14-115:終末への旅 下
「ハッキリと申し上げて、貴方をあそこへと向かわせたとして、もうすべてが遅いかもしれません。何が起こるかも私でも全く予測もできませんし、先に超次元の狭間に向かったあの人に追いつくことも出来ない可能性もあります。
あの向こうでは光よりも早い物理法則が存在するかもしれませんし、そもそも距離などという物すら意味もなく、そもそも宇宙などという尺度すら生ぬるいほど広大で、永久にあの人の元へと辿り着くことなど出来ないかもしれません。
何より、もうこちらへ戻ってくることも出来ないかもしれません。それでも……」
レムはそこで言葉を切り、悲し気な表情を浮かべる――そこには確かに遥か昔、困った時に自分を頼ってくれた妹の面影が感じられた。
「それでも……それでもどうか、私からのお願いです。私に代わって……いいえ、私たちに代わって、あの人を止めて欲しいんです。間違え続けてしまった私たちDAPAの生き残りに代わって……滅びゆくためにこの世界を創造したあの人のことを、どうか止めてあげて欲しいんです」
全てを言い終えて、レムはこちらを真っすぐに見つめて口を引き締める。重大な依頼を――というよりは無茶な願いを――しているという自覚はあるのだろう。ワームホールに生身で突っ込めなど、命を捨てに行くに等しい行為なのだから。
ただ、そんな風にお願いされなくても、自分の腹はとっくに決まっている。仮にレムに反対されたとしても、むしろこちらから次のような依頼をしていたに違いない。
「レム、天窓を開けてくれ」
「それでは……」
「別に、変に気張ろうってわけじゃない。ただ、俺はアイツを殴ってやらなきゃ気が済まないってだけで……他のは全部ついでさ」
「ふふ、まったく素直じゃ無いんですから……アナタがちゃんと周りの人の想いを全部背負ってくれていることは、別に思考を読めなくたってバレバレだったと思いますよ?」
そう言いながら、レムは屈託なく笑った。別に、先ほどの言葉に嘘はない。右京との因縁にケリをつけるというのが自分の第一の願望である。ただ、それが自然と、レムやべスター、グロリアの願いに通じている、それだけの話なのだ。
「それに、別に俺は死にに行こうとなんか思ってないぜ。俺は必ず戻って、あの絵を完成させなきゃならないんだから」
「……そうですね。そうでした。私としたことが、うっかりとしていましたね」
彼女はこちらの思考が読めるので、あの絵に何を描き足したかったのかは理解しているはずだ。そして、自分があの絵の完成に掛ける思いの強さも理解している――だからだろう、彼女は笑顔のまま力強く頷いた。
「以前にお伝えしたように、変身状態なら宇宙空間でも活動自体は可能です。ただ、すでに変身残り時間は半分を切っていますので、その点は注意してください。天井を空けた後は、月の表面からミサイルを発射します。爆風の衝撃波に呑み込まれない速度でそれを蹴り次いで、ワームホールを目指してください。
あちら側へ行ってしまえば、こちらから干渉できることはないでしょうが、可能な限りこちらからワームホールを観察し、少しでも出来ることはするつもりです……準備はよろしいですか?」
「あぁ、いつでもいけるぜ」
「それでは、窓を開きます……あの人を頼みます、兄さん」
兄と呼ばれた直後、天井の窓が開き、中の空気が猛烈な勢いで外へと放出され始める。同時に部屋内の重力も切られたようであり――自分は気流に乗って、後は流れるがままに人工の月の外へと飛び出した。
暗い空間にその身を投げ出し、奥歯を噛んで精神を加速させて周囲を見回す。他の者たちが右京の領域に入って来た時のためだろう、既に下方の窓は閉められ始めており、代わりにレムが予告した通りにミサイルが発射されているのが視界に入ってきた。ミサイルは各々複雑な軌道を描いているが、それはレムの確かな計算を元に動いているはずだ――実際、一本のミサイルが自分の足元に着いた瞬間に他の軌道も綺麗にワームホールに向かって連なった。それを頼りに弾頭を蹴り繋ぎ、宇宙空間を跳びながら右京の開いたワームホールに近づいていく。
眼前に迫る渦は、近づくほどにその色味に複雑さを増していく。最初は暗い宇宙に浮かぶなお昏き穴のように見えていたのだが、近くで見ると複雑な色味を帯びていることに気づく。自分の語彙では虹色としか言い様がないのだが――恐らく可視光以外にも様々な光が入り混じっており、人以外の目で見れば無限色とも言える複雑な採光を放っているに違いない。
しかし、結局彼方と此方の境界線で決着をつけることになるのであるならば、あちら側でずっと待っていれば、現世に戻ってこなくても右京と会えたとも言えるかもしれない。とはいえ、それは結果論か。自分がこちらへ戻ってこなければ、また結果は変わっていたかもしれないのだから。
(待ってろよ、右京。俺がお前を……)
そこまで考えて、繋ぐ言葉を表せないできないことに気づく。倒す、ぶっ飛ばす、止める――そのどれもが自分のやりたいことと微妙にずれており、適切ではないように思われたからだ。
ともかく、ただ確かなことは、まずは出会い頭にぶん殴って、それから言いたいことを言ってやる。何をすべきかだけは明確であるのだし、迷うことは無い。アイツがどこにいるかなど分かりもしないが、確かに気配を感じる――アイツの迷いを感じる。
そう、アイツはまだ覚悟が決まり切っていないのだ。自分はその気配を頼りに、ただひたすらに走り続ければ良い。今までそうしてきたように――宇宙空間だろうが次元の果てだろうが、どこだって走り抜けてやる。それだけだ。
【お知らせ】
14章はここまでです。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
終章は明日から一気に投稿し、明後日2/16には最後まで投稿する予定です。
物語の最後までお付き合いいただければ幸いです。よろしくお願いします!




