15-9:兄妹の別れ 中
第六世代型達が意識を取り戻した後、しばらくの間はみなこの月に留まってくれていたようだ。第六世代型達が元に戻ったということは、自分が右京を止めてくれたのだろうと、それならば、必ず自分は生きていて、帰ってくると――この部屋で自分の帰りを祈ってくれていたらしい。その祈りこそが、自分が目指していたあの温かい光に違いない。
とはいえ、自分がT3を拾いに行ってしまったせいで帰還がずれ込んでしまった。いつまでも混乱の続くレムリアを放っては置けないと、二週間ほど月に滞在した後、仲間たちは天窓から覗く青き星に戻っていったようだ。
その後は、月に備蓄してあった膨大な食料を地上に降ろし、また各指導者達が上手く連携した結果として、社会的な混乱は徐々に収束してきたようだ。ここまでに掛かったのが皆が地上に戻ってから半年ほど――もちろん、まだ各地に生々しく爪痕は残っているし、まだまだ生活に余裕はないものの、それでも惑星レムに済む人々は復興に向かって懸命に歩み進めている、とのことだった。
それ以上の地上の詳しい様子は、戻ってからのお楽しみということにしてください、レムはそこで言葉を切って、微笑みを浮かべて話を続ける。
「……そして、私は眠ることにしたんです。元から私の復活はレムリアの民に伏せられていましたが、予定通りに公表しておりません。私はアルファルド神によって葬られたと歴史には刻まれるでしょう。
もちろん、管理者のいなくなった月をコントロールする者は必要ですから、その機能のみを残して……既にDAPAの生き残りたちは散り、この星に住む若い命たちは確実に自分の足で歩めるようになってきています。そこに対して、いつまでも旧時代の者が口出しするのもおこがましいですから。
それで、女神レムの権限は、この月の管理するという最低限の機能だけに抑え、他の機能は停止させることにしたのです。
そして、旧世界のモノリスの内の二つは、一つはすでに天然の月に設置され、一つは遥か離れた惑星にそれぞれノーチラス号で移送させる予定です。最後のモノリスは人工の月のコントロールに必要なのでこの月に残していますが、代わりは私が管轄している深海のモノリスがそのまま機能を代用してくれます。
それは、かつて旧人類が探し当てたのと同じように……レムリアの民たちがこれらを自分達で探しあてられるようになった時こそ、彼ら自身の技術力でこの月を管理出来るほどに成熟した時であり、私が真の意味で眠りにつける時になります」
確かに、宇宙へと自分達で乗り出せるだけの技術力を持つ段階になれば、レムリアの民たちもモノリスのメッセージを解読できるだけの科学力を身に着けているという証左になるだろう。そうすれば、レムの権限がなくとも彼らは自らの力でこの星を維持できるようになる――それが何年後になるかは分からないが、それまではまだ彼女の力が必要ということになる。
しかし、その時が来たとして、レムリアの民たちが旧世界の人類と同じような道を辿りはしないか? デイビット・クラークや星右京のような人物が出てきて、モノリスを占有したりはしないだろうか――そんな考えが頭をよぎったが、深く考えることは止めることにした。
リスクを許容しなければ管理するしかないのだが、それはDAPAの生き残りたちが管理したディストピアと何も変わらない。それでは、これからこの星の歴史を自らの手で創り上げていく子供たちのことを信じていないことと変わりない。
何より、仮に彼らの中に間違った道を歩もうとするものが出てきたとしても、それを解決するのはその時代の人々であるべきだ。もう旧世界の亡霊があれやこれやと手出しも口出しもすべきではないのだから。
「……さて、堅苦しいのはここまでにして……ここからは、私の個人的なメッセージです。まず、第一に……あの人を止めてくれてありがとうございます。きっと貴方なら、あの人の心を救ってくれたのだと思います。
そして、私は……レムリアの民たちがこの月を管理できるようになった時にこそ、本当の意味で眠りにつくことになります。それは、どれ程先になるかは分かりませんが……少なくとも、私たちがこの星にたどり着くまでに宇宙を彷徨った時間や、実際に社会を管理していた時間と比較すれば、あっという間の出来事に違いないと思っています。
そして出来れば、もう一度……あの人と巡り合える、そんな世界に生まれることを祈って……」
「……そうだな、アイツも喜ぶと思うぜ」
映像に対してそう返事を返す。しかし、レムは自分が右京を止めたことまでは認識しているだろうが、まさか永遠の観測者になっているとは知らないだろうから、実際の顛末を見たら驚いてくれることだろう。
実際に右京が彼女に来てほしいと聞いていた自分としては、彼女もアイツと一緒になる気があるのは素直に嬉しい。確かに、自分は二人の関係性の一部分しか知らないと言えばそれまででもあるのだが――それでも自分にとっては関係性の深い二人が一緒にいてくれるとなれば安心感もあるし、なんやかんやで互いに深く思い合っているので、これからも共に歩んでくれるのが相応しいように思う。
椅子の背に身を預けながら頷いていると、画面の中のレムは微笑みを崩さないまま大きく頭を――その所作は昔のままだ――下げてきた。




