14-105:小夜啼鳥の決断 上
八つの巨大な陣が飛び出してきてからも、中央の柱からは他の魔術も断続的に撃ちだされ続けていた。縦長の空間を飛翔をしながら相手のけん制を躱しつつこちらも魔術を撃ち込む。しかし、防御機能は十全に残っているようであり、こちらの攻撃は解呪されて無効化されてしまう。
それにしても、やはりこれだけの演算ができるのは、如何にモノリスと直結していても不可能のように思う。一年前にアルジャーノンが第八階層魔術を撃ったのは、後から残っていた極地基地の映像から確認しているのだが――全ての強化魔術弾を使い、かつこの月に設置されているモノリスの助力を持って、更に魔術審アルジャーノンをして単一の魔術に対して数分の演算をこなしてやっとの発動だった。それが今回は第八階層魔術と並行しつつ、防御にけん制に複数の処理を行っている。これに関しては、高次元存在を手中に収めつつある星右京の介入があったせいなのかもしれない。
しかし、先ほどレムが話していた外の状況も気になる。そう思って女神が居る方向に視線をやると、結界を張るクラウの背後でレムがアラン達に向けて状況を説明し始めていた。自分は少し距離があるのだが、収音性能の高いグロリアの耳を通して自分も確認することができる。
「ただいま、地上にて大規模な第六世代の意識の消失が発生。それに付随して、地上にある映像が月の付近に突如として発生したワームホールを観測しました……恐らく、右京が次元の穴をこじ開けた結果だと思われます」
「レムリアの民は何人消失したんだ!?」
『今までと傾向が違い、一気に消えているのではなく、断続的に消失していっています……そのペースはことの始まった一分前から十万人ほど……このままのいけば、一時間以内に全てのレムリアの民の意識が消滅してしまいます」
「くそ! それなら、もう一秒でも無駄にできないな!」
アランがベルトのバックルを弾くと、すぐに巨大な破裂音が響き――連絡路に炎が走り、その軌跡の向こう側で虎柄の文様の走る仮面が巨大な柱に向き合っていた。そして男が姿勢を低くした瞬間、肩に乗っている長い黒髪の女神が「待ってくださいアランさん」と声を上げる。
「蓄積したエネルギーを放出してしまえば、変身の時間を減らすことになる……確かに先ほど私もそれに同意しましたが、今は一刻を争う事態。こうなっては貴方は今すぐ、右京の領域を目指すべきです」
「とはいえ、どっちが右京の領域かわからないだろう!?」
「確かに百パーセントは確約できませんが、内部の構造的にほぼ確実なルートがあります」
それを聞き、自分はすぐさま魔術杖を振り回し、第七階層の演算を始める。そしてレムが指さす場所へと向けて杖を向けて絶対零度の光線を放ち、次いですぐさま超低温で冷やされた箇所へと向けて炎の刃による斬撃を繰り出す。壁がどれほど強固であろうとも、物質であれば急激な温度の変化による膨張には耐えられないはず――その予想通りに壁に大穴を開けることには成功した。
そして自らが穿った穴の入口へと立ち、反対側の外壁に張り付いているアランに向けて、杖から分離したグロリアが羽根を羽ばたかせながらこじ開けた通路の前の中空で静止した。
「アラン! 先に行って!」
「しかし、この場だって放っては置けない! あの魔術を撃たれたら、月が……」
「大丈夫! 私達がダニエル・ゴードンを止めるから……私とソフィアを信じて!」
グロリアの言葉に対し、アランは少し肩を揺らした。先ほど変身をさせてしまったせいで、その表情は読み取れないが――しかしすぐに大きく頷き、外壁を蹴って一気に跳躍し、穴の入り口にいる自分の隣へと立った。
『ソフィア、少しだけ身体を借りるわよ』
自分がアランに声を駆けようとする前に、身体の主導権を魂の同居人に盗られてしまう。そして「分かった、君たちを信じる」と言って穴の奥を見据える彼に対し、グロリアは左手を差し出してその外套の端を掴んだ。
「……少しだけ待って頂戴」
「……うん?」
グロリアは振り返る彼の首に腕を回し、思いっきり背伸びをして――他の男性陣と比較すれば低いものの、それでもアランの身長は普通に高めだ――顔を引き寄せた。
彼女が何をするつもりなのか、最初は分からなかった。仮面の上といえど、あの人の顔が近くにあることに対して思考が停止してしまったからだ。今、彼女の心を読み取ることは出来ない――しかし状況的に考えればそれ以外あり得ないと気付いた瞬間、グロリアはアランを抱き寄せ、そして唇の位置にこちらの口を合わせた。
一秒だっただろうか、五秒だっただろうか――刹那とも永遠とも思える不思議な時間が流れ、そしてグロリアは彼を開放して、一歩、二歩と後ずさった。




