第二話 悪しきモノ
本日二話目です。
カチャカチャと金属の触れ合う音がして、手枷が外された。
壁と繋がった手枷を外されるのは、食事の時以外では初めてだった。
「…行くぞ」
幾ら促されても同じ姿勢でほぼ動かずにいた為、手首は鬱血して変色し、足も棒のようで感覚がなく、立ち眩みを起こして前に倒れ込んだ。
慌てて左側にいた兵士が手を差し出してくるがーー
「例のモノはまだかッ!!」
ーー次の瞬間、そこにあるのは蔑みと憐れみの表情だけで。
最早私に選択権など与えられないのだと思い知った。
あれからどれくらいの時間が経ったかなんて分からない。
ずっと地下の薄暗い牢屋に放り込まれていたのだから、仕方ないが。
少なくとも、重々しい雰囲気で私を引き摺り連れて行く兵士の様子からは、明るい未来はないだろう。
*****
牢屋へ入れられる前のこと。
私達はクラス丸ごと召喚されていたらしい。
しかも言語を理解できていたのは城ヶ崎と西野さんと私だけだったようで、淡々と何度も『選別』と繰り返して強引に城ヶ崎と西野さんを連れて行った。
二人と『陛下』が去った後、先程の水晶玉の前でなにかを言っていた男の、私達を見る目が変わった。
騎士らしき豪華な鎧を身に纏った男達が手には槍と盾を持ち、距離を置いて全方位をぐるりと囲んで来る。
そして男の「殺せ」という言葉を皮切りに、一斉に此方へ向かって突進してきたのだ。
当然、なにを言われていたかすら分からないクラスメイトは騒ぎ出し、悲鳴が上がった。
中には怒号を上げて前へ踏み出した命知らずもいた。
この瞬間、私は人生で二度目の死を間際にして、感涙し呟いた。
やっと会えるね、と。
然し、私は殺されなかった。
…いいや、殺さなかったのだろう。
私達以外ーー異世界人は全員揃って、私だけを驚愕の目で見ていたのだから。
だがそれはほんの数秒の事で、気が付けば私は一人ポツンと牢屋の中に居た。
分かることは、やけに鈍痛が響く後頭部と、身体のいたるところに残る多くの痣の跡だけだった。
*****
連れてこられたのは、開けた広場の中央だった。
手枷足枷を付けられて、両脇には先程とは違う兵士達がこちらを睨み、私を拘束していた。
前方には身なりがあまり良くない群衆が靴すら履かずに野次馬のように群がっていた。
それから暫くして、宰相の男が騎士を引き連れて歩いていく様子が見えた。
遅れてきたクラスメイト達は騎士達に酷く怯えた様子で周りの視線を気にしていて、一人連れてこられた私など眼中に無いようだった。
無意識に城ヶ崎と西野さんを探していたが、二人の姿はなかった。
「静粛にせよ!」
宰相の男は静かに言い放つ。
だが確かに、頭の中に警鐘を鳴らす殺意がこもっていた。
「先日、この国に潜り込んだ魔族を捕らえた!」
視界の外から息を飲む大勢の気配を今更ながら感じる。
…想像したくない最悪のケースが、頭の隅に思い浮かんでしまう。
「その穢らわしい魔族は、あまつさえ勇者様と聖女様を洗脳した跡がある」
切れ長の冷たい宰相の眼と、一瞬視線が交わった気がした。
「もう察した者も多いだろうが、そこに取り押さえている小汚いモノが魔族だ!」
…想像が現実になった瞬間だった。
ーーカツンっ…!
なにかが、足もとに降ってきて砕けた。
それは、小さな石の破片だった。
「娘を返して…!!」
石に続いて降ってきたのは、名前も知らない誰かの号哭だった。
「魔族がいなければ…!あの娘が、何をしたって言うのよッ…!!」
「ーーッ!…私は、なにもしてないっ!」
「嘘をつくなぁッ!!」
苦しげな叫びに怯んだが、私は魔族ではなく異世界から来た人間だし、こんなところで死にたいと思うほど死にたがりではない。
だけれども、私の主張を信じない女性も声を張り上げる。
そして怒りや憎しみは伝染するように増えていく。
最早、地獄の方がいっそマシだと思えるほどに。
何処を見ても、怒号、号哭、罵声がーー
「魔族よ。コレがお前に相応しい結末だ」
ーー私の存在を、否定していた。
「コレじゃから人間は好かぬ」
たった一つの声を除いて。