15-21:魔族たちのその後について 上
合流したナナコのために朝食の準備を進めていると、次第にテレサが起きてきて、順次アガタとエルも居間へと降りてきた。以前旅をしていた時の感覚で言うと、アガタもエルもいつもよりは起きるのが早い――自分はかつてシンイチの下でアガタとも旅をしていたので知っている――恐らく昨日は全員で早めに寝たので、自然と早く目が覚めたということなのだろう。
「いやぁ、すいません! 昨日合流ってことは覚えてて、皆さんと会えるのをすっごくすっごく楽しみにしてたんですが、少し道草を食べてしまっていたと言いますか! それで昨晩なんとか辿り着いて、頑張って駆け上ってきたと言いますか……すいません!」
ナナコは朝食をバクバクと食べながらしきりに頭をぺこぺこと下げていた。彼女のことだ、道草といっても人助けだったことは容易に想像できるし、それに――。
「そんなに謝らなくてもいいよ。ナナコが来てくれただけで嬉しいから」
「そ、ソフィアが優しい……」
「……もうお腹いっぱいかな?」
「ひっ……すいません失言でした!」
ナナコは目の前の皿を抱くように守りながら、もう一度大きく頭を下げてきた。こう見ると以前とまったく変わっていない印象も受ける。しかし、やはり先ほど見せた寂しげな横顔こそが、今の彼女の本心を如実に表しているのように思う。今は空元気をふりまいている様で、それが見ていて辛い部分もあるのだが――今回の再会で、少し彼女の心を軽くしてあげられないものだろうか。
補足になるが、現在彼女は自らの名をセブンスに定めた。これこそが今の自分に相応しい名前だからと。ただ、彼女もナナコという愛称として気に入ってくれているとのことなので、自分達は以前通りに呼んでいる。レム曰く、ナナコというのは旧世界において夢野七瀬が友人から呼ばれていた渾名であるらしいので、それで彼女自身もしっくりきたのだろうと推測していた。
さて、昨晩夜通しでこちらへ向かってきてくれたということで、ナナコにはひと眠りしてもらうことにした。そのまま午前中は思い思いに過ごし――自分は昨日の夕べと同様、ナナコの眠っている二階の寝室から高原の景色をノンビリと眺めていた。あまりこうやって「何も考えないでゆっくりする」ということはこの一年間であまり出来なかった贅沢でもあるし、この窓の前は自分にとっての想い出の場所でもある。こうやって、ここから絵を描く彼の背中を眺めていた。昨日一度彼を強く意識してから、どうしても愛しさと寂しさがこみ上げてきて、どうにもこうせずにはいられなかった部分もある。
そうやってしばらく窓の外を眺めていると、以前に彼が座っていた場所にエルが現れ、椅子やら画材やらを運んできてそこに設置していた。そして、すっかりと準備が終わったはずなのに、もう一度こちらへ戻って来て――どうやら倉庫の方へと行ったらしい――何かを大事そうに抱えて元の位置へと戻って、それを置いた。
ここからでも分かる。それはあの人がまだ未完といって遺した絵だ。エルはそれをキャンバスに設置し、しばらく眺め――そして彼女の目の前にあるキャンバスへと向き直った。もしかしたら、絵を描くときはいつもあのようにしているのだろうか。もしくは、今日の題材が彼が描いたものと一緒だったから、目指すべき先としてそれを目の前に置いたのかもしれない。
正午にはナナコも起き出して、自分達も外で絵を描くエルに合流することにした。もう肌寒い季節になってきてはいるが、それでも今日も昨日に引き続きで日差しが温かく、風も穏やかであり、せっかくの陽気だから絵を描いているエルを囲むように外に一同集まった。
そこからは、ナナコの一年に関する話を聞くことになった。元々、彼女がこうやって自分達から離れて過ごしていたのは、彼女自身が改めて世界を旅して回ることを望んだから。昨日のうちに合流していたメンバーが戦後の社会をマクロ的な立場から良くしていこうとしているのに対し、ナナコはミクロ的な立場から――要するに、黄金の疫において彼女がしていたように、旅先で困っている人を手助けするという旅を続けている。草の根で泣く人が出てこないように、目の前の悲劇を食い止めようとするのは、やはりあの人に救ってもらった影響が強いのだろう。
とはいえ、彼女は最初から一人で旅をしていた訳ではない。最初のうちは、チェンらと共に南大陸に渡っていたことを自分は知っている。ナナコに関しては南大陸から各地を回って、一年後にここで再会しようという流れになっていたのだ。




