらひらと舞い降りている。
視界の先には、空に届くほどの大きな桜の木。
根元には、一人の老人が立っていた。
白い髭に白い衣。
その瞳は湖のように深く、どこか哀しみをたたえていた。
「……来たか」
低い声が響く。
私は直感で悟った。この人は神様だ、と。
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「おまえの行き先を決める時だ」
「行き先……?」
神様は私を見つめ、静かに告げた。
「このままなら、おまえは母のもとに生まれる。だが、その母は病弱で長くは生きられぬ」
「……」
「別の家族を選べば、健康に育ち、長く生きられる」
私は俯いた。
けれど答えはすでに決まっていた。
「……私は、お母さんのところに行きます」
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神様は目を細める。
「なぜだ? 母はおまえを苦しめるぞ。病の“もや”に覆われている。おまえが代わりに背負えば……寿命は七年」
「七年……?」
「そうだ。七日と同じだ。おまえがそのすべてを受ければ、おまえの命は尽きる」
胸が締めつけられる。
でも、それでも――。
「……構わない。だって、前に死んだとき、お母さんが最後まで守ってくれたから」
神様の眉がわずかに動いた。
「……」
「怖かったけど……お母さんが『大丈夫』って言ってくれた。だから今度は、私が守る」
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神様はしばらく黙り込む。
桜の木から、また一枚花びらが落ちてきて、私の手のひらに触れた。
「……おまえは幼い魂にしては強い」
「強いんじゃない。……ただ、大好きだから」
私は小さな声で答えた。
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やがて神様は深く息を吐き、頷いた。
「よかろう。おまえに力を授けよう。母の“もや”をおまえに移す力だ。手を繋げば、それはおまえの中へと流れ込む」
「……!」
「だが忘れるな。七年。七年で寿命は尽きる。おまえが選んだことだ」
私は真っ直ぐに神様を見つめて頷いた。
「……うん。七年でいい。お母さんと一緒にいられるなら」
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神様は少しだけ目を細め、空を仰いだ。
「愚かだが、美しい選択だ……」
その声は、風のように優しかった。
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大きな桜の木の下で、私はもう一度誓う。
(七年でいい。短くてもいい。私は――あのお母さんの子になる)
花びらが光に溶けていく。
次に目を覚ますとき、私は新しい命としてこの世に生まれるのだ。
いかがでしたか?
桜は「長く生きられなくても、お母さんの子でいたい」という決意を選びました。
愚かかもしれないけれど、純粋でまっすぐな想いです。
ここから始まる七年間が、どのような日々になるのか――ぜひ見届けていただければ幸いです。




