第十四話 遂に
遅れてました。
前で結ぶ形状にしてもらったコルセットを程良く締め、スカートタイプのペチコートを履き、オーバーニーハイソックスをぐいっと上げた。
因みに言っておくと、このコルセットは医療目的の物ではなく姿勢とスタイルをよく見せる為の女性用下着で、ペチコートは肌触りの良い下履きでありスカートが肌にまとわりつくのを抑える物。
そしてこの長い靴下…ではなく、黒のオーバーニーハイソックスは程良い伸縮性があり、サイズも自動でピッタリと合う魔術の掛かっている高級品だ。
最初に説明をされた時は、記憶力に自信のある私でも何度も聞き直したし、一度では覚え切れなかった。
閑話休題。
その上から肩部分のみ膨らんでいる黒いワンピースの長袖に腕を通し、胸元のボタンを留めて、足首まで隠すスカートの尾骶骨の辺りの部分に開いた穴から、ぴょこんと尻尾を出す。
このワンピースでは、アーチ状の襟周りと袖口だけが白い布になっており、シワにならないよう丁寧に最初の折り目をつけた。
肩紐と裾部分に主張しすぎない程度のフリルが縫い付けられた上品なエプロンを纏って、腰の後ろの尻尾の上辺りでリボン結びにすれば、完璧…だと言いたいが。
姿見の前でクルリと回って確認しても、どれだけ神秘的な純白のゆるふわロングでウサ耳と同じく純白のポンポンのような尻尾があったとしても、このままでは頭部や胸元の飾りが少々物足りなく、寂しい印象を受ける。
だけれども、私は侍女のお仕着せの事をメイド服と一概に纏めて考えていたような、生半可な知識しかないので、今までもお世話になっている身近な先輩方の身だしなみと所作を思い出す。
…と、言っても。
スペルビア様の居城での制服などは特に定まっておらず、親衛隊の中でも魔鉄製の軽鎧の騎士団や、深緑のローブの魔道士団が、自陣の士気向上と互いとの区別化でお揃いにこだわっているだけで、スペルビア様は一切関与していないそうだ。
なので、行儀見習いで働いている先輩達のお仕着せにも、かなり個性が溢れている。
ノース先輩は動き易さ重視で、膝丈の長さのお仕着せの下に履いているパンツタイプの下履きをいつも見ている気がするので、論外だ。
サウス先輩は性格の通りというか、足首までを隠す長さのお仕着せだが、動きを意識して観察しようとしても、床を滑るように歩いて行ってしまうので参考にはできないというか、真似が出来ない。
イースト先輩はパニエを履き膨らんだスカートでふわふわと動き回る様はまさに貴族令嬢といった様子で大変微笑ましく見てしまうので目の保養だけれども、動きのキレは群を抜いている。
だけれどよくよく考えたら、その三名の先輩方は姉妹だからか、お揃いの紅玉の様なブローチを付けていた。
…胸元の飾りは後で考えて作った方が効率がいいから、今はリボンでも結んで誤魔化しておくとして。
下準備としてボリューム感のある髪を、編み込みぐるりと巻いて纏め、視界をスッキリとさせた。
鏡でも確認したが、低めな位置のお団子は主張し過ぎず、侍女としてなら我ながら良い出来栄えだと言えるだろう。
そしてやはり、メイドさんといえば、あのフリルのついたブリムだろう!
私の髪色は透けるような純白なので、生成色はかなり目立ちにくいかもしれないが、ここは王道のホワイトブリムを作ってみようと思う。
当然の如くカチューシャのように便利な頭部用の留め具など、この世界には存在しないので。
事前に貰って置いた余りの紐に、同じく余りの布で自分でフリルを付け、お団子の下で紐を結んだ。
クローゼットの扉の内側に備え付けられた姿見の前で、練習し続けやっとそれっぽくなったカーテシーをして、ついついにやけてしまった表情を慌てて戻す。
これで今度こそ、密かに思い描いていた新天地での私になれたはずだ。
今日から、スペルビア様の専属侍女としての教育が始まる。
それに偶然にも今日から数日間、スペルビア様は魔族領内の自領の視察へ行かれていて留守なので、先輩方の教育の吸収率を見定めて頂くにはこれ以上ない絶好の機会である。
我が主人が私を求め、獅子が子を崖下に落とすようにしてみせるのなら。
「どこまでもついて行く覚悟はあると、証明してみせる…!」
万が一、トラブルに遭っても余裕が持てるように、念入りにいつもの倍以上の荷物をポーチへ入れてしまったが、魔法により生み出された無制限にも近い許容量を誇る異空間へのアクセスキーとなっているポーチの重量は変わらない。
緩みかけた頬を軽く叩き気合いを入れて、ドアノブに手を掛ける。
〜〜〜〜〜
扉を開けて早々。
視界に入ったのは、いつにも増して笑顔が光り輝いているグーラくんと、講師役を引き受けて下さった先輩方にーー
「ルナちゃ〜んっ、おはよう!」
「「「おはようございます、ルナ様」」」
ーー彼と彼女達の足元で釣り上げられた魚かのように体を床に打ちつけて抵抗する、私と大差無い大きさの、動く麻袋に入った…ナニカ。
「…おはようございます、グーラ様。ノース様、サウス様、イースト様も朝早くからお疲れ様です」
「ルナちゃんってば、僕には言葉遣いを改めなくていいって言ったのに〜!」
「…そうだったね、グーラくん」
やっ、べぇ…!!
一瞬思考を放棄し掛けたんだが?
というか流石に、ここまでのトラブルまでは予想出来てないんですけど?!
いや、これも専属侍女の抜き打ちテストの一環なのか…?
…うん、そうに違いない。
そうであって欲しいという気持ちが大きいだけかもしれないが。
「えぇっと…状況把握の為、説明をして頂いても…?」
とにかく情報が欲しいことに変わりはないので、困惑の滲み出た声色で先輩方にヘルプを求める、が。
「この不埒者共の処遇は如何致しましょうか?」
「更に申し上げますと、正確にはただの不埒者共ではなく人族の手練れの侵入者です」
「不可解な事に魔力量だけは魔族の平均値を上回っていた為、偶然にも私の固有魔法により察知し私達は駆けつけたのですが、既にその時にはグーラ様により捕縛されておりました」
具体的且つ丁寧に説明されたのに、偏った情報しか入ってこない。
これは、グーラくん本人に聞けってことかぁ…
「グーラくんに、今に至るまでの経緯を聞いてもいい?それと、そこの危ない人族さんには聞かれないかな?」
「僭越ながら。魔法障壁により防音や抵抗不可等の効果も掛けましたので、差し当たり問題は無いかと思われます」
「サウスの言う通り、外からも内からも干渉できるのは魔法を掛け今も記録を記しているイーストと、グーラ様だけでしょう」
「姉様方に同じ意見です…ただ」
「ルナちゃんのファミリーネームは?」
普段からはっきりとした物言いをして下さるイースト様が、張り詰めた空気の中で言葉を口にしようとしたのを遮るようにして、グーラくんが突拍子もない話題を振ってくる。
しかしその瞳は真剣そのもので、答えなくてはいけないと感じさせた。
「ウサミ、だよ」
「あぁ…マジかぁ」
「そんなッ!」
片方は心底気怠そうに、もう片方は酷く混乱して、思いを溢す。
秋風荒ぶ、城主の居ない城での一悶着の始まりだった。
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