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その絵の表題

「……ナナコさん、話し疲れて喉も乾いたでしょう? 少しお茶にしましょうか」


 ナナコの話が一段落したタイミングで、芝生の上で上品に座っていたアガタが立ち上がった。次いで、テレサ姫も立ち上がり、それをエルが椅子の上から手で制止する。


「私が行くわよ。みんなは客人なんだし」

「いいえ、私とアガタさんで行ってきますよ。お義姉さまじゃ、持ってきた茶葉の場所も分からないでしょう?」


 痛いところを突かれて押し黙る領主に対し、王女は口元を抑えて笑い、アガタと共に別荘へと戻っていった。ナナコの方を見ると、アガタが懸念したように、少し疲れが見える様だが――先ほどひと眠りしたと言っても疲労が溜まっているのだろうが、やはり心の問題が大きいように思う。


「ナナコ、大丈夫?」


 ぼぅっとしている彼女にそう声を掛けると、ナナコはすぐにハッとしたように首を振って、頬をかきながら苦笑いを浮かべた。


「あはは、さっきも言ったけど、私は大丈夫だよ。皆で守った世界を未来へ繋いでいかなきゃいけないから……だから、いつまでもくよくよしてられないよね。

 でも、それを言ったら、ソフィアこそ大丈夫?」

「ちょうど昨日、同じような話をしたんだ。あの人が帰ってきた時に、がっかりされないように頑張らないといけないよねって。でも……」


 なんだか胸の底から急にこみ上げてくるものがあり、たまらなくなってナナコから視線を外す。しかし、視線を逸らした先にあったものを見た瞬間に――彼の絵を見たことがとどめとなり、とうとう堰き止めていたものが感情があふれ出てきてしまった。


「でも……やっぱり、寂しい」


 懐かしいメンバーと再会したせいだろうか、はたまたナナコの寂しさにあてられてしまったのか――いや、余り思い出さないようにしていただけで、あの人が帰ってこないことによって胸にぽっかりと穴が空いてしまっていることには変わりはないのだ。


 もう一年が経ってしまった。あの日から一生懸命やってきて、だからあっという間の一年だった。きっとこの先もあっという間に流れて行ってしまうに違いない。


 あの人が帰ってくることは信じているけれど、それは果たしていつになるのだろう? もう一年後なのか、十年後なのか――生きているうちに会えればまだマシといえるかもしれない。彼が帰ってくるのは何千年、何万年のあとの可能性すらあるのだから。


 本当は、今すぐ会いたい。寂しさがあふれ出てきて、思わず視界が滲んでしまった。ただ、寂しいのは自分だけでないはず。そう思って袖で目元を拭うと、エルとクラウもどこか寂しげに微笑みを浮かべて、彼が残した風景画を見つめていた。


「……アランさんが描き足したかったものって、なんだったんだろう?」


 何の気なしに疑問を声にすると、クラウやエルも同じように絵を眺めながら首を傾げた。見れば見るほど、この絵は完成されているように見える。それ故に、何が不足していたのか分からなかった。


「なんとなくだけど……私には分かるよ」


 その声は、自分達の背後から聞こえた。声のした方へと振り返ると、少しだけ離れたところからナナコがこちらを見つめていた。


「ナナコちゃん?」

「それってなんなのかしら?」


 自分と同じく振り返っていたクラウとエルが、意外そうにナナコに対して首をかしげている。自分としても同じ気持ちであり――あの人が描きたかったものが、自分達に分からなくてナナコに分かるというのは、少し悔しいような気持ちがする。一応、あの人との付き合い自体はナナコより自分達の方が長いはずであり、自分達に分からないことが彼女に分かるというのも違和感もある。


 とはいえ、逆に近いと分からないことがあるのかもしれないし、同時にナナコとあの人は似ているところがある。だからこそ、自分達に分からずとも、ナナコにだけ分かるということもあるのかもしれない。


 ともかく、あの人が描きたかったものを知りたくて、「ナナコ、教えて」と質問を投げかける。ナナコは頷き、そして数歩後ろに下がって、両手の親指と人差し指で大きめの長方形を作り、その隙間を通して自分達の方を見つめ――そして何かを確信したように深く頷いた。


「うん、やっぱり……きっとアランさんはね、その絵に自分の全てを込めようとしたんだと思う。自分が大切と思う、全てのものを」

「それって……」


 一体、と聞こうと思った瞬間、ナナコがふと何かに気付いたように視線を上げた。次いで、クラウも同じ方向を見上げ――自分とエルも釣られるように彼女たちの視線の先を見る。


 そこには、燃え上がる炎が空に一筋の流線を描いているのが見えた。そして、すぐに直感した。自分達の祈りが通じたのだろうと。


 それならば、あの人を早く迎えに行かなければならない。そして、一番にあの人の下へと駆けつけて、あの言葉を言うのだ。あの人が帰ってきたときにいつも言っていた、あの言葉を。


 ◆


 空を走る流線に向かって四人の少女たちが手を振り、その後を追うように丘を下り始める。その背後には、深まる秋の美しい高原がそっくりに描き出された画が佇んでいる――ただ、丘を下る少女たちを除いて。


 青年が描き足そうとしたもの、それは彼がつけようとした表題タイトルにこそ現れている。彼が全てを込めて描きだそうとしたもの、その絵の表題は――。

全ての人の魂と、生まれてくる全ての子供たちの未来に幸多からんことを祈って。

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