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15-7:多次元宇宙を抜けて

 右京の元を発ってからどれ程の時間を歩いただろうか。自分としてはこの空間を歩くのは初めてではないのだが、なかなか絶妙に疲労が蓄積してきているのは確かだった。そう広くない幅の道を歩くのに多少神経を使っているのもあるのだが、どちらかといえば今は肉体があるのが大きいか――以前に来た時には魂だけの存在だったので、肉体的な疲労は存在しなかったのであり、今は肉の器が長距離を歩くのに疲労を感じていると、そんなところだろう。


 とはいえ、周囲は宇宙的な空間のわりに普通に呼吸が出来るのはありがたい。もしかしたら、それも右京が用意してくれたのかもしれないが――足場は固くもなく柔らかくもなく、強いてを言えばなんとも踏みごたえもなく、そのせいで帰って歩きにくくはあるのだが、ひとまず帰り道があるだけでも有難いというべきか。


 また、辺りには美しい光が瞬いており、それらのおかげで景色も変わっていくので、歩いていて飽きないのは幸いである。恐らく右京には、あれらの光がより鮮明に見えていたに違いない。自分にはただの光にしか見えないのだが、三次元の檻に囚われている者の目には魂の輝きの複雑さを認識できないと言うことなのだろう。


 実際の所、こうやって帰れるという事に関しては賭けであった。右京と会えば、アイツの悩みをどうにかしてやれるという確信は――何の根拠もなかったが、妙な自信だけは――あったのだし、そうすればきっと帰れる道をアイツが示してくれるとは思っていた。とはいえ、必ず右京の心をの枷を外してやれると断言は出来なかったし、仮にできたとしても帰れない可能性だってあった訳だ。そういう意味では本当に帰れるだけでも有難いのであり、多少の疲労などはやり終えた後のスパイスとして享受するべきだろう。


 また、自分の帰りを待ってくれている者たちが居る場所で輝いている光は、徐々に大きくなってきている。そのおかげで、いつか必ずこの道は終わり、あの子たちの元に帰れるという確信はある。


 そんな折、この星灯りと仄明るい道を除いて何もない空間に、微かにだが何者かの気配を感じた。それは前方にある。自分と右京以外にこの空間に誰かいるとは考えにくくはあるものの、どうやら右京ではなさそうだ。それに感じる気配の主はこちらに敵対するような気配ではないので、ひとまずは道を外れないように前進を続ける。


 そしてしばらく進んだ後、気配の正体が分かった。赤い外套を纏った銀髪の男が、この超次元の空間を彷徨っていたのだ。どうやら意識を失っているらしく、今は横たわっているのだが――この空間で縦も横もないかもしれないが、ともかく自分から見たら倒れている――少々性質が悪いことに、T3の身体は光の筋から少し離れたところにあったのだ。


 まさか、右京の奴は道の途中にアイツが居ることを分かっていて忠告したのだろうか? いや、そういう感じでもなかった。それならそうと忠告しただろう。単純に、アイツは自分が周りの景色に見惚れて寄り道でもしないかと思って助言をしただけに違いない。


 しかし、T3を拾いに行けば、自分も無事に帰れなくなるかもしれないが――。


「はぁ……しゃあねぇな」


 細かいことを考えても仕方ない。自分にどうにかできる範囲では出来ることをしようと思ってここまで来たのであるし、何よりもT3を見捨てて戻ったところで寝覚めも悪い。それに、もう終着点も近い――確かに多少のずれがとんでもない結果を引き起こす可能性もあるが、それでも手を伸ばせば助けられる存在を見捨てることは、どうしても自分の流儀に反する。


 光の橋から数歩ほど離れて、傍を揺蕩っている男の元へと近寄る。四肢を機械化している男の身体は重いし、何より野郎に対しておんぶも抱っこもないだろう、そう思って男の腕をこちらの首へと回し、肩を抱く形で引きずって元の道へと戻り――この道幅では、コイツを落とさないようにするにも気を使う――再び光に向かって歩みを進める。


 しかし、右京の忠告通りだったのか、近づいていたはずの光が少し小さくなってしまった。とはいえ、やってしまったのは仕方がない。そう思って割り切り、T3を引き釣りながらも道を進んでいく。そしてしばらく歩き続けると、男の肩が動いた。とはいえ、まだ手足に上手く力が入らないのか、こちらの為されるがままになっている。


「アラン・スミス、貴様……」

「情けなんかいらない、なんて言わないだろうな? テメェの帰りを待ってる子だっているんだからさ」

「……そうだな、恩に着る」


 T3は瞼を下げて小さく頷き、こちらの肩を掴みながら、少しずつ自分の足で歩き出してくれる。そうやって男二人、細い筋の上を歩み続けながら、最終的に眩い光の前に立ち――互いに自分の足でその輝きの中に身を投じたのだった。

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