15-12:学院の再興について 上
あの戦いの日々からちょうど季節が一つ巡った。月での決戦の後、惑星レムに戻ってきた自分達は、それぞれの道を歩み出していた。
この一年は、あっという間に過ぎていったように思う。あの激戦を共に駆けた人々とは頻繁に連絡は取り合っていたが、それはあくまでも事務的な連絡が主であり、なかなか細かい近況を語ることも無かった。もちろん、仮にプライベートなことを話そうとしても、皆一様に執務に追われ「仕事ばかりの一年だった」となることは目に見えているのだが。
ともかく、ただいま自分は空からハインライン辺境伯領へと向かっている。そこは、月から戻った自分達が最初に戻った場所であり、そして一年後にもう一度この場で会おうと約束した場所でもある。一部のメンバーが欠席することは既に知らされているが、その辺りは今日会うメンバーの内の一人から色々聞けるだろう。
本当ならテレサ姫と一緒に移動でも良かったのだが、どうしても片してしまいたい仕事があったので、自分は予定日の朝に王都を発つことになった。空路なら直線距離を移動できるし、本気で飛べば一時間程度で到着できる。とはいえ、流石にこんな穏やかな日に高速飛行をすることも無いので、時間ピッタリに間に合うよう、秋に色づく木々を眺めながら移動をしている形だ。
改めて考えれば、意外とみんな近くにいるはずなのに、このように機会が無いと会わないものだ――もちろん、それだけ日常に追われているとも言えるのだが――そんな風に思っていると、ちょうどグリュンシュタッドの街の城塞が見えてきた。
このまま壁を超えて待ち合わせ場所に着陸しても良いのだが、城塞の関所の役割を果たしているのであり、そのルールには則るべきだろう。また、人が空から降って来たら中の人たちにびっくりされるかもしれない。そう思って城塞から少し離れた所で氷の翼を仕舞って着地し、あとは歩いて守衛の元を訪ね、然るべき処理を行ってから正式にハインラインの土地に足を踏み入れた。
待ち合わせに指定していた場所は、門をくぐってすぐの所だ。そちらへ視線を向けると、既に何名かは集まっている様で――こちらにいち早く気付いていた緑髪の女性が大きく手を振って自分を迎え入れてくれた。
「お久しぶりです、ソフィアちゃん! 飛んでくるの見えてましたよ!」
「久しぶりだね、クラウさん。ごめんなさい、遅れちゃったかな?」
「いいえ、ソフィアちゃんは時間ぴったりですよ……と、学院長様とお呼びした方が良かったですかね?」
「正確には、学院長代理だね。それで、いつも通りの呼び方をしてもらえると嬉しいな。もうみんな集まってるのかな?」
見たところ、集まっているのはクラウディア、アガタ、テレサ姫の三名のみだ。もしかすると少し席を外しているだけかも――そう思って辺りを見回すが、やはりそれらしい人影は見えず、クラウも静かに首を横に振っている。
「後二人、来ていませんね。一人は寝坊助さんなだけでしょうけど、近場だから大丈夫でしょう。ただ、もう一人は……」
「……ひとまず、エルさんが来るまで待ってみようよ。それに、間に合わなくっても場所は分かってるはずだから、後から合流できるかもしれないし」
こちらの言葉にクラウと、後ろにいる二人が頷き返した。後の一人は時間にルーズなタイプではあるが、絶対に約束を破るタイプではない。だから、来てくれると思うのだが――しかし、あの激戦で彼女は心に大きな傷を負い、別れる時にも目に見えて元気が無かった。
自分達も大切な人と別れたきりというのは同じなのだが、なんと無しに、いつの日かひょこっと帰って来てくれるのではないかという確信があった。世界はあの人によって守られたことは確実だし、自分達は確かに、遥か彼方にいる彼の気配を感じたから。
それに対しあの子は、目の前で大切な人を失ってしまっている。以前、レヴァルで再開した時にはT3は絶対に生きていると言って憚らなかった彼女だが、やはり宇宙空間に投げ出されてしまって見つけられなかったともなれば、海に落ちたとは――それでも捜索はかなり難しいが――大分勝手が違うのも仕方がないとは言えるだろう。
もちろん、T3の捜索は入念に行われはした。とはいえ、宇宙の中で人を探すなんて、まさしく砂浜でたった一粒を見つけるよりも至難の技だ。凄まじい速度で外へと飛び出したT3は、大気のない宇宙空間では相応の速度で離れていってしまっているはず。どこかの惑星の重力圏に拾われていれば別かもしれないが、それでも周囲に人が適用できる惑星も無いし、仮にあったとしても大気圏摩擦や衝突の衝撃などの問題もある。そうでなくとも、もしかすると右京の空けたワームホールに呑み込まれてしまったのではないかという可能性もあり――どの視点から見ても、T3の生存は絶望的だった。
そして彼女は、まだ平和になったとは言い難い世界を旅する道を選んだ。今集まっているメンバーが社会的な力で世界を復興しようとしているのに対し、草の根で苦しむ人々を救うためだと。とはいえ、別れ際の彼女の危うさを考えると、果たして今もどこかで元気にやれているかというと不安が残る。少し気持ちが落ち着くまでは一緒に王都にいないかとも提案したのだが、色々な理由があって断られてしまった形だ。
ともかく、少しのあいだ集まった四人で軽い近況報告などをしていると、広場の方から見知った背の高い女性が速足でこちらへ向かってきているのが見えた。彼女は道行く人々から声を掛けられており、領民たちの態度から彼女が好かれているというのが容易に読み取れた。
「……それじゃあ、守衛に言伝を頼んでおいて、私たちは先に行きましょうか」
ひとしきり挨拶も済み、ナナコがまだ来ていないことを説明すると、エルはそう言い残して先ほど自分がくぐってきた門の方へと歩いて行った。確かに、ナナコは地理感覚は抜群にいいし、自分達が先に向かったことさえ誰かが伝えてくれれば、後からでも合流できるだろう。
そして、店で数日分の食料や雑貨を買い込み、自分達はハインラインの別荘を目指して山道を登り始めた。相変わらず陽気も良く、絶好のピクニック日和といえる。自分に関しては飛んでいけばあっという間の距離であっても、こうやってノンビリと土を踏みしめながら進むのも乙なものだし、何より最近はデスクワークばかりで運動が不足していたから、そういう意味でも丁度良かった。
「いやぁ、首脳会談が始まるみたいでワクワクしますねぇ」
「何を言っているんですか、むしろ逆でしょう? この一年間執務に追われた我々が、ようやっと羽根を伸ばせる機会なのですから」
背後からクラウとアガタのそんなやり取りが聞こえてくるが、彼女達が言っていることはどちらも的外れでもない。改めてこう見ると女性ばかりがこの場に集ったとも言えるが、同時に黄金の疫を――光の巨人が現れてから人工の月を制圧するまでの災厄をと戦いを今ではこのように呼称している――乗り越えるために戦った者たちは、やはり今では発言力の強い立場にいる。とくに旧三大勢力においてトップクラスのメンバーが揃っているので、首脳が集まっているという点に関しては間違いでもなかった。
ただ、別に自分たちは変に談合をしようとしているわけでもない。もちろん、互いに友好的な関係を構築しているのであり、有事の際に協力するのはやぶさかではないが、率先して手を組んで社会をコントロールしていきたいわけではない。単純に、あの戦いが終わってから一年後に、またここで会おうと約束したから――そう言った意味では、アガタの言った通りに旧友に再会して近況を報告しつつ、のんびりと過ごしたい、といったのが今回の再会の趣旨となる。




