14-101:遥かな誓い 下
「チェン! ブラッドベリ!」
「まったく、突然いちゃこら始めた時はどうしてくれようかと思いましたが……」
「トドメは任せるぞ!」
ブラッドベリは力強く腕を薙ぎ、その動きから生じた衝撃波で押し寄せる波を一時的に跳ね返し、自分とセブンスの背後へと跳んだ。そして少女が肩の高さで剣を握り、その切っ先を正面へと向ける。自分は左手で飛び出ている弓を握り、剣の柄よりあふれ出る強大な力に――自分の胸に長い髪を預けている少女が束ねた魂の輝きへと手を伸ばし、それを思いっきり引き絞り、正面へと構える。
意志の力を感じる彼女が狙う先には、女神ルーナの本体がいる――それならば、あとは矢を引き絞って放つだけだ。
「T3さん!」
「この一撃で決める……覚悟しろ、女神ルーナ!」
「決めます! 遥かな誓いの金木犀【オスマンタス・ボウ】!!」
想いっきり引き絞った矢を放つと、黄金色のエネルギーと白く眩い波動のエネルギーとが螺旋を描き――自分と彼女の意志が混じり合い、超弩級の力となって放出される。そのエネルギーは押し寄せる強欲の波を切り裂き、一つの地点を目指して突き進んでいく。
少女のひたむきな願いに焼かれた肉の壁は、穿たれた地点から蒸発していく。矢の進む勢いは、驚異的だった再生速度を遥かに上回る勢いであり――それだけでなく、もはや中央から結合するためのエネルギーすら失ったのか、自分たちを取り囲んでいた周囲の壁もその動きを止め、分解されて塵へと返っていく。
「……おぉオォォオオおオ!!」
黄金の矢の奥から、この世のものとも思えない咆哮が響きだし、裁きを拒むように強大な結界が姿を現す。体内ならば結界は張れないと思われていたのだが――逆を言えば、あの先にこそ落ちた女神の本体が鎮座しており、核だけは守るために必死にそれを紡ぎ出したのかもしれない。
とはいえ、彼女が紡いだ魂の一撃は――いや、自分と彼女と、それに天井を覆うガラスの奥に輝く青く美しい星に住まう多くの者たちの明日を切望する意志が創り出した一撃は、七星結界どころで防げるものではない。黄金色の力の奔流は一瞬だけ女神の強欲に止められてしまったようだが、すぐにルーナを守っていた防壁を砕き去り、そしてそのままはるか後方まで貫き去っていった。
後に残ったのは、黄金色のエネルギーの残滓と、音を立てて落ちる月の残骸、降り積もるように舞う白い灰。そして胸元にいた少女が一歩前へと出ると、剣から熱が一気に放出され――そしてその奇跡の代償のためか、融合していた弓の部分はバラバラになって剥がれ落ち、その残骸が自分たちを取り囲むように小さく残る円形の足場を叩いて乾いた音を響かせた。
「T3さん……」
「……良いんだ」
幾たびの戦いの影響で限界の近かったエルブンボウが、最後にラグナロクによって導かれて、最後の力をふり絞った。そう思えば上等と言える。この背にあった相棒がその最期を迎えたことには幾分か寂しさは覚えるし、これを下賜してくれたファラ・アシモフを想うと感じ入るものもあるが――しかし、長きにわたって戦い続けてくれた我が相棒がその使命を果たしたと思えばこそ、胸に去来するのは「これで良かった」という想いだった。
「見事だった、セブンス、T3」
ブラッドベリが自分たちの方へと歩み寄り、そのまま自分たちの横を通り過ぎていった。呼び方が変わったのは、先ほどの自分達の会話を聞いて、考えを改めてくれたということなのだろうか。チェンも自分の横に並び、口元に笑みを浮かべながらこちらの肩を叩くと、そのままブラッドベリの横に並んで、今度は鋭い視線で足場の外の方を眺め始めた。
「しかし、本当にトドメになったのか……ローザ・オールディスの悪運を考えれば、万が一もあり得るかもしれません」
チェンがそう言った瞬間、天井の一部分が――ガラスの間にある金属の板だ――音を立てながら開き始めた。そしてすぐに辺りに舞っていた内部の空気が外へと凄まじい勢いで抜け出し始め、同時にこの一帯の重力も切られたのか、瓦礫も一緒に開け放たれた穴へと巻き上げられ始めている。
「くっ……ゲンブ、アレを閉じるぞ!」
「天板の操作は……出来なさそうですね。こうなったら、瓦礫を念動力で操作して、無理やりに閉じて……」
「……皆さん、アレ!」
長身の二人が話している間に、セブンスが天井の穴を指さした。そこには、瓦礫に紛れて一本の長い管があり、今まさしく天井の穴から外へと抜け出していく。そして、金属の板が再び激しい音を立て、同時に凄まじい勢いで閉まり始めていた。
(……逃さん!)
そう思った直後、自分は反射で奥歯を噛み――精霊魔法を発動して風に乗り、無重力で床から離れてしまった身体を無理やりに巻き上がる瓦礫へと近づけ、そしてそれを一気に蹴り、音速を超えて宇宙空間へとこの身を投げ出した。
あの管の中には、間違いなくローザ・オールディスがいる。とはいえ、追いかけるまでも無かったのかもしれない。もはや残っているのは本当にその身一つであり、あれはただ宇宙の塵と化すだけの可能性が高いからだ。
それでも、人工の月はオールディスが管理する物であり、遠隔からでもまだ何某か抵抗してくる可能性はある。その他にも、あのシリンダーが目指している先には、次元の穴がある――まだ何か悪さをしてこないとも限らない。
それに、何より――奴はこの手で葬ると決めた。もはや身を焦がす様な怒りはこの身には無いが、それでもこの三百年間の決着を、この手で――。




