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第七話 ただいま

 九時だった。

 家に帰ると、食事の支度ができていて、みんなはわたしが帰ってくるのを待ってくれていたらしい。なにはともあれ、帰って早速、食事をする。

 いつも、食事は家族そろって食べる。一人で食べるより、みんなで食べる方が美味しい、ってよくいわれることだけど、実際に美味しいものは、一人で食べても美味しいし、美味しくないものは、みんなで食べても美味しくないのだ。

 美味しい、美味しくないを決めている基準って、味だけではなくって、雰囲気とか、状況とか、そういう心理的要因が関わっている。外的要因とか、内的要因といえるのかもしれない。

 みんなで食べれば、賑やかで、雰囲気とか明るくて、味は一人で食べるときと、別に変るわけじゃないと思うけど、やっぱり美味しい。

 考えてみて欲しいけど、大豪邸の食堂で、大きなテーブルに用意された豪華な食事を、一人で食べる。どんな、豪華な料理だとしても、味気ないように感じられるでしょう。

 理論もなにもあったもんじゃなくて、めちゃくちゃだけど、美味しいなんて、案外あてにならない気がする。

 現代では、家族そろって食卓を囲める家庭の方が少なくって、クラスの三分の二くらいは、友達と食べるとか、独りで食べている子だ。インスタントとか、冷凍食品を食べている人も多く、みんなそろって、食卓を囲めるわたしは、幸せなのだろう。 


「大変だったな」

 お父さんがいった。

 なにが大変だったのかの、前後が抜けているけど、わかる。

「うん、まあ。タクシー代とかは、もったいなかったけど」

「飛び込みだったんだって、高校生の」

 弟が珍しく、話にくわわった。

「やっぱり、飛び込みだったんだ。なんで、あんたが、そんなことまで知ってんの?」

「ネットの書き込み。いろいろ書き込まれてるよ、調べてみなよ。飛び込んだ高校生のこととか、死体の写真とかもアップされてるんだから」

「死体の写真って、周りにいた人が撮影してたの」

「それしかないじゃん。この前あった、飛び込みのやつも、ネット上にアップされてたんだよ。警察が慌てて、ブルーシートで覆ったけど、そのブルーシートの隙間から、携帯突っ込んで撮影する奴までいたみたいだからね」

 淡々と、状況だけを述べる弟の口調は、ニュースキャスターのようで、スッとわたしのなかに溶けてしまう。

「そんな話し、しないでちょうだい」

 お母さんの軽蔑を含んだ声に、弟は、その話題を打ち切った。母は軽蔑しているっぽいけど、みんな、轢死遺体とかに、多少の好奇心をもつのが正常なんだと思う。現代人の倫理感がおかしくなったみたいに、いわれているけど、なにもおかしくなっていないと思う。

 昔は、悪さをした人たちとかに、石を投げて殺したり、死刑を公開して、みんなみんな、その死刑を見物していたっていう。断頭台での首切りや、絞首刑、火あぶりもあれば、釜湯でだってあったというし、なかには趣味の悪い拷問道具、死刑道具や、方法の開発に、心血を注いでいたじゃないか。

 古代ローマのコロッセオみたいに、人は人の死ぬ場面が、きっと、好きなんだ、娯楽なんだ、最低だ。

 

 今に、はじまったことじゃない。

 それに比べたら、現代は、優しい人が多い。現代は現代で、いろいろな問題があるのはわかるけど、間違いなく、昔よりはよくなっていてるんだ。醜いものや、汚いもの、残酷で残虐なものには蓋をして、綺麗な社会になっていく。

 もっともっと、憎しみも、悲しみも、恨みも、嫉みも、怒りも、痛みも、すべて取り除いて、無菌室のような綺麗なユートピアにだってできるかもしれない。

 みんな笑っていて、喜びで溢れていて、ビターなものはなく、すべてがスイートで、幾何学的に綺麗なんだ。きっと、その世界は――。

「外で、そんな話し絶対しちゃ駄目だからね」お母さんがいった。

「わかってるよ」弟が答えた。

 常識ある人は、外でそんな話ししない。していい話しと、ダメな話しを心得ている。思っていることを封じ込めて、その封じ込めた不満を、発散する方法を心得ている。

「あなたも、わかってるでしょ」

「うん、わかってるよ」

 わかってる。そんなこと、わかっている。

 食事を終えて、食器を洗う。スポンジに洗剤をつけて、汚れを落とす。汚れが落ちるのは気持ちがいい。スッキリする。散らかっていたり、汚れているのが許せない。


 必要最低限のものしか置いてなくて、後々不要になるものは買わない。ミニマルな家。物が少なくて、家の中はいつも、整理整頓が行き届いている。おしゃれもなければ、風情も、味もない。けれど、実用的だ。

 そろった食器を重ねて、棚に片付け終えると、お風呂に入る。

 今日一日、わたしの体についた穢れを、洗い落とす。禍々しい穢れが溶けて、湯舟はどす黒くなる。

 どれほど、体を洗おうとも、体の中の穢れまでは、浄めることができない。綺麗になるのは、外面そとづらだけだ。

 心を洗う方法はないのもか、考える。

 感動できる作品を観る。泣く。心の穢れを書き出してしまう。徳を積む。考えないこと。眠る。きっと、どれも正しくて、心の穢れを少しは取り除くことが、できるかもしれないけど、完璧じゃない。

 少しずつ、取り除けなかった穢れが溜まって、まっくろくろすけになってしまう。

 機械の部品みたいに、心を取り外してクリーニングできたなら、性能もよくなるのに。ああ、醜い、醜い。いつか、この醜ささえも、受け入れて、すべてを受け入れて、自分を許して、自分にやさしくなることがきたら、もっと人にもやさしくなれるかな。

 やさしい人は強い人。

 やさしさには、いろいろあって、本当のやさしさは、目には見えないのかもしれない。みんなやさしくて、みんな残酷で、みんな、みんな、みんな――。 

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