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優しい嘘  作者: 紀本彼方
5/8

4 嘘つきの語る回想2

 ある時、ふとユウキがこんなことを言ったんだ。

「サキ、海が見たい」

 本当にそれは唐突だった。オーディオからCDを取り出そうとしたらそこには温かいピザが入っていました、ってくらい唐突な発言だった。

 それは確か夏休みも終わりに近づいてきた日の夜だった。

 僕はユウキの部屋に泊まりに来ていた。そのこと自体は別に珍しいことじゃない。僕らは互いの部屋を頻繁に行き来していたからね。ユウキの部屋はもう自分の部屋のようなものだった。

 ちょうど本を読んでいたのだと思う。本のタイトルは思い出せない。とにかく僕はその本から顔を上げユウキを見据えて言った。

「海?こんな時間にか?」

 傷だらけの柱に取り付けてある壁掛け時計を見る。時計の針は、もうとっくに夜の十二時を過ぎている。

「うん。今から急げば日の出には間に合うだろ。朝日を見よう」

 僕はそこでやっと本をたたんだ。ユウキの声の中に真剣さを感じたからだ。

「え?何?本気で言ってんの?」

「うん。海に行こう」

 ユウキは時々、いきなりこういうこと言い出した。いつもは冷静で大人びている感があるが、たまにハチャメチャなことを言い出す。壊れた目覚まし時計のようなやつだった。

「いきなり、なんで、海なんだよ。こんな時間にさ。それに行くなら別に明日の昼間でもいいだろ」

 なんとか止めさせそうと説得する。さすがに、こんな遅くにわざわざ何時間もかけて海に行く気にはなれない。

「俺は海に行きたいわけじゃないんだ。特別なことがしたいんだ」

「特別なこと?」僕はそう言って眉根を寄せた。

「そう、特別なことさ。中学最後の夏休み。俺たちは何をした?なんか特別なことをしたか?朝起きて、遊んで、夜寝て、また朝だ。なんていうか、物足りないんだよ。10年経って今を思い出した時、何を思い出せる?きっと今のままなら平坦な日常しか思い出せない。はっきりとした『特別』が欲しいんだ」

 饒舌に語るユウキ。僕はユウキの言うことも一理あると思った。でも、果たして夜中に海に行くことが『特別なこと』になりうるのかは少し疑問だった。結果から言えばユウキの言ったことに間違いはなかった。現に10年たった今でも僕はこの日のことを鮮明に覚えているのだから。

 僕はもう一度、壁の時計を見た。時刻は午前1時5分。ここから一番近くの海まで自転車で三時間ちょっと。今から出れば日の出には間に合う。僕は視線を時計から下げた。

 時計を掛けている柱を見る。傷だらけの柱。それはよく見れば意図的に刃物で傷付けられたものだとわかる。これは僕とユウキが背比べをするためにつけた傷だった。幼稚園の頃から毎年やっているから柱は傷だらけだ。

 その傷は言わば、僕らの友情を形に表したものだった。照れくさくて言葉に出したことはなかったが、ユウキもそう思ってくれていたと思う。

 だから、僕はその傷を見て決意した。

「お前の言いたいことはよくわかったよ。海、行くか」

「いいのか?」

 ぱっと目を輝かせるユウキ。ここから僕らの幼い冒険は始まった。

 さすがに、こんな時間に堂々と玄関から出て行くわけには行かない。ユウキの家の扉は大きくて錆びていた。開ける音できっと親が起きていしまう。そこで靴をそっと取ってきて窓から出ることにした。

 トイレに行くフリをしてそっと靴を取りに行く。そこまでは簡単だった。そこから外に出るまでには少し苦労した。

 ユウキの部屋は二階だったからいきなり飛び降りるワケにはいかない。だから雨どいを伝って下りようということになった。

 一番目は僕。雨どいのつなぎ目にスニーカーを引っ掛けながらと下りていく。途中、何度か滑り落ちそうになりつつもなんとか無事に下り切った。

 次にユウキが下りてくる。ユウキはなんとも器用にするすると下りてくる。こいつは忍者かってくらいにスムーズな動きだ。

「お前、抜け出すの今日が初めてじゃないだろ」

「まぁ、たまーにな」

 僕の問いにユウキは舌を出して答えた。

 次に自転車を出さなくては。さすがに何十キロもある海までの道を徒歩で行くわけにはいかない。

 玄関の脇に停めてあったユウキの自転車を、音を立てないように外まで運ぶ。

「よし、サキんちから、サキの自転車取ってこよう」

 通りに出るとユウキがそう行った。

 僕は無言で微笑みながらうなずいた。

 この辺りまで来るとだんだん僕もわくわくしてきて楽しくなってきた。なんだか秘密の冒険のようだ。

 これはきっといい思い出になる。そう確信していた。


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