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おつきさま  作者: パステル
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第十話 月のウサギ

 最初から気に食わなかった。


 金色の淡い光を放つ白い大楯を持ち、呑気にあくびをするウサギが。

 全魔族の憧れであられる我が主君、スペルビア様に珍しいからと言うだけで拾われたウサギが。

 我が主君とはまた違った意味合いの、男ならば一度は夢見るSランク冒険者となり、たった一人で魔物の領域から溢れ出るスタンピードを喰らい尽くした暴食の王を、今のような骨無しにしてしまったウサギが。


 妬みはやがて憎悪となり、廊下から見えた頭ひとつ分飛び出た白い耳を許せなくて、衝動的にメンバーを振り切ってまで決闘を申し込んだ。

 近くまで着いて来る度胸があるのはルーツだけで、他のメンバーは完全に傍観者に徹するようだ。


 どうせ基礎魔法すら扱えないで戦闘力もない逃げ腰のウサギの事だから、スペルビア様に泣きつくと思っていたし、あわよくばそのまま見放されればいいと願っていた。


 だが、目の前で大楯を構え攻撃を耐えると願い出るとは、思ってもいない収穫だった。

 今こそ魔の真髄を弱者の集まりに見せつけ、余計な思想を振り払う時だ。


 俺は、目の前に垂らされた餌に繋がる糸ごと喰い千切る。

 そして我が主君へその首を捧げる為、魔力を補充済みの特大の魔石を付けた杖を掲げて、魔法陣を構築し終えた。



「魔道士団が第二部隊長、濃霧のクラウド…いざ参る!」



 *****



 男性は自己紹介を言い終えるや否や、特大の火球を次々と放った。

 火球はカーブしたりする魔球な訳もなく、ただ真っ直ぐに私目掛けて飛んでくる。

 一発のコスパが悪く単調でつまらない初撃だと思いながらも、当然火傷は御免だし少しでも多くデータが欲しいので、大楯を構えて視界の前方を塞ぐ。


 数瞬後、打つかる直前だった火球の中の幾つかが風の刃で切り裂かれ、熱風となって大楯だけでは防ぎ切れなかった身体の左右と背面を、ジリジリと焼くように撫でていく。

 感覚としては、真夏の日焼けみたいな感覚だ。


 事前にブルーム様に、対戦闘用のバリアを張って頂いていなければ、修練場のあちこちが修理しなければいけなくなっていただろう。

 後先考えないで行動するのは、それだけの実力と権力が見合わなければただの迷惑行為以外の何でもない。


 男性の考えが理解できず頭が痛くなり、そっと息を吐いた刹那ーー


「やっぱりなッ!」


 ーー遥か頭上から降ってきた声を頭上の耳の聴覚がキャッチする。


 火球や他の魔法の残りを警戒しつつ、声の発生源へ視線も向ければ、風魔法らしき緑の光を身体に纏い跳躍している人影があり火球の通らなかった焼け焦げていない地面のある安全地帯ーー私の真後ろの逃亡経路へ向けて落下してくる最中だった。


 おそらく戦闘不足の私が機敏に魔法へ対処出来ず、大楯を振り抜けなかった状態を予想しての奇襲なのだろうが、既に特製大楯のメイン機能により火球の魔力データを余す事なく数値化し終えていた。

 それに、相手が察知できるように声を発しての攻撃は、対策可能な距離であれば最早奇襲かどうかも怪しいだろう。


 何よりーー


「速い方なのかな」


 ーー日々繰り広げているグーラくんとの追いかけっこに比べれば、全てが劣る。


 くるりとその場から動きはせずに振り返り、大楯の角度を変えて着地地点をずらして差し上げれば、男性は杖の石突で大楯に一点集中の一撃を与えられずに、バランスを崩しながらも新たな魔法陣を構築し体制を直し始める。


 しかしそれは、私が反撃しないという状況下だからこそ使える戦法で、実践では到底役に立つ訳が無い。

 …このレベルで部隊長を任されるというのが本当ならば、魔道士団の内部はかなり人員不足なのだろうか?


「濃霧ッ!」

「…おっと」


 大楯の影から男性のいたであろう場所を見ると、確かに言葉の通り辺りは濃霧に包まれていた。

 考えに没頭して周囲の様子を忘れるというのは、改善すべき私の悪い癖だね。


「…何も見えない」


 というか、大楯が攻撃の威力を数値化してくれているお陰でわかったが、この濃霧というのはただ視界を奪うだけではなく、継続してそれこそ意識しなければわからない微量なダメージを広範囲にばら撒く技だ。

 視界を潰し、大多数の敵に継続ダメージを与え続ける為、人間の五感はもう当てには出来ない。


 気配を感じた逆方向へ試しに半歩進む。


 ーーヒュンッ!


 予想よりも早く風の刃が私の居た場所を切り裂き、伸ばしたままの髪の毛先が一束切り落とされた。

 頼れるのは、己の魔族としての聴覚と瞬発力ぐらいだろうか…


「これは…時間切れ待ちかなぁ」


 そういえばどれくらいの時間が過ぎたのだろうか?

 聴覚頼りで避けながら懐中時計を見れば、残り十秒を切っていた。

 データ収集としては収穫はイマイチだが、この様子なら全て避けきって勝負には勝てるか。


 だからこその、油断だった。



「電流撃ッ!!」


 右斜め前からの杖の一撃が脚に掠り、身体が硬直したまま脚が重りを付けられたように鈍って動かない。

 肌に染み入った空気中の水分も、計算の内だったのだろう。


 これは、真剣勝負だった。


「もらったッ!」

「ーーっ!」


 大した悔いはないが、負ける。

 そうすれば私は、また…




 だが、最後の一撃は私には当たらずに乱入してきた何者かによって止められた。



「儂の所有物に、何をしている」

「俺様の獲物を掻っ攫おうとするとは…いい度胸してんなぁ?」


 魔王を見た。

 比喩などではなく、本物の魔王がその背を私に見せていた。


「双方に追って罰を言い渡す。それまでは謹慎処分とする」

「…そっかぁ…じゃあルナちゃんは、僕とお部屋に帰ろうね?」

「私もお供致します」

「えぇ〜、ブルームはあっちを連れてってよ」

「ルーツが適任だろう…あと、儂も着いてく」

「ぁ、ぅ…」


 身体から力が抜けて、腰が抜けてしまった。

 モブには荷が重かった。



 *****



 轟々と燃え盛る瓦礫の跡地を、二つの影がゆっくりと歩いている。


「ルナ、仇は討ち取った」

「もうすぐ会えるね、ルナっち…」


 虚ろな眼で二人は夜空に浮かぶ満月へ手を伸ばす。

 だがまだその手は、届かない。

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