第七話 羨望
異世界転移に巻き込まれた一般人。
それが、宇佐美瑠奈。
だがそれは過去の私だ。
今ではすっかりウサギの獣人で、立派な生い立ちも血縁者すらもいないが、一応魔族に該当するらしい。
一応と言った理由は、スペルビア様の慧眼の鑑定結果曰く、魔力は平均より多めにあれど、私が体外へ放出する方法を持っていないと言う。
なので、マジカルでミラクルな生活を淡く期待していた私の夢は儚く散った。
最近の悩みは、グーラくんの空腹時に遭遇しては「ルナちゃんって、柔らかくて美味しそうだよねぇ…」と言われ一方的な追いかけっこが始まり、携帯食料をなるべく速度を落とさずに後方へ投げるが、なかなか上達しないで、割とガチの遺伝子レベルで生命本能が鐘楼を鳴らしていること。
しかし、私とグーラくんの本気の追いかけっこも今では何かしらのハプニングとセットで、スペルビア様の居城では日課となりつつあり、私は疲弊していた。
なぜ、そんな事を説明したかと言えば…
「ルナ様。今日こそは新兵達の鍛錬の指揮をして頂きたく…」
「ルナ様、本日のスペルビア様への御食事の御要望が…」
「ルナ様!先日作って頂いた汚れ落とし用石鹸が早くも在庫切れに…」
…正直に言おう。
また、やらかしましたぁッ!!
*****
最近、頼られているのではないかという時は多くなってきたし、なんならやんわりとグーラくんの名前を出しながら避けていた。
切っ掛けは、ほんの数週間前のこと。
そう、私がウサギの獣人になった翌日だ。
魔族に仲間入りしたとはいえ、名目上はスペルビア様のペットだ。
だから私はグーラくんのいない隙にお手伝いを続行していた。
料理人の皆さんへの賄いで出していた一人暮らしのお手軽料理のレシピや、魔法が使えないならとやっていた普通のお掃除のコツなどを聞かれる事が、更に増えた。
別に隠す事でもないので教えた訳だが、普通の価値観の違いがまだ残っているからこそ、思いつかなかったらしい。
先ず、私がちょっとした事として教えて回っていた、誰でも思いつきそうなあの発想。
とてもバズっている…は過言だとしても、ある一定層には目から鱗のアイディアだったらしい。
なんでも、魔力量が少ない魔族の方も多く、魔力量の少ない方々は職業の選べる幅も肩身も狭かった。
しかし、あの有名で全魔族の憧れであられるスペルビア様の居城には、魔力を持たずして多種多様な下働きの小間使いから侍従の仕事まで熟して見せる魔力無しの異世界人がいるといつからか噂は広がり、魔族で知らない者はいない程になる。
それを、スペルビア様は隠さずに!あろう事か!世に公表したらしい!
なので元から雇用されていた使用人の方々に悪いと思い、より先輩方が優位に立てるよう、ありったけの知識を纏め情報の権利を譲渡した。
それからというもの、城の中では魔法を使わない『魔力節約術』が流行りになって、みんな真似するようになった。
そうして張り切り仕事に精を出す先輩方から、私からは仕事を手伝うことはできなくなっていた。
…少し話題を戻して、私を回収しに来たスペルビア様に何故か着いてきて同じくスペルビア様の城に居候の身のグーラくん。
彼は空腹でなければ基本的に温厚だが、忘れてはいけない事に…魔王だった。
それに、スペルビア様と対等な地位を持ち、尚且つ友達なのは周知の事実だから、居候というよりはゲスト扱いで、前にも言った通り雑用をする必要もない。
なので暇だからか、私の安全保護係をスペルビア様に名乗り出たのは周知の事実だ。
だけど、彼が私の怪我の発端率第一位なのはおかしいだろう。
イラッとしたので数時間はグーラくんとは喋らなかった。
*****
さて…ここまでで、厨房の料理人の方々に清掃を主にする使用人の方々。
更に知らぬうちから、グーラくんからの逃走時の身のこなしから騎士団の皆さんにまで割と頼られていた訳だが。
実はもう一つの、私を品定めするような集団にも、途中から気が付いていた。
ズバリ、その視線を向けてきていた集団というのは、スペルビア様への信仰度が城内でも際立って高い親衛隊ーー騎士団の皆さんとかーーの中でもトップの座を争う、魔道士団の皆さんだった。
逃亡の最中に足元に刺さった矢文によるファーストコンタクトは流石に驚いた。
驚いたが、こうなる事はある程度予想はできていたし、なんなら割とソフトな対応だと思う。
城内ですれ違っても、何かされた事は何もないし。
因みに、飢えたグーラくんから追い詰められて齧られ、噛み跡が左耳にしっかりと刻まれた件だけは、足止めされていなければ逃げ切れていた自信があった為、未だに恨んでいる。
んで、矢文の内容を纏めると…
魔道士団の皆さんは、その名の通り魔法で戦線に赴き、魔法で暮らしを支え、生計を立てている。
そんな中、皆が信仰するスペルビア様という主君が突如として、魔族でもなければ魔法すら扱えない得体の知れない人間を飼い始め、挙げ句の果てには自分達のように魔法の力で成り上がった者を侮辱するような考えを布教して魔法を廃的するように動き回っている。
これ以上は看過できない為、どちらがスペルビア様に仕えるに相応しいか決闘し、敗者はスペルビア様の居城から立ち去る。
…めッ、んどくさいッ!!
大体が、この決闘に出るのは百害あって一利なしだって、私でも分かるよ…
今までは対抗心はあっても、実際に害意を向けられた訳でもないので、無視していた。
でも、宛名の無い手紙だから、通りすがりが気付かなくとも仕方ないね。
だがそれは、あくまで私個人の意見で、厨房の皆さんと使用人の皆さん、特に対として扱われる騎士団の皆さんは、魔道士団の皆さんに苛立っていたらしい。