14-114:終末への旅 中
しかし、自分がここに来ることを見越して、右京は既にJaUNTで逃げおおせてしまったのか? 直感的に言えばそういう感じでもない。ひとまず右京が居ないのなら、ここの機材を使って量子ウイルスとやらを止められるかもしれない。自分では対処できなくても、レムならまだ何かできるだろう――そう思いながら、あからさまに作業をしていたであろう端末の方へと歩いていき、背もたれの大きな椅子に手を掛けてその下を覗き見る。
そこに、彼は居た。居たのにどうして気配を感じなかったのか、その理由もすぐにわかった。シンイチの身体はもぬけの殻と化しており、その活動を完全に停止していたからだ。彼の亡骸はただ端末へと突っ伏しており――その身を起こして生命活動の確認をしてみるが既に脈もなく、その瞳は虚空を見つめて微動だにしなかった。
遺体を見ても自分は意外なほど冷静だった。しかし、レムにはあまり見せない方が良かったかもしれない――事切れている少年の身体は彼女の息子のものであり、動揺を与えてしまうかもしれないからだ。
しかし、そんな心配は杞憂だった。確かにレムは少年の遺体を見て少しの間いたましい表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻し、端末の一部分を指さした。
「アランさん。そこの機材にアンクを取り付けてください」
言われた通りにアンクを指定された場所に設置すると、すぐに辺りのモニターが一気に動き出す。自分の目で追いきれないほどの速さで凄まじい文字列が複数の画面を流れ――恐らくレムが遠隔で機器を操作し、ここで起こったことや右京がやろうとしたことを分析してくれているのだろう。
それに上手くいけば、量子ウイルスの拡散を止めることが出来るかも。そう思いながらモニターを眺めていると、流れていた文字列が一気に停止し、次いでスクリーンが青くなり、その後は何も映らなくなってしまった。見るからに良い状況ではないことは明らかだが、一応レムの方を見てみると、彼女は瞼を閉じながら静かに首を振っていた。
「右京の置き土産ですね……彼以外の者が端末を触った時に、データを暗号化するトラップが敷かれていたようです。注意して触ってはいたのですが……復旧するには時間かかるでしょう。
ともかく、ウイルスの拡散をここから止めることは難しそうです」
「それで、右京の奴は……」
「……あの人は、次元の狭間へと旅立ったようです。肉の器という重荷を捨てて、魂だけの存在になり……この宇宙に沈黙を降ろすために、ワームホールを潜り抜けて行ったのでしょう」
「クソっ、遅かったか!」
「いいえ、まだやれることはあると思います」
ホログラムのレムが一つのモニターに手をかざすと、そこだけは画面が復活した。直後、部屋の天井を覆っていた隔壁が開き始める。ひとまず部屋の設備に関するコントロールだけ復活させ、天井を開けているのだろう。何個かの隔壁が開くと、高さ数十メートル先に天窓が現れた。
窓から覗くその先に、太陽の光を受けて輝く青い星と、全ての光を吸い込む異様な渦とが見える。アレが先ほどからレムが言っていたワームホールなのだろう。そして、確かに直感する。あの遥か彼方には、自分がこの一年間囚われていた彼方と此方との境界線が存在する――同時に、あの先にこそ右京が居ると。
仮に直感が当たっているとして、右京をどう追いかけるか? 考えられるルートは二つ、一つは自ら命を断ち、再び無理やりに魂を彼方へと送る方法。もう一つは、肉体を持って無理やりあのワームホールに突撃する方法だ。どちらを選ぶべきかは、悩むまでもない。というか、今の自分の再生能力で自死すること自体が難しい。
それに肉体があった方が、エディ・べスターが完成させたサイボーグの肉体とADAMsと、フレデリック・キーツが創り上げたレッドタイガーを使うことができる。もちろん、あの向こうでは物理法則など何も役に立たず、腕っぷしでどうこうという次元など超えている可能性が高いのだが――それでも自分は、この身一つで戦ってきた。肉体がある方が絶対に性に合っている。そうなれば、取るべき選択肢は一つだ。
決意を固めて視線を一度下へと戻してレムの方を見ると、彼女は両手を正面で組み、真剣な面持ちでこちらを見つめていた。




