第四話 魔王
「ルナさん、今日はご馳走だよっ!」
目の前にいるショターーグーラくんは、まだ血抜きも半端な新鮮な生のウサギ肉に齧り付いて、私にもその食いかけを差し出してくる。
「…ソウダネ」
「うん?あっ、ごめんね!」
口周りに滴る赤が、鋭利に尖った歯をやけに強調していて、悪気がないとは理解しつつも、生命本能からか表情筋がぴくぴくっと、小刻みに震えてしまう。
「気にしないで、大丈夫だから」
「……はい!ルナさんの分のカエルの脛肉っ!」
「えぇっとぉ…?」
「カエルなら共食いにならないと思ったんだけど…もしかして、苦手だった?」
声を大にして主張したい。
違う、そうじゃないと。
「ありがとう、グーラくん。でも、気持ちだけもらうね?」
「うん…やっぱり、ルナさんは脆いし貧弱だね…」
私は人間だったから、価値観の違いと主に内臓へ掛かる負担のせいで食べれないのだと。
ジビエだとしても、寄生虫や多種多様な毒持ちの野生の動物はアウトなんだと。
「幼女様ぁ、早く帰って来てぇ…!」
*****
空間の歪みに飲み込まれた後、意識がぼんやりと曖昧になっていきーー
「起きたかッ!ですかッ?!」
「…うん?」
ーー幼女様は消え、代わりに変な目覚めの挨拶が掛けられた。
…状況把握をしよう。
まずは立っ…てないようですね、はい。
「あの、痛くないですかっ?!」
「そういう風に聞くなら最初から簀巻きにしないで欲しい」
「ぼ、僕はッ!強くて怖いんだぞッ!」
あっ〜。
なんだか次から次へと降り掛かってくる理不尽に腹が立ってきた。
どうして一回持ち上げてから落とすのかなァ?
「無力化を既にしてある相手に対してマウント取らなくても、十分私にとってあなたは恐怖の対象だから。そういうのはもういいんだよ」
「キャっ!ごめんなさいッ!!」
「それよりも手首の痣が痛いから、手だけでも楽にさせてくれないかな?」
「えっ…痛いの?」
「痛いよ?それと、チート持ちの主人公ならいざ知らず、なんでこんな一般人が事あるごとに拘束されなきゃいけないの?武器になりそうな物もないどころか、高三になって肌寒いのにノースリーブのワンピースにパンツの丸腰だからね?」
「…ごめん、なさい」
「だからッ!…薄っぺらい言葉なんて、要らない…!」
ここまで言ってやっと、自分が泣いていた事に気付く。
くだらない理由で癇癪を起こして、挙げ句の果てには泣くだなんて…
「…ごめん。八つ当たりなんてして…」
「いっ、今すぐ解くからっ…!」
…醜い。
〜〜〜〜〜
拘束が解かれたのでようやく相手の顔を見る、が…
「あなた、子どもだったんだ」
「僕の方が強いもん!」
グレーの瞳で睨み付けてそう言い張る様子はまさに子どもだなぁ、と思う。
「お姉さんのせいで今日はまだ何も食べれてないんだ!」
「意外と野生児なんだ」
「だから、僕が狩りのコツを教えてあげるので、自分の食糧は自分で狩ること!」
「唐突なスパルタの襲来」
でも、濃い金髪の隙間から猫耳生えてるし、ボロボロのシャツとズボンの隙間からも、細長い尻尾が生えてる。
ハッ!つまりこの子は猫ちゃんなのか?!
…正確には獣人とかなんだろうけど、今の私には癒しが足りない…!
「狩りの前に、ちょっぉと、お姉さんと戯れ合おうか…!」
「ヒィアっ?!!」
少し痩せ細ってはいるけど、耳も尻尾もすべすべで…!
「もふもふだぁ…!」
「耳と尻尾はイヤァアアアッ!!」
「あむっ」
「食べられたくないぃいい!!」
「逃がすかァッ!!」
アニマルセラピーを欲する私と獣人の子の追いかけっこは、太陽が隠れて夕闇に包まれるまで続いた。
〜〜〜〜〜
やっべぇ…やりすぎた、かな?
「ハァハァッ…!」
「なんていうか、その…ごめんね?」
「次から僕に触れるのは、許可制にするから…あと、今度こそ狩りに行くよ!」
「…はい」
あ、そういえば…一方的とはいえ、モフらせてもらった仲なのに、この子のこと、名前すら知らないや。
「あのさ、狩りでの連携とかも取り易くなれるように、簡単でいいから自己紹介をしない?」
「…もう、変な事しないなら」
「今度は許可を得てから、でしょ?」
見るからに仕方がないなと言わんばかりに溜め息を吐いてから、機嫌が悪そうに尻尾を揺らして口を開く。
「僕は見ての通り一匹狼の獣人で、他の魔王や魔族には『暴食の魔王』って呼ばれてる。まぁ、人間は知らないけど」
「ちょっと待とうか、魔王くん」
「えっ?僕まだ長ったらしい名前の由来も出生も語ってないよ?」
おぉぅ…野生児なのに、ちょいちょいコミュ力高いな…いや、魔王だからか?
「もういい?お腹空き過ぎてイライラしてきたし、お姉さんがさっきから獲物に見えて仕方ないんだけど」
「私は宇佐美瑠奈で、つい最近異世界からこの世界の人に集団誘拐に巻き込まれてやって来ました!」
「じゃあ行くよ、お姉さん。夜の魔物は昼間より気性が荒いのもいるから精々食われんなよッ!!」
「口調変わってるぅ!」