15-18:王族と諸侯の動向について 上
別荘にたどり着いて寝室に荷物を下ろして後、エルとテレサはテオドールの墓へと向かって行った。その間、自分はひとまず窓際でノンビリとすることにした。久々の山登りで疲れた身体を休めたい意図もあったのだが、ここは自分の思い出の場所でもある――しかし、茜色に染まり始める草原にカンバスに向かう彼の背中を探しても、それは見つからなかった。
ハインラインの別荘には、現在シルバーバーグは暮らしてはいない。彼は主人を補佐するべく、里へと下りたためだ。とはいえ、別荘自体は管理されており、中は大変綺麗に掃除されている。新しいハインライン辺境伯領の領主が度々来るため、定期的に点検が為されているためである。
炊事についてはクラウが率先してくれたが、自分とテレサ姫も手伝うことにした。自分とテレサは旅やチェンとの生活においてこういったことも担当していたし、何より――自分の中に残っているグロリア・アシモフがいっぱしに料理が出来ていたので、その記憶のおかげで問題なく手伝うこともできる。クラウは「やんごとなきお方に手伝わせるのも申し訳ないような気もしますが」とは言っていたものの、今日ここに集まったのは世俗の立場を超えた関係であるということを伝えると、確かにと了承してくれたのだった。
別荘には二泊の予定で、今晩と明日一日が終われば麓へと降りて、また各々の日常に戻る予定である。そして、明日はノンビリと羽を伸ばすとして、今晩は先ほどの近況報告の続き――まだエルとテレサの近況が共有されていないので、二人の話を聞くことになった。
ところで、黄金の疫を通じて最も伸長した勢力は、王侯貴族の一派であった。正確には、その中の一部というのが正確ではあるが。彼らはその権力を七柱の創造神たちから賜っていたものの、アルジャーノンやルーナのように直接的な影響力を持たなかった点、また黄金症を発症しなかった王侯貴族たちが先の災厄において臣民をよくまとめてくれた功績もあり、人心の信頼を勝ち取るに到ったのだ。レムリア王族のほかに東の大貴族ボーゲンホルン、それに手前味噌にはなるが、オーウェル家などがその最たる例にあたる。
政治的な勢力が宗教的な場所からより世俗的な部分に移ったという点に関しては、旧世界の動きを踏襲しているような印象も受ける。とはいえ、今後は立憲君主制として進んでいくのか、三権分立が強くなるのか、それとも王侯勢力が権勢を振るい続けるのか――はたまたもっと違う形にレムリアの社会は進化していくのか、それについてはまだ全く予見もできなければ、どの形が相応しいのかも推測もできない。
さて、テレサ姫の近況について。自分は普段から王都にいるので彼女の動向は知っているのだが、とはいえ他のメンバーについてはその限りではないし、改めて彼女の口から聞けば印象が変わる部分もあるだろう。
黄金の疫が明けた後、彼女は王女としての立場に戻ることとなった。彼女の主な業務は、やはり国事行為への参加と各地への慰安訪問である。とくにテレサはレヴァルでの防衛に参加しており、この一年間は王都から離れて実際に七柱と戦っていた点が評価され、とくにレムリア全土において評判が高まっている。
彼女としては、元々チェンと共に行動していた時にはまったくこんなことになるとは予想もしていなかったようだが――ただ、彼女は善意から、目の前にあることを一生懸命にやり続けただけである。逆にその実直さこそが、戦後の爪痕残るレムリアの大地においては、人々の心を癒し、奮い立たせるのに貢献してくれている形だ。
彼女の左腕については――袖と厚手のグローブによって隠されてはいるが――今も義手のままである。チェン・ジュンダーからは改めて再生手術を勧められたが、彼女は戦いが終わった今でも敢えて義手のままであることを選んだ。自分が選んだ道が過ちでなかったという証明、そして彼女の中にも一度はグロリア・アシモフがいたという証拠をその身に残すことを選んだのである。




