第十五話 課金はショートカット
新年明けましておめでとうございます。
今年も陰ながら皆様の日常に優しい彩りを届けられればと願います。
厨房にて、私は。
「ルナっちの手料理を食べて良いのはアンズだけなのにぃ…」
「…気が散るのでお静かにご協力ください」
「一緒に料理をするなんて家庭科実習の時以来だけど、案外楽しいものなんだな」
「いいから黙って手伝いやがれ下さい」
割と真剣に、困惑していた。
*****
苗字という名のファミリーネームを聞き出されたその後。
最高権力者であるスペルビア様や、普段より指揮をして下さっていた執事長のブルーム様が出張中な為、私達五名は謎の侵入者入り袋の処罰について、判断を考えあぐねていた。
褒めてアピールの激しい、グーラくんの説明によると。
人族の侵入者は青年と少女の二人で、最初は魔族の使用人用の館に居たらしいが、近づいて来るにつれ魔力の匂いが一段と濃くなると、その身体を纏う薄い膜のようなものが人族特有の隠密魔法や隠蔽魔法に似ている事や、確かな足取りで城内の一般立ち入りが禁止されているとある部屋ーースペルビア様より私に与えられた元客室へ着実に迷いなく、止められる事すらなく進むものだから、後ろに付き従うように歩く青年から背後に回って軽く意識を奪おうとした。
しかしながら、魔法操作すら碌にしていなかった青年はまるで虚空から溶け出したようにして現れた短刀でグーラくんの一撃を躱してみせたばかりでは飽き足らず、空いていたもう片手に握っていた片刃剣で魔法で創り出した分身の心臓を貫いた。
分身はこの時点で既に倒れ伏していたが、格上の死を前にして油断していたのか、自分達の影に首を絞められるのは予想の範疇外だったのか。
今度こそ大人しく二人揃って倒れたらしい。
この時点でも気付く通り、あの無鉄砲で命知らずなのにそれだけの実力も兼ね備えている魔王のグーラくんが、実力を測っていたのだ。
グーラくん程の絶対的強者であれども、警戒する程度の侵入者…
「……」
しかし、本来ならばそんな考察をしているような時間など、残されていなかったのだ。
「…おなかすいた」
「「「「ーーッ!」」」」
その言葉を聞き、私達は水を打ったように静まり返った。
これは、魔王様モードのグーラくんが目覚め掛けている、第一の警鐘だった。
「ぐっ、グーラくん?もしかしてだけど、朝食とかは食べてない?」
「ずっとここで、警戒してたから」
じりじり…と、壁際へ追いやられる。
光の灯っていない瞳が、私の腹部に縫い付けられたようにして視線を向ける。
「ルナちゃんの小さな小さな身体に詰まった五臓六腑からは、どんな味がするのかなぁ…?」
「えっと、そんなにお腹空いたなら厨房に…」
「マトモな食べ物は、もう無い」
「え…?」
「侵入者共が、多分新手の黒魔術で…食料を消しちゃった」
ライトグレーの瞳に涙が溜まって溢れ、つぅーっと、頬から顎の下まで流れ落ちる。
「おなかすいたよぉ…!!」
「ルナ様ッ!」
「今日はまだ何も持ってない、でッ?!!」
前髪からポタリ、と鉄臭い雫が垂れた。
頭上から生えた右耳が、燃えるように痛い。
視線を目の前へ戻すと、もっちゃもちゃと口を動かす笑顔のグーラくんと、顔面蒼白の三名の先輩方…
「ウギィェアアアッー!!?」
「「「ルナ様ッー!!」」」
その後の私と先輩方の行動力と結束力は、凄まじかった。
ノース様が謎袋を小脇に抱えて尋問部屋へ。
サウス様に再生ポーションを頭部に掛けられ。
イースト様は食料庫へ駆けて。
私は痛む右耳を押さえながら厨房に走り出した。
〜〜〜〜〜
冬支度用の食料庫で食べ物を探そうとする私とサウス様の元へと、バタバタと音を立てることも構わずにイースト様が扉を開けてやって来る。
「イーストッ!」
「駄目です、サウス姉様!使用人の館の食料も奪われていました!」
「そうでしたかッ…ノース姉様の方はっ?!」
「別室にて問いただしてはいますが、未だにアイテムポーチ一つすら見つかりません!」
「だそうですが…本当に、これらでグーラ様は満たせるのでしょうか?」
目の前には、とある大型魔道具の褒美でスペルビア様より大量に頂いた様々な和菓子の原材料である、麦の束に餅米や大豆や小豆やらだけ。
他に残っている物と言えば、倉庫ひとつの砂糖の山と、他の極一般的な量の調味料だけだ。
「他には…なにか無いでしょうか?」
「その…ルナ様の畑には野草が生い茂っていますが、グーラ様曰く『甘いものの気分』らしく…」
「甘いからと言って、砂糖を出す訳にもいきませんし…」
「じゃあ、作りますか!」
作る、と簡単に言うと、サウス様とイースト様が残念なものを見る表情をされる。
…齧られどころが悪かったとは、うまい事を言ったつもりなのだろうか?
早速向かうは尋問部屋。
危険だと言いつつも眉を八の字にして通そうとしてくれない騎士団の先輩方には後で、ノース様や騎士団長様からお叱りが飛ぶのは申し訳ないけど、右のなにやら騒がしい尋問部屋へと強行突破した。
〜〜〜〜〜
「見た事の無い暗器ばかりですが、グーラ様が手こずる程の戦闘力は無いようですね?」
「其方さんこそ、素手で剣に真っ向勝負とか狂ってるだろ…!」
ノース様が侵入者を取り押さえて、組み伏せている。
しかしノース様は珍しく、無表情で淡々と毒を吐いて、青年の方は肩を上下させ荒い息を吐きながらも反抗的な瞳をギラギラと光らせる。
「ルナ様?!此処は危険ですッ!」
「…ルナ?」
コレは…そういうプレイ…?
「引き続きお楽しみ下さい。お邪魔しました…」
「違いますッ!誤解ですッ!!」
「なんだ、違うんですか…」
「そんな趣向は持ち合わせておりませんッ!」
「…アンタはなんでちょっと、残念そうなんだよ」
相変わらず疑り深い所のある幼馴染に、もう確信しているだろう所へ事実を突き刺すか。
「ショウが楽しそうだったから」
「ーーッ!」
まるで道に迷い親と逸れてしまった幼子のように、ぽろぽろと溢れる涙を拭いもせずに、拘束を解かれている鈍い幼馴染に、困ったように笑ってしまう。
「私だけ一人救われてショウ達を置いて行ったのも、救い出しに向かわなかったのも私が悪い」
「そんなことッ…!」
「でも、私を思っての行動だとしても、今回はやり過ぎだから…労働力としてガンガン使うからね?」
「…あぁ!」
〜〜〜〜〜
目立ちたく無い学校時代に培った、気配と同化する力で隣の尋問部屋にスルリと入室。
瞬間、視線が合ったアンズちゃんは自然と窓の外へ顔を背けた。
「ルナっちを…返して」
「今更態度を変えようが、厳罰が軽くなる事はない」
「いやぁ、それがあるんですよ」
「なっ!?ルナ、さ…ま…?」
対魔獣用催眠スプレーを振り返った騎士団の先輩の顔面に勢いよく発射すると、二秒と持たずに倒れ伏した。
「えっと、久しぶり…アンズちゃん?」
「ルナっち〜ッ!!」
ーーガチャン!
「「え?」」
私の右手首にはショウを繋ぎ、左手首にはアンズちゃんをお手製の魔力封じの手枷で繋ぐ。
「この場に置いて、主人であるスペルビア様や次に発言力のあるブルーム様は不在。なので、ショウとアンズちゃんの殺生与奪権は一時的に、私が労働力として引き受けます」
「ルナ様?今はグーラ様が…」
「小さな侵入者達は幸いにもまだ罪人と言うには余りにも幼いですし、私の手足として働けばグーラ様のご機嫌も良くなります」
「ですがそれでは下の者に示しが…」
うむむむ…中々に頑固だなぁ。
「…ではこの際、人族領から逃れて来た奴隷として扱いましょう」
「「「えぇ…?」」」
困惑する先輩達を前に、一瞬だけ目を瞑り、書物庫にあった魔族領での法律を思い出す。
「魔族領内での奴隷や孤児の買い取りは法律上は可能ですよね?そして個体によっての価格はピンキリですが…この程度の魔力保持量でしたら、種族問わず一人につき金貨一枚もあれば十分だと記憶していますが?」
「…適正価格だと思われます」
サウス様が頷き言ったことを確認して、ポーチからいざという時の為に貯めていた金貨を、全員に見えるようにして取り出す。
「では、前払いで金貨二枚。スペルビア様の説得に成功致しましたら、この件に携わった方全員に金貨一枚を支払わせて頂きます」
「「「…仰せのままに」」」
私は腐れ縁な幼馴染と自称親友を、金貨で買い取った。
お読み頂きありがとうございます!
今年は定期的に投稿をしたい!




