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13-110:花に込めたる願い 下

「ソフィア、お疲れ様」

「うん、エルさんも……」


 次いで、クラウも額の汗を拭いながら――彼女は回復に補助に防御にと三面六臂の活躍をしていたので、かなり神経をすり減らしたはずだ――こちらへ振り返った。


「ソフィアちゃん、大丈夫ですか?」

「うん、二人が守ってくれたから、私は……」


 大丈夫、そう言いかけて、いつもと違う様々な違和感に気付く。廃莢のために掲げた魔術杖の先端で、動かなくなっている機械の鳥。いつも自分の肩に止まっていた鳥が、今はうんともすんとも言わずに固まってしまっており――そして、そのままゆっくりと機械の体は杖の先端から滑り落ちてしまう。


 そして、左腕に僅かなむず痒さが走る。その場所は、この一年の間、ずっと包帯を巻いていた箇所であり――左手で杖を握ったまま包帯を取ってみると、チェンからは「そのうち消える」と言われていた縫合の痕跡が消え去っていた。


「あっ……」


 あの傷跡は、彼女との繋がりの象徴だった。それが跡形もなく消え去っているというのは、彼女との別れをまざまざと見せつけられているようであり、気が付けば視界が滲んでしまっていた。こうなることは覚悟していたはずなのに、いざこうやって別離が現実のものとして突きつけられると、とめどなく溢れる涙を抑えることができなくなっていた。


 涙と共に溢れてくるのは、彼女と過ごした思い出の日々と――そして彼女が残していくといった旧世界での記憶、それに仲間への想いと愛情だった。チェンやホークウィンド、エディ・べスター、それに許せないと言っていた星右京のことすら、心の底では心配していたことに気付かされる。


 そして、母と彼女が育んだ全ての子供たち、それに彼と――何より自分を大切に思ってくれていたこと。全てを包み込むグロリアの優しさが溢れてきて、気が付けば膝から崩れ落ち、左腕を右手で抱きかかえながら、ただ泣きじゃくることしかできなかった。


「……辛いときは、泣いても良いんですよ」

「何て言えばいいか分からないけれど……アナタ達のおかげで、間違いなく私は救われた……だからありがとう、ソフィア、グロリア……」


 頭の上から優しい声が聞こえてきても、ただしばらく泣き続け――左の肩にそっと手が置かれ、次いですぐに右の肩にも手が置かれた。


「……やっぱり、グロリアには敵わないなぁ……」

「……どうしてですか?」

「私は、グロリアほど、優しくないから……」


 いつかの日に、自分はグロリアに敵わないと思ったことがある。その時は単純に、アランへの想いの強さという点でのことであったのだが――改めて彼女の度量の大きさを目の当たりにすると、その背には絶対に追いつくことが出来ないと思わされる。


 自分が呟いて少しして、左の肩を少し強く握られる。


「勝手に人のことを語るのは趣味は良くないのでしょうけれど……きっとこの場にグロリアが居たら、そんなことは無いって言うでしょうね」

「そうですね。だってソフィアちゃんは、敵であるアルジャーノンを救ってみせたじゃないですか」

「でも、それは……」

「アルジャーノンにも良い所があったとか、色々な要因はあるのでしょうけれど……単純に敵だと思えば、変に情けを掛けることだってなかったわけでしょう?」

「それに、ソフィアちゃんが咲かせた花は、アナタ自身の魂の現れなんです。アナタの紡いだ魔術は、アルジャーノンの怒りと絶望を安らかに包み込んで、静かに止めてみせた……それはソフィアちゃんの根っこの部分に、確かな優しさがあるという証拠です」

「それは……私だけの力じゃないよ。グロリアが、力を貸してくれたから……」

「ならばこそ、グロリア・アシモフの優しさは、アナタの中に継がれているのよ」

「えぇ。私もそう思います。ソフィアちゃんとグロリアさんは、そっくりですから。もし今のアナタが彼女に適わないのだとしても、絶対に同じだけの愛情の深さは、アナタの素養の中にあるんです」


 代わる代わる聞こえてくる激励の声に対し、自分はあまり納得できなかった。客観的に自分とグロリアを比べた時に、自分はやはり彼女に敵わないと思う。しかしそれでも前を向かなければ。そう思った理由は二つ。もしグロリア・アシモフに憧れるのであればこそ、その背に追いつこうと努力すべきだと思ったということ。そしてもう一つは、自分にはこうやって優しく声を掛けてくれる仲間が居るということ。


 ならば、ここでいつまでも泣きじゃくっているわけにはいかない。現在も、そしてこれから続いていく未来も――いつかこの身が朽ちたとしても、その更にさらに先まで命は繋がっていく。そしてその先で、いつかきっと――。


(……もう一度会うって、約束したんだから……いつまでも泣いていたらダメだよね)


 彼女が遺してくれた左腕で目元を拭って立ち上がる。まだ、全てが終わった訳ではない。アランを信じてこそいるものの、この目で戦いの決着を見届けるまでは、この戦いに幕が降ろされたとは言えないから。それに、もし彼が苦戦を強いられているのなら、彼を支えなければ。それがあの日、自分だけの勇者の支えになるとした、遠い日の自分との約束であるし――彼と共に生還する事こそが、自分の幸せを祈ってくれた彼女に報いることになるのだから。


「……行こう、エルさん、クラウさん」


 そう言いながら振り返ると、二人は強く頷き返してくれる。そして動かなくなった機械の鳥を抱え、先ほど穿った穴の元へと――飛翔の能力は変わらず残っており、今は氷の両翼を羽ばたかせ――飛び、アランの後を追って走り始めたのだった。

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