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おつきさま  作者: パステル
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第六話 外面は変わっても

 磨き上げられた黒い大理石のような床を執事長様の後に続き歩けば、ドーム型の部屋の天井まで蹄の硬質な足音が反響した。


「ぐめぇ〜」

「『私に出来る案内は此処までです』だ、そうじゃ」

「ご丁寧に、ありがとうございます」


 因みに、執事長様は羊の獣人の先祖返りだが白い素肌に黒毛で生まれ、同じ獣人からは特に迫害されていたところを拾われて、スペルビア様が内密に雇用しているらしい。

 拾われたという辺りが、申し訳ないと思いつつも共感できて、魔王様二名の次に親しみやすさを感じられる御方だ。

 でも言葉は聞き分けられないから、スペルビア様に通訳をして頂いているけど…正直、情報操作してそうで最初は疑いました。真面目に通訳して頂いたのにごめんなさい。



 〜〜〜〜〜



 スペルビア様は部屋の中央に設置されている大釜の前へ立ち、横に材料と道具をどこからともなく取り出す。

 そして、


 執事長様の言葉とは違う意味で聞き取れない、呪文のようなものを呟いた。

 大釜の中に白と黒の液体が注がれ、それを手漕ぎ船のオールのような棒が操られぐるぐると時計回りに混ぜていく。

 液状の白と黒は、水と油のように弾き合って混ざらず、段々と複雑な模様となりーー


「…スペルビア様。非常に嫌な予感がするのは私だけでしょうか?」

「ルナも野生の勘が研ぎ澄まされて、随分と魔族に感化されてるのじゃなぁ」

「最早肯定していますね…」


 ーーカランッ。


 目を離していた数瞬の間に、大釜から乾いた音が鳴る。

 大釜にたっぷりと注がれていた液体は一滴も残っておらず、代わりに透明度の低いライトグレーのビー玉のような物が揺れていた。

 スペルビア様へ視線を戻すと、ちょうど大釜の底に手を伸ばしていた。


 だが、もうちょっとのところで、微妙に届きそうにない。


「失礼致します」

「ぬぉっ?」


 痺れを切らした私はスペルビア様の脇の下に手を入れて、高い高いの要領で持ち上げて、手が届くギリギリまで大釜の底へ近付ける。


「ナイスじゃ!ルナ、もう少し下に…おぉ!出来ておるな」


 思惑通り、スペルビア様はビー玉みたいなものを小さな手で握りしめてくれた。

 なので中腰をやめてスペルビア様を持ち上げる…!


「この体勢思ったよりキツっ」

「純度と魔力量…むぅ、なら味は…」


 自然な動作で手に持ったビー玉もどきを口に運ぼうとする。


「だめれす」

「ルナっ?!」


 なので反射的に奪い取って、私が口に入れてしまった。

 だって、絵面的に喉に者突っ掛かるパターンみたいだったんだもん。


「にがっ」

「なに…?それだけなのか?」


 本物の飴のように噛み砕いてみるが、ジャリジャリするだけで…どうやら危険物ではなかったらしい。


「はい、インスタントコーヒーを食べちゃった感覚で…ぅ」


 あ…これはダメな、やつ…


「むきゅあぁ…??」

「ルナぁー!!」


 叫び腕を上に引かれる感覚を最後に、意識を手放した。



 *****



 息を吸い、嘘を吐いて、私達は生きている。

 どれも形や意図は様々なれど、結局は自分の為になる。

 痛い目をみても、全ては人生の後学と成り得る。


 あれは、まだ小学生の頃だったろうか…?

 病弱な母の誕生日に面会が通り、早る気持ちが抑えられずに走っていた。


 結果を簡潔に言えばーー私が両親を殺した。



 〜〜〜〜〜



 目が覚めると、嗅ぎ慣れた鼻の奥がツンとするアルコール消毒液の匂いに包まれていた。

 そこは見た事のない病室だった。


 指先一つ動かすことも、頭の上からつま先まで振動が伝わるように痛くて、息が苦しかった。

 だと言うのに周りを時折通り過ぎ去っていく人々は、私のことなど見えていないかのようにそれ以上に()()()に必死で、紙が擦れ合うような音を出しながら、浅く呼吸を繰り返していた。



 …だから。


「お前がッ!なんでお前が生きているんだッ!!」


 分かっていた。


「どうかもう私達を…家族を、巻き込まないでちょうだい…!」


 知っているよ。


『償え』


 …私の犯した罪は、どうやっても償い切れない。


『逃げるな』


 このたった一つの命を投げ打っては、守ってくれた父と最期まで祈り続けてくれた母に見せる顔がない。


 誰もが皆、声を揃えて呪詛を唱えるーー生きろ、と。


 嘘で塗り固められた世界を、足並みを合わせ今日も行進する。


 世界は回り続ける。


 人間の中に紛れながら。




 *****





「…ぅん?」


 ……また…あの夢だ。


「ルナ…ッ!!」

「ぐげぇ……ぇ、スペルビア、さま?」

「儂は人間は元から好かん連中と思っておったが、ルナは別じゃ!」

「えぇっと…唐突に、どういう意味でしょうか?」


 今もピジョンブラッドの瞳から溢れる大粒の涙を服の袖で拭えば、スペルビア様は私の頭を撫でてから、更に背を伸ばして耳を触った。


「……え?」

「事故とは言え、人間の器に留めておくには惜しい魂だった…しかし結果的には万事解決じゃろう!」


 さっきスペルビア様の手が当たった辺りに手を伸ばそうとして…気付いた。

 睫毛に掛かっても放置していた前髪が、真っ白い。

 触れてみれば、腰まであったボサボサ髪がゆるふわパーマになっているし、尾骶骨にも違和感があり、服の上からそっとムズムズするところを触り、ふわっとしたポンポンのような尻尾を確認。


 極めつけには、前髪よりも長い薄桃の地肌にスベスベなのに触り心地の良い白の毛並みの長い耳が視界を覆うという事実……そっかぁ、ウサギかぁ…


「つまり、不幸中の幸いとは、先程の失敗作のビー玉の効果で、人間ではなくなったということでよろしいでしょうか?」

「まあ、だいたいそうじゃな」



 若干、心が折れかけた…が、よくよく考えてみれば、此処では異世界から誘拐されただろうと人間には違いないし、魔族領での基本的な扱いは、良くて珍しいペット扱い。

 ならば、もどきとは言え魔族のアドバンテージを持てただけ、お得ではないかと考えよう、うんそうしよう。


 …それに、私が私である事に変わりはない。


 何はともあれ、魔族に生まれ変わった以上、慎重に堅実に立ち回らなければいけないだろう。



 しかし数分後、救護室にて泣き騒ぐグーラくんによって、ギャグ漫画のようにクソベタな治療を受けるとは、まだ私は知らない。

お読み頂きありがとうございます!

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