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たらこのホラー小説作品集

隣の部屋の配信者が一晩中ゲーム実況しててうざいので、ラジオアプリで騒音を垂れ流してみた

 皆様はyoutubeはご覧になられるでしょうか?

 いろんな人がいて面白いですよね。


 動画サイトが一般的になった昨今では、誰もが配信者として活躍できる時代になりました。場合によっては収益を上げることもできますし、副業として続けている人もいるかと思います。


 もしかしたら人気者になって大活躍できるかもしれない。

 動画配信サービスはそんな夢を多くの人に与えてくれます。


 しかし、全ての人が人気者になれるとは限りません。

 どんなに手を尽くしても鳴かず飛ばずで配信をやめてしまう人も多いのではないでしょうか。


 再生数を稼ぐのは思った以上に難しく、過激なことを始める人も中にはいます。下手に成功すると、よりエスカレートしてさらに過激になり、歯止めが効かなくなってしまう。

 最悪、事件に発展するケースもあります。


 今回は、そんな配信者が集合住宅の隣に住んでいたら、というお話です。






 ――201×年――


 俺には悩みがある。

 隣の部屋に住んでいる奴がうるさいのだ。


 夜中に独り言をしゃべっていて、それが壁を通して俺の部屋まで聞こえてくる。

 かなり大きな声で普通にうるさい。


 奇声を上げたかと思うと、一人で大笑い。

 そして突然ブチ切れる。

 情緒不安定かつテンション高め。

 いったい誰と話しているのか。


 時間も深夜0時を回ったころから朝方までと、夜中ずっとしゃべっている感じだ。


 あまりにうるさいので耳栓を買ったのだが、それでもやはり気になってしまう。

 どうにかして対策出来ないものかと、大学の友人に相談してみることにした。


「ふむふむ、それはおそらく、配信者でござるなぁ」


 人差し指で眼鏡をくいッとしながら、デブの友人が言う。


 彼の名前はジロー。

 常にチェック柄のシャツとだぼだぼのジーパンという、古いタイプのオタクなファッションを好んでいる。

 こう見えてスポーツもできるし、話も面白い。

 ギャップがスゴイキャラである。


「配信者?」

「動画配信サイトで生放送ができるでござる。

 ゲームのプレイ映像をリアルタイムで配信して、

 世界中の色んな人と繋がれるでござる」

「へー」


 なんでも、ゲームをやっている様子などを配信すると、視聴者からコメントがもらえるらしい。素人の番組なんて見て面白いのかと疑問に感じたが、世間では一般的になりつつあるという。


「ちなみに、管理会社へ連絡は?」

「したよ、もちろん。

 他の住人にもうるさくないか聞いた。

 だけど……」


 俺が住んでいるのはオンボロアパート。

 管理会社もいい加減でまともに対応しない。

 注意しましたーって連絡がきただけだ。


 他の住人たちはお年寄りばかりで、耳が遠いのか気にならないみたいだ。

 抗議しているのは俺だけらしい。


「ふううむ……八方塞がりですなぁ。

 その配信者の特定はできているでござるか?」

「え? いや……」


 そもそも配信者なんて言葉を初めて知ったので、特定なんてできているはずがない。

 そのことを伝えるとジローは録音して来いと言う。


 ううむ……面倒だが仕方ないか。


 俺はさっそく機材を購入し、夜中の間ずっとしゃべっている隣人の声を録音。

 再び大学でジローと会い、その音を聞かせる。


「うわぁ……うわぁ……」


 ドン引きするジロー。

 こいつが引くとかよっぽどだと思う。


「な、酷いだろ?」

「心中察するでござる。

 これが一晩中だときついですなぁ」

「特定できそうか?」

「ううむ……配信者なんて星の数ほどいるでござるからなぁ。

 当人と話してチャンネルを特定した方が早いでござる」

「直接かぁ……」


 さすがに直接対決となると、ちょっと怖い。

 隣に住んでいるのに、今まで一度も会ったことがないのだ。


 それに……変に絡んだりしたら、何をされるか分からない。


「まっ、特定については拙者も動いてみるでござる」

「なぁ……そんなことして、意味があるのか?」

「配信をやめさせれば、この問題は解決するでござる。

 アカウントが分かればやりようはいくらでも」


 自信満々に言うジロー。

 こう見えてかなり有能な男なので、期待はしている。


 しかし……特定するまで時間がかかりそうだな。

 その間、ずっと我慢しなきゃいけないと思うとストレスだ。


 他に何かできることはないだろうか?



 ×〇〇〇〇



 俺は大学の傍にある個人経営の中古ショップへ行って、機材一式を購入。

 粘り強く交渉したら割り引いてくれた。


 PCを立ち上げ、マイクを接続。

 あらかじめ取得しておいたアカウントで放送を始めた。


 スマートフォンでチェックすると、俺の部屋の音声がライブ配信されている。

 これで準備完了だ。


 俺は隣人が垂れ流す騒音をラジオアプリで生配信することにしたのだ。


 と言っても、ノウハウがあるわけではないので、特に何もしない。

 ただ垂れ流すだけ。


 俺は耳栓をして、市販のかなり強い薬を服用。

 一晩中ぐっすりと眠り、隣人の騒音を垂れ流す。

 同時に録音もしておき、データはジロウのところへ。


 しばらくこの生活を続けていると、ある変化が起きた。


『隣人がこんなのとか、自〇してもおかしくないだろ。

 配信主さんは大変だろうなぁ』


 初めてコメントがもらえた。

 自分が何かしたわけではないが、ちょっと嬉しい。


『隣人くっそうざいなwwwww』

『〇されても文句言えないだろ、これ』

『隣人は間違いなく陰キャ童貞w』


 いくつか寄せられたコメントは、どれもが俺に共感してくれるものだった。


 読むのが楽しくてついつい夜更かししてしまい、配信のコメント確認が日課となった。


 その生活が続くこと、かれこれ一か月。


 俺の配信には数十人の人が訪れるようになる。

 彼らは常に俺の味方をしてくれて、気遣いや共感の言葉をなげかけてくれる。少しでも感謝の気持ちを伝えたいと思い、コメントへの返事をすることにした。


 すると、とあるコメントが目についた。


『主って陰キャ? だとしたらとりあえず髪切って来い。いっそのこと金髪にしてみたら? ピアスとかしたら隣人ビビるかもね』


 確かにその通りかもしれない。

 容姿を変えれば、隣人をけん制する手段になるのでは?


 翌日、俺は近所の美容室で散髪して色を染めた。

 バイトはしていたが、接客ではないので金髪にしても問題ない。

 ついでにピアス穴もあけることにした。


「おっ……思い切りましたなぁ」


 俺の容姿を見てビビるジロー。


「いや、こうすれば隣人がビビると思って」

「誰かに変なことを吹き込まれたでござるか?」

「それがさぁ」


 俺は隣人の配信を垂れ流し放送していて、寄せられたコメントを参考にしたことを伝える。


「ううむ……あまり感心しませんぞ」

「どうして?」

「コメントの言うとおりにしていたら、

 気づかないうちに操り人形になるかもしれないでござる」


 確かに、ジローの言う通りだ。

 なんでも従っていたらリスナーのオモチャになる。


「ありがとう、気を付けるよ」

「特定作業を進めているでござるが、

 件の放送は全く見つからないでござる。

 よっぽどマイナーな配信者みたいで」

「そうか……」


 ジローでも見つけられないとなると、よっぽど人気がないんだな。

 俺の放送の方が人を集めてるんじゃないか?



 ××〇〇〇



 すでに配信は俺にとって生活の一部になっていた。


 届いたコメントにお礼を言いつつ、配信が盛り上がるようにトークを頑張る。

 といっても酒を飲みながら適当に話すだけ。


 特に何か特別なことをする必要はない。

 なぜなら――



『ぶつぶつぶつ……』



 隣の奴が勝手にコンテンツを垂れ流してくれるからな。


 隣人からの騒音に悩まされている趣旨の放送なので、それだけで見に来てくれる人もいる。

 俺が雑談しながら酒を飲んで返信をすると、常連たちは色んな話題を振ってくれた。話せば話すほど、人が集まって来る。


 これが配信者としての楽しみ方なんだろうな。


 ぼんやりとそんなことを思っていると、とあるコメントが目につく。


『もしかして同じ大学のひと? 会いませんか?』


 いや……どうなんだこれ。


 配信を初めてからネットに詳しくなった俺は、この手の人を騙す行為が横行していることを知っていた。なのでこのコメントも俺を騙して釣り上げるための嘘かと思ったのだが……。


「会いましょうか、明日」


 俺はオファーを受けることにした。


 はやし立てるコメントが殺到。

 中には本気で騙されるのではと心配してくれる人もいた。


 まぁ……騙されたら、騙されたでいいだろ。

 別に自分がネタにされても構わない。


 俺だって同じことをしているわけだから。



 ×××〇〇



 翌日。

 待ち合わせの場所へ行くと、女の子が話しかけてきた。


「あの……騒音放送の……」

「ああ、俺です。俺」

「よかったぁ! 本当にいたんだぁ!」

「あはは。どうも」


 女の子は嬉しそうに両手を合わせる。

 ちょっとかわいいなって思った。


 白いブラウスにカーディガン。

 ゆったりしたスカート。

 ベレー帽をかぶっている。


 ゆるふわな見た目だなぁと思って見ていたら、恥ずかしいからじろじろ見ないでと怒られてしまった。


「あの……この後、どうします?」

「え? ああ……講義さぼって遊びに行こうか」

「え? いいんですか⁉ やったー!」


 彼女は両手を上げて大げさに喜ぶ。

 どうやら有名人とお近づきになれたのが嬉しかったらしい。


 俺の配信はそれなりに人を集めているが、そこまで大きな規模にまで育っていない。配信者としてはまだまだ弱小。

 有名人と言われても違和感がある。


 まぁ……喜んでいるからいいか。


 俺は深く考えず、彼女とデートに行くことにした。

 ちなみに名前はエミと言う。


 それから何度か顔を合わせるようになり、こちらから告白して交際がスタート。

 なぁなぁな関係だけど楽しかった。


 エミが自分も配信に出たいと言うので、家へ呼ぶことにした。リスナーになんて言われるか分からなかったが、概ね好意的な反応が返って来てホッとする。


 彼女は俺の家に入り浸るようになり、夜中は仲良く二人で配信をするようになった。


 アロマキャンドルだの、アジアンテイストな小物だの、勝手に持ち込んで置いて行くのだが、好きにさせておいた。


 彼女が持ち込んだもので一番高価だったのは、海外から輸入した特殊な傘。

 なんでも銃弾も刃物も防いで、炎からも身を守ってくれるらしい。相当高かったらしいが、いつ役に立つのか不明。玄関に放置している。


 エミと一緒に配信を続けていると、事件が起こった。


 その日も二人で酒を飲みながらリスナーのコメントに返事をしていたのだが――




 どんっ。




 壁から鈍い音が聞こえる。

 これは――


『壁ドンキターーーーーー!』

『ついに来たかw』

『直接対決くるー----⁉』


 コメントが盛り上がる。


 今の音は隣人が壁を叩いた音だろう。

 確かさっきまでそっちでも配信をしていたと思うが……。


「どっ、どうしよう」


 エミが不安そうに抱き着いて来る。


「大丈夫だ、どうせ何もしてこない」

「でっ、でも……」

「分かった、謝りに行ってくるよ」

「ええっ……」


 俺はエミを残して隣の部屋へ。



 ぴんぽーん。



 チャイムを鳴らして隣人が出てくるのを待つ。

 しかし……反応はなかった。


 それからしばらく、何度かチャイムを押して反応を待つが、声一つかえって来ない。


 ううむ……ダメだな。

 リスナーがしらけちゃうぞ、これ。


 俺は部屋へと戻ってエミとリスナーに状況を説明。

 なんの成果も出せなかったことを謝罪する。


『こっちからもやりかえそう』

『壁殴りながら謝るのどう?』

『謝罪の一万回壁ドンはよ!』


 報復を煽るコメントが殺到。

 やり返せ、やり返せの大合唱。


 まさか本当にやり返すわけにはいかないので、リスナーを落ち着けようと二人でしゃべり続ける。

 無言でいたらしらけそうで怖かった。

 


 どんっ……どんっ。どん!



 再び隣室から何かを叩くような音。

 しかも今度は立て続けに三回。


『追撃キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』

『フルコンボだドンwwwwwww』

『主の配信で隣人の怒りが有頂天!』


 壁ドンされるたびに盛り上がるリスナー。

 俺は再び隣室へ赴いてチャイムを鳴らす。


 しかし……結局、隣人が姿を現すことはなかった。



 ××××〇



「まずいでござるよ」


 大学で久しぶりに会ったジローが真剣な顔で呼び止めて来た。


「なにがだよ?」

「このままだと、何が起こるか分からないでござる。

 配信は中止した方がいいでござる」

「でもよぉ……」


 俺の配信は毎晩、1000人近く人を集めている。

 今更やめるわけにはいかない。


 エミとは千人を超えたら二人でお祝いしようと話していた。

 あともう少しで目標が達成できるのに……。


「確かに、せっかく育てたチャンネルを捨てるのは、

 気が引けるかもしれないでござる。

 でも……命の方が大切でござる。

 アナタの配信を聴きましたけど……」


 ジローは気まずそうに眼を伏せてしばらく黙っていたが、決意したように俺の目をじっと見て言う。


「視聴者の中に対立を煽ろうとする者がいるでござる。

 気を付けるでござる」

「ああっ……そうだな」


 俺はジローの言葉をまともに聞いていなかった。




 どうせ大したことにはならないと高をくくり、その日もエミと二人で配信を開始。


 壁ドンされたことで盛り上がった配信には大勢のリスナーが来場。

 同時接続1000人を達成したのだ。


「やったね!」

「ああ! みんなありがとう!」


 俺はエミと二人で大はしゃぎ。

 酒を飲みながら大声で雑談を続ける。



 どんっ! どんっ!



 隣人は何度か壁ドンをしてきたが、特に気にしない。

 そんなことよりも今は千人達成をリスナーと二人で喜びたい。


 部屋を暗くしてエミが持ってきたアロマキャンドルに火をつけ、酒を飲みながら呑気に二人で配信を続けていると、スマホに着信。

 ジローからだった。


 俺は話し声が配信に入らないよう、便所へ行って電話に出る。


「危ないでござる! すぐに逃げるでござる!」

「は? なんだよ? どうしたんだ?」

「先方の配信を特定したでござる!

 ヤバいから早く逃げて!」


 ジローは電話口で必死に訴えている。


 向こうの配信を特定した?

 だから逃げろ?


「なんだよ、わけがわからねぇ。

 ちゃんと説明してくれよ」

「殺人配信でござる!

 隣人はアナタたちを殺害する様子を生配信するつもりでござる!」

「……え?」


 とても信じられなかったが、ジローがこんな嘘をつくとは思えない。

 俺は慌ててエミを呼んで部屋から出ようとした。


 しかし……。


「あれ?」

「ねぇ、どうしたの? 何かあったの?」


 玄関の扉を開けようとしたら、何かが引っかかって開かない。


「隣人が角材で扉に突っ張りをしたでござる!

 ベランダから飛び降りるでござる!」


 ジローが叫ぶ。


「ベランダから? でも……」

「迷ってる暇はないでござる!

 早くしないと隣人が――



 ガシャーン。



 ガラスが割れる音。

 ベランダの方を見ると……。


「…………」


 一人の痩せぎすな男が立っていた。


 黒で固めた服に、目と口元だけが露出している仮面。

 血走った目で俺たちを睨みつけている。


 凶器の包丁が月明りを受けてギラリと輝く。


 男は割れた窓ガラスから手を差し入れて、内側のロックを外した。

 ゆっくりと、ゆっくりと引き戸を開いて行く。


 男が部屋へ足を踏み入れた瞬間、俺は今何をすべきか理解した。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 玄関の傘を手に取り、大声を上げて男へ襲い掛かる。


 傘を振り回して相手をけん制し、エミへ近寄れないようにする。

 集中的に右手を攻撃していると手首のあたりに傘の先端が当たり、相手は持っていた刃物を落としてしまった。


 よし、これで武器を奪った!

 ――と思っていたら、男は液体が入っている瓶を懐から取り出す。


 ひやっと、背筋に冷たい物が走る。


 あの瓶の中に入っている液体。

 おそらくあれは……


「傘を開いて!」


 エミが叫ぶ。

 言われたとおりに傘を開く。



 バシャ!



 正体不明の液体が振りかけられた……次の瞬間!



 ぼうっっっ!



 突然、火が付いた。


 男が振りかけたのはガソリンのような可燃性の高い液体。

 おそらくアロマキャンドルの火で引火したのだろう。


 俺は傘のお陰で難を逃れたのだが、液体が入っていた瓶を持っていた男は――


「う゛あ゛~‼‼ あづい! あづいよおおおおおお!」


 全身を炎に包まれて苦しみ悶え、床の上をのたうち回りながら布団やクッションに炎をまき散らす。


 俺とエミは玄関まで下がって二人で抱き合い、その様子を戦々恐々としながら眺めていた。



 ドンドンドンドン!



「助けに来たでござる! 二人とも無事でござるか⁉」

「ジロー⁉」


 玄関の扉を叩きながら叫ぶジロー。

 どうやら心配して助けに来てくれたらしい。


「逃げるぞ! 早く!」


 ジローが突っ張りを外してくれたので、部屋から脱出することができた。

 俺は靴も履かずにエミの手を引いてアパートの階段を駆け下りる。


 駐車場には避難した住人たちが集まってきていた。


 すでに誰かが通報していたようで、パトカーや消防車が次々に到着。

 あたりは騒然となる。


 炎の勢いはどんどん増していき、部屋の窓から灼熱が噴き出している。かなり離れた場所にいるのだが、俺たちのところまで肌を焼くような熱が伝わってくる。

 暗闇の中で踊る火炎はまるで化け物のよう。


 野次馬たちがスマートフォンで撮影している。

 目の前の非日常的な出来事に高揚感を覚えているのか、炎に赤く照らされる彼らは不気味なまでに楽しそうだった。



 ×××××



 俺たちは事情聴取を受け、警察に経緯いきさつを話した。

 こちらが処罰されることはなかったが、トラブルの元となる行動は慎むようにと注意を受ける。


 男が襲撃してきた様子の一部始終が配信されており、音声がそのままニュースで使われていたのが、なんとも言えないところ。許可を出した覚えはない。

 配信トラブルが元になった殺人未遂事件として大々的に報道される。


 アパートは全焼を免れたものの、取り壊されることとなった。

 住む場所を無くした俺は、しばらくの間ジローの家でお世話になることに。


 ジローとの共同生活が始まって、気づいたことがある。

 彼が出す生活音が全く気にならないのだ。


 正直言って、ジローは酷い。

 げっぷはするし、人前で屁をするし、おまけに歩くたびにドスンドスンと音を立てる。

 こんな奴と生活していたら精神が削られると思ったが、数日たつとほとんど気にならなくなり、最終的に勝手にミュートされていた。


 どうやら俺はジローの出す音については、ストレスを感じないらしい。


「脳がストレスにならないよう調整しているでござる。

 自分の匂いを感じないのと一緒でござる。

 拙者の部屋の匂いも、今は無臭になってるでござろう?」

「言われてみれば……」


 人間の脳って割とすごいんだな。

 感心していると、ジローは急に真顔になって話題をかえた。


「それで……例の隣人の配信履歴でござるが……」

「おう、見つかったのか?」

「これを見て欲しいでござる」


 ジローはPCの画面を見せて来た。

 そこには隣人の配信履歴が映し出されている。


 隣人が利用していた動画サイトでは、配信映像がそのまま動画として保存される仕組みになっており、視聴した人数が記載されていた。

 その人数が……。


「なぁ、これ……ほとんどゼロ人じゃないか」

「そうでござる。

 ほぼ全ての配信動画を誰も見ていないでござる。

 リアルタイムで視聴していたのも……」

「一人もいなかったってことか?

 じゃぁ、あいつは……

 毎晩誰に向かって話してたんだよ?」

「誰にも、でござるよ」


 ジローはゆっくりと首を横に振る。


「おそらく、配信を見ていた人は、一人もいなかったでござる。

 隣人氏は虚空に向かって話していたでござる」

「そんな……嘘だろ?」

「考えてもみて欲しいでござる。

 妙なテンションでボソボソと喋るだけの配信を、

 どこの誰が見るというでござるか?」


 ジローが動画を再生すると、聞きなれた隣人の声が流れた。

 ゲームのプレイ映像と共にその声を聴くのは初めてだ。


「確かに……これじゃ無理だな」

「でも、急に伸びた動画があるでござる。

 それが……事件が起きる前日の配信。

 これでござるな」


 そう言って別の動画を開くジロー。

 棒立ちするキャラクターの姿と、相変わらず何を話しているのかよく分からない隣人の声が再生される。


「なぁ……これがどうして伸びたんだ?」

「コメント欄を見るでござる。

 配信時のチャットの記録が残されているでござる」

「……え?」


 配信時のコメントを確認した俺は言葉を失った。
















『早く隣のパクリ野郎を56市に行け』


『お前の配信を馬鹿にしたクソ野郎を許すな』


『奴を〇せばお前はヒーローになれるんだぞ』


『頃せ頃せ頃せ頃せ! 刹害せよ! 刹害せよ!』


『頑張って転タヒて下さい! 応援してます><』




「なっ……なんだよこれ」

「隣人が凶行に駆り立てたのはこのコメント群でござる。

 確証はないでござるが……

 おそらくアナタたちの配信を聴いていた者たちでござる」

「――えっ?」


 俺のリスナーが?

 信じられない。


「リスナーの誰かが隣人のチャンネルを特定し、

 アナタが垂れ流し配信しているのを密告したでござる。

 まぁ、これは拙者の推測ですがね。

 ですけど……はっきり申し上げまして、

 アナタの配信はそこまで面白くなかったです」


 ジローの言葉にショックを受ける俺。

 しかし、次の言葉はそれ以上だった。


「アナタに千人も人を集められるとは思えません。

 リスナーは生のトラブルを見たかったのでしょう。

 隣人とアナタが直接戦うようなトラブルをね」

「じゃぁ……」

「全てリスナーたちの思惑通りに事が運んだでござるよ。

 あの事件は最初から仕組まれていたのかもしれません」


 ずっと踊らされてたってわけか。

 俺だけじゃなく……隣人でさえも。


「はぁ……」


 俺は天井を仰ぎ見る。


 てっきり配信が成功したのは、自分の力だと思っていた。

 だが……違ったのだ。


 リスナーたちは俺に期待していたんじゃない。

 騒音トラブルそのものに注目していたのだ。


 どうしてそれに気づけなかったのだろうか?


「そう言えば……エミ殿とは?」

「それが、連絡が取れないんだ。

 スマホは火事で焼失しちゃったし。

 警察署で別れてから、それっきりだよ」

「ふむ……左様でござるか」

「エミがどうかしたのか?」

「いえ……」


 ジローはPCを閉じてため息をつく。


「当分、配信は見ない方がいいでござるよ。

 ネット自体控えた方がよろしいかと」

「ああ……もう配信はこりごりだよ」


 住んでいた部屋も、リスナーも、恋人も。

 何もかも失ってがっくりした気分だ。


 簡単には立ち直れそうにない。









 

『これからマルチのアジトに突撃したいと思いまーす!』


『路上喫煙者を許さない!』


『煽り運転撲滅! 悪質運転車両を晒します!』


『ゲーセンのくじ全部引く』


『架空請求業者に電話してみた』


 スマートフォンに映し出される動画配信のタイトル。

 どれも過激なものばかりだ。


 リスナーは配信者の活躍を心待ちにしている。

 誰もがリアルタイムで発生する事件の目撃者になりたいのだ。


 大切なのは『今』この瞬間。

 衝撃にも、興奮にも、熱狂にも、それぞれに鮮度があって、放っておけばすぐに腐る。


 だから……常に最前線にいる目撃者でありたい。

 誰もがそう望んでいるはずだ。


『こっ、これから頑張ってトレーニングを積んで、

 俺を虐めた奴らを見返したいと思います!』


 ひ弱な少年がカメラの前で宣言する。

 ちょっと褒めてやれば、簡単に操れるな。

 

『初めまして! 頑張って下さい^^』


 短くコメントを送って様子を見る。

 すると、少年はすぐに反応してくれた。



 ……とっても嬉しそうに。



 私はその様子を見つめながらニヤリとほほ笑む。


 次のターゲットが決まった。

 これから何が起こるか想像するだけでゾクゾクする。


 さぁ、新しいゲームを始めよう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらず痛快なお話! 楽しいです!!
[一言] 面白かったです! まさか黒幕が……だったとは! 途中まで、もしかしたらジローじゃないかと勘繰ってしまいました。ごめんジロー(笑) 最後まで全く飽きずに読ませる力に敬服します。これからも…
[良い点] まさに人怖! ( >Д<;)
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