15-14:学院の再興について 下
「なるほど……ソフィアちゃん、立派ですね」
概ねこちらの状況が話し終わったタイミングで、前を歩いていたクラウが振り向いた。優し気な彼女の表情を見ると、安心するような、少し寂しいような――姉分だった彼女のことを思い出すから――心地がしてくる。
「……そんなことないよ。これは、今私にしかできない義務を果たすことと、私自身が望んだことだから……お母様も協力してくれているしね」
「良かった、お母様とはその後も良好なんですね」
「うん、そうだね……」
実際の所、戦後の復興についてはマリオン・オーウェルの尽力も見逃せない。とくに経済や流通面については言わずもがな、学院の再興についての最大のパトロンは間違いなく彼女だ。逆を言えば、だからこそ自分はそのうち退くべきだと思っている部分もある。今の学院はオーウェル家の意向が強すぎて、中立的な学問の場に私情を挟むのではないかと懸念されてしまいかねないからだ。
自分と母の関係性については、レヴァルでの一件依頼、劇的に改善されたと言ってもいいだろう。もちろん彼女自身の聡明な頭脳を以てして、様々な口出しをしてくるのは相変わらずではあるが――それは単純に客観的な意見として出してくれているだけで、こちらのことを頭ごなしに否定してくることは一切なくなったのだから。
「まぁ、お母様としては、代理なんかじゃなくてそのまま学院長を続けて欲しいみたいだけれど。でも、私が選ぶことなら否定はしないって」
「否定はしないって言い方は、なんだか消極的ですねぇ」
「うぅん、そんなことないよ。以前からは考えられないくらいの進歩だし……それにこう言われたの。貴女が選んだ道が私が考える道よりも素晴らしいものであると証明して見せなさいって」
そう、以前は主従的な関係であったのが、互いに一人の人間として認め合えた。この違いは大きい。マリオン・オーウェルが態度と行動で自分の正しさを証明しているように、それを単純にこちらにも求めてくるようになっただけ。もう自分は彼女の操り人形などではないのだ。
それに、なんだかんだで母がこちらのことを気にかけてくれていることも分かっている。だから、彼女は学院の再建に惜しみない支援をしてくれているのであり――それは今後社会的に重要なポジションを担う組織への先行投資の意味合いもある訳だが――そうでなくとも一緒に食事をすることも多くなったし、その折に互いに近況を話す機会もかなり増えた。口ではあれやこれやと言われるのは相変わらずだが、自分のような若輩者が大人の社会でやっていくことに関して心配をしてくれて、様々な助言をくれているのも事実であり、その結果として家にもしっかりと居場所が出来たと実感する。
自分が一人の人間として進むべき道を進めるようになったのは、母との関係性を修復できた点は非常に大きいと言える。そして、その機会をくれた母子のことが頭を掠める。
グロリアが使っていた思考領域は、今も消さずにとってある。単純に思考を分割している方が執務もスムーズに行えるというのも大きな理由でもあるのだが――間違った二重思考で作った思考領域は、彼女が自分の中に居たことの証明でもあるので、大事に取っておきたいというのが一番だった。
戦いが終わった後のすぐは、つい癖で頭の中で彼女に話しかけてしまったものだ。その度に、文字通りに胸にぽっかりと穴が空いてしまったような寂しさが去来してきたが、最近ではあまり彼女のことを考えることもなくなってきている。
人間というものは、時間が経てば癒える傷もあるというのは間違いではなかったということなのだろう。同時に、だからといって自分が冷たい人間だとか考えるのは止めることにした。
悲しみに暮れ続けるのは、なるほど、それはずっと誰かを悼み続け、思い続けるという行為でもあるのかもしれないが、それをきっと彼女は望まないから。彼女は誰かの自己犠牲を望むタイプではなかったし――なによりあの日、彼女と共に紡いだ魔術は、未来に向ける希望の花だったのだから。
それならばこそ、自分は前を向いていないといけない。そして、たまにこうやって彼女のとの大切な想い出に目をやって、懐かしみ――。
(……貴女が私に未来を残してくれたように、私もこの星の人々に未来を残せるように頑張るから……それで、またきっといつかの世界で巡り合おう、グロリア)
彼女とは約束をした。今は自分がすべきことを一生懸命にやるだけ、それだけなのだから。




