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15-19:王族と諸侯の動向について 中

「……時おり、思い返すんです。シンイチさんのこと……星右京のことを」


 テレサは袖下から僅かに覗く機械の腕を見つめながら、どこか切なそうな調子でそう呟いた。


「結局、あの人の言う通りだったんだと思います。私は、勇者と姫が結ばれるというおとぎ話に倒錯しているだけで、あの人の本当の姿を知ろうとはしていなかった……だから、この結果は当然なのだと思います」


 そう言いながら、テレサは左手を胸の中心へと添えた。そこは、かつて星右京が刺し貫いた場所であり――その所作を見ながら、エルが対面で腕を組みながら大きなため息を吐く。


「あのね……どこの世界に痴情のもつれで胸を突き刺して去っていく男がいるのよ?」

「えぇ、あの人は本当に酷い人です。ですから、私ももう吹っ切れていますよ。ただ、強いてを言えば……あの人の魂にも、どうか安らぎがあればと願っています」


 テレサの気持ちは自分には理解できる。自分も、彼女と同じきらいがあったから。それは以前にグロリアにも指摘された部分でもあるが、相手に対する自分の気持ちが先行して、相手の本質的な理解をしようという努力を怠ったという点だ。


 もちろん、相手のことは一つでも多く知りたいと思っていたのだが、それは過去や経歴など、人としての表面の部分に過ぎない――いや、気持ちの部分だって考えていたつもりではあるのだが、こちらの感情が先行して、相手が喜ぶかどうかということに関して二の次になってしまっていた部分はある。


 とはいえ、自分も一緒に旅したともがらだからこそ分かるが、星右京に寄り添うというのは並大抵のことではないはずだ。そう考えれば――少々酷い言い方にはなるが――そもそも右京という存在はテレサ姫の手に余る存在であったのであり、それこそ万年連れ添ったレムぐらいしか相手が出来なかったに違いない。


 なお、ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウスから、テレサ宛てに連絡があったようだ。ジャンヌとしては以前にテレサとは敵対していた経歴もありつつ、同じく黄金の疫においてレヴァルで共に活躍した仲から、親交が続いているとのことらしい。


 ジャンヌに関しては、今もレヴァルの復興に尽力してくれている。以前はルーナ派の司教として大聖堂を任されていたが、今は軍属で大尉相当の地位で魔獣の征伐や街の再建にと奔走してくれているようだ。彼女としては罪滅ぼしという意味合いもありつつ、再びできた居場所を守っていこうという気持ちで、善意からレヴァルのために働いてくれている。


 もちろん、彼女には大聖堂を任せることも検討されたようだが、今更レム派もルーナ派もないし、何より彼女が奪ってしまった命は決して帰ってこないのだから、宗教的な指導者に戻るつもりはないと。「ティグリス神を崇めるのなら大司教をやってもいいわよ」と冗談交じりで言っていたようだ。


 テレサが一通り話し終わると、エルが「私の番ね」と口を開いた。彼女は当初の予定通り、ハインライン辺境伯領を正式に継ぐこととなった。その手続きは、驚くくらいスムーズに行われた。


 元々、エルが領地を継ぐのには二つの問題が懸念されていた。一つは、ハインラインの血族が果たして受け入れられるのかという点、もう一つは黄金の疫において辺境伯領を守ってくれたボーゲンホルンとの折衝である。


 前者に関しては、以下の二点から問題が生じなかった。第一点目にはリーゼロッテ・ハインラインは結局は表舞台には一度も姿を表さなかった点。もう一点は、エリザベート・フォン・ハインラインが先の戦役の立役者であるという点である。


 武神ハインラインについては、ほとんどありのままの事実が公表された。本当ならば、武神ハインラインについては如何なる脚色も可能だった。実はレムと同じくレムリアの民に同情的であり、アルファルド達を倒すのに協力してくれたとか――しかし、そんな脚色をリーゼロッテは好まないだろうとエルが一蹴した形だ。すなわち、武神ハインラインは人と神との趨勢については興味が無く、ただハインラインの血族の幸せを願って協力してくれたと、このような形で武神の功罪は公表されたのである。


 これだけだと消極的な協力という印象になるが、実際に此度の戦乱の集結にエルが活躍した点を加味され、武神の評価は「少なくとも悪神ではない」というものに落ち着いた。それに、領民は武神に対してでなく、長らくこの土地を守ってきたハインラインの血族に対しては誇りと信頼があるので、エルの帰還は領内に置いては友好的に迎えられたのだ。


 ボーゲンホルンとの折衝に関しても、とくに問題なく行われたと言っていい。しっかりと手続きを踏んだうえでの交渉であったという点はもちろんだが、英雄であるハインラインの背後には王家、ペトラルカ家、オーウェル家がいる。つまり、ハインラインを敵に回すことは戦後において強力な基盤を持っている勢力を敵に回すことになる。パワーゲームで押さえつけたと言えばそれまでかもしれないが、聡明なボーゲンホルン家の領主がへまを犯すはずがない。


 それどころか、円滑な権限の譲渡のために協力を惜しまず、今も政治手腕的に未熟なエルをサポートしてくれているようだ。むしろ恩を売っておくことで、今後のボーゲンホルン家の立ち位置をより盤石にしようという考えなのだろう。


 なお、カールの汚職については黄金の疫において裁判もうやむやにされてしまったのだが、その後エルにちょっかいを出してくるということも無いようだ。

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