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14-104:愛はさだめ、さだめは死 下

『ま、待て! 止めろ、止めるのじゃ!』


 亀裂の入ったガラスをスクリーン代わりに、男に対して文字でメッセージを送る。男は一瞬だけ斧を振り下ろす手を止めるが、しかしすぐにガラスを叩くのを再開した。


『馬鹿な、妾を殺したところで、貴様はその後にどうするつもりじゃ!?』


 今度のメッセージは、男の手を一瞬すら止めてくれなかった。自分を見逃してくれれば、貴様が生きられるように計らってやる――そう交渉をするつもりだったのに、男の手は止まらない。再び振り下ろされた斧の一撃で亀裂が増す。


 このままでは危険だ。しかし我が身が可愛くないのか、コイツは――いや、そもそも、自分の命が惜しいような輩であれば、わざわざ宇宙空間などに飛び出してはこないか。そうなれば、もっと別の切り口から交渉しなければ――。


『そうじゃ! 妾について来れば、貴様の愛した者を……夢野七瀬を蘇らせてやるぞ! クローンなどという紛いものではない、本物の夢野七瀬じゃ!』


 はて、三百年前に殺してやったのは、果たして本物の夢野七瀬といっていいのだろうか? アレも厳密に言えばクローンであり、先ほど対峙していたのはクローンのクローンということになるのだろうが――しかし、コイツが執念を燃やしていたのは、確かに三百年前の夢野七瀬であったに違いない。


 ともかく、男の動きは止まった。自分は終ぞ愛という物を実感することが出来なかったが――この男も誰かと長く連れ添えば、そのうち飽きるに違いないのだが――いや、その情のおかげで文字通りに首の皮が繋がったのだから、愛という幻想を侮ってはいけない。


 一方で、頭痛の種が増えたとも言える。右京に合わせてコイツまで懐柔しなけばならないとは、全く手間だ。いや、恐らく右京と合流すれば、アルフレッド・セオメイルは右京が仕留めてくれるか。そう考えれば、コイツとのランデブーは右京と合流するまでの辛抱と言える。


 男の唇がかすかに動いた。身体に大気を纏っていると言っても、自分との間には真空が隔てているため、その音を聞き取ることは出来ない。しかし、唇の動きで何を言わんとしていたかはわかる――その意味するところに背筋の凍る想いがする。


『舐めるな』


 長い前髪から覗く瞳には、確かな侮蔑の色が宿っている。それこそごみでも見るかのような目でこちらを見下し、それと共にもう一度斧を振り下ろしてくる。ガラスの亀裂は更に広がり――もう一度振り下ろされれば、もはや次はないだろう。


『待て! 二度とないチャンスなのじゃぞ!? 貴様、愛する者の復活よりも、復讐を優先するというのか!?』


 アルフレッド・セオメイルは刃の欠けた斧を投げ捨て、外套からもう一本の斧を取り出した。夢野七瀬の復活では気に食わないというのなら――。


『待てと言っておろうに! そうじゃ、夢野七瀬で気に食わんのなら、貴様の望む相手を用意してやってもいい! 貴様の言うことを何でも聞く、従順な、宇宙で最も美しい相手じゃぞ!?』


 こちらの言葉を無視し、男はおもむろに斧を振り上げる。


『一体だけではなく、何体でも用意してやる! 女がいらんというのなら、なんでもいい! 金でも名声でも! 贅の限り! 貴様の望むがままに! 全てを思い通りにできるのじゃぞ!? それが……!』


 自分の思い付く限りの贅沢を提示して、何とか相手の手を止めようとする。しかし男は振り上げた手をそのままにし、先ほどから変わらない冷たい眼差しでこちらを見下ろし、そして静かに唇を動かす。


『貴様から与えられるものなど何もない』

『頼む、まっ……』


 こちらの制止など聞かず、男はそのまま斧を振り下ろしてきた。その一撃でガラスが完全に砕け散り――肉体を保護するための満たされていた培養液が一気に外へと漏れだし、同時に生命維持装置が停止してしまう。一万年の間、無理やりに生きさらばえていたこの老体は、培養液や生命維持装置が無ければ機能を維持することも出来ない。先ほどまで見えていた視界も一気に闇へと覆われてしまい、もはや何も見えなくなってしまった。


 イヤだ、暗い、怖い――脳が極限の状態において、最後のあがきをしようとしているのか、ただひたすらに思考が加速する。しかし既に万策は尽きており、ただ死と消滅への恐怖だけが爆発的に増大していく。


 こんな最期を迎えるために、自分は七千年も宇宙を彷徨い、三千年も巨大な月の管理をしてきたのか? こんな惨めな想いをするために、悠久の時を生きて第六世代型どもを管理してきたのか。


 そもそも、自分はどうして高次元存在を追い求めていたのか? 始まりはなんだったのか? それが思い出せない。今抱いている理想と、原初では大分違ったように思うのだが――その先を思考することは出来なかった。頭に熱い感覚が一瞬走った瞬間、全ての考えが止まってしまったからだ。


 消えゆく意識の中で最後に感じたこと。それは先ほど心の内を大きく占めていた恐怖ではなかった。ただ、これで全てが終わるのだという――。

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