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14-95:ゴードンの叫び 下

「すごい力をうばわないで! もうイヤなんだ……だれからも大切にされないバカなぼくにもどるのはイヤなんだ!」


 人類史上最高クラスの知能を持ち、最も真理に近いづいたとされるほどの男の根源的な欲求が、まさか「誰からも馬鹿にされたくない」というのは――この感覚を言語化するのは難しい。これだけ暴れておいて我儘を言うなよというのが大前提だが、その上で妥当なような、理解できるような、同時に憐れなような、そんな複雑な想いが胸中に溢れてくる。


 成程、真理に近づこうとしたのはあくまでももう一つのアルジャーノンという人格であり、ダニエル・ゴードンの本質というのはこれであったと言えば理解できる。それに理性的なアルジャーノンが――ゴードンと差別化するために神としての名で呼べば――海と月の塔で告白していたことは単純に事実だったのだ。彼はもう、ダニエル・ゴードンには戻りたくないと。ただその一心で輪廻に抗い続けて悠久の時を生き、本物の神すら倒そうとしたのだろう。


 ただ、それがこのような剥き出しの感情でぶつけられてくると、なんだかいたたまれない気持ちになってくる部分もある。彼の生い立ちはレムから聞いていたし、恐らく元々は馬鹿にされていることすら気付いていなかったのだろうが、誰からも愛されていないことは生物的な本能で直感していたのだろうし、またアルジャーノンとしての記憶の断片が、脳の手術を受ける前の自分に戻りたくないという欲求を大本の人格にも影響を与えていると想像できる


 人は生まれを選ぶことは出来ない。逆を言えば配られたカードで勝負するしかないとも言えるのだが、そのカードが生きていく上であまりにも最低であったとするなら――同時にその手札を最強の一手と入れ替えてもらうチャンスを与えられたとなれば、最低時代を知っている彼からすれば戻りたくないと思うのは自然なことだと頷ける。


 それに付随して、ゴードンのその拙い様子は、あまりにも自分の知るアルジャーノンとの落差があり、なんだか眩暈のする心地すらしてきた。尊大な人格の裏に隠れていた本性がこれであると思うと、実態以上に弱さが――もちろん今しがた行われている攻撃は熾烈極まるのだが――目立つような気がしてしまう。


「……ふざけないでよ!」


 駄々をこねる子供に対しそう喝破したのはグロリアだった。彼女を除く他の面々は、自分と同じようにゴードンの様態に呆気に取られていたようだが、グロリアだけは呑まれることなく、整然とした様子で下から叩きつけてくる声に向き合っている。


「別にアナタが恵まれてたなんて言わないわ。それに、妬んだり僻んだりするのもアナタの勝手よ……でも、アナタはアナタのために周りの尊厳を奪ったの! その報いは受けなければならないのよ!」


 確かに彼女の言う通り、今のダニエル・ゴードンが幼いと言っても――責任能力が無いと言ってもいい――彼のもう一つの人格がしてきた悪行が消える訳でもない。アルジャーノンというのは、もしダニエル・ゴードンに相応の知性が備わった場合の可能性としての存在であるのだから。


 もちろん、境遇が違えば思考だって変わる。もし生まれながらに彼が聡明であったとするのならDAPAに与さず別の道を選んだかもしれないし、与していたとしても逆に七柱の創造神として昇り詰めるほどのハングリー精神は持たなかったかもしれないが――いずれにしても、ダニエル・ゴードンが辿って来た道は誰かの道を奪うものであったのだし、そしてこの先にアルジャーノンの人格が再構成されれば同じ悲劇が繰り返されることは間違いない。


 グロリアの言葉に対してゴードンは、ただ泣きじゃくる子供のように大きな声をあげるだけだ。今の彼では、僻むだとか尊厳を奪うだとかいう言語を理解することができないのだろうが、同時に誰かから攻撃されていると――あるいは叱られていると思っているのかもしれない――いうことだけは認識しており、それに対して癇癪を起こしているようだった。


 彼の癇癪に呼応するように、再び辺りに魔術の暴風が吹き荒れだした。余計に怒らせて事態を悪化させたと言えなくもないのだが、グロリアの言うことはもっともであり、ゴードンを叱ったことを責めるつもりもないし、むしろ自分が――DAPAの要人を殺して回った自分こそが、やはりこの憐れな男にトドメをさしてやるべきだと決意を新たに出来た。


 ただ、課題はやはり、加速するだけの距離をどう稼ぐか――。


「……みなさん、どうやら始まってしまったようです」


 その声は、クラウディアとグロリアが張る結界が魔術を防ぐのにけたたましい音を響かせる中で、しかし鮮明に自分の耳に入ってきた。声の主の方を見やると、レムは痛ましい表情を浮かべながら首を横に振っている。一瞬、何のことを指しているのか理解できなかったのだが――ゴードンの暴れっぷりが相変わらずなことを見ると、地上での変化か、右京の側で何かが始まってしまったに違いない。そしてそれが自分たちにとって良くないことであることも、彼女の表情から容易に想像できる。


 そしてレムが続きを紡ぐ前に、再び大きく空気が振動する。今度は視線を下に向けると、強烈な魔術の嵐は落ち着き、その代わりに今度は触手のように伸びた配線から赤、青、黄色など、様々な色の粒子が立ち昇り始めているのが視界に入ってきた。


「みんな……みんなきらいだ! ぜんぶぜんぶ、こわしてやる!」


 ダニエル・ゴードンの怒りの声が頂点に達したその直後、極彩色の粒子がそれぞれの一気に結合し、八つの巨大な魔法陣が空間に現れたのだった。

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