第十一話 いっぱいです
後片付けは、幼い頃から幾度もして慣れている。
自室として与えられた部屋と作業部屋として使っていた部屋はすっかり元通りだ。
…あとは、スペルビア様に借りていた魔法陣の描かれたスクロールと少しばかり残った魔石を返却すれば終わり。
「思っていたより、短かったなぁ…」
喜怒哀楽をこの場所で味わえた。
だが、感慨深いものはあっても、涙は出ない。
泣けない訳でも、吐き出すのが下手な訳でも、きっとそうではない。
…私もやっぱり、薄情だな。
ーートントンッ。
「ルナ様。お時間ですので、謁見の間まで御案内致します」
「…はい」
*****
ブルーム様の後ろに続いて歩く。
そして、謁見の間の扉が左右に開かれた瞬間だった。
ーーパンッ!!
何かの破裂音、そしてーー
「ルナちゃん、おめでとうっ!!」
「グーラっ!ルナは儂と祝杯を交わすのじゃ!」
「ルナ様、おめでとうございます」
「「「ルナ様っ、おめでとうございますッ!!」」」
ーー祝福の言葉があった。
…これから近くの魔物の領域にでもポイ捨てされる心持ちだった為、状況がよく理解できない。
「まだ正式な任命式は後日じゃが、ルナも今日くらいは飲んで歌って踊り明かすといいっ!」
「…あの、私は廃棄されるのでは…?」
「何故そうなるのじゃッ?!」
「あっははぁ〜!スペルビアちゃんってばひど〜い!」
ぷはぁと、生ぬるくて酒くさい息が掛かって、つい顔を顰める。
「誰ですか?グーラくんにお酒を与えたのは…」
「まだ飲むもん〜!」
「今日はルナのための身内パーリーナイトだからいいじゃろ!」
「前々から思っていたんですけど、スペルビア様はそういう言葉をどこで覚えてくるんですか…うわにがっ」
グーラくんの持っていたグラスを奪い取って、中身を飲み干して返す。
前に一度、料理に使うワインの試飲を頼んだら、モザイク必須のキラキラを後片付けする羽目になったからだ。
「というか…私の為のパーティ?」
「はい。ルナ様は史上初となる、スペルビア様の専属侍女に任命されましたので」
「あっ、はい…えっ?」
「此度は誠におめでとうございます」
「ありがとうございます…?」
ブルームさんに花束を差し出されたので受け取り、今の言葉を脳内再生して…硬直する。
「…えっと、私如きが、スペルビア様の専属侍女…?」
「こんなにプリチーな主君は他に居るまい。もっと誇っても良いのじゃぞ?」
えっへんとドヤ顔でジリジリと詰め寄って来るが、困惑でキャパオーバーな頭では押し返す事もできずに後退して、背中に壁がポフッと当たる。
「そんなにスペルビアちゃんが嫌なら、僕でもいいんだよ?」
訂正。
やけにモフモフ感のある緩衝材が間にあると思ったら、それは壁ではなくグーラくんの胸板だった。
しかも彼は今、酔っていて、力加減がいつも以上に制御できない。
当然逃げようとするが、目の前にはスペルビア様がいて、右は布の掛かった大きな何かが邪魔をしていて、左は壁があり、気が付けば脇の下を潜ってガッツリホールドされ、足が宙に浮いていた。
「つっかまえたぁ〜!あむっ!」
「ギィェアッー!!?」
「ルナちゃん…僕のぉ…」
「ギブギブギブギブッ!!」
「何を言うか!いくらグーラでもルナは譲らんっ!儂のじゃぞ?!」
「両耳はムリッ!千切れるッ!!」
「スペルビア様、グーラ様。ルナ様の顔色が悪いのでそろそろ解放して下さいませ」
〜〜〜〜〜
「「ごめんなしゃい」」
「魔王様二人に謝られても困るのですが…」
幼女とショタに抱きつかれながら言われると、見た目的に私が悪いサイドに見えるんだよなぁ。
そう考えると、より許したいように計算して泣いているのかとまで疑ってしまう。
「許してはくれぬか…?」
「ルナちゃん、ごめんね…!」
「…今回は、特別ですからね?」
やっぱりこんな可愛くて尊い存在の言うことを無碍にはできないよね!
「そうじゃ!詫びの品は後日送るとして。ルナの服を仕立て上げたのじゃが、着てみてはくれぬか?」
「でも、服なら今着ているものがありますよ?」
「今回は、特別版じゃぞ!」
そう言ってスペルビア様は私のスカートの端を引いて私ごと移動し、壁際の大きな何かに掛かっていた布を勢いよく捲った。
…そこには、クラシカルなデザインのエプロンワンピースがあった。
いわゆる、ロングスカートメイドワンピである。
「…このお洋服を、スペルビア様が私に?」
「そうじゃぞ、儂自らが布地選びからレースのひとつひとつまで全て一人で仕立てたのじゃ!…まぁ、初めて服を仕立てたものな上、デザインもこだわりを持って仕立て上げた故に、予想以上の時間も手間も掛かったのじゃ」
「仕立てたって、全てですか?」
「まぁ、ブローチに使った御守り兼飾りの魔石は、ルナ自身に製作依頼を出したがの…それ以外は完全オリジナルじゃ!素人なりに凝ってみた感じなのじゃが、気に入ってはくれたかの…?」
「もちろんです。でも、一体いつの間に…!」
もしかして…!
上半身だけ振り返ると同時に、まだ腰にくっついているグーラくんが顔を背けた。
そういえば最近は、何か事あるごとにグーラくんから腕を回して抱擁されては、謎の数字を呟いて帰って行ったが…サイズの確認だったのか…
「では、スペルビア様がここ最近忙しかったのは、この服が理由がなのですか?」
「なんじゃ、もう気付かれてしもうたか…なんだかこそばゆいのぅ」
頬を朱に染めたスペルビア様は、正面から抱きついて胸元に顔を埋めてきた。
非常に尊いし、前から吸っては吐いてと、温かな息遣いを感じて…愛狂おしい。
…初めて知ったかもしれない。
幸せって、苦しいのにそれ以上に嬉しい気持ちがあるから、みんな渇望するんだ。
*****
一方その頃、魔族領と人族領の狭間。
魔物の領域と隣接した、とある魔王の居城では。
「グーラちゃんの家に、侵入者ですって?」
伝令兵からの報告を険しい顔で聞く王たる実力者がいた。
「もういいわ、下がりなさい」
その者は伝令兵が退出した後、転移魔法を使い、暴食の魔王の寝ぐらに飛ぶ。
そこには荒らされた焚き火跡があり、残された魔力痕は五種類。
「まだ新しい魔力の匂いがする…それも、こんな魔境に人間の匂いまで。匂いに釣られたレッサーボアが荒らしたのかしら…?」
思案顔を浮かべた後、次の瞬間には転移魔法陣を構築し、再使用可能まであと数分はあった。
「魔法陣の構築速度がどれだけ早くても…クールタイムに阻まれるのよね…」
嗚呼、今日もあの傲慢な王が憎い。
生まれながらの実力者が。
苦労も知らぬ甘えた根性が。
「ホントに、妬ましいわ」
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