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14-98:もう一頭の虎が生まれた日 下

「ともかく、もうあまり話している時間もありません。作戦としては、次のようになります……セブンスは可能な限り剣にエネルギーを集め、私たち三人はその時間をただひたすらに稼ぐ。シンプル極まりない戦い方ですが、向こうもそれだけシンプルな存在なので、まぁ丁度いいと言ったところでしょう……行けますか、皆さん?」


 チェンが張っていた結界がその効力を失うのに合わせて、ブラッドベリが巨大な腕を薙いで漆黒の衝撃波を放ち、結界の代わりに自分たちのいる場所を保護してくれている。


「異存はない……未来に託す一撃。その一撃を放つまでの時間、必ず我が繋げてみせよう」


 ブラッドベリは一瞬だけ少女の方を見て頷き、そしてすぐにチェンの前へと出て襲い掛かる触手を阻むために両腕でより強大な衝撃波を連続で放ちだした。ブラッドベリが止めてくれている間、少し余裕のできたチェンが、袖の中へと腕を入れ、少女の方へと向き直る。


「私は貴女を復讐の道具として作りました……剣の勇者の持つ優秀な遺伝子に目をつけ、強くなるべくしてその肉体を作り出し、そして情緒を制御して、DAPAの幹部を殺すための剣として生成しました。

 それエゴだとあざ笑ってくれても構いませんし、それこそ私に対して怒りをぶつけてもらっても構わない……ですがどうか、今は貴女のその力を、あの化け物を倒すのに使って欲しい……その力で、我らACOの、私の友の無念を晴らして欲しいのです」


 そこまで言って、チェン・ジュンダーは自らが創り上げた少女に対して深々と頭を下げた。この男と長く行動を共にしてきて、どうしようもない皮肉屋だとは何度も思ったが、本当の意味で無礼と思ったことは一度もない。この男は長命種であるエルフですら霞むほどの時を生き、本来人が持つ限度を遥かに超えた知識を持っていても、安易に他者を見下すようなことは決してしなかったからだ。


 だが、それと同時に、この男が頭を下げている姿も記憶にない。チェン・ジュンダーは作戦上の失敗を認めることはあっても、それは持てる手札の中で最善を尽くした結果であり、誰かに対して詫びる必要性もまた無かったのだから、頭を下げる必要もなかったということなのだろう。


 そんな彼が真摯に頭を下げたというのは、少女を利用するために生み出したという事実を認めつつも、一つの人格として尊敬し、対等な立場として敵の打倒を依頼することになるからだ。そしてそれに対して支払えるものが誠意でしか無いとするのなら、頭を下げるしかなかったということなのだろう。


 肝心の少女の方は、男の誠意に少し困惑しているようだった。それは普段では考えられない殊勝な態度を意外に思っているというよりも、本当に自分にそれを為せるのか――それを心配しているが故の困惑なのだろう。


「……難しいことは何も考えるな。ただ、お前はお前の望むようにやれば良い……もし何かあっても、私がフォローする。必ずだ……だから、私からも頼む、セブンス」


 改めてセブンスという名で彼女を呼んだのは、それが自分と彼女にとって相応しいと思ったから。確かに彼女には夢野七瀬の魂が宿っている。だが、目の前の少女は、既に自分にとっては思い出の中の夢野七瀬以上の存在になっている――だから、きっとこの呼び方こそが相応しい。


 気が付けば、自然と少女の肩に手を乗せていた。三百年前のあの日、自分は自身に誓った。この小さな肩に世界の命運を乗せている少女を必ず護り通して見せると。より邪悪な陰謀が渦巻いているなど露とも知らず――そして自分はその不甲斐なさを呪い、流れる血を怒りに変えた。


 そしてまた別の日、あの埃の舞う小さな納戸でもう一度誓った。この先に待ち受ける困難に際し、この少女の手をこれ以上汚させまいと。結局彼女の力を借りなければならないことを不甲斐ないと思いつつも、共に手を汚すことならできる――誰かの命を奪うという罪を、決して彼女だけに負わせはしない。


 肩を掴まれた少女は一瞬だけ唖然とした様子でこちらを見つめ、しかしすぐにその瞳にいつもの輝きを取り戻し、力強く頷いて見せた。


「はい! 皆さん、私、頑張ります! ですから、皆さんも私に力を貸してください!」


 男三人で頷き返し――そして一同で大きく距離を取り、少女を取り囲むように肥大化する肉の塊に対峙する。すでにルーナの巨大さは彼女の領域を遥かに超え、管理区の森林までその勢力を伸ばしてきていた。周囲の木々やその森に生息する生物たちすら呑み込み、その様態は更にグロテスクなものへと変貌している。


 だが、それと同じくらい奇怪なものが視界に入ってくる。太陽光を取り込むために設置されている天井のガラスの外で、何か異様な物が渦を巻いているのだ。


 太陽の光を呑み込んでいる漆黒の渦と言えばブラックホールが思い浮かぶが、それは極大の質量を誇る宇宙の渦であり、近い距離にあれば人工の月など簡単に引き込まれ、呑み込まれてしまうはずだ。しかし、その黒い渦はただそこに存在しているだけであり、周囲の物質を無理やりに引き寄せることも無い。ただ、そこを通過しようとする光はそのまま黒い渦に吸い込まれ、そのまま永久に脱してくることは無いようだった。

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