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おつきさま  作者: パステル
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第二十話 表と裏

 寝室でスペルビア様と私は甘えたなお願いを叶え合い、そのまま向かい合って抱き締めあって少し寝て、ブルーム様に二人して見つかり。


 …現在、私もスペルビア様も揃って床に座り…ブルーム様よりお説教をされていた。


「探し回る臣下を置き、ルナ様と寝室で何をしていたのですか?」

「未来を誓い合ったのじゃ…」

「…ルナ様、正直にお答え下さい?」


 これみよがしに手で覆った頬を朱色に染めるスペルビア様を背景に、かつてない程に温度を感じさせない瞳でブルーム様に問われる…が。


「スペルビア様と今後について語って、甘やかし合って、呑気に寝てました…!」


 大筋は合っているので反論出来ず、根掘り葉掘り詳しくブルーム様に聞き出されました…



 *****



 あれからひと月後。

 文武両道に熟す()()の侍女からは、脱せたかといった頃の事。


 本来の予定よりも早く城内の首脳陣が集められ、ショウとアンズちゃんと私の三名の出生と現在に至るまで、その中で私はスペルビア様に従く初めての専属侍女として、その存在は大々的に発表された。

 その衝撃の事実(知ってた)は止まる勢いを知らず、グーラくんを除く魔王仲間という圧倒的なパワーワード集団にも鳩を飛ばされた。


 当然、周囲からの好奇の視線も敵意に満ちた態度も増えていた。

 日に日に高まる期待と重圧は、以前の比では無かった。


 だが…私は、一人ではなかったから、頑張れた。



 〜〜〜〜〜



 薬草園へ向かう傍らに、修練場を覗く事のできる通路を選んで通ると。


「はぁああッ!!」

「…ふッ!」


 少なくは無い仕事の最中の使用人という観客が見守るなか、お目当ての打ち合いを見れる場所が一箇所空いていたので、片手で荷物を抱えて少し身を乗り出して見る。


「ぐあっ!」

「そこまでッ!」



 気が付けば、息をする事も忘れて魅入っていて、思わず感嘆の溜め息を吐いていた。

 周囲の観客達も、先輩後輩問わず反応は同じような反応だ。


 ショウは騎士団に見習いとして配属されて、毎日鍛錬を繰り返している。

 その腕前はかなりのモノらしく、同じ見習いでは相手にならず、先輩の騎士にも迫る勢いだ。

 明朝の鍛練に混じる私と打ち合いをしている時には、筋肉の収縮で動きを見切られる事すら増えてきた。


 おそらくグーラくんとの追いかけっこを繰り返すうちに、段々と今の身体能力に思考が追いついてきて馴染んでいなければ躱すことも受け流すことも叶わず、単純な力比べでは相手にもなっていないだろう。



 〜〜〜〜〜



「薬草の種を五袋、確かに受け取りました」

「お疲れ様です」


 荷物を薬草園の受付の新人くんへ受け渡し、中庭へ出てベンチに腰掛けて。

 今回取り組んでいる研究での大まかな支出を、メモへ記載していると…


「ルナっち?!」


 耳馴染みの良いソプラノの声が頭上から降ってきたので、頭を上げる。


「来るって言ってくれたら会議なんてでなかったのに!」

「だから言わないんだよ…」


 そこにはこちらを見て爛々と光るペリドットの瞳があり、視線が交わる。

 ふと、小袋に包装して持って来たポケットの中のものの存在を思い出す。


「アンズちゃん、あ〜ん」

「むぐっ?!…ふぉいふぃい〜!!」

「新作の方の薬草クッキーも副料理長のお墨付きって事で。商品化の受託書を…よしっ、出来た!」

「んむぐっ…って、また商品だったの?!」


 吃驚したように薬草入りジャムクッキーを食べてくれたアンズちゃんは、行儀見習い兼副料理長で、薬草園と植物園の管理官と、バラエティに富んでいるし、能力の開花の兆しも見られている。


「今のは応援の気持ちってことで!」

「いや、お代は後で払うから…って、今度は夕食の仕込みがあるんだった!」

「いってらっしゃい〜」

「本当にごめんね!」


 そう言って遠ざかって行く背中を見て、少しの安堵と焦燥感を間近に感じていた。


 ショウもアンズちゃんも、日々努力を怠る事なく成長しているのが良く分かる。

 そして前までの私と比べると、より早く周囲と馴染めているのは本当に喜ばしいことだった。



「私も、頑張らなきゃ…」


 だからこそ、私の最大の欠点である魔力回路の自己修復が進まない事に、苛立ちと不安を感じているのも確かな事だった。



 *****



 深夜を過ぎ、夜行性の多い魔族の警備が最も薄くなる、明朝。

 魔術の塔とも呼ばれる魔道士団の本部内を、魔道士団員の象徴とも言える深緑のローブを纏いフードで顔を隠して、団長室へと足早に急ぐ者に、誰一人として違和感を感じていない。


 まぁ…それもそうだろう。


「待っていましたよ、白兎殿」


 皆がそう思うように細工をしたのは、彼ーーヨイヤミ様なのだから。


「今回の貴方は、私に何を望むのでしょうか?」


 身分不相応な事に、誰に対しても隔りなく接してコロコロと表情を変え、傲慢の魔王の懐に潜り込んだ傲慢な白兎と、普段は無表情が当たり前で、本来なら主君であるスペルビア様にすら張り付けた笑顔しか見せない魔道士団団長。


 慕われて、故に嫌われて。

 自身の不甲斐なさに己の力量不足を感じて、超えることが難解な才能という幾十にも並べられた壁から目を逸らし、見栄を張っている。


 私と彼はコインの表と裏の様だと評価されているが、寧ろ似た者同士ではないかと思う。


「魔力回路が一向に治りませんので、その修復治療をまたお願いします」


 コトン、と小さな音を立てて机に置いた柘榴石は、今朝方に回収した鮮度抜群の宝石で、養殖物だが一級品の輝きを放っている。

 そしてなによりも目を惹く事に、本来ならば宝石本体が破裂して結晶化していてもおかしくない程の魔力が内包されていた。


「スペルビア様は自分の外見には疎い為、使用人の間で装飾品を贈り合うのが恒例行事になっており、ヨイヤミ様はまだ選別の最中だと耳にしました」

「それで、馬鹿正直に貴方の持ってきた物を差し出せば喜ばれるとでも?」


 ヨイヤミ様は無駄を嫌う。

 そしてこの場には、私以外の者は居ない。


「魔力回路を修復治療する要領で、私の魔力を別の器へ移し、ヨイヤミ様が上書きすれば問題無いかと思われますが」

「随分と簡単に仰いますが、貴方の魔力量の異常さは御自身が一番理解している筈でしょう?」

「ヨイヤミ様ならば可能なのだと思い難題を持ち込みましたが、団員の何方かに頼むのでしたら数段階は見劣る物も用意していますが、如何致しますか?」

「…及第点としましょう」

「お気に召されたようで何よりです」


 だからこそ、こうして取り繕わず、怯えないでいられるのだが。



 *****



 魔力回路とは、魔力を吸収して育った生物に共通して存在するもので、身体中に張り巡らされている機械内に組み込まれた電気の導線のようなものだ。


 当然だが、回路が途切れていたり間違って繋がっていたりしていては、正しく信号を出す事も出来ない。

 その上、気付かずに間違えた正解を答えとして使い続ける場合、魔力の暴発がその器を壊す事も有り得る。


 然しながら。

 たったひとつ、機械と生物の間には大きく違いがあった。


 それは、単純にして明解。

 生まれ持つかすら不規則でそれこそ神の気まぐれのような、努力では埋めようもない才能の差だった。


 だが、そのお陰で()()は、利用し利用される不本意な協力関係になれた。



 *****



 各部門の首脳陣として陛下に呼び出され、白兎が陛下の専属侍女として公式に認識され始める、前夜の事。


「…来たか」

「兄上が呼びだしたのでしょうに」


 戯けるように肩を竦めて見せれば、いつもの偽りの笑顔など欠片も持ち合わせていない、焦りが透けて見えた。


「次期魔妖精族の長としての命令だ」


 皆の前で演じて見せる、虚偽の愛情すらも無いとは、余程その恵まれた地位に慢心していたと見受けられた。

 いつ頃仕込んだ罠に掛かったのかと思考を巡らせ、手繰り寄せるように会話を進めようとすると。


「あの化け物の正体を暴け。手段は問わない」


 期待を大きく裏切り、目の前の獲物は別の輩の罠に捕らわれ哀れに怯えていた。


「ここ最近になって頭角を表し出した(ヤイバ)でしょうか?然し、歪な能力を司るディレクション家の末娘だった再生も能力が目覚め出したと聞きます」


 その光景を見て私を呑み込まんと蠢く憎悪は散っていったが…その反面、腹に据えかねる怒りが湧き上がって来ることも、また事実だった。


「愚鈍な私には理解し難く、大変お手数おかけしますが…化け物とはどれの事を指しているのでしょうか?」


 此の獲物を喰らう役目は私の特権だ。

 それまでは、束の間の愉悦に浸っている事を許してやろう。


「二度は言わない。無の化け物を徹底的に追い詰め、小細工など通用しない事を思い知らせよ」

「…承知致しました」

「醜悪な姿を白日のもとで暴き、晒してやる」


 愚鈍なままの異端児を演じてやれば、あまりにも捻りのない想定通りの答えに思わず黙り込みそうになったが、バレる事なく奴は闇夜に怯えながら去って行った。


「…変わらないな」


 彼奴も、私も。


 満足がいくまで周囲に及ぶ迷惑を考えずにみっともなく泣き喚き、それの後処理をして頭を下げるのは私の役目で。

 挙句、それを何世紀も前で考えが凝り固まった老いぼれ共は、情に熱いだの種族の未来ををより一層閉鎖的にする意見ばかり贔屓した。


 …そして、使用人だった愛妾の第二王妃が産んだ純潔の魔妖精族らしい弟が、戴冠式の日に兄となった。

 第一王子だった私は病で床に臥せった事となり、その後四年間は魔の森に近い地下室へ幽閉された。

 皮肉な事にその地下室は、私の意見が最初で最後に老いぼれ共が認めた、食糧保管庫だった。


 次に陽の光を浴びた時には、唯一自分が誇れた亡き先王と同じ薄金の髪は小汚い薄灰色になっていて、実母にすら気味悪がれ、何かが崩壊する音が胸の内で鳴り響いた。


 やがて、新たな未知数の魔王への献上品として厄介払いされた私は、この姿を見られる事を恐れて攻撃的になり、近付く者全てを破壊し、傷付け…生きることに疲れていた。


 だが神がこの身を見捨てても、スペルビア陛下だけは私を救ってくださった。


 まだ陛下が、魔王としてはその座にいるとしか認知されていない頃。

 私は何もかもに無頓着で、主人である陛下の顔すら覚えていなかった。



「おぉ!今日はスープだけでなくサラダにも口をつけてくれたのか!」

「…ごめ、なさぃ」

「腹が空いたなら食べる。それは当たり前の道理で、お主は悪くないじゃろう?」

「私が、気持ち悪いから…」

「…ふむ。聞けば其方、濡らした布で身体を拭くだけで、一度も湯浴みに入りたがらないようじゃが」

「見られたく、ない…です…」


 肋骨が浮きでるほど痩せ細った骨と皮ばかりの身体に、使い古した雑巾のような枝毛だらけの乾燥した頭髪。

 万が一この不気味な自分の姿を見られたら…


「いやだッ!!」

「おっとっ…無詠唱か?!」


 瞬間、遅れて初めて見た相手の顔に、浅い切り傷から血が滲み出していて。


 ーー怒られる!


「…ぁ、ごめんなさい…!!」

「ん?…あぁ、この程度なんでもないわい」


 そう言った美しい少女のような相手はその傷に人差し指でなぞるようにして撫でる。


「…なんで治って?」

「なんじゃ、中級魔法は無詠唱で発動出来るのに、治癒魔法は知らんのか?」

「はい。初めて、見ました…これが、外界の魔法…!」


 先程までの恐怖など無かったかのように、初めての治癒魔法に感激し、その時の私は浮かれていた。


「では、後のことは頼んだぞ」

「承知致しました」

「…んぇ?」


 気が付けば、何処を見ても綺麗な浴室に居て。

 小さな二足歩行の黒いモコモコに捕まっていて。


 ゴシゴシ、ジャブジャブ、ばしゃーんっ!


 石鹸と柔らかい布で隅々まで洗われて、ずっと着ていたボロボロになって擦り切れていたローブだけではなく、金糸で刺繍を施された深緑のローブを着せられていた。


「おぉ!儂の見立て通り美しい子だったか!」

「えぇ、その様です」

「なんじゃ、ブルームも一緒に入らんかったのか?」

「…私も彼も、容姿には少し似通った悩みを持っていますので」


 そしてなによりも。

 薄灰色で卑しい鼠色とバカにされてきた髪色が、銀色に変わっていた。

 無作法だとは分かりつつも、鏡に手を触れてぺたぺたと自分を確かめるように見て、泣いていた。


「元の髪色には戻せなかったが、魔力を多く体内に蓄えた結果、其方の母上殿と同じ銀髪に変異したようじゃ」

「でも、私は…望まれぬ子だと…!」

「安心せよ。其方を望む者がいないなら、此処で増やせばいい」


 そう言った彼女は、薄っぺらい絵本に描かれた神様などよりも神々しく見えて。


「流石にこの城で、儂を相手に啖呵を切ってくる命知らずなど、おるまいよ」


 膝から崩れ落ちて咽び泣く私を包むこむ温もりに、縋り付いていた。

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