57話 安河の依頼
風は一人で千葉市にある新生堂へ来ていた。
弦とピックまた、フランジャーというエフェクターを試したかったからである。
そんな店内にいるとコンテストで知り合った
〝ブレス〟の安河と再会した。
「風くんじゃない?久しぶり!」
風が安河から声をかけられた。
「安河さん!」
2人はしばし、あれからの事を話した。
話を聞くと〝ブレス〟は解散になり、
それでも安河は〝自宅録音〟 マルチカセットレコーダーを使い作曲を続けているそうだ。
マルチカセットレコーダーとは、カッセトテープを使い4トラックではあるが、重ね録りができて、
簡単なデモテープがつくれる装置の事である。
安河は、「風くん、頼みがあるんだけどな 家に来てギターパート2、3曲でいいから、弾いてくれない?」
そんな安河からの依頼であった。
聞けば、キーボードは、内野という
音大生がいるらしいのだが、ギターがいなく、
安河がギターも弾くらしいが、やはり安河は
ベーシスト、出来に納得がいかないらしい。
風は、デモテープ作りくらいなら と安河の依頼を受けた。
次の日曜日に車で風の家に迎えに来ると言う話になった。
次の日曜日
安河はシビックで迎えに来た。
風はギターとエフェクターを持って車に乗り込んだ。
安河の家は新検見川にある広いマンションであった。
実家暮らしである。
安河に案内され、安河の部屋へ入る。
そこは、まさに〝音楽部屋〟であった。
所狭しと機材が並べてあり、風の欲しかった
デジタルリバーブもある。
安河は、「風くん何飲む?コーラか?コーヒー?」
風は「コーラでお願いします」と言って しばし
安河の機材を見入っていた。
安河が飲みものを持ってあらわれる。
風のギターが安河の目に入る。
「風くん ギブソンじゃん とうとう本物手に入れたか!生意気に!まあ、全国2位じゃ当然か!」
と言われたが、風は咲と違い〝2位〟と言われる事にこだわりはなかった。
風にとっては、あきらかに菜々に負けたのである。
それから、安河は創りかけの曲を聴かせてくれた。
ドラムは、ドラムマシーンである。
譜面も同時に見せてくれたが音も、譜面も本格的である。
そこへ、キーボードの内野耕平がやってきた。
内野は音大の作曲科の学生であった。
譜面は、内野が書いたらしい。
安河の聴かせてくれた曲は凝ったコード進行になっていた。
風は、いまいち〝転調〟キーが変わる理論がわからなかった。
ギターを録音する為に、エフェクターボードを広げ小さいアンプでマイク録りである。
ギターアレンジも慣れてはきていたが、
流石にスタジオミュージシャンのようには、いかない。
先の転調のところで、つっかかるのである。
そこは内野が「よし、ここは、Aに転調してるから
ファとドとソにシャープがつくんだ」
と教えてくれた。
風は、安河、内野の助けを借り
なんとか1曲録音できた。
内野は、「風くんのギターのメロディは美しいね」と褒めてくれた。
風は、「いえ、いえ、なんとなく聞こえてくるのを
音にしているだけで、理論がさっぱり」
と謙遜した。
内野は、「そうか、理論が全てじゃないが理論を知っていればそこから敢えて外すことも、出来る
理論を知った上での革新的な事だな!よかったら
暫く家に通うか?理論教えてあげるよ、そのかわり
ギター弾いてちょ!」と理論の勉強に誘ってくれた。
風は迷いなく「是非お願いします!」と言った。
風は、音楽の〝霧〟にかかっていた部分が徐々にはれていくようであった。
思春期に徐々に女性を理解するように。