表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
988/992

15-20:王族と諸侯の動向について 下

 以上がエルが土地を継ぐに至った経緯であり、ここからは近況になる。少しずつ執務を覚えてきているようではあるが、テオドールの遺臣たちが次々と戻ってきてくれ、日常の業務については彼女は書類のチェックと捺印をすることが――自分がかつて准将時代にそうであったように――メインとなっているようだ。元々、ハインラインは有事の際に長らく執務から離れることになるので、信頼できる文官の採用と教育には余念がなく、優秀なメンバーのサポートにより問題なく領内の政治経済は回っている。


 その傍らで、エルは帝王学や政治、経済の勉強を進めているようだ。今は遺臣たちやボーゲンホルンのサポートを頼れるが、それが恒久的なものでない以上、自分自身で善悪の判断が出来るようになる必要があると。


「そんな日々の傍ら……こうやって、たまの息抜きにここに羽根を伸ばしに来るの。それで……」


 エルは一度言葉を切って席を立ち、部屋の片隅にある棚の引き出しを開けて、その中から一枚の紙を持ち出してきた。それを皿を片づけたテーブルの上に置いて、そっと広げる。予想はしていたが、どうやらエルが描いた絵のようだった。以前はスケッチばかりだったはずだが、この絵にはしっかりと着色がされており――これがもっとも最近に描いた絵なのだろう、青々と茂る夏の木々たちの美しさが印象的な水彩画だった。


「こうやって、少しずつ絵を描いているの。見せるのも恥ずかしいんだけれど……」

「そんな謙遜しないでください、お義姉さま。とっても素敵な絵です!」


 義姉の絵に素直に感激したのか、テレサは身を乗り出して対面に座るエルの両手を握って瞳をキラキラと輝かせている。実際の所、確かに上手い――ただしそれは、一年程度の独学で描き上げた割りに、というのが正確な所ではあるが。


 いや、もちろん一年でここまで描けるのなら相当凄いのだと思うし、実際にもしかしたら、彼女には絵の才能があるのかもしれない。ただ、もっと上手い絵というのを見たことがあるから――それと比較することがそもそもおかしいのではあるが――どうしても自分の中の印象は「なかなか上手い」という評価で止まってしまう。


「……ソフィア、アイツのことを思い出しているんでしょう?」

「……うん。でも、不思議なんだ。意外と最近は、あの人のことを考えていなかったというか……」


 今もあの人のことを大切に想う気持ちに一切の変わりはない。それに、やはり事あるごとに――たとえば先ほど窓から外を見た時のように――思い出すこともあるのだが、その頻度は確実に減っていた。テレサが過去を割り切ったのとは違って、それこそ彼がこの先も姿を表さないなどとは全く考えたくないほどではある。


 とはいえ、自分と一緒だったのか、エルとクラウはそれぞれこちらの言葉に対してうんうんと頷き返してきている。


「私もよ……まぁ、私の場合は絵を描いているとイヤでも思い出すのだけれど。でも、普段はそんなに意識しなくなったわ」

「私もです。この一年間は目の前のことに必死で、それこそあまり振り返っている暇もなかったと言いますか……それに、彼が戻ってきたときに世界が少しでも良くなっているように、頑張らなきゃいけないですから」


 クラウの言う通りで、彼の存在で頭と胸を一杯にしていては、前に進めないという考えはあった。あの人が帰って来てくれた時に、世界の傷が少しでも癒えているように――そして少しでも成長しているように。そういう気持ちでこの一年間やってきたのだし、だからこそいつまでもくよくよしていられなかった部分はある。


 何より、彼は帰って来てくれるという確信は未だにある。そして再会したら、それこそ感極まって、涙を流しながらあの人に抱きついてしまうだろう。今度こそは離さないように強く――グロリアに託されたのだから、強力なライバルたちにも負けないように。


 だからこそ、自分は去っていくあの子を慰められなかった。遥か彼方にその存在を確かに感じられた彼と違って、T3は宇宙の彼方へと消えてしまったのだから。結局、夜も更けてもあの子は現れず――そしてもうしばらく他愛もない話をして後、その日は眠ることとなった。


 翌日、自分とクラウがほとんど同時に目が覚めると――まだ明け方であったが――クラウが外に何者かの気配を感じとった。そして二人で別荘を出て湖の方へと向かうと、朝焼けに銀の長い髪を燃やす、肩の小さい――そしてそれに見合わぬ大きな剣を背負っている――少女のシルエットがあった。


 そしてあちらもこちらの気配を察知したのだろう、少女はゆっくりと振り返り、どこか哀愁の満ちた横顔を見せる。しかしすぐに首を振って、今度は大きく手を振りながらこちらへと近づいてきた。


「ソフィア、クラウさん、お久しぶりです! それで、あのぉ、ご飯などは……ないでしょうか?」


 最後にはお腹に手を当てながら、ナナコは苦笑いを浮かべたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ