第十八話 帰郷本能
畑に生い茂る薬草が、開いた窓から入った風に吹かれて白い葉裏を見せ、爽やかで目の冴える香りが辺りに漂わせた。
ゆっくりと呼吸をして、薬草が光合成をして空気中に放出した魔力が、その魔力を操作すら出来ない私でも体内に流れ込んでくるのを感じる。
…このまま、目を瞑って。
光の届かない深海のような、微睡みに包まれたまま。
忘れられたなら、きっと……
「ルナ様…?」
「…はい?」
「私とウェストや鑑定士の方々で、作業を進めましょうか?」
「うーんと、そうですね。サウス様とイースト様も居るので大丈夫だとは思いますが、厨房へ不備が無いか見に行きます!」
言うが早いか、年端も行かぬ少女は駆けて去っていく。
見えないなにかを恐れるように…
*****
餅米粉、うるち粉、白玉粉をそれぞれの分量に計って混ぜてから、砂糖を加えて均等になるまでふるう。
これは意外と根気のいる作業なので、私とショウ、サウス様とイースト様以外にも、集中力があり細やかな作業ができる魔道士団の皆さんとお針子さんにも助けてもらう。
選抜条件は、細かい作業を黙々と飽きずにできて、幾度も粉と砂糖の混ざったものをふるい続けても手首を痛めない事だ。
当然、グーラ様は条件に擦りもしないし、まずやる気がない。
ノース様とアンズちゃんは飽き性でなので別の過程で存分に働いてもらっている。
魔道士団の皆さんは最初は団長さん以外は嫌そうに立候補して、お針子さん達はサウス様が連れて来た。
サウス様曰く、お針子さん達は極短時間で、ものすごい量の緻密な刺繍を誰かさんの肌着にして回ったから適任らしい。
「本日はよろしくお願い致しますッ!」
…選ばれた理由のエピソードはともかく、態度に出してまで嫌そうにして着いて来ただけで働きもしない魔道士団の皆さんよりは絶対に役に立ちたいという意志を感じて取れた。
それに比べて、魔道士さん達はーー
「魔法も碌に使えない白兎が…」
「混血の雑種共と同列とはなぁ?」
ーーうん、態度が悪いじゃ許されないね!
お針子の先輩達から聞いていたものより嫌悪感を抱かせる天才だ。
だったら此方も、それ相応の対応をさせてもらおうかな?
…樹木をモチーフにして金糸で施された刺繍が最も豪華で、魔道士団の象徴でもある深緑色のローブを身に纏った、儚げで顔面偏差値の高い、腰まで届く銀髪に切れ長な碧眼のダークエルフは……見つけた。
「失礼致します…魔道士団団長のヨイヤミ様であっていますでしょうか?」
「はい、合っておりますよ。我らが王の専属侍女候補殿」
条件にピタリと当て嵌まる、物憂げな表情で窓の外を眺めていた青年に声を掛けカーテシーをすると、挨拶に来る事を見越していたかのように私を瞳に捉えて、流れるような美しいお辞儀を返される。
「申し遅れました。つい数ヶ月前に攫われて来ました。紆余曲折あり侍女見習いにさせて頂いた、ルナと申します」
然しちゃっかり私を名前ではなく、候補と言ってくる当たり、彼の実兄で騎士団長のトコヤミ様との初対面を彷彿とさせる。
…余談だが、騎士団長でイケオジダークエルフのトコヤミ様は金髪碧眼で、年齢を百年程戻して髪を伸ばし、カラーリングは髪だけ変えたら、弟のヨイヤミ様になるくらい顔の造形も体格も、所作ですら瓜二つだ。
スペルビア様を崇拝している老若男女には、邪竜すら魅入らせる金の騎士団長と、吹雪巻き起こす銀の賢者は兄弟だというのは周知の事実だ。
だが、それを悲観的に捉えているのがヨイヤミ様方魔道士だろうか?
「それと。ルナ様には部下達の度重なる無礼を代表して謝罪させて頂きたい」
「騎士団長様のトコヤミ様に鍛えて頂いているお陰で、もうポーションは使う事など滅多にありませんし…次回からは、お仕着せや教本の写本等の備品には手を出さないようにして頂ければ結構ですよ」
「…寛大な処置に、感謝させて頂きます」
うわぁ…騎士団長様の話題を出しただけで睨まれたよ。
気安く地雷を踏み抜くなって事ですね、了解了解。
「今までのポーションの代金をお支払いさせて下さいませんか?」
さっきの私の嫌みな発言でチャラでいいのに…貸しでもつくって後になって掘り返す気か?
あぁ!面倒くさいなぁ?!
「負い目があるのでしたら、お互いもっと気楽に構えて話しましょう?」
「…はい?」
「一応自ら立候補した団長さんのヨイヤミ様以外の、魔道士団の皆さんにお伝え致します。口先だけの方々のお帰りは、あちらからですが?」
〜〜〜〜〜
「…どうしてこうなったんだろう」
然し感情とは不可思議なモノで、魔道士団のヨイヤミ様含む皆さんの、地球の高層ビルより高いであろうプライドに火が付いたらしく、こういった料理やお菓子作りなどに慣れていた私とショウに張り合おうと四苦八苦している。
「後日改めて反省会でもしよう…」
「いやいや。あいつらはルナに煽られたからムキになってるだけだろ?」
「ぐぬぬぬぅ…!」
でもやっぱり、私やショウは小さい頃から家事を行うことが多かったし、なにより地元の調理師免許を持つ奥さん達の割とガチ寄りなお料理倶楽部でサポートをしていたので…なんか、ごめんね…?
少しだけ申し訳なくなりつつも、黙々と作業をしていると、なにやら廊下が騒がしい。
「只今戻りました」
「ルナっち!これくらいで足りる?」
次の瞬間、籠いっぱいに摘んできた薬草を何処か誇らしげに抱えたノース様とアンズちゃんがいた。
その後ろでは、鑑定士の皆さんがバケツリレーの要領で材料置き場に、同じくらい摘んである薬草の入った籠を運んでいる。
「足りるよ!どれも鮮度抜群で香りも良いし、予定より多く作れるよ!」
「やっーー」
刹那、ノース様の腕がアンズちゃんを掻っ攫い抱き締めて、アンズちゃんの喜びの声を掻き消した…
「やったな!ウェスト〜!」
「うぅ…ノース姉様は相変わらず強引過ぎなんだけど…っていうか、今の私はアンズって名前なの!」
「貴方がディレクション家の娘であり、何より私達の可愛い妹である事に変わりはありませんよ?」
「それに異世界を跨ごうが、私達は護り抜いて見せますからね!」
「もぉ〜っ!このシスコン姉様達は〜!!」
会話から察せられる通り、アンズちゃんはこっちの世界出身の魔族で、ノース様とサウス様とイースト様の、妹だったらしい。
更に言うと、ショウも同じこっちの世界出身魔族の貴族令息だ。
〜〜〜〜〜
ショウの記憶通りなら、初対面の婚約者の元を訪れていて、庭園での会話に辟易としていた所を従者諸共攫われた。
アンズちゃんとショウと同じく攫われていたもう一名の魔族で貴族の令嬢ーー端的に言うとショウの従者で幼馴染の私は、栄えていた元帝国に属する人族の『魂縛の儀』の生贄未満、材料以上にされた。
結果から言うと、当時のブチ切れた魔族達の猛攻撃で儀式は失敗になり、中途半端に魔族としての力を強奪されて肉体は大半が破損し、魂だけは魔族のタフネスなド根性で耐えるも、器がなく危うい事態に。
然し、その時にとある魔王が発案した、異なる次元に並んだ世界での魂の隔離により、私達は魂だけの状態で比較的安全とされる異世界ーー地球へ飛ばされた。
そして時は流れて十七年後…が、今の私達だよって事だね。
アンズちゃんは私と唯一の同年代の女児だった為、知り合いだったけどそれ程魂の結びつきは強くなく、三名で合流できたのが高校のあのクラスだった事と、当時の私達を救ってくれた発案者の魔王様がご隠居宣言したのを皮切りに、色々と動き出したとさ。
私はまだ記憶の断片がくっつかずにいる為、完全に全てを思い出してはいない。
だが、アンズちゃんだけでも愛してくれる人達に再会した、この奇跡とも運命的な話は城中に広まっており、二人からは敵意も無いし恨む動機もないとの事で、多少問題はあれど、同じ魔族として迎え入れられたのは良い意味で、予想外の出来事だ。
…でも、お父さんやお母さんが私達を攫った奴らと同じ人族だったし、そもそも違う世界に生きていた他人だったとしても。
巻き込んじゃって、ごめんなさい……永遠に、忘れないよ。
「ルナ…今は大丈夫か?」
「…如何されましたか、ショウ様?」
「一番最初はショウくんって言って楽にしてくれてたのに…」
「それで、何か用事か言伝があるんでしょ?」
「あぁ〜なんか、スペルビアサマさん?って奴が乗った馬車もどきが、もう見えてきたって」
「スペルビア様と、魔動力車ね?」
…馬車もどきって言った相手は、後でシバく…!
「ほら、一緒にお出迎えに行こう!」
「う〜ん、スペルビア様、か…まだ思い出せないな」
「最低限言って置くと、このお城の主人で現在の傲慢の魔王に君臨している、怒らせたらいけない御方筆頭だよっ!」
「はぁっ?!」
…そういえば、この事をスペルビア様は…知っていたのかな。
本当は…聞きたくないし、知りたくもないけど、進む為には…聞かなくちゃいけないよね。
怖いのはきっと、それで許されてはいけないから…
お読み頂きありがとうございます!