2 嘘つきの語る回想1
僕にはニシモリユウキと言う友達がいた。
幼なじみってやつだね。親同士が仲の良い友人同士で近所に住んでいたんだ。
だから僕とユウキが出会うのは必然だった。
僕らはとても仲が良かった。性格は正反対だったのにね。ユウキは正直者で僕は知っての通り嘘つきだ。それだけどなぜか馬が合ったんだ。案外、性格が正反対のほうが上手くいくのかもしれないね。
僕の記憶を辿ると大体いつもユウキが隣にいる。二人でいろんなことをしたよ。
ささいなイタズラをして二人で怒られたりもしたし、ケンカもよくした。好きな子に振られて泣き明かしたこともあったっけ。
僕らはいつも一緒だった。保育園から始まって小中高、全部同じ学校だった。しかも違うクラスになったのは一度しかないんだ。なにか強い結びつきがあったとしか思えない。きっと僕らの前世は靴だっただろうね。僕が右足でユウキが左足。靴は二つで一つ。僕らも二人で一人みたいなものだったからさ。
もしも、どちらかが女の子だったとしたらきっと僕らは恋人同士になっていただろうね。ユウキが男だったことについては神様に感謝してるよ。もし、ユウキが女だったら、僕はきっとシズクと出会うこともなく、恋に落ちることなかっただろうからね。
ユウキは優しい奴だった。いつだったか、こんな事があったよ。
確か中学生二年生の時だった。ある日の放課後、僕が過って教室に飾ってあった花瓶を割ってしまったんだ。
その花瓶は担任の先生がすごく大切にしていたものでね。壊したことがばれたら大目玉をくらうのは火を見るより明らかだった。
僕は考えたよ。もちろん、正直に謝ることなんて選択肢になかった。僕は迷ったのはこのピンチをどういう嘘で乗り切るかと言うことだった。この辺りが僕の嘘つきたる所以だろうね。
幸いその時、人は誰もいなかったし、僕がやった証拠もない。さっさと立ち去れば、ばれる事はなかっただろう。でも僕は立ち去らなかった。どういう嘘をつけば誰も迷惑しないで事を済ませられるか。それを考えていたからだ。
グラウンド側の窓を開けて、花瓶の近くに野球のボールを置いておこうか。いや、それはダメだ。野球部に迷惑が掛かる。鳥の羽根でも置いといて鳥のせいににしようか。いや、少し無理があるか。
そんなことを五分くらい考えていたかな。気付くと後ろから声がした。
「あなた、何やってるの!」
担任の女教師の声だった。自分の愚かさを呪ったよ。ボーっと考えていた所為で気配に全く気付かなかったんだ。
今思うと、ガキらしいささやかな失敗だったと思えるけど、その時の僕はすごく焦ったよ。だからとっさにあんな嘘を付いてしまったんだ。
「ユウキ君が割ってしまった花瓶を掃除していました」
なぜ僕がそんな言葉を発したのかは今でもよくわからない。それは僕が今までついた中で二番目にひどい嘘だった。
それでも一度出してしまった言葉は撤回できない。僕はそれを取り繕うように次々と嘘を並べた。何て言ったかはよく覚えていない。ただ気付いた時には担任の姿はなかった。
帰り道、玄関から職員室を見ると、職員室の窓から担任とユウキが話している姿が見えた。
悪いことしたなぁ、と思いながらも僕は家に帰った。ユウキが一言、「僕はやってません」と言えば済む問題だと思ったからだ。
ユウキは学校でも誠実で真面目な生徒で通っているし、そのユウキと嘘つきな僕を天秤にかけたら間違いなくユウキの方が勝つだろう。
それでも、やはり気になったので僕は家に鞄を置くとすぐにユウキの家に行った。
僕とユウキの家は目と鼻の先だ。歩いて一分ほどのところにある。家に着き、チャイムを押す。誰も出てこない。
僕は家の前で待つ事にした。
1分、10分、30分経ってももユウキは帰ってこない。いくらなんでも遅い。先生に説明するくらいなら10分あればお釣りが来るだろう。
ユウキが帰ってきたのはそれからさらに一時間後だった。
「あれ?何してんの?」
それがユウキの第一声だった。
「何って・・・。お前こそこんな時間まで一体、何やってたんだよ」
ユウキのけろっとした態度に僕は戸惑いながらもそう言った。
「俺?怒られて、罰として便所掃除させられてた」
事もなげに言うユウキ。僕は呆気にとられた。何を言っているんだ?こいつは。
「な、なんでお前がそんなことやってんだよ。身に覚えのないことだろ?なんでやってないって言わなかったんだよ!」
それはほとんど怒鳴り声だった。それにしても変な話だろ?罪を着せられたやつが、着せたやつに怒られているんだからさ。
「おいおい、そんな大きな声出すなよ。それに別に全く関係なくもないさ。本当はお前が花瓶を割ったんだろ?」
「そうだけど・・・」
「じゃあ、別にいいだろ。お前が怒られるのも俺が怒られるのもそんなに変わりないさ」
正直、その言葉はとても嬉しかった。それこそ、僕の人生でベスト3に入るほどに。その反面、ユウキに罪を着せたことに罪悪感を覚えた。
「それにお前やったってばれたら便所掃除じゃ済まなかっただろうしな。日ごろの行いが悪いし。それより、寄ってくだろ?入れよ」
ユウキは気にするなよ、と言った感じで笑いながら家の中に入っていった。僕もそれに続いた。
その日はきっと、ユウキにとってみれば大したことのない一日だったんだろう。本当のことを言わずに怒られたのも、先生受けの悪い僕が怒られるより自分が怒られた方が軽く済むだろうと言う単純な考えからだったにすぎないと思う。
でも、僕はその日をよく覚えてる。嬉しかったんだ。ユウキの何気ない思いやりが本当に嬉しかった。
だから、僕はこの日、自分に誓ったんだ。
自分は何があってもユウキを裏切らない。あいつが何かあった時は必ず助けるってね。
僕は嘘つきだけど、この時に思ったことは嘘じゃない。
事実、僕はそれを守ったよ。