1 終わりの始まり
「人間は罪深い。なぜなら人は嘘を平気でつける生き物だからさ。皆が皆、嘘をついている。多かれ少なかれね。私は一度もウソをついたことがない。私は正直ものだ、なんて言うやつこそが大嘘つきさ。君もそう思うだろ?」
僕は言葉を紡いだ。歌うように優しく。
テーブルの向こう側にいるシズクは僕を静かに見返した。そして、言う。
「私もそう思う。人は嘘をつく生き物だし、罪深い。でも、だからってユウキが嘘をついて良いって理由にはならないと思うけど?」
「そうだね。でも僕は知っての通り、病的な嘘つきなんだ。嘘をつかないと不安になる。自分を保てないんだ。高校の時だったっけな。進路希望調査の紙に詐欺師になりたいって書いたら親を呼び出されたよ。僕は至って真面目に書いたのに」
「そんなことしたら、親を呼び出されるに決まってるじゃない」
呆れたような声。
シズクはテーブルの上のレモンティーに手を伸ばそうとするが、すでに空っぽになっていることに気付いて手を止める。改めて何かを注文する気はなさそうだ。
「うん。でも安心して。その話も嘘だから。僕は嘘つきだけど馬鹿ではない。常識くらいわきまえているさ」
ニヤリと笑う僕。ひっかけられたことにシズクは舌打ちをした。
「まったく、嘘つきと話をしていると疲れるわ。常に疑っていなきゃいけないんだから。はぁ、私はなんでこんなやつを好きになっちゃったんだろう」
「さぁね。それは僕が君に聞きたいくらいさ。あと一つ言うなら嘘つきと話す時は疑ってはいけないよ。そもそも最初から信用してはいけない」
「それも嘘?」
「これは本当。恋人をそんなに疑うなよ。傷付くだろ?」
僕が傷付いた表情を見せると、彼女は少し微笑んだ。
今、僕らのいるカフェは空いていた。僕とシズク以外に客の姿はなかった。もうお昼時はとっくに過ぎたし、下校途中の学生が来るには少し早い。そもそもこの店は流行っていないのかもしれない。コーヒーもさほど美味くなかった。
だけど、それはかえってありがたかった。静かで落ち着ける。なるべく人はいない方がいい。ここは別れ話をするにはちょうどいい所だった。
「そろそろ話してくれない?」
シズクが口を開く。僕は空気が変わったことを感じた。シズクもそう感じていることだろう。表情もどこか硬くなっている。先ほどまでとは違う、冷えた空気が流れている。少し間を置いてからシズクは続けた。
「なんで私たちが別れるのか。どこからどこまでが嘘なのか。そして……」
そこで言葉を切ってシズクは僕を見た。真っ直ぐな眼。僕はこの眼がとっても好きだ。
いつもは強い光を持っているのだけど、今日のシズクの眼は弱弱しかった。戸惑いと悲しみ。そんな想いが詰まっている。
そんな彼女を見るのは僕もすごく辛い。だけど僕は嘘つきだから、自分の気持ちに嘘をついて、感情に背を向ける。そして、そんなそぶりは見せずにただ微笑んだ。
「そして、何?」
続きを促す。
シズクが重い口を開いた。
「・・・あなたは誰なの?」
それは恐れていたけど、僕が望んでいた言葉だった。この言葉を引き鉄に僕らの終わりは始まる。
僕は深く息をついた。
しばらくの沈黙。
シズクは気まずそうに縮こまっていたが、僕はこの時間を楽しんでいた。なぜなら、これが、僕とシズクが恋人でいられる最後の時間だと思ったからだ。
引き鉄はもう引かれた。あとは僕が話をすれば全ては終わるだろう。
「どこから話そうかな。初めからとなると少し長くなるけどいいかな?」
「全部、話して」
強い意思のこもった言葉。僕はその言葉に押されて話を始めた。