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15-16:教会の再編について 中

 レムが眠りにつくタイミングに関しては、事前にアガタから共有と相談は受けていた。アガタや彼女の復活を知る一部の教会の司祭たちは、まだ社会は安定したと言い難く、もう少しレムに残って欲しいと伝えたようだ。しかしレム曰く「最も難しい状況は切り抜けたし、結局問題はあとからでも絶え間なく出てくるから、言い出したらきりがない」と一蹴した。自分とチェン・ジュンダー、ブラッドベリもレムの意見に賛成したことで、アガタも引き下がった形だ。

 

 以上のことを取りまとめると、教会の再編という事業は概ね成功したといえる。未だ不信の火種は消え去っていないものの、当初想定されていたよりはずっと穏便な形になっているのだから。教会は魔獣除けの結界を供給するというインフラを担うことで地位を保ちつつ、教会の教えは絶対的な信仰の対象ではなく、道徳観や倫理観の形成の場の一部として残る。このような結果になったのは奇跡であると同時に、早期に黄金症後の対応に尽力したレムとアガタ、並びに教会の指導者達の努力の賜物といえるだろう。


 さて、ここまでが現状の教会の情勢で、その後からはポツポツとアガタとクラウの近況が語られることになった。レムが眠りにつく半年前まではクラウも海と月の塔に留まって教会の再編に協力していたが、今ではそれぞれ別の道を歩み始めている。


 アガタはペトラルカ家の当主として、またレム派の筆頭として、今も海と月の塔において執務を行っている。もちろん、自分と同じように政治手腕的には彼女はまだ若輩者の立場であり、指導者としては彼女の父、並びに枢機卿達が権勢を振るっているが、アガタ自身は父の補佐を行い、次期の指導者としての経験を積んでいる形だ。


「まだ、信仰というものがレムリアの社会にとってどのような役割を担っていくか予測もできませんが……私はこの星の平和と発展のために尽力するつもりです。この星に生きる子供達が健やかに育っていくこと……それが、眠りについた我が主の願いでもありますから。

 しかし、生まれてこの方、ずっと彼女の声が聞こえていた訳なので、それが聞こえなくなるのは……やはり寂しいものがありますわ」


 高原へと向かう道すがら、アガタはどこか寂しそうに笑いながらそう呟いた。自分としては、彼女の気持ちが全く分からないでもない。それは恐らく、自分にとってグロリアの声が聞こえなくなったのと感覚的には近いだろう。


 むしろ、彼女の場合は自分のそれよりも重大といえるかもしれない。言っていたように、彼女としては生まれた時からレムが隣にいた。自分としては半身を失ったという悲しみがあったが、彼女からしてみれば息をするのと同じように当たり前にあったものを失ったことに近いのであり、その喪失感を完全に理解することはできそうにもない。


「でも、これこそが彼女が望んだ結果でもありますから……うん?」


 アガタがそこで言葉を切ったのは、隣を歩いていたクラウが肩を叩いたからだ。ただ肩を叩いただけでなく、クラウは人差し指を伸ばしており――都合、アガタの頬にそれが突き刺さる形になる。クラウは意地悪そうにニヤッと笑い、対してアガタは呆れたように友を見つめた。


「……貴女は子供ですの?」

「それはこっちのセリフです。アナタの忠誠心は素晴らしいとは思いますけれど……主が眠りについたというのなら、アナタはあなたの人生を生きなきゃいけません。それに、私が居るじゃないですか?」


 まぁ、四六時中アナタに話しかけられるわけじゃありませんが、クラウはそう言いながら手を引っ込めて微笑み、アガタも「そうですわね」と微笑みを返した。


「でも、私は変わらず教会の未来のために尽力をするつもりです。それは彼女が望んだ世界の実現のためでもありますが、同時に私自身の願いでもあるから……それなら良いでしょう?」


 アガタの言葉に対し、クラウは頷き返した。同じように、この場にいる全員が納得したことだろう。多かれ少なかれ、自分達は旧世界の人々の意志を継ぎ、そしてそれを自分の道として歩み始めているのだから。


 さて、ここからはクラウについて。まずは教会に残った半年間の詳細から共有された。彼女はルーナ派とレム派のパイプラインとして活動していた。旧ルーナ派でありつつペトラルカ家と繋がりがあり、双方の迅速な意見のすり合わせを実現するためだ。


 クラウがこのような役割を名乗り出た時、アガタは最初は反対したようだ。そもそも、クラウを異端とした者たちのために尽力することもないし、同時にそういった背景があるために、ルーナ派にクラウが受け入れられないかもしれないと判断したためだ。とはいえ、黄金の疫を通じてパワーバランスが崩壊した両陣営のパイプ役は必要であるとして、最終的にはクラウにその役割を任せた形である。


 そして実態としては、アガタが心配したようなことにはならなかった。ルーナ派の司祭たちとしても、ペトラルカ家と繋がりのある者が手を貸してくれるというのが渡りに船だったからである。クラウのおかげで両派の意思疎通が迅速に行われた結果、教会の混乱は半年という、騒動の大きさに対しては僅かな期間で落ち着きを見せたといっても過言ではない。


 なお、クラウは教会に残った半年において、主神との繋がりがあることはその活動を通じて黙っていた。七柱の権威が失墜した中で一足飛びにより上位の存在の神託を受け取れる預言者が現れたとなれば、それだけの権勢を握ることもできただろうが――彼女にはそういった欲が無かっただけでなく、あの戦いの後から高次元存在の意志を汲み取りにくくなったのも原因としてはあるようだ。


 曰く、あの人が多次元宇宙に旅立った後から、徐々にその声が聞こえなくなり始めたとのことらしい。その詳細までは不明だが――彼女自身はあまりそのことを気にしている様子もなかった。


「別に、主神の声が聞こえなくても、自分のやりたいことをやっていくだけですからね」


 クラウはそう言いながら屈託なく笑った。以前、彼女には色々と敵わないと思ったが、この一年でも彼女の強さは全く変わっていないと言えるだろう。


 なお、上位存在の声が聞こえにくくなったのに合わせて、第八階層級も使えなくなってしまったようではあるが、枢機卿クラスの神聖魔法を扱うこと気配を感じ取る能力とは残ったとのことらしい。それでも今の世の中を生きるには十分だろうし、彼女自身も第八階層が使えなくなったことも全然気にしていないようだった。

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