117話 仕事
風と咲は、稲毛駅で電車を降りタクシーに乗り、運転手に〝千葉脳神経外科〟と行き先を告げた。
咲は「運転手さん、スピード違反してとは言えないんですけど、お母さんが手術なんです!お願いします!」と前の席にかじりついて、懇願した。
風はというと、震えていた。
自分の元気な母親は永遠にいるつもりでいた。
まさか、突然の出来事に、人生の不確定さを痛感していた。
学校からかえれば、「また、ギター?」と笑って見守ってくれていた母親の存在は絶対的であった。
タクシーは、咲の意をくんでくれ、国道16号線をとばす。
千葉脳神経外科の表門につき、咲が素早く支払いをすませ、風と咲は受付に向かった。
風は、「横山と申しますが、母が手術なんです、どこで行われていますか?」と聞いた。
声は震えている。
受付の女性の方が案内してくれた手術室の前には、
風の父、妹の雲、咲の母 上杉和美が待機していた。
妹の雲は、姉のように慕う咲をみると、抱きついて泣いた。
風は、父に「状況は?助かるの?危ないの?」と聞いたが、父、和彦は「まだわからない、脳梗塞という事はきいている、かれこれ、4時間は経つ、もう手術終わってもいいんだが?」
和彦も威厳を保っているが、動揺はさすがに隠せなかった。
手術室前の椅子に5人は座り、ただ待った。
父、和彦は風に、「ライブの次は、明後日の東京だったな?ところで、ライブの出演料は貰うのか?」
風は、「なんだよ、こんな時に、貰う事になってるよ」と伝えると、和彦は「では、お前のギターは
〝仕事〟って事だな?お前の代わりはいないだろう?何があっても明後日はライブにでるんだ!
美枝子もそれを望むはずだ。」
風は、「明後日なんて、わからないよ!まともに、
弾けないかもしれないし!」そう言葉を発すると、
和彦は鬼の形相になり「ふざけるな!お前はもう
責任ある仕事をしてるんだ!お客さんしかり、事務所のスタッフの方しかり、迷惑をかける!穴をあけることは許さん!もし、穴を開けるなら、ギターなど2度とさわらせない!」そう言ってじっと前を見た。
風は生唾を飲んだ。
沈黙が訪れる。
それから暫くして、手術は終了した。




