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おつきさま  作者: パステル
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第八話 足りない

 此処は、スペルビア様から与えられた、居城のとある来賓客専用の煌びやかな部屋…だった、私専用、研究作業部屋だ。

 主な活動としては、スペルビア様からの特注品の生産や、生活必需品の品質向上へ向けた既存の商品の改良などをしている。


 他にも借りていた部屋はあったが、特に仲の良い三名の先輩へ前に譲渡した。

 もちろん、スペルビア様の許可は得ている。


 閑話休題。


 そして今も、スペルビア様からの『魔王の魔法を数発耐えれる装備品』という依頼品をどう作ろうかと思考に没頭していたのだが…


「ルナちゃ〜んっ!」


 今日もまた、私は平穏から一歩遠退いていく。



 〜〜〜〜〜



 グーラくん曰く。


 城内の至る場所に魔道士団の堅実さの象徴である亀を月の上からウサギが見下ろしているタペストリーや横断幕が飾られていて、中には私の私物にもウサギの刺繍をしたり、私の許可なく私物に『ルナ様』と名前を描いたりしている過激派もいる……と、聞かされ纏まってきたイメージがごちゃまぜになったので、取り敢えず細かい作業は一旦止めて、グーラくんの分のお茶と山盛りのお菓子を、椅子の背凭れに引っ掛けていた肩掛けタイプのがま口バッグから取り出して差し出す。


「僕、頑張って情報収集してきたよ!」


 尻尾を立てて機嫌が良さそうにゆらゆらと揺れていたので、グーラくんの頭を優しく撫でると、子猫のように喉を鳴らした。


「そうだね…ありがとう、グーラくん」


 …だから、服の下に着る肌着全てに、名前が刺繍で書かれていたのか。


「ルナちゃんのバッグからまだ、あまぁ〜いお菓子の匂いがする…」

「明日の分が無くなっちゃうよ?」


 万が一の為、がま口の肩掛けバッグを背中と背凭れの間に隠す。


 このバッグは、通称『月明かり』と呼ばれる、私を珍しがって囲っている魔族中心の集団の、ファンクラブ会長も兼任している執事長様こと、ブルーム様に代表として贈って頂いた大掛かりな空間魔法の組み込まれた魔道具だ。

 なんでも、所有者以外の手では開かず、それどころか所有者登録をしていない者がある一定時間以上触れているだけで、現在位置の発信までしてくれるらしい。


 それに私も、モブだろうが生まれ変わろうが女の子である。

 濃紺の闇夜のような暗い布地に、三日月にちょこんと座ったウサギの刺繍がなんとも愛らしい匠の逸品で、贈り物ならば使わないといけないなんて言いつつ、毎日肩に掛けて持ち歩いている。


 あと付け足すなら…最初は自分のファンクラブだなんて、と狼狽えたが、単にスペルビア様の動向や情報収集の場としての表向きの理由だと理解し、少し恥ずかしかった。


「そうだ!余ったタペストリーが四枚に絵巻物が一つを、月明かりメンバー専売で購入者リストができたから、持って来たんだった!」

「出品してから、まだ十日しか経ってないよね…?」

「ううん。資料制作で時間が掛かったから、二日目には完売してた」


 ここで、モグモグとお菓子を頬張っていたグーラくんが手を止め、シンプルなデザインの腰から下げる魔道具の袋から紙束を取り出して渡して、椅子を寄せてチェックの付いた落札者の番号表のページまで捲ってくれる。


「まず、タペストリー三枚は城内の魔族だから常連さん割引き価格で、商人の人間も一枚定価で買ってた。絵巻物も同じ人間が白金硬貨一枚と銀貨四枚で、ギリギリまで競り合った後に値上げして入札してたから睨まれてたらしいよ〜」

「うわぁ…その人間の商人さんは意地悪だけども災難だねぇ」


 因みにこの世界のお金は硬貨のみで下から、小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨、白金硬貨の順で、桁が一つずつ増えて成り立っている。

 今までの金銭感覚で言うなら、小銅貨が十円で、一番上の白金硬貨たった一枚で一千万になる、といえば分かり易いだろうか?


 タペストリーは、定価の銀貨二枚が一つ、割引価格の銀貨一枚と小銀貨五枚が三倍になって、銀貨六枚と小銀貨五枚。

 それに白金硬貨一枚と銀貨四枚を足すから…


「白金硬貨一枚に金貨一枚と小銀貨五枚、かな?」

「すごい、正解!」


 グーラくんがそう言って指を鳴らす。

 すると、チャリンと音を立て、手のひらの上から銀貨が二枚落ちる。


「はぁ…いつ見ても、魔法ってすごいね…」

「ありがとう!だけど、ルナちゃんだって希少魔法の使い手だからスペルビアちゃんも気に入られて囲まれたんでしょう?」


 ーーズキンッ…



「うん、そうだよね!付与魔法(エンチャント)ってだけ聞くと強そうには聞こえないけどさ」

「そんな事ないよ!魔力を物に纏わせるなんて、そこに至るまでの道筋を頭の中で正しく理解して、繊細な魔力操作も出来ないといけないなんて…スペルビアちゃんも驚いてたでしょ?」


 …知ってる。

 偶然の出会いを珍しく思われているって。

 それが私の実力な訳でもなければ、異世界人に当て嵌まるなら私より退屈しない相手がいる事も。


 だから、飽きた観客が席から居なくなるまで、私は踊り続ける。


「それじゃあ、おやつ休憩はここまで!集中したいから、厨房に行って保冷室のデザートでも食べてきてね?」



 *****



 暴食の王は、肥えてしまった己の舌を鬱陶しく思いつつも、どこか愛おしく想っていた。


 人間は脆く虚しい生き物だ。

 大義の為に破滅を辿る、浅慮で愚かしい憐れな生き様ばかりだ。


 故に、スペルビアが魔力で変異した人間に魔力の残り香をつけた上で自分の元へ送り込んできた時は、気でも狂ったかと眩暈がした。

 だが然し、今その背を追う獲物は、型破りなどでは収まらなかった。



「…お腹空いたなぁ」


 飢えたハイエナは仄暗い熱を心に灯す。

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